
中学受験をはじめる前に知っておきたい「60のポイント」を、講師と保護者の視点を持つ矢野耕平先生が実体験をもとにわかりやすく解説します。
家庭のリアルな悩みを描いたマンガとともに、子どもと親が納得のいく選択を重ねながら、後悔のない受験生活を送るためのヒントをお伝えしていきます。
※本連載は『中学受験のリアル マンガでわかる 志望校への合格マップ』から一部抜粋して構成された記事です。
いまの中学受験ってどんな状況なの?
塾講師・保護者の両面の視点で語る中学受験
はじめまして。本書を手に取ってくださったことに心より御礼申し上げます。
中学受験指導スタジオキャンパス代表の矢野耕平と申します。わたしは中学受験専門塾を経営し、日々中学受験を志す小学生たちに国語や社会の指導をしています。大手進学塾に勤務していたときとあわせると、指導歴は今年で31年目です。また、わたし自身は2児の父親として、現在高校2年生の娘と中学校1年生の息子の中学受験を経験し、2人とも第一志望校であった女子校と男子校に合格、進学しています。
本書では塾講師・保護者双方の立場から、中学受験の実態や押さえておくべきポイントなどを包み隠さずに話したいと考えています。
そんなわたしの考える中学受験とはどういう世界でしょうか。結論を5点にまとめて、冒頭で紹介したいと思います。
① 中学受験の学びをわが子が楽しめれば、そこで身につけた学習基盤は大きな財産となる点。そして、中学受験という「個人戦」を闘い抜くことで、わが子が精神的に大きく成長できる機会となる点。
② 中高一貫校の学び舎では、高校受験を避けられる分、継続的な活動をしやすい環境にあることと、生涯付き合える友人や、長きにわたって支えとなる恩師と出会える可能性が高い点。
③ コスパ(コストパフォーマンス)やタイパ(タイムパフォーマンス)を重視する保護者にとって、中学受験は選択しないほうが無難な世界である点。
④ 保護者のスタンス次第では、中学受験勉強を通じてわが子が勉強を極度に嫌がってしまうきっかけになることもある点。また、入試結果によっては中学受験の経験がわが子の「黒歴史」になってしまう。そんなリスクをはらむ世界である点。
⑤ 保護者が中学受験を上手く「飼い慣らす」ことができれば、わが子の「自立」を促せる点。
わたしの考える中学受験を5つに集約しましたが、これを読んでピンとくる保護者はあまりいないかもしれません。また、次のような疑問を抱く保護者だっているでしょう。
「中高一貫校の最大の魅力は、綿密なカリキュラムが各校に用意されていて、大学受験で有利になるのではないか?」
「中学受験をしたほうが、一流大学に合格できる可能性が高くなり、結果として生涯年収は上がるからコスパは良いのではないか?」
「中学受験がたとえ上手くいかなくても、学んだことを高校受験に活用でき、そこで志望校に合格すれば『黒歴史』なんてことにはならないのでは?」
「小学生に『自立』などまだ早いし、中学受験は親子二人三脚で頑張るべきではないか?」
「中学受験は塾のライバルたちと競い合いつつ、互いに高め合う『団体戦』ではないのか?」
このような疑問を抱く保護者にこそ、本書の内容は大きな意義を持つでしょう。読み進めてみてください。そして、本書を読了したときには、先に挙げた5項目の意味をすっと理解できるはずです。
最近の中学受験の概況
さて、ここからは首都圏を中心に昨今の中学受験概況について見ていきましょう。
皆さんの周りで「中学受験」ということばが飛び交うことがよくありませんか。たとえば、小学校の同級生の保護者だったり、職場の同僚だったり……。お住まいの、あるいは、勤務先のエリアが都心部に近づけば近づくほど、中学受験が話のタネになることが多いと考えられます。
昨今の中学受験は、首都圏を中心に盛況であるとされています。森上教育研究所が2024年2月に公表したデータ・グラフを示します。

これを見ると、幾つか際立った数値的ポイントを見出すことができませんか。
まず、2007年(H19)に中学受験者数がピークを迎えたあとは、年々その数が減少しています。これは、リーマンショックに端を発する不景気が主たる原因とされています。それはそうですね。中学受験は「お金のかかる世界」ですから。加えて、2011年(H21)の東日本大震災により、「電車に乗って、自宅から距離のある私立中高一貫校に通う」ことを躊躇ったご家庭が増えたことも挙げられるでしょう。
ところが、2015年(H27)で底をついた中学受験者数は再び勢いを取り戻し、その後は年々受験者数を増やしています。昨年、2024年(R6)は前年比で微減となっていますが、これは首都圏の小学校6年生総数が前年比で減少したことが大きく、受験率についてはむしろ上昇しています(受験率算出のもとになった「2月1日午前入試の私立中学校受験者数総数」は首都圏の私立中学受験生総数と近似値になるとされています)。これは日本が好景気に転じたというわけではなく、大学入試改革への不安、中学受験熱の高い都市部の児童数の増加、コロナ禍における学習フォローの公私間格差の顕然化、在日華僑(中国籍を持つご家庭)の中学受験選択率向上などが、昨今の首都圏中学受験の盛況ぶりを生み出したと考えられます。この他にも、保護者世代に自らが中学受験経験をした人が多いことも大きいでしょう(1990年前後にも中学受験ブームが到来)。我が子にも自分と同じ道を用意してやりたいと考えるのはごく自然のことです。
また、「何か」がブームになれば、メディアをはじめとした情報発信が連日なされるものです。中学受験だってその例外ではありません。ネット記事や新聞などで中学受験が特集されることは珍しくありませんし、昨今は中学受験を題材にした漫画や小説が話題となり、その中にはテレビドラマ化されたものがあるくらいです。それまでどこか「遠い世界」だった中学受験が「身近」に感じられるようになったのでしょう。
そして、中学受験が盛況を博せば博すほど、先述したように、中学受験の話がさまざまな場面で交わされるようになり、それまで中学受験など考えたこともなかったご家庭の「新規参入」を促しているという側面だってあるはずです。
中学受験はしなければいけない世界なのか?
このように中学受験が近年活況を呈しているわけですが、はたして中学受験は「絶対にすべき世界」なのでしょうか。あるSNSにこんな発信がありました。「いまの時代、わが子に中学受験をさせないと、人生『詰んで』しまう」。反対に、著名な学者の方が「中学受験は子どもたちを壊す。ひいては、日本を滅ぼす由々しき存在である」といった旨の発言をされていました。一見、真逆の見方に思えますが、わたしから言わせれば、両者の言い分は「双生児」のように似ています。だって、ともに「中学受験が子に及ぼす影響を過大評価している」点では同じですから。
中学受験はしなければいけない世界ではありません。先ほどのグラフを眺めても、たとえば2024年(R6)の私立中学受験率は「15.3%」であり、換言すれば、8割以上の児童は中学受験をせず、地元の公立中学校に進学し、高校受験をするのが一般的だということです。こう考えると、いまも昔も中学受験は「特殊な世界」であると言えます。
本書では中学受験を過剰に持ち上げず、具体的事例を挙げたり、漫画をまじえたりしながら、その功罪についてなるべくわかりやすく説明していきたいと考えています。それらに目を通していただいたうえで、わが子が中学受験の道を選択するか、あるいは、中学受験勉強の途上だけれど、それをやめて高校受験にシフトするか否か……そんなことを保護者の皆さんが考えるきっかけを提供したいと考えています。
ここで一点断っておきたいことがあります。北は北海道から、南は沖縄県まで中学受験に取り組んでいる子どもたちがいます。
わたしは、東京都世田谷区と港区に校舎を構える中学受験塾を経営し、東京都・神奈川県在住の子どもたちを対象に日々指導しています。つまり、毎年2月1日以降に開幕する東京都・神奈川県の私立中高一貫校の入試を指導のメインにしています。
よって本書の内容は東京都を中心にした首都圏の中学受験模様に焦点を当てた話となります。
たとえば、本書の終盤に挙げられている「受験校のスケジューリング立案」などの具体的な事柄については、東京都在住の中学受験生を仮想しています。そのため、読者の皆様のお住まいの地域によっては、これらの具体例が参考にならない場合があります。
しかしながら、本書に取り上げた具体例に留まらない中学受験のあれこれの論点は、普遍性を持つと自負しています。言い換えれば、中学受験生の保護者であれば誰しもが抱くだろう葛藤や、わが子が中学入試に臨むうえで求められる学習姿勢などは、皆様の在住地域に関係なく一脈通じたものが厳として存在します。
本書で取り上げたさまざまな「中学受験のリアル」が、皆様の「リアルな中学受験」を走り抜ける際の参考になると幸いです。
それでは、はじめましょう。
*本書の情報は2025年2月時点の情報に基づいています。
次回『どうして中学受験を始めるのですか』へ続く(5月22日公開予定)
書籍情報
- 【定価】
- 1,650円(本体1,500円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- A5判
- 【ISBN】
- 9784046070562