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「過去の戦争とはここがちがう」東大名誉教授が“歴史”で読み解くイランと国際情勢

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2026年2月28日、アメリカとイスラエルがイランを攻撃するなど、連日ニュースで耳にする中東情勢。複雑な国際情勢の背景をひもとくため、今回は、かつてイラン史、イスラーム史を専門とし、現在は世界史が専門の、羽田正東京大学名誉教授にイランの歴史や過去の戦争とのちがいなどをお聞きしました。



■イランを形づくる3つのアイデンティティ


ペルシア湾に面し、日本の約4.4倍の面積と人口約9000万人をもつイラン



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イランは他の中東諸国と何がちがうのでしょうか?

中東の国々の国境線の大半が第一次世界大戦後に人工的にひかれたこともあり、イラクなど多くの国では、民族や宗教が国境線を越えてモザイク状に入り組み、人々が「国としてまとまる」ためのアイデンティティを持ちにくい状況にあります。

でもイランの場合は、人々をまとめる要因がいくつかあります。「イラン人」というアイデンティティをつくるひとつの要因は「歴史」です。イラン高原には常に政治権力の中心が存在していました。そのいちばん古いものは「アカイメネス朝ペルシア」という、今から2500年くらい前に中東全域を支配していた強力な政権です。この王朝の存在は、イラン高原の人々の記憶から長らく抜け落ちていましたが、19世紀にその遺跡が考古学的に再発見され、そこから「自分たちは2500年以上の長い歴史を持つ偉大な文明の民である」という歴史への誇りとイランへの帰属意識が起こってくるのです。



アカイメネス朝ペルシアの成立



2つ目は「宗教」です。イランでは、イスラーム教の中でも少数派のシーア派が主流になっています。巨大な宗教の中の少数派が、イランという場所に島のようにまとまっていて、多数派のスンナ派が主である他の中東諸国と比べて、「我々は周りとはちがう」といった意識や誇りが生まれやすい構造があります。

そして3つ目が「ペルシア語」です。イランではアカイメネス朝の時代からペルシア語を使っていましたが、7世紀前半にイスラーム教とともにアラビア語が入ってきます。中東のほとんどの地域ではアラビア語を取り入れましたが、イラン高原ではペルシア語が保持され、この言葉によって美しい詩や散文の作品が数多く生まれました。

こうした、歴史・宗教・言語といった要素がイランの人々に共有される誇りとなって、「我々は同じ仲間だ」という強い国民意識が生まれ、それが人々を「イラン人」としてまとめているのです。したがって、攻撃を受けてもそう簡単にはつぶれないし、空中分解しないでしょう。



イスラーム教の2大宗派



■ニュースでよく見る「イラン体制」や「ホルムズ海峡封鎖」


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現在のイラン体制について教えてください。

今のイランの体制は、1979年のイスラーム革命ともよばれるイラン革命によって出来上がったものです。それ以前のイランは王政で、西洋化をめざしていました。私がイラン革命前の1978年にイランに行ったときは、最新式の車が走り、ミニスカートの女性が歩いていてビックリしたものです。しかし急激な社会変化や格差の広がりが生じ、それを快く思わない国民も多かったんですね。当時、宗教は時代遅れでいずれ消え去るものだと信じられていましたから、宗教の名の下で起こったイラン革命は、近現代のヨーロッパやアメリカが普遍的だと信じる価値に対する挑戦でもありました。

これからイランがどういう方向に向かうのかはわかりませんが、最高指導者(ハメネイ師)が暗殺されても、政権や体制は維持されています。革命から50年近い年月が経ち、基本的な社会の構造が多くの人々に受け入れられて堅固となっているため、トップ層が不在となっても簡単に体制が変わることにはならなかったのでしょう。しかし、国内にはアメリカ文化が好きだという若者も相当数います。


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日本からするとイランは遠い国ですが、イランは親日国だそうですね。

それは1990年代にイランによく行っていたときに実感しました。イランの人は日本のことをよく知っているし、すごく好きなんです。同じアジアの国として、自分たちにとって日本は見習うべき存在だと言うのです。それに対して、日本に帰ってきてイランの話をしようとするとみんな無関心だから、当時はとても心が痛みましたね。


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世界経済を揺るがす「ホルムズ海峡の封鎖」はどのような意味があるのでしょうか。

ホルムズ海峡を封鎖すると、イランも原油の輸出ができずに非常に困るわけです。しかし、現代においてはこの手段が非常に強力な武器となっています。
そもそも「海峡を封鎖する」という考えが生まれたのは最近のことです。経済のグローバル化の影響や巨大なコンテナ船の登場によって、国際間の貨物の移動量が飛躍的に増えました。積み荷を満載した船が、世界各地の海峡を多数行き来するようになったため、海峡封鎖が現代特有の脅威となっているのです。
本来、ホルムズ海峡やそれ以外の各地の海峡は各国の船が自由に航行できる国際海峡だったはずなのですが、今後はこの常識も変わってくるのかもしれません。


アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃が起こるまで、1日約120〜140隻の船舶が通過していた石油輸送の要衝「ホルムズ海峡」



■過去の戦争とはここがちがう!


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ウクライナでの戦争も4年以上になり、今の世界の状況を見ていると不安になります。

今回、アメリカとイスラエルがイランを攻撃したことと、ロシアとウクライナの戦争では少しちがいがあると思います。ウクライナには、ヨーロッパ諸国やアメリカの後ろ盾があります。そう考えると、ロシア対ヨーロッパ諸国の戦いと言い換えても構わないわけで、このパターンは20世紀初めからずっと続いています。第一次世界大戦も第二次世界大戦もそうですね。植民地をつくった先進国が、その中で組み合わせを変えながらリーダーシップを争ってきたという形です。

でも、イランは先進国のグループには入っていません。その国をアメリカが攻撃し、それに対して、ヨーロッパ諸国などが必ずしもアメリカに賛成せず、しかしイランの支援もしないという状況は、ここ100年くらいのパターンとは異なっているのです。
世界の多くの地域を支配し、世界の動向を決めていた「先進国クラブ」の枠組みが、現在うまく機能しなくなってきたのかなという気がしますね。


■世界の歴史を知り、「地球の住民」としての意識をもってほしい


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今の時代に世界の歴史を学ぶ意義はなんでしょうか?

現代は、通信技術や移動手段の発達によって、地球がすごく狭くなってしまった時代です。100年前、第一次世界大戦のころは地球はもっと広かったんですよ。通信だって、せいぜい電報を打つくらいだし、簡単に軍事行動も起こせませんでした。しかし、今ではイランの状況が誰でもすぐにオンラインで見られるようになっています。そして、遠い海外の出来事が自分の生活にも影響を及ぼします。



これだけ狭くなってしまった地球を、私たちは「地球の住民」としてみんなで守っていかなくてはならない時代だと思います。
そのためには、ある国や地域の人たちがどうして異なる意見や価値観をもっているのか、その背景を理解することが大切です。価値観がちがうからといって、自分たちのやり方を押し付けようとしてもうまくいかないことは、植民地支配の歴史が証明しています。

私は、世界の歴史は「地球の住民の歴史」として再解釈すべきだと思っています。歴史の横のつながりに注目する「グローバル・ヒストリー」という方法で、過去の世界を見直し、それによって現代の世界を理解し直す。ある時代の世界のありようを知り、それを参考にしながら現代を見たときに、今起きていることはどういうふうに理解できるか。一応理解できたら「ではどうしようか?」と未来について考えることができます。

「なぜ戦争が起きるのか」「どうしたら解決できるのか」。日本からの視点だけではなく、「地球の住民」という一段高い視点から世界を見つめ直すために、「世界の歴史」を学ぶ意義があると思います。

※インタビューの内容は2026年5月現在のものです。



羽田 正

1953年生まれ。大阪府出身。京都大学大学院文学研究科修了。東京大学名誉教授。著書に『イスラーム世界の創造』(東京大学出版会)、『東インド会社とアジアの海』(講談社学術文庫)、『新しい世界史へ:地球市民のための構想』(岩波新書)、『グローバル化と世界史』(東京大学出版会)など。2017年紫綬褒章、2024年文化功労者。




羽田正先生が監修した、角川まんが学習シリーズ『世界の歴史』は、「グローバル・ヒストリー」を採用した初めての学習まんが。1巻ごとに、同時代の世界の横のつながりを重視した構成が特長です。全20巻のうち11冊以上で近現代を扱っており、現代の複雑な国際情勢を読み解く力が身につきます。

取材・文:久保美鈴
写真:PIXTA


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