近年の中学入試では、生活に根ざした問題が多数出題されています。中学受験専門塾「伸学会」代表の菊池洋匡先生は、かねてより「料理にはたくさんの学びがある」と話しています。料理をすることで、中学受験の勉強にどのような効果があるのでしょうか。中学受験のプロとして日々小学生を指導している菊池先生にお話をうかがいます。
近年の中学入試では「体験」が問われる
突然ですが、みなさんは「ピーマンの種」がどこについているかご存知ですか? ピーマンの種は、指でヘタを内側に押し込むと一度に取り除くことができます。つまりピーマンの種は、ヘタの裏側に集まっているわけです。
じつはこれは、都内のトップクラス男子中学校の理科入試に出された問題です。4つのイラストの中から正しいピーマンの断面図を選ぶ問題で、東京女子御三家の学校などの他校でもトマトやキャベツの断面図や、米3合を炊くと何グラムのご飯が炊けるかを問うような問題が出題されています。近年の中学入試では、生活に根ざした問題が増えているのです。
子ども自身が野菜を切ったり、米を炊いたりした経験があれば、正解がイメージしやすく、その子にとっては有利な問題になります。しかし、料理の経験がまったくない子どもにとっては難問です。さまざまな野菜の断面を暗記するのは労力がかかりますし、料理の基礎知識は幅広いため、一度覚えても表面的な記憶はあっという間に薄れてしまいます。こうした体験の有無によって、点差が開く場合もあるのです。
こうした出題傾向の変化は、「テキストを読んで机に向かうだけでなく、身近な生活体験からさまざまなことに気づき、考える子どもに入学してほしい」という学校からのメッセージです。さまざまな教科に関連する料理は、入試によく取り上げられています。料理の手伝いをしたからといって、すぐに成績が上がるわけではありませんが、日ごろから料理を経験していると、結果として中学受験にプラスに働く面はたくさんあります。
理科・社会・算数に役立つ「料理」
「料理は理科だけでなく、社会、算数の理解も深められます」と菊池先生。具体的に料理がどのような学習に役立つのか教えていただきました。
理科:料理は「科学」そのもの
混ぜたり、加熱したりして食材にさまざまな変化を起こす料理は、科学そのものだといえます。たとえば、みそ汁や煮ものを煮る、ソースを煮詰めるという工程は、「沸騰の仕組み」を学ぶ絶好の機会です。水は加熱すると温度が上昇して沸騰し、水蒸気となって蒸発していくため、水分量は徐々に減っていきます。料理をしている子どもは「煮詰めると水分が減り、味が濃くなる」という現象を、身をもって理解しています。
一方で、こうした体験がない子どもは、「水溶液を加熱して水分を蒸発させると、液体の濃度は高まる」ことを知識として頭に入れます。暗記すべきことが多い中学受験において、テキストを読んだときに「知っている」と感じられるか、それともゼロから丸暗記しなければならないかで、学習の負担に大きな差が生まれます。
また、理科入試では、実験を通して水溶液や物質を判別する問題がよく出題されます。こうした問題を解くには、酸性・アルカリ性・中性といった液性や、においの有無、加熱すると焦げるかどうかなど、物質の性質を暗記することが求められます。この「加熱すると焦げるかどうか」は、料理をしていれば体験として知っていることです。砂糖は焦げて黒くなり、食塩は焦げない。それを知っていれば、暗記すべきことがひとつ減ります。こうした積み重ねが、とても大きなアドバンテージになるのです。
社会:産地を意識するようになる
社会の頻出問題のひとつが、農作物の生産量ランキングです。塾の授業では小学校4年生ごろから、「高知県はなすの収穫量全国1位」など、農作物と産地を結びつける学習が始まります。学習と並行して親子で買い物に行き、冬から春にかけて高知県産の促成栽培のなすが並んでいる様子を実際に目にすることで、学びをより深められます。
また、関東のスーパーの野菜売り場には、白菜、小松菜など茨城県産の野菜が多く並んでいます。買い物中に「どうして茨城県産の野菜が多いのかな?」などと子どもに問いかけると、輸送コストを抑える近郊農業の特徴を親子のコミュニケーションのなかで覚えられます。こうした話題を繰り返し日常会話に取り入れることで、子どもが農作物の産地を意識するようになっていきます。
算数:割合の考え方を身につける下地になる
「人数に合わせて均等に分ける」というのは、算数においてとても重要な感覚のひとつです。ハンバーグの肉だねを人数分に分けたり、餃子のたねを皮の枚数に合わせて分けたりすることで、「割り算」や「分数」の理解が自然と深まります。2人分のレシピをもとに、4人分の材料を考えるという作業も、「割合」の感覚を養うときに役立ちます。
中学入試では、「食塩水」も頻出単元のひとつです。「薄い食塩水と濃い食塩水を混ぜると、中間の濃さになる」のは大人には当たり前ですが、3%の食塩水と6%の食塩水を混ぜると、9%の食塩水ができると考える子どもはめずらしくありません。
そんなときに役立つのが、そうめんのつゆです。氷がとけたり、麺についていた水が入ったりして、つゆが薄くなることはよくありますよね。そこにめんつゆを足して、「いまの濃さはどう?」と聞いてみてください。薄まったつゆよりは濃くなったけれど、最初の濃さまでは戻らない。薄いつゆと濃いつゆを混ぜれば、濃さはそのあいだに落ち着く。それを子どもは味覚で確かめられます。体験としてこれが入っていれば、3%と6%を混ぜて9%という答えは出てきません。
振り返りの力が育まれる
「計画する→実行する→振り返る→改善する」というプロセスは、勉強においてとても大切です。模試などで思うような結果が出なかったとき、「テスト前にどんな勉強をしたらよかったかな?」という問いを子ども自身が持てると、「テキストは2周目、3周目もやってみよう」と考えることができ、先生に言われて繰り返し解くより、ずっと前向きに学習に取り組めます。
こうした振り返りはとても重要ですが、模試は試験範囲が広いため、いつどんな勉強が不足してテスト結果に影響したかを子どもが実感するのはなかなか難しいものです。そんなときおすすめなのが料理です。料理は、計画から振り返りまでのサイクルが勉強に比べて短く、いつ・どの工程が成功・失敗に結びついたのかがわかりやすいというメリットがあります。「作って、食べて、振り返って、もう一度やってみる」という試行錯誤を短期間に経験できるのが料理の大きな魅力です。
日常的な声かけが子どもの興味の土台になる
日ごろから買い物や料理の手伝いを通じて予備知識をさりげなく伝えておくと、テキストを読んだとき、「あ、知ってる!」と興味を持ち、塾の授業がより楽しくなります。忙しい毎日だとは思いますが、子どもが先々どんなことを塾で習うのかを調べ、日常生活で知識の種まきをしておくと、その後の学習がぐっと楽になります。
苦手意識を持ってしまった子どもを、なだめすかして勉強に向かわせるのはとても大変です。数年後に子どもにつきっきりで勉強を見る労力を考えれば、料理や買い物を通じて知識の種まきをしておくほうが、親子ともに時間を有効に使え、楽しい時間が増えるはずです。押し付けがましいと子どもが引いてしまうので、適度な下心と期待を持って、親子で料理や買い物を楽しんでみてください。日々の料理や買い物の経験は、子どもの将来の学びを支える大切な土台になるはずです。
取材・文:三東社
【プロフィール】
菊池洋匡
1981年、東京都生まれ。小学生時代に「算数オリンピック銀メダリスト」になる。開成中学・高校卒。慶應義塾大学法学部卒。東京都の自由が丘、目黒、中野、飯田橋、表参道で中学受験専門塾「伸学会」を運営する。心理学や脳科学の裏付けに基づく教育法は、多くの子どもに再現可能で注目が集まっており、YouTubeチャンネルの登録者は10万人を超えている。
・中学受験専門塾「伸学会」
https://www.singakukai.com/
・伸学会YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCpmIx1eakUt4zHDLTzUF7eA
中学受験のプロ・菊池先生もおすすめ『ねこシェフが教える はじめての料理 みんな大好き! かんたんレシピ』
「子どもに料理への興味を持たせるには、まんがから入らせるのもよい」と語る菊池先生。菊池先生がおすすめする料理の学習まんが「ねこシェフが教える はじめての料理」にいただいたコメントを紹介します。
まんがは、子どもが手にとりやすく、予備知識のインプットにぴったりの教材です。『ねこシェフが教える はじめての料理 みんな大好き! かんたんレシピ』は、はじめて料理に挑戦する主人公・くるみが試行錯誤する様子が描かれ、「失敗してもいいからやってみよう!」という前向きなメッセージが随所に込められています。ねこシェフ・クックの「失敗しないで特技ができると思ってんのか?」というセリフがいいですね。子どもの挑戦を後押ししてくれます。子どもが大好きなカレーや、初心者や幼児も挑戦しやすいサンドイッチなどの作り方が紹介されていて、料理を始めるきっかけを与えてくれる一冊だと思います。まんがを読んだ子どもに、「一緒にサンドイッチをつくってピクニックに行こう!」と誘ってみるのもおすすめですよ。