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『せかいは すきで あふれてる』発売記念インタビュー 大森裕子さん「意識を向ける先が変われば、世界が変わる」

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『せかいは すきで あふれてる』は、ある男の子と猫の不思議な1日を描いた作品です。著者の大森裕子さんが「いつか絶対に描きたい」と温めていたお話は、どのように生まれたのでしょうか? 『せかいは すきで あふれてる』制作の裏側を聞きました。

実話から生まれたストーリー

―『わすれていいから』は猫の視点でしたが、新刊『せかいは すきで あふれてる』は男の子の視点で描かれたお話です。この物語はどのようにして生まれたのでしょうか?

『せかいは すきで あふれてる』は、実生活のエピソードから生まれたお話です。次男が小学校3年生くらいのとき、学校のルールや宿題にとてもうんざりして、「こんなガチガチな生活、もう嫌だ!」と爆発したことがありました。とくに宿題が嫌だったようで、「なんでこんなことしなきゃいけないんだ」「先生が俺をコントロールしようとしてくる、自由じゃない」と、家ですごく苛立っていたのです。

 私はただただ、次男の話を聞いていました。そうしているうちに、もしかしたら地元の中学校に進学するよりも、細かな校則がなく授業が選択できる自由な環境のほうが彼に合っているのかもしれないと思い、「こんな学校もあるよ」と家からやや離れた別の学校を選択肢として提案しました。


子どもの話を「ただただ聞いていた」という大森さん。子どもとのやり取りから物語が生まれました。


 次男はそれを聞いて、真剣に考えたようでした。通学の苦労や新しい環境への不安、そして友達のこと。いろいろと想像して、自分の生活をひとつずつ振り返った結果、「今の友達のことが大好きだから、その学校には行きたくない」と言いました。

 そこから、まるでオセロの石がひっくり返るように、次男の考えが一気に変わり始めました。あれほど嫌がっていた学校での出来事が、一つひとつ「これも好きだった」「あれも好きだった」となり、次男のまわりがぱぁっと明るくなっていきました。そして、「あぁ、そうか……世界は好きであふれてる」と言ったのです。

――息子さんの言葉がタイトルになっているのですね。

 次男の言葉を聞いて、私はすごく感動しました。そばで耳をそばだてていた夫も泣いていました。学校には決まった時間に行かなきゃいけないし、廊下は走っちゃいけないし、理不尽な理由で大人に怒られることもあるという状況は変わりません。でも、「世界は好きであふれてる」と気づいたことで、環境が変わらなくても、自分次第で人生はどのようにでも作っていけるということに彼は自分で気がついたんです。

――9歳のときにとても大きな真理に気がついたのですね。

「世界は好きであふれてる」と言ったあと、次男は「これが本来の自分なんだ」と言いました。彼が言った「好き」という気持ちは愛と同義語なんじゃないかと思いました。世界は愛であふれていて、愛の存在として人は生まれてくるけれど、学校や日々の生活、大人であれば仕事やその他やるべきたくさんのことや人間関係の摩擦などによって、本来の愛である自分をどんどん忘れていってしまう。こうしたことは、どんな人でも経験することではないでしょうか。次男はあのとき、世界は自分を映す鏡だと気づいたんじゃないかなぁと思います。あのときを境に、彼の人生は少し変わったかもしれないなぁ、と思います。

今なら描けると思った

――息子さんの9年前のエピソードをいま絵本にされたのはなぜですか?

「せかいは すきで あふれてる」という次男の言葉に感動して、いつか絵本にしたいと思っていました。描きたいことリストにもずっと入っていたのですが、なかなか形にはできなくて。転機になったのは、『わすれていいから』を描いたことです。あの作品を描いたとき、自分のなかで今までできなかった表現ができるようになった感覚がありました。今ならあのときの次男の変化や気づきを描けるんじゃいかと思って制作に入りました。


少年の葛藤が、見事に表現されている導入シーン。


 猫を主人公にしたり、大人と猫の話にしたりと、いろいろなバージョンを考えました。でも、一番伝えたかったのは、「意識を向ける先が変われれば、世界が変わる」というメッセージ。このメッセージをもっともストレートに伝えられるのは少年の目線だと思い、男の子が語る物語にしました。

――物語のなかで、猫が重要な役割を果たしていますね。

『わすれていいから』もそうですが、登場するのは家猫で、家のなかという限られた空間が“なわばり”です。人間から見れば不自由に見えるかもしれませんが、猫は自分のことを不自由だなんて思っていません。毎日楽しく、自由に、幸せに暮らしています。一方、男の子は猫よりも広い世界に行けるはずなのに、心には「不自由」な気持ちを抱えています。こうした対比を描きたいと思いました。

 人間には傲慢なところがあって、動物は人間よりも劣った存在だと思いがちです。でも実際は、彼らが見ている世界は人間の想像もおよばないような第六感の研ぎ澄まされた世界かもしれません。人間が頭の中で考えていることのほうがずっと狭くて窮屈で、不満やしんどさばかりになるのかもしれません。そんなとき、「意識が変われば見える世界が変わる」ということを男の子に気づかせてくれる存在が「猫」なのです。


物語が大きく動き出す「キラン!」と光る目。


――物語の後半に向かって、男の子のものごとのとらえかたが大きく変わっていきますね。

 物語の始まりでは、雨が降って空はくもっていて、男の子はなぜだかわからないけれども、とてもイライラしています。金網を手でつたいながら帰る様子は、制作前から頭のなかにイメージができていました。傘でたんぽぽの綿毛を散らす動きや、水たまりを蹴り上げる動作は、次男や夫に「雨上がり、傘を持ってたら、どんなことする?」と聞いて、いろいろなバリエーションを教えてもらって描きました。男の子が家に帰って猫と過ごしていると、部屋に光が差し込んで、今まで見ていた世界が変わっていきます。自分は自由だということに男の子が気づくために欠かせない存在として、猫を描いています。

世界は今この瞬間から変えられる

――『せかいは すきで あふれてる』を読んだ息子さんたちの反応はいかがでしたか?

 じつは次男はまだ読んでいません(笑)。でも、制作前に「あのときの話を描きたいんだけど」と伝えたら、当時むかついていたことをいろいろと話してくれました。「あのとき『世界は好きであふれてる』ってきみが言ったんだよ」と話すと、次男は「俺、そんなかっけえこと言ったっけ?」と言っていました(笑)。

 ひとり暮らしをしている大学生の長男は、帰省したときに読みました。自分たちが通った小学校や通学路が、ほぼそのまま描かれているので、懐かしがっていました。




学校の入り口、近所の橋。思い出がつまった場所が描かれています。

――『せかいは すきで あふれてる』をどんな人に届けたいですか?

 たくさんの人に届くことを願っていますし、物語前半の男の子のような、なんだか毎日がつまらない、イライラする気持ちに共感する人たちにもぜひ読んでほしいです。自分の外側にある環境を変えることはできないけれど、「環境が主体の生き方」をするか、「自分が主体の生き方」をするかは選ぶことができる。自分自身の視点や意識をどこに向けるかは、今この瞬間から変えられます。それは子どもだけでなく、大人も同じですよね。この絵本が、そうしたきっかけになったらうれしいです。


取材・文:三東社  撮影:澤木央子


【作家プロフィール】



大森 裕子

神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院在学中よりフリーランスで活動をはじめる。『おすしのずかん』『パンのずかん』『ねこのずかん』『いぬのずかん』などの「コドモエのずかん」シリーズ(白泉社)、『ぼく、あめふりお』(教育画劇)、『ちかてつ もぐらごう』(交通新聞社)など著作多数。『わすれていいから』で「第17回MOE絵本屋さん大賞2024」第2位、「キノベス!キッズ2025」第3位など受賞。

 

【書籍情報】



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