中学受験で「成功譚」ばかりが流布するワケ
首都圏を中心に中学受験が人気を博せば博すほど、メディアはこぞって中学受験の特集を組んだり、数多くの中学受験に関する書籍が刊行されたりするものです(本書もそうですが)。「中学受験」でインターネット検索をするとおわかりになるでしょうが、中学受験に関する情報は巷に溢れています。それらの情報が「氾濫」していると形容しても過言ではありません。
「情報過多」の世界では、皮肉なことにそれらの情報の価値は低下、軽んじられるようになります。こうなると、身近な人間の「口コミ」が絶大な信頼を集めるようになるのです。たとえば、わたしは東京都世田谷区奥沢(自由が丘エリア)と東京都港区三田で中学受験専門塾を営んでいます。小さな塾ゆえ、大手塾のように広告でお金を使えないこともありますが、ただその事情を差し引いたとしても、わたしは「口コミ」の威力の大きさを日々感じています。わたしの塾に新規で問い合わせてくる保護者の実に6〜7割程度は、在塾生やその保護者からのご紹介です。
わたしの塾で学んで、わが子が中学受験で納得のいく結果を収めた、中学受験を選択して本当に良かったと心から思える保護者は、わたしの塾を周囲に広めてくれます。その反対はどうでしょうか。すなわち、わたしの塾に通って中学受験に挑んだものの、納得のいく結果にならなかった、未練の残る入試になってしまった……という場合です。「あんなロクでもない塾に通うべきではない」、「矢野という塾の代表者はいろいろな情報発信をしているが、実力のない薄っぺらな人間である」などと陰口を叩かれそうです(自分で書いていて身震いしました)。ただ、わたしの塾のみならず、他塾であっても、中学受験塾については「良い評判」に比べれば、「悪評」はさほど多くはないとも感じています。
いったいどうしてでしょうか。
理屈は単純です。中学受験で無念な結果になってしまったご家庭は表立ってそのことを話したがらないからです。
すると、わが子の中学受験の経験談を嬉々として周囲に広める保護者は、――たとえば、小学校のパパ友、ママ友であったり、会社の同僚であったり――わが子の中学受験結果に満足している方の占める割合が高くなるのは当然のことでしょう。
よそはよそ、ウチはウチ
わたしは「はじめに」で、近年首都圏を中心に中学受験は盛況であると記しました。各校の実質倍率をみても、中学受験は第一志望校に見事合格を射止められる子たちより、そうでない結果を突き付けられる子どもたちのほうが圧倒的に多い世界です。ですから、身近な人が中学受験の良さを周囲に語っていたとしても、「ああ、この人のお子さんは中学受験で上手くいった側なのだな」と冷静になって、その話に耳を傾けることが大切です。その人の話に食いついて、「それなら、わが家も中学受験を!」と飛びつくのは短絡的なのでやめましょう。「よそはよそ、ウチはウチ」というスタンスでいてください。
繰り返しますが、中学受験塾の評判は「成果バイアス」に依るところが大きいのです。
わたしは昨年X(旧Twitter)で、こんな投稿をする母親のアカウントを見かけました。わが子が小学校6年生、受験生の時点では中学受験がいかに素晴らしい世界かを滔々と語り、また、わが子の通う塾の講師に日々感謝を表明していました。ところが、お子さんの中学受験は第一志望だけでなく、第二志望校、第三志望校、第四志望校にも不合格。(その母親曰く)何とか「安全校」として受験した学校のみ合格。すると、それまでとは態度が豹変。中学受験がどんなに過酷な世界か、通っていた塾がいかに良くないところだったのか、恨み節を炸裂させるようになりました。
もうおわかりでしょう。仮にこの母親のお子さんが第一志望校に合格、進学を決めていたら、「中学受験は良い世界!」「わが子が通っていた塾は素晴らしい!」と外に向けて発信していたに違いありません。
ですから、塾や中学受験自体の評価は「口コミ」だけでは推し量れないのです。
結局、わが家にとって、わが子にとって中学受験はどのような意味を持つのかをじっくりと考えて、中学受験をするか否かを決断すべきだということですね。
次回『中学受験・保護者の心構え』へ続く(5月26日公開予定)
書籍情報
- 【定価】
- 1,650円(本体1,500円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- A5判
- 【ISBN】
- 9784046070562