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春らんまんの花々を愛でるような、お花祭りの楽しみ方


 



お花祭り

 四月八日には、お花祭りという行事があります。 

 毎年行事をされている方もいらっしゃるでしょうし、ご存じの方も多いかと思いますが、この日はお釈迦《しゃか》さま(ブッダ)の誕生日で、そのお祝いがお花祭りです。
 
 この「お花祭り」というのはやわらかい呼び名で、灌仏会《かんぶつえ》や、仏生会《ぶっしょうえ》、浴仏会《よくぶつえ》、降誕会《ごうたんえ》などとも呼ばれます。 

 なんだか行事の意味としては、イエスさまの生誕を祝うクリスマスと似ていますね。四月八日には、お花祭りのほかにも、花にまつわる行事があるので、一緒に紹介していきたいと思います。

 お釈迦さまに甘茶をどうぞ 

 お花祭りでは、花御堂《はなみどう》という小さなお堂に、春の花々を飾りつけます。 

 花御堂を花々で飾るのは、ブッダ生誕の地といわれるルンビニの花園にちなんでのこと。ちなみにルンビニは、インドにほど近い、ネパール南部の小さな村です。
 その花御堂に、甘茶を満たした浴仏盆《よくぶつぼん》というお盆を置き、浴仏盆の中央に誕生仏(小さなブッダ像)をまつります。 

 誕生仏に、ひしゃくで甘茶を注いでお祝いするのが、お花祭りのならわしです。
 ブッダがこの世に生まれたとき、空に九匹の龍が飛び、天上から祝福の甘露の雨を降り注がせた、という言い伝えがあります。
 誕生仏に甘茶を注ぐのは、そんな龍の甘露の雨に由来しています。



 甘茶 

 甘茶というのは、その名のとおり、アマチャという植物の葉っぱ(またはアマチャヅルの葉っぱ)を煎じた、自然な甘みのする飲み物です。お花祭りには欠かせませんが、昔はさまざまな香料を調合した香湯《こうとう》を、誕生仏に注ぎました。甘茶を用いるようになったのは、江戸時代の頃からのようです。



◎甘茶のならわし
甘茶にはいろいろなジンクスがあって、飲むと悩みが消えて長生きできるとか、甘茶で墨をすると字が上手くなるとかと言われます。甘茶ですった墨で「千早《ちはや》振る卯月《うづき》八日は吉日よ神さけ虫を成敗ぞする」と書いた紙を逆さまにして戸口に貼っておくと虫よけになる、という言いならわしまであるくらいです。お釈迦さまのご利益にあずかれますように、という昔の人の願いが、甘茶のほんのりとした甘みの中に溶け合っているかのよう。

 

 お天道さまに捧げる行事、テントウバナ 

 四月八日には、お花祭りとはまたべつに、テントウバナという行事が、関西や瀬戸内海地方などで見られます。高い竿の先に、ツツジやウツギ、シャクナゲなどの春の花をつけて高々と掲げ、お天道さま=太陽に捧げる行事です。縁側にお団子などをお供えすることもあります。

  このテントウバナは、太陽の神さまをまつるもので、お花祭りと同じ日ではありますが、仏教が伝わってくる以前からあったとか。また地方によっては、お釈迦さまに捧げるものとして行われているところもあって、さまざまです。 

 春の盛りに咲きほこる花々は、まるで太陽の子らのよう。そんな花々も、日光あってこそ健やかに咲くものですから、お天道さまへ、ほら見て見て、と感謝や喜びを伝えるようなこの行事は、なんと素朴で可愛らしいことでしょう。

 ウツギ 

 ウツギの花は、高さ二メートルほどの落葉樹の、枝分かれした枝先にたくさん咲く、小さな白い五枚の花びらをもつ花です。卯月《うづき》(旧暦の四月)の頃に咲くことから、卯《う》の花とも呼ばれます。茎が中空になっている、うつろな木だから、ウツギという名前になったとか。また、そんなウツギの木の花だから、卯の花と呼ばれるようになったとも。 

 一説によると、ウツギは正月や田植え前などの大切な時期に、地から邪気をはらう聖なる木と見なされたといいます。節目の日には、卯杖《うづえ》といって、ウツギの木などから作った杖で土をたたいて魔よけをするならわしが各地で見られます。



季節の楽しみ

 新暦でいうと、四月八日頃は、山桜がまだ見られることがあるのではないでしょうか。お花祭りにしても、テントウバナにしても、そしてお花見にしても、どれもが春に咲く花にまつわる行事です。由来や意味合いは、それぞれ違っても、春の花を喜ぶ気持ちが、どこかで通じ合っているように思われてなりません。  

 春らんまんの陽気に包まれながら、健やかに咲く花を眺めるとき、しぜんと心がほころぶことがあります。あたたかな、まばゆい日の光を浴びる、それだけでもう、人も花も、太陽という大きな星からの祝福を受けていると言えるのではないでしょうか。 

 何々の行事ともかぎらずに、ふっと思い立った日、気が向いたときに、部屋に花を飾ってみたり、いつもの散歩道に咲く野花に目をとめたり、そんな何気ない花とのふれあいこそが、そもそものはじまりで、やがてそうした素朴な営みが、春の花にまつわるさまざまな行事へと昇華されていったのかも⋯⋯なんて、とりとめもなく想像してしまいます。



参考文献:白井明大『暮らしのならわし十二か月』(絵・有賀一広、飛鳥新社)、白井明大『季節を知らせる花』(絵・沙羅、山川出版社)

【プロフィール】



白井明大(しらい・あけひろ)

詩人。1970年生まれ。詩集に『心を縫う』(詩学社)、『生きようと生きるほうへ』(思潮社、第25回丸山豊記念現代詩賞)など。『日本の七十二候を楽しむ』(増補新装版、絵・有賀一広、KADOKAWA)が静かな旧暦ブームを呼んでベストセラーに。季節のうたを綴った絵本『えほん七十二候 はるなつあきふゆ めぐるぐる』(絵・くぼあやこ、講談社)や、春夏秋冬の童謡をたどる『歌声は贈りもの』(絵・辻恵子、歌・村松稔之、福音館書店)、詩画集『いまきみがきみであることを』(画・カシワイ、書肆侃々房)など著書多数。近著に、憲法の前文などを詩訳した『日本の憲法 最初の話』(KADOKAWA)、絵本『わたしは きめた 日本の憲法 最初の話』(絵・阿部海太、ほるぷ出版)


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