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すくすく育ちますようにと願いを込めて、ひな祭りの楽しみ方


 

 



 

ひな祭り

 三月三日は、ひな祭り。桃の節句ですね。
 おひなさま(ひな人形)を飾り、女の子の健やかな成長を願う日です。

 かつて古代中国では、上巳《じょうし》の節句といって、旧暦三月の最初の巳《み》の日(上巳の日)に節句の行事を行なっていました。
 ちょうど寒い季節が過ぎ、うららかな春が訪れる頃です。上巳の節句とは、脱皮して成長するへび(巳)を再生の象徴として、春の巳の日に、新しい生命の季節がめぐってくることを言祝《ことほ》ぐ意味合いがあったと思われます。

 ひな祭り、桃の節句もまた、そんな春の生命力にあやかる行事ともいえます。うららかな春の日を楽しむように、どうぞおおらかな気持ちでお迎えください。

 おひなさまは、いつ飾るの? 
 昔は旧暦でお祝いしていましたが、いまは新暦の三月三日にひな祭りをするようになりました。それでは、ひな人形は、いつ飾るのがいいのでしょう?

 立春を過ぎてから、もしくは雨水《うすい》(二十四節気で立春の次の季節。二月二十日〜三月四日頃)になったら飾るのがいいとか、遅くとも三月三日の一週間前には飾りましょうとか、色々な説があるようです。
 元々の旧暦で三月三日といえば、新暦ではおよそ四月になりますし、二月の立春や雨水に飾るのは少し早い気もします。いまご紹介した説は、新暦で祝うようになってからの目安かもしれません。

 大切なのは、ひな祭りを楽しむこと、そして何よりも、子を思う気持ちですから、あまり日にちは気にせず、二月から三月初めの時間のとれる休日などに、おひなさまを楽しく飾られてはいかがでしょうか。
 ちなみに、今年は三月二日が土曜日ですが、一夜飾りなどと気にせず、おひなさまを二日に飾ってもよろしいかと思います。五節句をはじめ、他の年中行事のしつらいにしても、行事の前日に飾りつけすることは珍しくありません。



 

すぐしまうのはさみしい? 〜ひな納め〜
飾る日に決まりがないように、しまう日にも決まりはありません。もちろん、室町時代に伝わった、胡粉《ごふん》を塗った美しいひな人形は当時とても貴重なものだったことでしょう。大切に保存し、末永く使うために、行事が済んだならすみやかにしまう、という考えにもうなずけます。 とはいえ、せっかく年に一度のひな祭りですから、すぐしまってはさみしく、おひなさまをもうしばし飾っていたい、という気持ちもごく自然に思われます。 あくまで目安としてですが、二十四節気で雨水の次の季節にあたる、啓蟄《けいちつ》(三月五日〜二十日頃)にしまうのもよいでしょうし、いつとは決めずに心ゆくまで飾るのも素敵な楽しみ方だと思います。 いずれにしても湿気には気をつけて、ひな人形をしまうのは、晴れた日がおすすめです。

 

 桃の花 
いったいなぜ三月三日の節句を、桃の節句というのでしょう。旧暦の三月三日は、年にもよりますが、新暦ではおよそ四月の前半頃になります。ちょうど桃の咲く時期なので、桃の節句と呼ぶようになったという説もあるようです。また古代中国では、桃には邪気をはらう力があると考えられており、子どもの健やかな成長を願う行事にふさわしい花ともいえるでしょう。



 

 菱餅《ひしもち》 
きれいな三色で、キリッとしたひし形の菱餅は、幼な心にも印象的ではないでしょうか。ひな祭りに飾る菱餅は、植物の菱《ひし》の繁殖力にあやかり、子孫繁栄の縁起物とされます。赤・白・緑の三色のうち、白は餅に縁起物の菱の実を入れて、清らかな雪を表わします。赤い餅は、厄除けの意味を持つ桃の花をイメージして、解毒作用のあるクチナシで色づけます。緑の餅は、体にいいよもぎ餅で、健やかな成長を祈る新緑の若葉をモチーフとしています。



 

 ひなあられ 
米を炒り、豆を炒って混ぜ、砂糖をよくまぶした、ひなあられも桃の節句の楽しみですね。豆は大豆か、黒豆を用います。菱餅と同じく、長寿を表わす白、魔除けの赤、健やかな成長を意味する緑という三色で彩られ、ひな祭りにぴったりの、縁起のいい食べ物です。



 

 蛤《はまぐり》のお吸い物 
蛤は一対の貝がぴったりと合わさり、他の貝とは合いません。そんな蛤にあやかって、一生をともにできる素敵なパートナーに出会えますように、との願いを込めて、蛤のお吸い物を桃の節句にいただくようになりました。



 

「左近《さこん》の桜 右近の橘《うこんのたちばな》」のわけ
ひな飾りに桃の花ではなく、桜の花の飾り物があるのはなぜでしょう。しかも桜と橘が一対になっていて、桜は左に、橘は右に飾るものとされています。 これは「左近の桜 右近の橘」と呼ばれ、平安時代の内裏《だいり》(当時の帝《みかど》がいた正殿)の正面に、左手には桜が、右手には橘が植わっていたことに由来します。 橘は冬の寒さにも負けず、葉はあおあおとして、実はまばゆい黄色で、生命力の象徴と見なされていました。 左近の桜は当初、梅が植えられていましたが、九〜十世紀頃に内裏が火事になり、その後桜に変わります。歌に詠むとき「花」といえば「桜」を指しますが、それは平安以降のこと。それまでは「花」とは「梅」を表わしました。花の代名詞が梅から桜に変わるのと歩をそろえるように、左近の桜となりました。

 


季節の楽しみ

 先ほど、ひな人形を飾る時期のお話をしたときに、旧暦の二十四節気の季節について少しふれました。そのほかにも旧暦には、一年を七十二もの細やかな季節に分ける、七十二候《しちじゅうにこう》という暦があります。
 七十二候では、三月半ば(二〇二四年は三月十日〜十四日)に「桃始めて笑う」という季節があるのですが、「笑う」というのは「咲く」のこと。桃の花が咲きはじめる頃という意味です。昔の人は、花の咲く様子がまるで顔がほころんで笑うようだからと「咲く」を「笑う」とも言い表わしました。
 そんな桃の花のように、いっぱいの笑顔にあふれた、ひな祭りとなりますように。



参考文献:白井明大『暮らしのならわし十二か月』(絵・有賀一広、飛鳥新社)、白井明大『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─ 増補新装版』(絵・有賀一広、KADOKAWA)

写真:PIXTA

 

【プロフィール】



白井明大(しらい・あけひろ)

詩人。1970年生まれ。詩集に『心を縫う』(詩学社)、『生きようと生きるほうへ』(思潮社、第25回丸山豊記念現代詩賞)など。『日本の七十二候を楽しむ』(増補新装版、絵・有賀一広、KADOKAWA)が静かな旧暦ブームを呼んでベストセラーに。季節のうたを綴った絵本『えほん七十二候 はるなつあきふゆ めぐるぐる』(絵・くぼあやこ、講談社)や、春夏秋冬の童謡をたどる『歌声は贈りもの』(絵・辻恵子、歌・村松稔之、福音館書店)、詩画集『いまきみがきみであることを』(画・カシワイ、書肆侃々房)など著書多数。近著に、憲法の前文などを詩訳した『日本の憲法 最初の話』(KADOKAWA)、絵本『わたしは きめた 日本の憲法 最初の話』(絵・阿部海太、ほるぷ出版)


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