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<頼るマインドを引き出す! 言葉の「ネガポジ翻訳」>「頼る」スキルの磨き方  第3回


いま、孤独を感じながら、大変な思いで育児をしている人が多いように感じます。助けを求められず、世間の自己責任論に押しつぶされながら身を削って子どもに向き合っている人もいるかもしれません。新型コロナウイルス感染症の広がりで人との対話が生まれにくくなり、孤立する人が増加しました。子育て世代も例外ではありません。不登園や不登校の児童数も増加していることが問題になっています。そのような状況の中、親にとっても子どもにとっても重要性を増すものとして、周りの人に頼る力、つながる力である「受援力」を挙げるのは、医師で公衆衛生がご専門の吉田穂波氏。著書『「頼る」スキルの磨き方』では、「困った時に他の人に助けを求めること」の重要性を説いています。

※本連載は『社会人に最も必要な「頼る」スキルの磨き方』から一部抜粋して構成された記事です(毎週土曜更新/全4回)

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 頼るマインドを引き出す! 言葉の「ネガポジ翻訳」 

 何もかもうまくいかない時、または、家族や同僚と意見が衝突する時。
「どうしてできないんですか?」
「どうして○○してくれないの?」
 という言葉が口を突いて出てきませんか? そして、言ったそばから、自分もますますカッとなって、相手への怒りや憤りがこみあげてくるのではないでしょうか。
 では、次のような言葉はどうでしょう。
「自分はどうしてこうなんだろう」
「どうしてできないんだろう」
 そんなことを独りごちたりすると、自己肯定感が下がり、落ち込み、人に頼る気持ちにもなれません。自分を卑下してしまい、こんな自分のために他人の貴重な時間を費やしてもらうのは申し訳ない、こんな自分が人の助けを借りるなんて……と思ってしまいます。そして、受援力を実践することはおろか、どんどんネガティブな発想になり、SOSを出す意欲がしぼんでしまいます。
 そこで、「どうして、うまくいかないんだろう……」という言葉を頭の中で変換して、
「どうしたら、うまくいくんだろう?」
 と言い換えてみると、どうでしょう?
 私たちが発する言葉には、オートクライン(自分が話した言葉〈内容〉を自分で聞くことによって、自分が考えていたことに気づくこと/出典:コーチング用語集 https://coach.co.jp)と名付けられた働きがあり、ポジティブな言葉を口に出して、自分の耳に聞かせると、自分が最も影響を受けるという効果があります。自分の耳から前向き質問を聞いた脳が、その言葉を受け止め、解決策を探すように意識が働き、前向きな思考が起こるのです。
 ポジティブな言い換えがとっさに出てこないこともあるでしょう。私も、しょっちゅう、「まだ、できていない」「こんなんじゃ、ダメだ」と思ってしまうことがあります。それでもすかさず、「否定形→肯定形」にネガポジ変換することを習慣にしています。例えば、頭の中に否定文が出てきて、「できない」と言いそうになっても、自分にダメ出しをするのではなく、自分の脳に挽回可能な状況だと思わせるよう、「○○するところなんだ」「○○する予定」「○○しようとしている」、というように変換するのです。
 かなりピンチで切羽詰まった状況の時であっても、「○○したい」「○○できる」と、自分がありたい状況を口に出すと、自分で自分の不安をあおることなく、目標に集中させることができます。
 切羽詰まってしまい、「わ〜、締め切りに間に合わない!」と頭の中で悲鳴を上げてしまうと、その声に自分自身が振り回され、ますます慌ててしまいます。そうではなく、
「締め切りに間に合わ……ないのではなく、間に合わせたい」
「間に合わせられる」
「そのために必要なことは……?」
 と自分で自分に言い聞かせるようにすると、不思議と心が落ち着いてくるのです。

 


 

同じ言葉でも、言い方を換えるだけで……

 とはいえ、自分のミスが原因でトラブルとなった場合、「自分を許せない」という状況に追い込まれてしまうこともあるでしょう。私も、重要な会議の開始時間を間違えたり、他の予定とダブルブッキングしたりして、アポを取っていた関係者の皆さんを待たせてしまったことがありました。青ざめながら、「私のバカバカ、どうしてこんなポカミスをするんだよ~!」と自分を罵倒し、「せっかくみんなが時間を割いて集まっているのに……」と落ち込み、激しい動揺を抱えながら電車で会場に向かいました。

 こんな時、「ダメだなぁ、どうしてこうなんだろう……」という頭の中の批評家の声はどんどん大きくなります。この声のせいで私の気持ちはますますネガティブになり、辛い気持ちになっていきます。
 自分がいくら反省し、悔い改め、自分を責め続けたところで、状況が変わるわけではありません。それなのに、頭の中の声は、もっと急げと焦らせ、失敗したと叱り、自分をさらに追い込もうとします。
 そこで私は、「この頭の中の批判的で自虐的な声を、自分やみんなの役立つものにするにはどうしたらいいか」と考え、自分の失敗を認めつつ、頭の中の声を肯定形にするなら、どんな風にすればいいかな、と考えました。昔読んで感銘を受けた『3週間続ければ一生が変わる――あなたを変える101の英知』(ロビン・シャーマ著、海竜社)に書かれていた、「人間は、どうしたら困難な状況をより賢明でより良い方向にできるのかを考え、解決策を見つけることができる」という言葉を思い出したのです。
 頭の中で自分を罵倒する言葉を肯定形へ変換すること。そして、自分を責めない言葉遣いにすること。こうして私は「ネガポジ変換」スキルをトレーニングしていきました。
 これは、以前、私が自分のコーチから教えてもらった『新版 すべては「前向き質問」でうまくいく!』(マリリー・G・アダムス著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)に書かれていた前向き質問から学び、実践しているうちに自分の体にしみこんでいった手法でもあります。
 前述のダブルブッキングの時も私は、「どうして自分はダメなんだろう」という言葉を、
「どうしたら、二度と同じ失敗をしないようになるんだろう?」
「この悔しさから学べることは何かな?」
「今、何をするのがベストなんだろう?」
「この状況をチャンスに変えるとすれば、何をしたらいいんだろう?」
 と変えることにしました。
 そして、時間を無駄にさせてしまった人に対しては、言葉を尽くして謝り、「あなたの寛大な人柄をますます尊敬した(敬意)」「引き続きご一緒できて心強い(承認)」「どれだけお詫びを伝えても足りないくらいだけれど、それでも、待っていてもらえてありがたい(感謝)」「欠点だらけの自分を見捨てず、これからの可能性を感じ取ってくれて嬉しい」と、精いっぱいの気持ちを伝えたのです(「敬意〈K〉承認〈S〉感謝〈K〉」の「KSK」は、頼るときだけでなく、謝るときにも発揮できるのです)。
 皆さんも、ご自身に対して、「○○べきだ」「○○しなくては」とプレッシャーを与えて自分を追い込み、あおる言葉が頭の中にわき起こるような時は、
「○○できたらいいな」
「○○するといいな」
「○○できそうだな」
 という前向きな声、主体的な言葉に変換すると効果的です。
「なんとかしないと」と考えると、手詰まり感があり、のっぴきならない感情を自分に与えてしまいます。そうではなく、
「なんとか、する」
「なんとか、なる」
「なんとかできそうだ」
 と言い換えると、頭が解決策を探して回転し始めます。
 家でなくしものをしてしまって、それがとても大事な書類だったり、子どもの宝物だったりして、しかも、すぐに出かけなければならないような、急いでいる状況であればなおのこと、「こんな時に限って、見つからない!」と慌ててしまうことがあります。そんな時、
「必ず(どこかに)ある」
「必ず見つかる」
 と声に出して唱えます。それでも見つからなかったら、
「忘れたころに見つかるんだよね」
「誰に聞けばいいかな、どこを調べればいいかな……」
 とネガポジ変換します。自分で自分の不安を増強させるのではなく、前向き質問をすることで、自分の発想をポジティブシンキングに変えるのです。
 こうした変換例を次ページの図表で一覧にしていますので、参考になれば幸いです。




⇧ 画像をクリックすると拡大されます。『社会人に最も必要な「頼る」スキルの磨き方』より


 

 上記のように、ネガティブな思考をとっさにポジティブの言葉に変える習慣ができれば、しめたものです。
 もちろん、脊髄反射のようにネガポジ変換をするためには、何度か繰り返す必要がありますし、私もすぐにできたわけではありません。これまで何度も、落ち込み、悩み、そのたびに、自分を追い詰める言葉にからめとられてしまうこともありました。
 しかし、仕事、子育て、執筆や講演、講義、新型コロナウイルス対応、急に飛んでくる依頼事項など、次から次に自分で動かなければ事態が変わらない出来事が起こります。悩んでいることに費やす時間がもったいない、と感じた私は、できるだけ建設的な思考に切り替えるため、次第に、頭の中に強力なネガポジ変換機を作り上げていったのです。
 このスキルは、子どもの頃から鍛えると効果的です。内容に惹かれて私が数年前に監訳した『ママドクターからの幸せカルテ』(ウェンディ・スー・スワンソン著、西村書店)の中でも、精神科医のジム・ウェブ博士の研究として、子どもの頃から、私たちが、頭の中で自分を批評する声(Self-talk)にさらされていることが書かれていました。

子どもの頭の中の声は、とても自己批判的です。「もっと急いで」「もっと上手に」「しくじった」「うまくできたかな」などのほか、自分の失敗や失言について、子どもの頃から私たちは他人が思うよりもずっと大きく捉えてしまい、とくに完璧主義であればあるほど落ち込み、感情面、知的面、創造力、感受性にマイナスの影響を与え、自己肯定感を下げてしまいます。
 とくに真面目で責任感が強い子どもほど、自分の失敗を気にして、悩み落ち込みがちです。私たちは、子どもを成長させるために、子どもたちが頭の中の自己批判や非難の嵐に責められているとき、その失敗をもっと建設的な方向につなげ、「前向き質問に変える力」を使えるようサポートする必要があります。
 そしてこれは子どもだけでなく、大人も同様です。私たちは、自分の失言や失敗を、自分の貢献やよい行いよりも多く覚えているものなのです。
 試しに今日あった出来事のうち、良かったこと・できたことと、できなかったこと・うまくいかなかったことを数えてみましょう。さて、どちらのほうが多かったでしょうか。
 ここで、皆さんに、もう一つ質問です。その、できなかったこと・うまくいかなかったことは、本当に「誰から見ても」うまくいかなかったこと、なのでしょうか。自分ではできなかったと思っていることは、誰でも、いつでも、簡単にできるようなことばかりではなかったはずです。本当はとても良く頑張っているはずなのに、時として、自分が自分にとって、最も厳しい批評家となってしまうのです。

 


 

 私も、自分の人生が思った通りに進まなかったり、うまくいかなかったりすると、第一次反応としては「ばかだなぁ、こんなことをして」「私は、どうしてこうなんだろう」「しまった、まずい」というネガティブな声が頭の中に鳴り響き、自分を責めそうになります。
 自分の頭の中の批評家を追い払おうとしてもうまくいかない時はまず、「どんな言葉で自分が自分に怒られているのか」をしっかり認識し、受け止めることにしています。そして、その後に「ネガポジ変換」を思い出し、実行するのです。
 例えば、


NG例「ばかだなぁ、こんな失敗をして」
 ➡「過去は巻き戻せない、どうしたらここから挽回できるかな」
NG例「私は、どうしてこうおっちょこちょいなんだろう」
 ➡「たしかにうっかりしていた、軽率だったけれど、この被害を最小にするにはどうしたらいいかな」
NG例「しまった、まずい」
 ➡「今からできることはないかな」「誰に相談すればいいかな」「いの一番に謝るとすれば誰かな」
 ➡「二度と同じ目に遭わないよう、ここから学べることは何かな。予防策は何かな」

 


 いかがでしょうか。自分なりの前向き質問をイメージできそうですか? できるようなら、自分の頼り先を探し、「上手に頼る」準備ができてきているといえるでしょう。なぜなら、誰かに頼りたい時は、そのポジティブに変換された言葉や質問をもとに相談相手を思い浮かべ、すかさずKSK(敬意・承認・感謝)という受援力の3つのポイント(詳しくは著書のなかで)に従って、頼りたい相手に伝えてみればいいからです。
 

物事を「ポジティブに捉える」

 私はこれまで、仕事と子育てを続ける中で、このネガポジ変換スキルに何度も助けられてきました。
 10年以上も前、自分が臨床現場で、短時間勤務をしていた時のことです。夜遅くまで働いている同僚に対して引け目を感じることもありましたが、次のように考えるようにしました。
「今は短い時間しか診療できないけれど、患者の生活、家族との関係、子育てや介護の苦労をゆっくり聞いてくれる、わかってくれるという医師が、これからの社会には必要だ。医師に話すだけで痛みが癒されることもあるだろうから、職場にいる時間は短くても、話をじっくり聞く姿勢は大事にしよう」
「自分が必要とされるところで、自分にしかできない役割を探して働き続けていれば、役立つ時はきっと来る」
 子育ては期間限定ですし、毎日待ったなしの連続ですが、ここで経験値を積めば、人間として成長できます。全体を俯瞰して、洗濯、料理、子どもの話し相手、健康管理など家事のマルチタスクに対し、優先順位をつけながら同時にこなすマネジメント術は、仕事でも活きるスキルです。乳児は言葉が通じませんし、理不尽で不条理な難題を突き付けられることもあります。こういう時は、ノンバーバル・コミュニケーションの重要性を再認識し、相手への配慮を示す方法を考えることにつながります。子育ての経験が効率化・時間管理・リスク回避などの仕事力を上げますし、「子どもが運んできてくれる世界」や「知らなかった自分」に出会うチャンスだ、とポジティブな面を探してみると、意外に、自分が子どもたちを育てているのではなく、逆に親のほうが子どもに育てられているのだ、と気づくことにつながりました。
 とはいえ……このストレスフルな時代に、こうしたことに自分一人で対処できるかというと、それはとても難しいことです。
 子どもが大事だからこそ、家族が大事だからこそ、心をかき乱され、思い通りに進まないと、怒りや失望がわいてきます。であれば、子育てのストレスを仕事で解消して、仕事のストレスを子育てで解消することができる、と考えてみるとどうでしょうか?
 子どもたちが保育園に行っている時は子どもと離れているので、子どもの可愛い部分、いとしい部分だけが思い出されます。いつも一緒にいなくてはいけないわけではない。育て方にいい悪いはない。子どもが可愛いからこそ、子育ては本当にストレスフルだからなおのこと、自分の時間や自分が社会と接点を持つための仕事で気分転換し、発散する時間を作るほうがストレスの相殺効果がある、と良い面を探すようにするのです。
 少し話がそれましたが、あらゆる場面において、受援力によって心の余裕を持てるかどうか、ポジティブに捉えられるかどうかで、「困難」「障害」と感じるような経験でも、「学び」や「チャンス」に変えることができます。チャレンジする対象があることで、自分を変えられるし、成長できる。失敗するということは、自分が常に成長している証だ、というメモを、私は常に持ち歩き、あーあ……と自分のミスを嘆くたび、思い通りに行かないことに出くわすたびに、見返すようにしています。
「今は助けてもらってばかりだけれど、子育ての経験を積み、弱い立場、助けられる立場の気持ちを味わい尽くすことで、いつか、必ず社会のために役立つ人になる」と、自分が置かれた状況を肯定すること。こうして私は今日も、6人6通りの子どもの成長とハプニングに向き合っています。

 


次回は、実例――私の頼り方 をお届けします。(3月11日公開予定)


著者プロフィール

吉田 穂波(よしだ ほなみ)
医師・医学博士・公衆衛生学修士。神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授。
三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院で臨床研修ののち、名古屋大学大学院医学系研究科で博士号を取得。
その後、ドイツとイギリスの産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は女性総合外来の創設期に参画した。
2008年、0歳から3歳まで3人の子どもを連れてハーバード公衆衛生大学院に留学。卒業後は同大学院のリサーチフェローとなる。
11年の東日本大震災では産婦人科医として国内外のネットワークをつなぎ被災妊婦や新生児の支援に携わる。
このとき「受援力」の大切さを痛感し、多くの人に役立ててもらいたいとの思いから、無料でダウンロードできるリーフレット『受援力ノススメ』を作成。
これまで300回以上のセミナーや研修講師として呼ばれ、国や地方自治体の検討会等、全国で「受援力」を学ぶ場作りに取り組む。
取材記事・著書多数。4女2男の母。

吉田穂波

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