【あそびえほん】どうやってあそぶの? 最新の発達認知科学研究から生まれた年齢別絵本監修者8名による特別インタビュー【第7回・麦谷綾子先生】
赤ちゃんは生まれながらにして「数」や「コミュニケーション」に関する知識をもっています。
発達認知科学から生まれた、「あそび」を通じて赤ちゃんが生まれもつ知識を伸ばす絵本——それが年齢別の「あそびえほん」シリーズです。
発達認知科学研究者8名が、最先端の研究成果を結集して作り上げた本シリーズ。
今回は、「乳幼児の音声発達、言語学習」について研究されている麦谷綾子先生に、研究に基づいた絵本制作の過程や、楽しみ方・注目ポイントについてお聞きしました。
―麦谷先生は、どのようなご研究をされているのでしょうか?
私は、赤ちゃんの音声発達や音声知覚を研究しています。
具体的には、赤ちゃんが言葉を学習するために基本としている音声の知覚や、言葉を話すために口の中で音声をどう作るかなどを研究しています。
例えば、音声知覚について。今回の絵本の内容にもかかわりますが、よく「とき」という言葉を使って説明しています。「とき」には鳥の“トキ”と時間の“とき”がありますよね。さらに伸ばす音を入れて「とーき」となると「冬季」や「陶器」という言葉に変わるなど、日本語は小さな音の差分で意味の違いが出てきます。日本語で育つ赤ちゃんはそうした学習をしながら育っていくのですが、それがどの時期に、どう理解できるようになっていくかを調べています。
―「あそびえほん」シリーズでは、0さい「ことばのひびき」、1さい「おんなじことば?」、2さい 「しゃべって うたって」の内容選定・監修を担当されました。研究者の目線でこだわった部分や、具体的なポイントは?
繰り返しのある言葉が、言語習得を促す
本項目のポイントは、“繰り返しのある言葉”です。
ここで登場する「むしゃむしゃ」「もぐもぐ」などが代表するように、大人が赤ちゃんに話しかける際、自然と繰り返しのある言葉を使うと思います。
ワンワン、ニャンニャン、ブーブー、クックなどもよく使われますが、これらの言葉の共通点は、真ん中に促音の小さい“つ”があったり、小さい「やゆよ」の入った拗音や、伸ばす音が入ることです。こういった一定の言葉のリズムがあることは、赤ちゃんの言葉の学習を支えています。食事の場面などでも、「もぐもぐ」「むしゃむしゃ」など多様で複雑な表現がありますが、赤ちゃんは最終的には全部うまく使い分けるようになるんですよ。そうした多様な言語表現を入れたいと思って作ったのが、この「ことばのひびき」という項目でした。
―赤ちゃんにも“正しい言葉遣い”で話しかける必要がありますか?
私は、赤ちゃんの時期には、完全に“正しい言葉遣い”を教える必要はないと考えています。すべてを「ワンワン」のような育児語にしたらいいというわけでもありませんが、お母さんお父さんから自然と出てくる言葉は抑制せず、赤ちゃんと一緒に楽しみながら、たくさん話しかけて、様々な表現を知っていけばよいと思いますね。
そういう意味では、“方言”も言語表現の一つとして大事にしていただければと思います。東京方言で育てられているお子さんに東京方言と関西方言を聞いてもらうと、生後8ヶ月くらいになれば普段聞きなれている東京方言のほうに、より耳を傾けるんです。
この項目にも方言を取り入れていますが、それも含めて、多様な言語表現に子どもたちが触れる機会が増えてほしいと思います。
1歳の言語発達と「同音異語」
日本語はアクセントで意味が変わる言語です。同音異義語がとても多いのですが、私たちは、その音を聞いたら瞬間的に何が示されているか分かります。
子どもは、1歳くらいになると物の名前を覚えはじめ、1歳2ヶ月くらいになるとアクセントの違いを理解し、1歳半くらいになると自分でもアクセントを使いわけるようになっていきます。
本項目に登場する「あめ」も、アクセントの違いを楽しめる言葉です。同じ言葉なのにアクセントによって“飴”と“雨”というまったく違う意味になることを、親子でおもしろがっていただけたらなと思います。
赤ちゃんの単語学習はかなり早い時期から行われていて、0歳での学習の準備期間を経て1歳からは非常に豊かに広がっていきます。ですので、0歳代から、たとえまだ分かっていなくとも、多様な言葉に触れることを大切にしていただきたいです。
また、私たちは「言葉の発達」と「その他の発達」を分けて考えがちですが、赤ちゃんにとってはすべての感覚を使って言葉に触れて、「この言葉を使うと、こういうことが実現されるんだ」という経験の積み重ねによって学習していくものだと思います。そのため、言葉だけではなく、言葉も含めた様々な経験を豊かにできると良いですね。
「どんな風に声かけをしよう?」と悩んだら
本項目では、歌を通して、言葉のリズムやメロディの面白さと、保護者からの愛情を伝えることができます。お子さんと遊ぶときやあやすとき、「どんな風に声かけをしよう?」と悩んだら、ぜひリズムのある歌を取りいれて欲しいと思います。
また、本項目には助詞も登場します。助詞というと、小学生の学習でも登場するので、難しいものと思われるかもしれませんが、実は子どもは2歳代くらいの非常に早い時期から助詞を使い始めます。
確かに、助詞単体の意味や、具体的な使用方法を理解するのは非常に難しいのですが、2歳代の子どもは、「〇が△を~した」といったように、助詞を交えた文型を利用して言葉を理解しはじめます。その言語体験を繰り返すことで、だんだんと文章の構造や単語同士の理解を深めていくのです。
もちろん理解の進度には個人差がありますので、理解が遅くても過敏になりすぎる必要はありません。2歳くらいになるとおしゃべりも盛んになりますが、言葉の理解と発音は別のもの。理解できていても、発音に結びつかないお子さんもいます。これは定型発達の範囲内でもかなりバリエーションがありますので、それぞれのペースがあることを大前提に、まずは親子で楽しく言語体験をしていくことが大切です。
―赤ちゃんの言語発達や言葉の学習について、保護者に伝えたいことはありますか?
言語の発達については、細かいことは気にせず、多様な言葉に触れていくことが今後の学習につながるという点ですね。そして、あまり言葉の発達ばかりを急がず、その時その時の段階で出てくる言葉を楽しんでほしいです。
小さい子の使う言葉はとてもかわいく、その時期にしか出てこないような表現がありますよね。どの国でも就学年齢は6歳前後ですが、それは発達の観点から、学習に対する準備がその年齢前後で整うためです。ですので、未就学の間はあせらず、長い目で、試行錯誤しながら子どもの言葉に注目して楽しむとよいと思います。
例えば、小さな子はスパゲッティを「スタベッキィ」と言ったり、がんばれを「ばんがれ」などとかわいい言い間違いをしますが、そういった発音も過度に気にする必要はありません。「スパゲッティ、おいしいよね」と正しい言葉をすっと添えてあげるくらいでよいと思います。子どもにもプライドがあるので、間違いを指摘されるのはあんまり嬉しくないんですよね。それに、小さな子同士が使う言葉には新しい表現が生まれたりするので、それもとても面白いですよ。私の子どもの通っていた園では“びれる”という言葉を子ども達が使っていました。それは、新聞紙などをちぎってビリビリにすることを指す言葉だったのですが、「びれない」「びれた」など文法活用もされていて、ハサミを使って切ることには使われないなど用法も明確でした。非常に面白く、子どものクリエイティブさが伝わるなと感心したものです。そういった意味でも、あまり大人の正しさを押しつけない方がよいと考えています。
―麦谷先生の今後の研究の目標があれば教えてください。
今後取り組もうと考えているのは、「声の情動性」の研究です。
声や音声のすごいところはそれだけで情動性を伝えられるところだと考えています。例えば、「元気だよ」という言葉だけでも、本当に元気な時と、本当はそうではないけれど、表面上元気だよと言う時では、声のトーンや言い方が全然違いますよね。その情動的な側面は、発達上どのように理解されたり、伝わったりしているのかを研究しようとしています。
また、これからも赤ちゃんたちの研究に関わることで、「子どもや子育てをしている人がよりハッピーになる」ことにつながる素材を提供していきたいと思っています。
子育てや保育に関して、よく「エビデンスが欲しい」と言われることがあります。しかしながら、全ての対応を客観的なエビデンスに裏付けることは難しいのです。子どもに関わる人たちは皆「どうすればベストなのか」を考え続けていると思いますが、そのための材料を、今回の絵本も含め、できる限り多く提供できればと思います。
子どもの持っている力はすばらしく、彼らは新しいことをどんどん吸収するので、最近ではついたくさんのことを教えこもうとするムーブがある気がしますが、発達段階を無視してやり過ぎてしまうと、「できなかった」場合、大人が勝手に子どもに失望することもあります。子育てにおいては、発達段階を正しく理解して、その子の個性を認めることが重要です。そのための素材を提供するのが、研究だと思っています。
―最後に、保護者の方へメッセージがありましたら教えてください。
私は、子どもはいずれ飛び立つという前提で子育てをしています。ですので、いずれ飛び立つからこそ、目の前の子どもの“今”を楽しんでほしいと思います。子どもはやっぱり愛でるものだと思うので、たくさん愛でてほしいなと(笑)。
乳幼児期の子育ては本当に大変ですし、今はSNS などで簡単に調べられるからこそ、心配な要素や不安も多いと思います。発達段階の正しい知識をもとに、焦らず、子育ての楽しさや、お子さんを「かわいい」「おもしろい」と思う気持ちを大切にしてほしいです。
プロフィール
麦谷綾子(むぎたに りょうこ)
1975年東京都生まれ。日本女子大学人間社会学部心理学科教授。専門分野は音声言語とコミュニケーションの発達。「赤ちゃん実験」を用いた実証的な研究を行いながら、保育関係者や保護者に向けた発信にも積極的に取り組んでいる。主な著書(分担執筆)は『乳幼児心理学』(放送大学出版)、『こどもの音声』(コロナ社)、『わたしたちに音楽がある理由-音楽性の学際的探求』(音楽之友社)など。