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晴れやかな初夏の訪れ、端午の節句の楽しみ方


 



端午の節句

 五月五日は、子どもの日。端午《たんご》の節句ですね。 

 子どもたちが元気で健やかに育ちますように、と願う日でもあり、じつは大人にとっても、菖蒲湯のお風呂にゆったりつかるなどして心身をいたわる日でもあります。

 もともと「端午」には、月の初めの午《うま》の日という意味がありました。昔は五月にかぎらず、月初めの午の日に行事を行なっていたのですが、一説によると「午《ご》」と「五《ご》」の音が重なることから五月五日となっていたのでは、といわれています。

 春から初夏へと移り変わる季節の変わり目でもあり、また田植えをはじめる時期でもあり、節句の行事には、心身を整え、豊作を祈る意味合いがあったとか。いまではすっかり子どもの日ですから、ずいぶんと様子が違いますね。

 端午の節句のさまざまな慣習も、時代ごとに変わりながら、いまに至っているようです。いったいどんな由来があって、鯉《こい》のぼりや、柏餅《かしわもち》、菖蒲湯《しょうぶゆ》などを楽しむようになったのでしょう。

 菖蒲《しょうぶ》の香りで邪気払い 

 五月上旬といえば、これからしだいに暑くなっていく夏の入り口です。ちょうど初夏は田植えの時期でもありますから、なおさら心身ともに健やかでなくてはなりません。



 端午の節句では、来たる夏の暑さに負けないように、そして春と初夏の季節の変わり目に体調をくずさないように、菖蒲やよもぎの香りが大切な意味を持っています。節句行事の生まれた古代中国では、香気は邪気を払うものと考えられていました。

 かつては薬猟《くすりがり》といって、新緑の候に、野に薬草を摘みに行くならわしもありました。植物だけでなく、たとえば薬効が高いとされた鹿の角を探し求めたりもしたそうです。 

 平安時代の宮中などでは、菖蒲やよもぎを軒にさしたり、丸い絹の包みの中に香りのよいものを入れた薬玉《くすだま》を掛けたりして、端午の節句の邪気払いに余念がありませんでした。

 さて、いろいろと古い時代の話からしてしまいましたが、お伝えしたかったのは、五月五日=子どものためだけの日ではなく、もともとは大人にとっても心身の健康を願う日でした、ということなんです。

 菖蒲湯 

 菖蒲の葉っぱや茎に含まれた香りの成分(精油成分、エッセンシャルオイル)には、体を芯からあたためる保温作用や、血のめぐりをよくする血行促進作用があります。香りにはリラックス効果もあり、また腰痛や神経痛もやわらげてくれるそう。菖蒲は長いまま湯に浸しても、刻んで入れても、どちらでも構いません。 幼い頃を思い返すと、五月五日の夜、いい香りに満ちた浴室で、あおあおとした菖蒲を浮かべたお風呂に入ることが、特別なイベントに思えて楽しかった記憶があります。そんな非日常的なわくわく感も合わさって、いい気分転換になるのではないでしょうか。



 

 菖蒲は尚武で、縁起よし 

「しょうぶ」という読み方から、菖蒲は尚武《しょうぶ》と音が通じるということで、武家にとって端午の節句は縁起がいい行事となったようです。

 でもそれって、単なる語呂合わせの、他愛のないことでしょうか? 現代の目から見ればそう思われるかもしれません。ただ、時代の移り変わりを考えると、単なる語呂合わせだったにせよ、端午の節句というものが、貴族の文化から武士の文化へとバトンタッチしていったことは意義深いように思われます。 

 平安時代の貴族たちにしてみれば、武士というのは用心棒、つまりガードマンのような存在でした。ですから平安の宮中でガードマンの人形(武者人形)を飾ろうなんて思いもしなかったでしょう。それが武士の天下に変わったことで、端午の節句という行事にしても、これは自分たち武士の文化なんだ、菖蒲は尚武で縁起がいいんだ、と捉え直したことの意味はけっして小さくなかったのではないでしょうか。

 鯉のぼり 

 子どもが無事に世の中を渡り、立身出世できますようにと願う意味合いが、鯉のぼりには込められています。中国の故事に、龍門と呼ばれる激流の滝を登りきった鯉《こい》が龍に生まれ変わった、という登竜門のエピソードがあります。そんな逸話にあやかって、鯉のぼりをあげるようになったのだとか。



 

 武者人形 

 金太郎や弁慶といった勇ましい武者人形を飾るのは、江戸の中期頃からのようです。さらに古い時代までさかのぼれば、宮中では菖蒲で作った菖蒲冑《しょうぶかぶと》を、成人した若者に端午の節句に贈るならわしもあったとか(あるいは端午の節句に女房がかぶったとも)。



 柏餅 

 端午の節句に柏餅をいただくようになったのも、江戸の頃からだとか。柏といえば、古来神聖とされてきた木です。子どもの健康を願って、この日にいただく食べ物としてぴったりではないでしょうか。柏餅は塩漬けにした柏の葉っぱで包みます。



季節の楽しみ

 端午の節句にいただく食べ物として、柏餅より古くからあるのが、粽《ちまき》です。その由来は、古代中国の故事にあるのだそう。

 昔むかし、紀元前の中国に、楚《そ》という国がありました。楚の国には、屈原《くつげん》という優れた政治家がいたのですが、楚の国をおびやかす大国、秦《しん》にだまされてはいけないと訴えた末に、屈原は謀略によって失脚してしまいます。世をはかなんだ屈原が、汨羅《べきら》という川に身を投げたのが、ちょうど五月五日のことでした。

 人々は、屈原をしのんで川にお供え物を投げ入れますが、龍が残らず食べてしまいます。そこで龍が嫌う楝樹《せんだん》の葉で包み、五色の糸でしばって捧げるようになったのが、粽のはじまりといいます。

 二千年以上前の、はるか古代の逸話ですが、いまも語り継がれているのはなぜでしょう。龍が登場するなどファンタジックな面がありつつも、やはり故事には物の道理や、歴史から学ぶべき大切な知恵が込められているからではないでしょうか。

 それにしても、お供えものの粽をたいらげてしまう龍というのも野暮ですね。大きな龍の体に比べれば、ちっぽけなはずの粽まで見逃さないなんて、食いしん坊にもほどがあります。とはいえ、粽って一つ食べただけで結構お腹いっぱいになりますから、腹ぺこの龍の大好物だったのもうなずけます。



参考文献:宗懍著・守屋美都雄訳注『東洋文庫 324 荊楚歳時記』(平凡社)、白井明大『暮らしのならわし十二か月』(絵・有賀一広、飛鳥新社)、白井明大『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─ 増補新装版』(絵・有賀一広、KADOKAWA)

【プロフィール】



白井明大(しらい・あけひろ)

詩人。1970年生まれ。詩集に『心を縫う』(詩学社)、『生きようと生きるほうへ』(思潮社、第25回丸山豊記念現代詩賞)など。『日本の七十二候を楽しむ』(増補新装版、絵・有賀一広、KADOKAWA)が静かな旧暦ブームを呼んでベストセラーに。季節のうたを綴った絵本『えほん七十二候 はるなつあきふゆ めぐるぐる』(絵・くぼあやこ、講談社)や、春夏秋冬の童謡をたどる『歌声は贈りもの』(絵・辻恵子、歌・村松稔之、福音館書店)、詩画集『いまきみがきみであることを』(画・カシワイ、書肆侃々房)など著書多数。近著に、憲法の前文などを詩訳した『日本の憲法 最初の話』(KADOKAWA)、絵本『わたしは きめた 日本の憲法 最初の話』(絵・阿部海太、ほるぷ出版)


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