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ものがたり

宗田理さん ありがとうございました。『ぼくらの七日間戦争』が80ページまで読める!

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 起床は六時ということになっていたので、その時間になると、みんなぞろぞろとビルから出てきた。

 六時二十分から五十分までは早朝トレーニング。それから十分で朝食を食べ、七時には終わるというのが、相原のたてたタイムスケジュールである。

 敵と戦うには、まず体力をつけなければだめだ。広場に出てきた二十人は、二列に向かい合って並ぶと、片方が仰向けに寝て、もう一方が足首を押さえた。

「では、いまから腹筋運動をはじめる」

 サッカー部の相原と英治がリーダーである。

「何回やるんだ?」

 全員身につけているのはパンツだけだが、その中でも宇野は、ことさらひょろ長い。その宇野が心細い声で言った。

「百回だ」

「百回?」

 ふとった日比野は、頭のてっぺんから出たかと思うような声で言った。

「ほんとは二百回と言いたいところだが、みんなまだ素人(しろうと)だからおまけさ」

 相原が腹筋運動を二百回やるのはうそではない。腕立てふせもらくに百回やる。

「でははじめ。一、二、三、四、五……」

 最初の十回くらいはみんな元気がいい。しかし、二十回をこえるともう脱落者が出はじめ、結局七十回で全員ダウンしてしまった。

「しようがねえなぁ。では、つぎは腕立てふせ五十回」

「冗談じゃねえよ。そんなことしたら、一日でがたがたになっちまうぜ」

 腹筋運動八回でダウンした日比野が言った。

「おまえが、いちばんやらなくちゃいけねえんだ。さあはじめろ。おい菊地、気を抜いてるやつは尻を踏んづけてやれ」

 腕立て伏せでは、小柄の中尾が意外に強く、最後は一人だけになって、とうとう五十回やってしまった。

「すげえ。おまえって勉強ができるだけじゃねえんだな」

 日比野があきれたように言うと、中尾はすっかり照れた。

「からだが軽いからさ」

 そのあと、工場の内側を塀に沿ってジョギングを五周した。一周が二〇〇メートルくらいあるから、これで約一キロ走ったことになる。

 終わって広場に戻ると、さっきまで日かげだったあたりは、もう半分ほど朝陽が射しこんで、蒸し暑くなりかけていた。

 だれも汗びっしょりである。相原は、消火栓にホースをつなぐと、みんなの頭から水をぶっかけた。

「冷てえ」

 悲鳴をあげながら、その場で跳びはねた。

「さてみなさん。お待ちかねの朝食です。料理長は日比野」

 日比野はみんなに向かって頭を下げた。

「献立(こんだ)てを言えよ」

「えーと、献立てはフランスパン二切れに、ジャムとチーズ。それにサラミソーセージと二〇〇ccの缶牛乳」

「デザートはなんだ?」

「デザートは、ミカンの缶詰を二人で一缶。これで終わり」

「モーニングコーヒーはねえのか?」

「ぜいたく言うなよ。ここは喫茶店じゃねえんだ」

 みんなで運びこんだ食料品は、缶詰、乾パン、インスタント食品など、一か月は十分もつほどの量があるが、むだにはできない。

 運動したあと、みんなで食べる食事だからまずいはずはない。

「宇野、おまえ牛乳を飲まねえのか?」

 日比野は、自分の牛乳を一息に飲み干すと、まだ手をつけていない、宇野の缶牛乳に目をやった。

「おれ、牛乳はあんまり好きじゃねえんだ」

「じゃ、いただき」

 言うが早いか、缶牛乳に手を伸ばして、派手な音を立てて飲んだ。

「だれか、残したものがあったら、なんでもいいからおれのところに持ってきてくれ」

 日比野は、みんなの顔を見まわした。

「みなさん、アフリカの飢えたカバを救うために、愛のおめぐみを」

 天野が立ち上がると、帽子をとってみんなの間をまわった。チーズの食べかけやサラミで、たちまちいっぱいになった。天野は、それを日比野のところに持って行った。

「みなさん、ありがとう」

 日比野がみるみるたいらげてゆくのを、みんなは、呆れて声も出さずに眺めていた。

「さあみんな、腹がふくれたところで話を聞いてくれ」

 相原は、すっかりリーダーらしくなった。これは英治にとっておどろきだった。

「一つは、誘拐(ゆうかい)された柿沼のことだけど、これは、どうしてもおれたちの手で救い出したいと思うんだ」

「そうだよ。おとなにまかしといたら殺されちゃうぞ」

「もう殺されてんじゃねえのか」

「縁起(えんぎ)のわるいこと言うなよ」

「柿沼んちはいいよな、千七百万円くらい平気で出してくれるから。おれんちだったら、百万だってだめだな」

 日比野が言った。

「おまえなんか、だれも誘拐しねえよ。こんなに食われたんじゃ、もとがとれねえよ」

 安永が言うと、みんながいっせいに笑い出した。

「みんな、もう少しマジになってくれよな。柿沼の命がかかってるんだぜ」

 相原のひと声で、全員がしゅんとなった。

「だけど、柿沼はいまどこにいるかわかんねえんだろう? これじゃ助けようがねえじゃねえか」

 安永が口をとがらした。

「だからいまのところは、中尾がきのう言ったみたいに、柿沼からの手紙を待つしかねえんだ」

「もし、手紙で何も言ってこなかったらどうするんだよ」

「そのときは、もうアウトだ」

 相原は、顔の前に両手で×をつくった。

「それと、柿沼がどこにいるかわかったって、おれたちはここにいるんだろう。それでどうやって助けられるんだ?」

「そのことなんだけど、実はけさ、おれと菊地はここで老人に会ったんだ」

「ここにだれかいたのか?」

 相原と英治の顔を、みんなが凝視した。

「いたんだよ」

 英治は大きくうなずいた。

「だって、きのうはいなかったぜ。なあ」

 安永はみんなの方を見て言った。

「そうさ。きのうはいなかった。夜入ってきたんだ」

「どこから? 入口はなかったはずだぜ」

「おばけだあ」

 宇野が言った。

「おばけじゃねえ。実は秘密の抜け穴があったんだよ」

 相原の顔に注ぐみんなの目が輝いた。

「どこにあるんだ?」

「あそこさ。あのマンホールだ」

 相原は、広場の隅にあるマンホールを指さした。

「あのふたをあけて下へおりると、そこは下水道だ。それを南に向かって歩いて行くと、学校のそばの児童公園に出られるんだって」

「へえ。こいつはおどろきだぜ」

 吉村賢一(よしむらけんいち)が、女みたいに甲高い声を出したので、みんなどっと笑った。

「秘密の抜け穴があったとは、おもしろいことになってきたな」

 中尾は、こんなときでも落ち着いている。

「そこで、みんなに考えてもらいたいんだ。その老人をどうするか?」

 相原は、順に顔を見た。安永のところまでくると、

「ここは、おれたちの解放区なんだ。おとながいるのはまずいぜ。出て行ってもらおうじゃねえか」

とにべもなく言った。

「だけど、あのじいさん、おれたちがくるより前から、ここを住みかにしていたんだぜ。追い出しちまうってのはどうかな」

「おい菊地、いい子ぶるんじゃねえよ。おれは、じじいとかばばあってのは嫌いなんだ。汚ねえつらして、もたもたと歩きやがって、ああいう連中は、世の中から消えちまった方がいいんだ。そのうえ、こんなところに住んでいるとなりゃ浮浪者だろう。ゴミはかたづけた方がいい。きまってるじゃねえか」

 安永は一気にまくしたてた。

「たしかにおれたちは、おとなと戦うために解放区をつくったんだ。だけど、老人はおとなとはちがうと思うんだ」

 相原の声は冷静である。

「どうちがうんだ? 子どもでなけりゃ、おとなじゃねえのか。な、そうだろう?」

 安永に見つめられた宇野は、「うん、そうだよ」と何度もうなずいて見せた。

「あの老人は、息子に家を追い出されたんでここで寝泊まりしてるんだ」

「そりゃ、じじいなんてだれだっていやさ。役立たずで、じゃまになるだけじゃねえか。追い出すのはあたりまえだ」

「人間、年をとればみんな役立たずになるさ。それに、役立たずといや、おれたち子どもだってそうじゃねえか」

「子どもは別さ。親は子どもを育てる義務があるんだ」

「子どもだって、大きくなったら親の面倒を見る義務があると思うぜ」

「それは親によりけりだ。おれは、おやじが弱ってきたら、そのときこそ、こてんぱんにやっつけてやる」

 安永の父親は大工だが、酒とばくちが好きで、気の向いたときしか働きに行かない。それで母親が文句を言うと、すぐになぐるということだった。

「やっぱ、老人はおとなとはちがうよ。弱いものいじめはしたくねえな」

 立石剛が言った。中尾が重ねて、

「それに、そのじいさんがいなけりゃ、秘密の出口はわかんねえんだろう」

「そうさ」と相原がうなずいた。

「じゃ、じいさんは必要じゃないか。老人の知恵ってのは、ばかにならないもんだぜ」

「よし。じゃあじいさんを追い出さない方がいいと思う者は手を挙げてくれ」

 安永と宇野を除く全員が手を挙げた。

「どうだ、安永。賛成してくれるか?」

 相原は、安永の顔をのぞきこむようにして見た。

「いいよ。みんながいいっていうなら、おれは反対しねえ」

 安永がふてくされたように言うと、宇野も「おれも」とつづけた。全員が拍手した。

「菊地、じいさんをつれてこいよ」

 英治は、それを聞くや否(いな)や、一散(いっさん)にビルに走りこんだ。一瞬、暗くて何も見えなくなった。ゆっくり歩きながら、

「おじいさん」

と奥に向かって呼んだ。

「なんだ。きまったのか?」

 間のびした返事がかえってきた。

「きまったよ。おじいさんもいっしょに暮らしてもらうことになったんだ。ちょっと、みんなに挨拶(あいさつ)してくれない」

 英治は、老人を追い出さなくてすんだことで、喜びが胸の奥から突き上げてきて、言葉が途切れがちになる。

「よし、わかった」

 老人の姿があらわれた。ゆっくりとこちらにやってくる。

「よかったね、おじいさん」

 英治はつい言ってしまってから、これは少し変かなと思った。

 ビルから老人が姿をあらわすと、いっせいに拍手がおこった。老人は、いかにも照れくさそうな笑顔を見せた。

「みなさん、わしは瀬川卓蔵(せがわたくぞう)と申します。年は七十歳です。よろしく」

 瀬川がひょいと頭を下げると、みんなも、それにつられたように頭を下げた。

「さっき聞いたところによると、諸君(しょくん)はおとなたちと戦(いくさ)をするそうだね」

「ぼくたちは、ここに子どもの解放区をつくったのです。おとなたちが攻めてこなければ戦いません」

 中尾が言った。

「おとなたちは必ずつぶしにくる。それはまちがいない」

「ほんとに?」

 吉村が不安そうにまばたきした。

「攻めてくるとも。連中は、いつも自分たちのやることは正しいと思っとるからな。ところで諸君は、戦をしたことがあるか? もちろんないな」

 みんな、黙ってうなずくしかなかった。

「敵に勝つためには、戦略(せんりゃく)と戦術(せんじゅつ)が必要だ」

「戦略と戦術とどう違うんですか?」

 日比野が聞いた。

「戦術というのは戦のやり方だ。戦略というのははかりごとだ。わしはこう見えても、若いころほんとうの戦に行ったことがあるから、味方にすればたのもしいぞ」

 それまで、しなびたきゅうりみたいだった老人の顔が、一瞬輝いて見えた。

「あんたとおとなとどこがちがうのか。そこんところを説明してもらわねえと、味方といわれても信用できねえんだよ」

 安永が、斜(しゃ)にかまえて言った。

「たしかに君の言うとおり、わしも、おとなであることはまちがいない。ただし、わしはおとなの落ちこぼれだ」

「じゃ、おれといっしょじゃねえか」

「そうだ。だから、おとなに対して、君と同じ気持ちになれるんだ」

「そういうことか。わかったよ」

 安永は、あっさりと納得した。

「みんな、このわしの左手を見てくれ。それからこの腹を……」

 瀬川は、左手を高くさし上げてから、シャツをめくって腹を見せた。左手は四本の指がなく、腹にはひきつれたような痕(あと)がある。

「この指は、戦争に行って、爆弾でふっ飛ばされたんだ。この腹の傷も、そのとき破片(はへん)が当たってできたもんだ」

「痛かっただろうな?」

 宇野が眉(まゆ)をひそめた。

「ところが、不思議に痛さは感じないんだ。なんだか、熱い鉄のかたまりを押しつけられたような感じだったな。そこでふっと見たら、指がなくなってたってわけだ」

 みんな、四本の指がない手をみつめたまま息を飲んだ。

「しかし、わしはこれでも運がよかったんだ」

「どうしてですか?」

 何人かが同時に聞いた。

「その戦闘(せんとう)で生き残ったのは、小隊九十人のうち半分だった」

「あとはみんな死んじゃったの?」

「死んだ。わしは、そのけがで傷痍(しょうい)軍人になって帰ってきたが、そのとき生き残った者は、輸送船でフィリピンに送られる途中、潜水艦(せんすいかん)に沈められて全員戦死してしまった」

「全員?」

 英治は、喉(のど)に何かがひっかかったような感じになった。

「わしらは、小学校に入ったときから、大きくなったら、お国のために命を投げ出すよう教えられてきた。だから戦争に行くのは当たり前と思っていた」

「こわくなかった?」

 日比野が聞いた。

「そりゃ、こわかったさ。だれだって、死ぬのはいやだ」

「じゃ、言うことを聞かなければいいのに」

「それができんのだよ」

「どうして? わかんねえなあ」

 吉村がまた甲高い声を出した。

「いまとはちがう世の中だったんだ。二度とあんな世の中にしちゃいけねえ」

「どうしたらいいんですか?」

「えらいやつが、立派なことを言うときは、気をつけた方がいい」



*この作品は、1985年4月、角川文庫から刊行された
『ぼくらの七日間戦争』をもとに、2009年3月に一部
を書きかえて読みやすくしたものです。


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発売日
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新書判
ISBN
9784046322913

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