【専門家に聞く!】クマってどんな動物? どれくらい怖い? クマへの理解を深めて対策しよう
ぽかぽかとした陽気に誘われて、自然の中へお出かけしたくなる季節がやってきました。親子でキャンプやハイキングなどの計画を立てている方も多いのではないでしょうか。近年のニュースで気になるのが「クマの出没」です。「クマが怖い」「どう対策すればいいの?」「もし出遭ってしまったら?」。そんな不安に応えるべく、旭山動物園元園長であり、現在は札幌市環境局参与として野生動物の最前線を見つめ続ける獣医師の小菅正夫先生にお話をうかがいました。
2025年のクマ出没は「予想していた」
2025年にクマの出没が増えることは前年からわかっていました。2024年秋、円山動物園に隣接する円山公園にはどんぐりの実が一面に広がっていました。クマのからだはうまくできていて、秋にどんぐりなどの山の幸をしっかり食べて栄養を蓄えていないと、受精卵が子宮に着床しないというメカニズムを備えています。これを「受精卵着床遅延」と言います。無理な妊娠で母体の命が危険にさらされないようにするための、すばらしいからだの仕組みです。
どんぐりが豊作の年は、多くの母クマが妊娠し、冬眠中に子グマを産みます。2025年の春には子連れの母クマが例年以上に増えるだろうと予測していました。不運だったのはそのあとです。2025年秋はヤマブドウやサルナシ、どんぐりというクマの好物3種類がことごとく不作。食べるものを求めてクマが出るかもしれないと思っていました。
ヤマブドウ
サルナシ
なぜクマは人里にあらわれる? 失われた「中間地帯」
とはいえ、クマは安易に人が住むエリアに出てくるわけではありません。近年、クマが姿をあらわすようになった背景には、人間側の問題、つまり「クマとの距離を保つこと」を徹底できていなかったという事実があります。
かつて住宅地と山のあいだには「中間地帯」がありました。40〜50年前まではこの場所が境界線として機能していて、クマも人間も互いの気配を察して、適度な距離を保っていました。ところが近年、この中間地帯にも人間が住み始め、家庭菜園のりんごやプルーンなどの香りに惹かれて、クマがやってくるようになったのです。
りんごやプルーンなどの果実は、野生にはない、強烈な甘さを持っています。不思議なもので、哺乳類は甘いものが大好き。りんごの甘い香りに惹かれて庭先にやってきたクマは、一度食べたらそのおいしさを忘れられません。山にどんぐりの実がたくさんあっても、「あのおいしいものがまた食べたいな」と山から探しにくるわけです。こうしてクマとの距離がどんどん縮まった。人がクマを呼んでしまったのです。
クマの大きな特徴のひとつが、一度食べたものは「自分のもの」にしてしまうこと。たとえば、民家の庭先のりんごを食べて、後日再び赴いたときに人間がりんごに触れていたら、「食べ物をとられた!」と考えるのがクマなのです。
1915年に起きた「三毛別羆(ヒグマ)事件」という凄惨な獣害では、クマは人の遺体を木の根元に埋めて保存しました。その遺体を発見した家族が連れ帰ったため、クマは自分の食料を盗まれたと考えてにおいをたどり、通夜の場にあらわれたのです。
こうした痛ましい出来事を繰り返さないためには、クマの習性をしっかり知って、正しく対策することが重要です。人間がとれる対策はたくさんあります。クマのせいにしてはダメなんです。
じつは慎重!? 意外と知られていない「クマの習性」
「正しく対策をするためには、クマの習性を知ることが大事」と小菅先生。獣医師の視点から、知っているようで知られていない「クマの習性」を教えていただきました。
● 群れをつくらず、単独生活
クマは山でひっそり単独で暮らしています。栄養状態がよい母グマは、冬眠中に出産し、生きる術を子グマに教え、その年の冬と、場合によっては翌年の冬も子グマと一緒に冬眠します。冬眠の仕方を覚えた子グマは親元を離れ、単独生活が始まります。山の奥には強いクマが陣取り、同じ場所で生活します。弱いクマは、山奥から人が暮らすエリアへと押し出されてしまいます。
● からだを晒すのが嫌い
自動ドアを開けて建物に入ったクマの姿をニュースなどで見かけたことがあるかもしれません。建物に入ったのは、「見つからない場所」を探していたから。クマは自分のからだを晒すのが大嫌いです。中間地帯の草が伸び放題になっていると、クマは身を隠しながら人が住むエリアにどんどん近づけます。見通しを良くするための草刈りが、クマの接近を阻む対策になります。
● じつは臆病。人を襲いたいわけではない
「クマが襲ってきた」という表現がありますが、クマはパニックにならないかぎり、人を積極的に襲う生き物ではありません。クマはとても臆病で、初めて嗅ぐニオイがするものは食べません。ですから、人間を食べる習性も基本的にはありません。むしろ、人間を見つけたら、安全な場所に身を隠し、そこからじっと人の動きを見ています。人間は怖いものだと思っているから、突然遭遇してしまうとパニックになって襲うのです。ただし、「人間は弱い」「人間はエサになる」と一度学習したクマには、この理屈は通用しなくなります。
山でクマに遭遇! 正しい対応は?
もっとも危険なのは、子グマを連れた母グマに遭遇したとき。これは大変です。子グマを守るため、母グマは猛烈に攻撃してきます。しかし、元を正せば、気づかずに母グマの領域に侵入してしまった人間が悪いのです。
北海道の山中で、私も子連れの母ヒグマに遭遇したことがあります。木の上にいる子グマのキキキキという鳴き声で、母グマの存在に気づきました。私は同行者と3人で固まり、身構えて、「ウォー、ウォー」と腹の底から声を出しながら、来た道をゆっくり後退しました。すると、いつの間にか母グマの姿が見えなくなり、子グマが木から降りました。命拾いしたのです。
「死んだふりをするといい」とよくいわれますが、死んだふりはクマにすべてを委ねる行為。助かるかどうかはクマ次第です。ただし、「走らない」「頭を守ってうつ伏せになる」「噛まれても動かない」は正しい対処です。クマの「噛む」という行為は確認作業であることが多く、身を伏せて首を守ってじっと耐えていれば、助かる可能性はゼロではありません。でも、私がヒグマと1対1で出遭ったら、助かる確率は限りなく低いけれども、戦う道を選びます。
動物園ではツキノワグマに注射を打つために、頑丈で大きな板を持って檻に入りました。でも、ヒグマは骨の太さが違う。力が違う。抱きつかれたら終わりです。1対1で戦ったら助かる確率はかなり低い。「出遭わないようにする」ことに全力を注いでください。
クマと出遭わないために今すぐできる5つの対策
では、どうすればクマと出遭わずにいられるのでしょうか。小菅先生に、山登りやハイキングでやる5つの対策を教えていただきました。
【対策.1】山では明るい時間に行動する
クマの主な行動時間は、早朝と夕暮れすぎ。夜明けとともに活動し、気温が高くなる日中は活動を抑え、涼しくなる夕方になると再び活発に動き出します。薄暗い時間は遭遇する可能性が高まるので、山には明るい日中に入り、薄暗い時間帯の行動は控えましょう。ただし、クマは日中寝ているわけではないので、ほかの対策も並行して行いましょう。
【対策.2】クマの行跡を見つけたらすぐに撤退する
クマがいたところには「行跡」が残ります。たとえば、木に登って実を食べるときにできた鳥の巣のようなクマ棚、木に登るときに幹につけた細い爪痕、根元から15センチほどの高さでボキッと折れたフキ、急いで岸に上がるときにつけた川沿いの土手の爪痕などです。また、クマが山の斜面を登ると草が揺れます。斜面の草が不自然に揺れているときは、クマが潜んでいるサインかもしれません。
こうしたクマの行跡を目にしたら、絶対に先に進まず、ゆっくりと、落ち着いて、来た道を戻りましょう。背を向けたり、違う方向に進んだりすると、クマが警戒します。これまで歩いてきた道は、クマにとってはどうでもいい道であり、人間にとって安全な道です。背を向けず、走らずゆっくり後ずさりして、自分の足跡を辿るようにして下山してください。
【対策.3】声や音で存在を知らせる
ラジオを流したり、歌を歌ったりしながら、クマに人間の存在を知らせましょう。遠くにいる仲間を呼ぶときの声の大きさが目安です。側から見ると滑稽かもしれませんが、「そっちに進みますよ」とクマに教える大事な行動です。
「クマ鈴の音をつけるとかえって危ない」という説も一理あります。クマは非常に賢く、ラジオの音がした場所で人間と遭遇し、慌てて立ち去った人間が落とした食べ物がおいしかったという経験が続くと、ラジオの音がエサのある印だと学習します。すると、ラジオの音がクマを近づける要因になってしまうのです。ですから、山に入るときは、入山届を出したうえで、事前にクマの出没状況を確認しましょう。自治体のホームページを確認し、数日前にクマが出没しているときは、勇気を持って入山を止めるのが「人の礼儀」です。
【対策.4】山では複数人で行動する
ヒグマと遭遇したときの話をしましたが、あのとき助かったのは、3人でいたからです。複数人で山に入るのは、とても大事な対策です。
【対策.5】ゴミは必ず持ち帰る
北海道の羅臼町では、町民が朝、路上でゴミを持ってゴミ収集車の到着を待ち、ゴミを清掃員に手渡します。これほど徹底しているのは、一度でも人間の食べ物の味を覚えたクマは、もう元には戻れないからです。山で出たゴミは必ず持ち帰る、夜間にゴミを出さない、家庭菜園のコンポストを管理するなどの対策が大切です。また、野生動物にエサをあげるのはもってのほか。私たちのマナー違反が結果としてクマを呼び寄せていることを忘れないでください。
クマと共生するために
「北海道の大自然が守られているのは、クマのおかげ」と小菅先生は話します。
「クマがいるから、安易に山奥へは入っていけないし、好き勝手に山を切り刻めない。野生動物とともに暮らすという文化が、北海道の大自然を守ってきたように思います。近年クマの数は明らかに増えていて、絶滅を心配されたヒグマも、現在は1万1000頭を超えています。行政に対して『クマを殺すな』と激しい抗議が届いているそうですが、苦渋の決断をしている現場の人たちを責めないでほしい。無制限の駆除には私も反対ですが、クマと一緒に暮らしている人たちの安全を考えれば、一定の域を超えた場合は厳しい対応をせざるを得ないときもあります。
それよりもまず大切なのは、私たち人間が動物との正しい距離感を守り、人が住むエリアにクマを近づけないこと。これがクマとの共生のためにもっとも大切です。一人ひとりがクマとどう向き合っていくかを考えて、できることを実行してほしいと思います」
正しく知って、正しく備えるのがいちばんの対策。登山やキャンプなどで自然にふれるとき、親子で自分たちができることを話してみましょう!
取材・文:三東社
写真:PIXTA
【プロフィール】
小菅正夫(こすげ・まさお)
獣医師。札幌市環境局参与(円山動物園担当)、旭川市旭山動物園元園長。
1948年、北海道生まれ。北海道大学獣医学部卒業後、旭川市旭山動物園で獣医師として勤務。飼育係長、副園長を経て1995年園長に就任。ワンポイントガイド、夜の動物園、行動展示など、さまざまなアイデアを駆使し、一時は閉園の危機にあった園を入園者数日本一に再生。2009年に同園を定年退職後、名誉園長となる。総監修に『角川の集める図鑑GET! 動物』、著書に『〈旭山動物園〉革命』、『生きる意味ってなんだろう?――旭山動物園園長が語る命のメッセージ』(すべてKADOKAWA)など多数。