親が良かれと思って放つ「正論」が、実は子どもの心を閉ざし関係を壊しています。
元教員で子育てコーチである著者は、その原因はスキル不足ではなく、親が無意識に抱える「不安」というエゴにあると断言します。
本書は、自己受容を通じて自身の内側と向き合い、エゴをゆるめて本来の本音に気づくことで、言葉と親子関係を本質的に変える一冊です。
「正しい親」という呪いを解き、信頼を置くことで、一生モノの絆を築くための秘訣を紹介します。
連載第2回は、第2章「「自分のため」を生み出すものとは」の中から「なぜ無意識に「自分のため」を選ぶのか」を紹介します!
※本連載は『「あなたのため」をやめましょう 親のエゴを手放せば子どもは動き出す』から一部抜粋して構成された記事です。
なぜ無意識に「自分のため」を選ぶのか
学級崩壊の真っ只中、私は精神的にどん底に落ちながら自分の言動を振り返っていました。どうして、あんなにも子どもたちを管理したくなるのか、はみ出す子どもたちに突き上げられるような怒りが湧くのか。「頭ではよくないとわかっているのにやめられない」「自分のことなのに全くわからない」。そんな不思議な感覚になっていました。
あなたにもありませんか?
わが子を心の底から愛し、わが子の成長を純粋に支援したいと願っているはずなのに、いざ声をかける場面になると、支配やコントロールがしたくなる、逆に気を遣いすぎるといった「自分のため(エゴ)」の選択をしてしまうということが。
それは、あなたの性格の問題や子どもへの愛情の欠如によるものではありません。
過去に味わった深い悲しみや恥の感覚、がっかりした体験など、あなたの心の奥底に刻まれている「心の傷つき」があり、それを二度と味わいたくないと願う「防衛本能」に理由があるのです。
「二度とあの気持ちを味わいたくない」という思い
私たちが無意識に「自分のため」の行動を選んでしまうとき、そこには必ず「過去の嫌な感情的記憶」がひもづいています。
たとえば、幼少期に親や周囲の大人から「あなたはダメな子」「恥ずかしい子」と全否定されたときの胸が締め付けられるような痛み。
あるいは、学校で友達の輪から浮いてしまい、冷ややかな視線にさらされたときの孤独と恐怖。親の顔色を窺いながら生活しなければいけなかった不安感。
脳はこうした痛みを「生命の危機」として無意識下にしっかりと記憶しています。
そして、親という立場になったとき、子どもが少しでも「危うい行動(宿題をしない、反抗するなど)」を見せると、あなたの脳内のアラートが鳴り響くのです。
「こんなこと絶対にあってはならない!」
「この子が失敗したら、私が『無能な親』だと裁かれるかもしれない!」
この瞬間に作動するのが、自分を守るための「防衛プログラム」です。
エゴという鎧
本当のあなたは、子どものありのままを受け入れ、寄り添いたいと願っています。これがあなたの本音(愛情や良心)です。
しかし、過去の傷が無意識下で疼(うず)き出すと、その「本音(愛情や良心)」を覆い隠す分厚い「エゴの鎧」が瞬発的に発動することになるのです。
「勉強しなさい!」という怒号の裏には、「この子が社会から脱落し、自分が親として無能だったと感じたくない」という不安が隠れていたり、「ちゃんとしなさい!」という強制の裏には、「周囲から『躾(しつけ)のできない親』だと責められたくない」と怯える心が隠れていたりします。
また、あなた自身が厳しくしつけられて育ってきた場合、子どもの「できていない姿」を見たときに、「また怒られるかもしれない」と、過去に感じていた恐怖が無意識に顔を出すことがあります。
すると、本来はあなたを傷つけてきた相手はもう目の前にいないにもかかわらず、「この危ない状況をなんとかしなければ」「この状態はあってはならない」と、いてもたってもいられなくなるのです。
このように、私たちが「自分のため」の選択をしてしまうのは、これ以上傷つかないように、過去に味わった嫌な感情を二度と味合わないように、自分を一生懸命守ろうとしている結果なのです。
あなたを守るために現れた「脳内裁判官」と「防衛隊」
〝防衛プログラム〞には、ある特徴的な働き方があります。それは、まるであなたの中に役割を持った登場人物がいるかのように機能するということです。
「また宿題をやっていない」「成績が下がった」「ゲームばかりやっている」「何度言っても言うことを聞かない」。
こうした目の前の出来事に直面したとき、私たちの脳内では、自分でも気づかないほどの超スピードで「ある対話」が繰り広げられています。
この対話を主導しているのが、あなたの中に住む「脳内裁判官」と「防衛隊」です。
彼らは、先ほど述べてきたような、あなたが過去に受けた「心の傷」が二度と開かないように、24時間体制であなたを監視し、守ろうとしています。
では、実際に何が起きているのか、具体的なシーンをのぞいてみましょう。
■【実況中継】宿題をやらずにダラダラしている我が子を見たとき
20 時。リビングのソファで、子どもがスマホ片手にYouTubeを見て笑っています。明日の宿題は一行も終わっていません。その光景が目に入った瞬間、あなたの脳内では「緊急裁判」が開廷します。
脳内裁判官:「おい、見ろ。またサボっているぞ。この時間は宿題を終えているべきじゃないか? あなた(自分)が甘い顔をするから、あんなに締まりのない子になるんだ。このまま放置していたら、どんどん後回しにする癖がついて、社会に出てもきっと生きていけない大人になるぞ。そして明日には、先生から『あぁ、あのお宅は家庭教育がなっていないんだな』と思われるに違いない。これでいいはずないでしょ!」
私(本音):「でも今日はテストがあったから疲れているみたいだし、少し休ませてあげたい気も……そもそも宿題は本人の問題だし……」(聞こえないほどの小さな声で)
脳内裁判官:「何言ってんの! 社会は結果がすべて! 過程なんて誰も見てくれない。今ここでガツンと言わなければ、あなたは親としての責任を放棄したことになるんだぞ。判決を下します! あなたは『無能な親罪』です!」
防衛隊:「大変だ! 裁判官に『無能』なんて言わせるわけにはいかない! 傷つく前に、私たちがなんとかしなきゃ。そうだ、攻撃こそ最大の防御だ。子どもを叩き起こしてでも、私の『親としての正しさ』を証明するんだ!」
次の瞬間、あなたは自分でも驚くような大きな声で叫んでいます。
「いい加減にしなさい! 宿題やらないならスマホ没収だよ!」
ほんの一例でしたが、普段は気づかないほどの超スピードで行われている脳内の対話を見てきました。
この時、あなたの意識は「子どもの成長」に向いているでしょうか?
残念ながら違います。この怒りの正体は、「自分が『ダメな親』だと裁かれる恐怖」から逃れるために、防衛隊が放った迎撃ミサイルだったのです。
つまり、怒りを使う目的のほとんどは自分を守るためのものだったです。
すべてが「自分への攻撃」に変換される
その他起こる数々の事象も、同じように脳内裁判が行われています。たとえば、子どもが「忘れ物をした」とわかった瞬間、脳内裁判官は、
「あなたが確認しないからいけないんだ。だらしない親だと思われるよ」
「忘れ物なんて許しちゃいけない! 甘やかしたらダメな大人になるに違いない」
などとあなたを責め立てます。
すると防衛隊は、その責められる感覚や恐怖、不安から逃れるために、「なんで忘れ物なんてするの! 信じられない!」と子どもを激しく糾弾します。
子どもが「嫌だ!」と反抗したときも同じです。
裁判官は「子どもに舐められているよ。支配権を失ったらあなたの存在価値はないも同然だよ。親としてそれでいいの?」と囁きます。それを受けた防衛隊は、自分の存在価値を守るために、さらに大きな力で子どもをねじ伏せようとします。
一方で、子どもに強く出ることができず、うまく伝えられないときも本質は同じです。裁判官は「厳しいことを言ったら、子どもから嫌われるよ。嫌われたらあなたの存在価値はないよ」。それを受けた防衛隊は「大切なことだけど、伝えるのはまずい! ここは笑顔で切り抜けよう」と言うべきことを飲み込んでしまうのです。
つまり、強く押さえつけてしまうときも、何も言えなくなってしまうときも、その根っこにあるのは、子どものためというよりも、自分自身を守ろうとする防衛プログラムなのです。
「本音」が「エゴ」に負けるワケ
大切なことなので何度もお伝えしますが、本当のあなたはちゃんと子どもを愛しています。ただ、その本音はとても繊細で、ふとした不安や焦りの中で、かき消されてしまうのです。
一方で、これまでの教育や経験の中で身についてきた「防衛プログラム」は、とても強力であり、無意識のうちに私たちの言動に大きな影響を与えています。
過去に「ちゃんとしなさい」「結果を出せ」などと傷つけられてきた記憶が、「ちゃんとしていない自分=怒られる」「成果を出せない自分=価値がない」などのように反応するため、防衛プログラムは「愛」よりも「安全(=自分が否定されないこと)」「自分の存在意義(=成果を出すこと)」を優先してしまうのです。
つまり、あなたが「自分のため」の行動(怒鳴る、支配する、または黙る)をとってしまうのは、決してあなたが冷たいからではなく、あなたの中の「傷ついた小さな自分」が、これ以上否定されないようにと、必死で防衛プログラムを作動させているからなのです。
では、ここで一つ問いかけてみたいと思います。
「私たちは、なぜこれほどまでに心に傷を負って生きているのでしょうか?」
その背景(子育てを難しくさせている傷つきのルーツ)を理解しておくことも、子育ての悩みから抜け出すために非常に大切になります。一緒に見ていきましょう
正しさの押し付けが関係を壊していく
良かれと思って熱心に指導するほど、子どもたちとの間に冷ややかな溝が広がり、やがて学級崩壊へ……。元教員である著者がどん底の経験から直面したのは、子どもを伸ばしたいという純粋な愛情ではなく、自分の評価や立場を守りたいという「親(教師)のエゴ」でした。正しい言葉や巷のテクニックに飛びつく前に、まずは自分の「あり方」を見つめ直していきたいですね。
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