【あそびえほん】どうやってあそぶの? 最新の発達認知科学研究から生まれた年齢別絵本監修者8名による特別インタビュー【第3回・松中玲子先生】
赤ちゃんは生まれながらにして「数」や「コミュニケーション」に関する知識をもっています。
発達認知科学から生まれた、「あそび」を通じて赤ちゃんが生まれもつ知識を伸ばす絵本——それが年齢別の「あそびえほん」シリーズです。
発達認知科学研究者8名が、最先端の研究成果を結集して作り上げた本シリーズ。
今回は、「赤ちゃんの顔・視線・表情の認識」について専門に研究されている松中玲子先生に、「赤ちゃんが好きな顔といないいないばあ遊び」や、絵本の制作についてお聞きしました。
―松中先生は、乳幼児の発達認知科学をご専門にされています。普段はどのようなご研究をされているのでしょうか?
私は、赤ちゃんが、他者の視線や表情などをどのように認識しているのかを研究してきました。
赤ちゃんは大人や他人の視線を感じるとそちらに注意を向けるという行動を示します。そうした行動は何から生まれるのか。視線に表情が加わると、赤ちゃんの反応はどう変わるのか─そういったことを、ずっと調べてきました。
―今回、0さい「かお?」・「ばあ!」、1さい「ごきげんいかが?」の内容選定・監修をされました。研究者的な視点でこだわられたポイントを教えてください。
■ 赤ちゃんが夢中になる「顔」
0歳の赤ちゃんは、実際の人の顔はもちろん、身の回りにある「顔のように見えるもの」に強く注目する傾向があることがよく知られています。そこで、0さい「かお?」では、赤ちゃんが大好きな「顔」をテーマに選びました。「顔っぽく見える」ラインを意識して、身近なものを選び、イラストにしていただきました。
絵本を読んだあと、身の回りのものにも目を向けて「これも顔みたいかも」と気づいたり、ごはんをこぼした跡が顔に見えたり、といったことが日常に広がっていったらいいな、とイメージしながら作りました。
▲身の回りにひそむ様々な「顔」を探すあそび
うちの子も、電子レンジを見て指さししていたことがあったんです。「なんだろう?」と私が見たら、確かに顔みたいに見えたんですよね。
お子さんの目や口を指さしながら「これは目かな?」「口かな?」と話してみても楽しいと思います。
0歳で読んでいた本を、1歳など少し大きくなってから開いて「これ顔?」と分かっていってくれるのもうれしいですよね。大きくなってからも楽しめる内容です。
赤ちゃんはどうして"いないいないばあ"遊びが好きなのか?
「ばあ!」は、赤ちゃんに大人気の"いないいないばあ"遊びをモチーフにしました。赤ちゃんは比較的早い時期から、目の前から物が隠れて見えなくなっても「そこに何かがあるはず」と予測して期待すると言われています。これが、"いないいないばあ"遊びを0歳の赤ちゃんが楽しめる理由です。そうした発達特性をベースにしつつ、お花やぺろぺろキャンディーに目と口を加えるなどして、「顔っぽい」刺激も意識しました。
また、一部の研究では、お腹の中にいる胎児期から逆三角形っぽい顔のような形に反応するという実験結果もあります。新生児も、目線が自分に向いている顔と逸れている顔では、自分を見ている顔のほうを長く見るんです。生まれてすぐの頃からそうした反応が見られます。この「ばあ!」も「かお?」も、お座りができる生後4〜5か月頃や、もっと早い時期の赤ちゃんでも楽しめると思います。
▲イラストと「目が合う」いないいないばあ遊び
コントラストの強いイラストが赤ちゃんを惹きつける
「ばあ!」は、色がページごとにぱっと変わるところがポイントだと思います。最初のページは目を閉じていますが、めくると一気にカラフルになって目も開くという、ダイナミックな変化が魅力です。新生児のころから「目が閉じている・開いている」という違いもわかりますし、「白黒のこれはなんだろう?」と思ったものが「あ、お花!」「あ、キャンディー!」と気づいていく楽しさもありますよね。目と口の3点配置だけでも、赤ちゃんは「顔」と認識します。まるが三つ並んでいるだけでも反応するんですよ。
赤ちゃんは大人の表情をよく観察している
1さい「ごきげんいかが?」では、生後7か月ごろに発達してくる「人の表情の見分け」をとり入れました。この時期から、「この表情はこういう気持ちかも」ということをうっすら理解しはじめます。そして1歳頃になると、お母さんや周りの人の表情を見て「怒っているから近づかない」「ニコニコしているからおもちゃを触ってみよう」といった判断ができるようになると言われています。いろいろな人のいろいろな表情を見せつつ、セリフに合わせて読む声を変えたり、保護者の方にも一緒に声を出して楽しんでもらえるよう意識しました。
▲様々な表情が出てくる2さい「ごきげんいかが?」
「ごきげんいかが?」には、「かなしんでいる」「いやがっている」といった少しネガティブな表情も入れています。赤ちゃん向け絵本では、こうした表情を描いたものは意外と少なく、笑顔が多いですよね。怖がるかなとも思ったのですが、「世界にはいろんな顔がある」と知ること自体がお子さんにとって興味深いのではないかと考えました。
0歳でも「さっきと違う顔だな」と分かりますし、2歳くらいになるとお子さん自身も「いやだー!」と自己主張する時期にさしかかります。そんなときに声を当てて「いー!」とか「あー!」とか時には大きな声を出して、ママパパの気持ちの発散として楽しんでもらってもいいですよね。また、あえてラベルをつけていない表情も入れています。どんな声を当てるかは保護者の方次第。自由にアレンジしてみてください。
―松中先生は、赤ちゃんの視覚的な注意や他者の表情への反応を研究されていますが、ママパパの赤ちゃんへの表情の見せ方に影響はあるのでしょうか? たとえば、笑っていたほうがいいなど。
そうですね。まず、親がずっとニコニコしていればいいかというと、それだけではだめだと思うんです。いろいろな表情があると知るためには、「なんでこの人はこんな表情をしているんだろう?」と考える経験がたくさんあったほうがいいと思います。そうでないと、誰かが怒っているのを見たときに、どう受け取ればいいかわからなくなってしまうかもしれません。なので、淡々と読むよりも、いろいろな表情や声の調子をつけて感情豊かに読んであげるのがいちばんいいと思います。
私自身も子育て中ですが、いつもニコニコしているかというと、やっぱりエネルギー切れになっているときもありますよね(笑)。そういう部分も子どもには自然に見せつつ、いろいろな表情を日常的に見せていけたらいいなと思っています。
―このシリーズを、保護者の方にはどんなふうに使ってもらいたいですか?
このシリーズはいくつかのセクションに分かれているので、ぱっと開いたページを一緒に楽しんで読む、といった使い方もできると思います。また、巻末には発達認知の研究的な観点からの解説も載っているので、「この時期の赤ちゃんはこんな楽しみ方ができるんだな」と知っていただけたらうれしいです。
体の成長発達については健診などで知識に触れる機会がありますが、認知発達についてはなかなか知る機会が少ないですよね。このシリーズは赤ちゃんの認知発達研究の知見をベースにしています。そうした絵本はあまりないので、「この時期の赤ちゃんも、こんなことが分かるんだ」「理解しはじめているんだ」と感じてもらえたらと思います。顔や視線に対する反応があると知るだけでも、子育てはぐっと楽しくなりますよね。そうやってママパパにも楽しんでもらえたらと思います。
―最後に、保護者の皆さまへのメッセージをお願いします。
0、1、2歳くらいの時期は、子どもがすごいスピードで成長していきます。パパママにとっても怒濤の時期だと思います。特に0歳では、もちろん赤ちゃんなりのコミュニケーションはありますが、「キャッキャッ」と笑うような反応は生後半年ごろにならないと出てこないですよね。
でも、そうした反応がまだ見えなくても、実はちゃんと伝わっているものがあるんです。絵本を読んでいて反応がよくわからなくても、「ちゃんと赤ちゃんはわかっているよ、楽しんでいるよ」と思っていただけたらと思います。赤ちゃんのなかに言葉はどんどんたまっていくので、語りかけなどいろいろな刺激が大切です。
親御さん自身が楽しそうに読んでいれば、赤ちゃんも「なんだろう?」とじっと見てきます。そうやって興味を持つきっかけになるコンテンツが、このシリーズには集まっていると思うので、反応がまだ見えにくい時期こそ、この本が赤ちゃんとのコミュニケーションツールになるんじゃないかなと思います。
プロフィール
松中玲子(まつなか れいこ)
東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。二児の母。1歳ころの乳児が見せる「社会的参照行動」に感銘を受け、表情や視線の認知やそれらが注意に与える影響についての研究に取り組む。最近は、文字や数の認知にも興味を持ち始めている。博士(学術)。