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<子育てや仕事で「誰かに頼みごとをする」のは得意ですか?>「頼る」スキルの磨き方  第1回


いま、孤独を感じながら、大変な思いで育児をしている人が多いように感じます。助けを求められず、世間の自己責任論に押しつぶされながら身を削って子どもに向き合っている人もいるかもしれません。新型コロナウイルス感染症の広がりで人との対話が生まれにくくなり、孤立する人が増加しました。子育て世代も例外ではありません。不登園や不登校の児童数も増加していることが問題になっています。そのような状況の中、親にとっても子どもにとっても重要性を増すものとして、周りの人に頼る力、つながる力である「受援力」を挙げるのは、医師で公衆衛生がご専門の吉田穂波氏。著書『「頼る」スキルの磨き方』では、「困った時に他の人に助けを求めること」の重要性を説いています。

※本連載は『社会人に最も必要な「頼る」スキルの磨き方』から一部抜粋して構成された記事です(毎週土曜更新/全4回)


 子育てや仕事で「誰かに頼みごとをする」のは得意ですか? 

 あなたは、今まで、何か大切なことをあきらめたことはありませんか? 誰にも相談できず、じっと我慢し続けて、何カ月も過ごしたことはありませんか?「手伝ってほしい」と周りの人に頼みごとをしたり、「助けてほしい」とお願いをしたりすることができなかったのは、なぜでしょう?
 私たちの中には「本当は困っているのに、周りに気兼ねしてしまい、一人で耐えていた」という人のほうが多いのではないでしょうか。
 特に日本では一般的に、「人に頼ることを苦手とする」人が多いようです。日本とフランス、スウェーデン、イギリスとの国際意識調査(平成27年度 少子化社会に関する国際意識調査/内閣府発表)においても、日本人は他の国の人と比べて「身内以外の人に個人的な用事を頼むことが苦手」という結果が出ています。
 この調査結果は、「人に頼る」ことは〝相手に対して申し訳ないこと〞だからなるべく避けるべきだと考える人が多いことや、そもそも社会(あるいは勤務先)に自己責任論が強く、人に何かをお願いしづらい雰囲気があることが理由として考えられます。また、「親が子どもを育てるものだ」という責任や義務を感じ過ぎ、行き詰まることで少子化が進む面もあるのかもしれません。そんな我が国に比べて、「子どもは社会の宝物で、社会の皆で育てるもの」という風潮が広がっているフランスで少子化を克服できたことから学ぶ点はたくさんあります。
 これからは、弱音を吐きやすい社会、誰もが困っていることを打ち明けやすい社会にしていかなければなりません。子育ては、やる気だけでは乗り越えられないことばかりです。一人では歯が立たないことでも、仲間がいれば、もっと肩の荷が下りて不安や悩みが軽くなります。このように、「当たり前に助けを求め合える」環境になっていったら、どんなにいいだろう――そう思ったことが、私が「受援力」をもっと世に広めていきたいと考え、活動する一つのきっかけになっています。
 いま、「受援力」と書きましたが、この言葉を初めて聞く方も多いことでしょう。この連載を通して詳しく解説していきますが、ここでは、「他の人から助けられることを良しとする力」とだけ理解してください。
 「受援力」は聞きなじみのない言葉かもしれませんので、この記事ではこの力を、しばしば「頼るスキル」と言い換えます。「頼る」という言葉にネガティブな響きを感じるかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ「人に頼る」スキルは、社会人にとって最も必要な能力の一つといっても過言ではないのです。


私と受援力との出会い

 ここで自己紹介をかねて、私が「受援力(頼るスキル)」とどのようにして出会ったのか、少しお話しさせてください。
 都内の産婦人科医療機関で臨床医として働いていた私が、0歳、1歳、3歳の3人の子どもを連れて渡米したのは2008年夏のことでした。ボストンにあるハーバード公衆衛生大学院(Harvard T.H. Chan School of Public Health)で2年間学び、帰国後は研究者として、教員として、臨床医として、また省庁のアドバイザーとして、母子保健の推進に取り組んできました。また、これまで、やりたいことをまとめて叶える時間管理術や、波乱の留学生活を乗り切った交渉ノウハウ、助けられることを肯定する考え方についての本を出版しました。その中で、「キャリアを積み重ねつつ、家族との時間も大切にできる秘訣は何ですか?」と聞かれたら、一番に上記の受援力を挙げると思います。
 ハーバード公衆衛生大学院留学中は、大学院でのハードな学業に加えて、プライベートでも予期せぬ事態が度々起こりました。子ども3人の保育園代は月額50万円に達し、家族5人の医療保険料として年間120万円を請求されることがわかりました。借りていたマンションで想定外の改修工事が始まったのに、退去も家賃の減額も認められません。貯金はみるみる減っていきます。留学中で、かつお金がないというストレスから、精神的にも参ってしまいました。
 それでも、家族に辛い思いはさせたくないという一心から、周りに「困っているの。助けて!」と声を上げることで、人の力を借り、乗り切ることができました。解決策を求めてあちこちの壁を叩くと、思いがけないアイデアをもらえたり、壁だと思ったところに扉があったりするものです。
 アメリカでの私は、お金も仕事もなく、言葉もおぼつかなく、小さな子どもをぞろぞろ連れていましたので、見るからに「子だくさんで貧乏な移民」でした。銀行の窓口でもスーパーのレジでも人の力を借りないとサバイブできないのに、何もお返しできるものがありません。できることといえば、大喜びして感謝の気持ちを示すことくらいしかありませんでしたので、つとめて笑顔で、どんなに助かったか、言葉を尽くして感謝を伝えることにエネルギーを注ぎました。留学を経て以降は、人に何かお願いをしたり、お世話になったりしたら、感謝と喜びを表現することはもちろん、その時はできなくても、いつか、していただいた以上のものを恩返ししようと心がけています。


 

 留学中はずっと「頼るスキル」のパワーを肌身に感じていた私ですが、帰国後に発生した東日本大震災の被災地で、助けられることを申し訳ないと思い、頼らないようにしている子育て世代の方々にたくさん出会いました。「もっと受援力を発揮してほしい」と思いましたが、こんなに困った状況でも、頼ろうとしない人々の気持ちや、我慢を美徳と捉えて耐え忍ぶ人の気持ちも、痛いほどわかったのです。
 周囲に気兼ねして誰にも相談できず、じっと我慢して、悩みを抱えている――そんな妊婦さんや赤ちゃん連れのご家庭を見て、不安を抱える親が、一人でも減るように、普段の生活から「受援力」を認識してほしいと、実践的な「頼るスキル」を広げる必要性を感じました。
 一方で私自身も、被災地でプロジェクト・リーダーとして働き詰めに働いて、パンクしてしまった時に、自分の受援力の足りなさを痛感しました。ボランティア活動は、勤務時間を自分で管理しなければいけないのに、「自分が怠けていてはいけない」「他の人に迷惑をかけてはいけない」という思いが強かったために、休みを取らずに働き続け、誰にも頼れないような気持になっていったのです。
 受援力という力は、同じ人でも、本人のメンタリティや環境によって、強まったり弱まったりする。余裕がない時ほど発揮しづらい――それならば、折れない「受援力」を個人のレジリエンス(ストレスに対応するしなやかさ)につなげ、いつでも発揮できるようにすれば、不安を抱える人の悩みを解決することになるのではないか……。
 こうした経験を経て、その後、助けられ上手と言われている人たちに注目し、その「元祖・受援力マスター」の共通要素を抽出しながら、公衆衛生学、コーチング理論、脳神経科学などの科学的な観点からも知見を集め、整理していきました。


子どもたちの成長に必要な「スキル」

 私は、受援力は「社会人にとって最も必要なスキルの一つ」と考えていますが、小学校から大学まで、いえ、社会に出てからも、受援力について教えてもらう機会がありません。しかも頼るという行為が、それぞれの人の性格や気質のようなものに委ねられている面もあります。
 リモートワークが全盛の今、新しく入社したばかりの社員が、自宅で孤独に働いているような場合も、このスキルによって助けられることが多いのではないかと思います。

 実は、『社会人に最も必要な「頼る」スキルの磨き方』を執筆している間も、私の身辺では、これでもか、というほど、多くの課題が同時に発生しました。そのたびに、あちこちに「受援力」を駆使して乗り切る状況になったのです。「どんな試練も、自分を鍛えてくれるものであり、何かいいことにつながっているはずだ」というポジティブ思考を常としてきた私でも、公私ともにへこたれそうになるほど、思ってもみなかったピンチが次々にやってきました。しかしこれらの経験を通じて、「自分の受援力をパワーアップさせ、いつか、多くの人の役に立つ力になるように」と改めて考えるきっかけをもらいました。
 大人の予想を上回るほど変化の激しい今の時代は、後から後からチャレンジすべき出来事が起こるものです。社会に出て間もない社会人、学生をはじめとする若い世代にとってはなおさら、受援力が未来を切り開くお守り代わりになります。皆さんのお子さんや、次世代にも、想像もつかないピンチに出会った時に、「頼るスキル」を発揮して、乗り越えてほしくありませんか?


次回は、その問題は「頼るスキル」で解決できる をお届けします。(2月25日公開予定)


著者プロフィール

吉田 穂波(よしだ ほなみ)
医師・医学博士・公衆衛生学修士。神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授。
三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院で臨床研修ののち、名古屋大学大学院医学系研究科で博士号を取得。
その後、ドイツとイギリスの産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は女性総合外来の創設期に参画した。
2008年、0歳から3歳まで3人の子どもを連れてハーバード公衆衛生大学院に留学。卒業後は同大学院のリサーチフェローとなる。
11年の東日本大震災では産婦人科医として国内外のネットワークをつなぎ被災妊婦や新生児の支援に携わる。
このとき「受援力」の大切さを痛感し、多くの人に役立ててもらいたいとの思いから、無料でダウンロードできるリーフレット『受援力ノススメ』を作成。
これまで300回以上のセミナーや研修講師として呼ばれ、国や地方自治体の検討会等、全国で「受援力」を学ぶ場作りに取り組む。
取材記事・著書多数。4女2男の母。

吉田穂波

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