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スマホが記憶力を低下させるメカニズム


『「発達障害」と間違われる子どもたち』著者成田奈緒子さん推薦!
「脳を育て直せるのは「自分自身」だけ。その覚悟と勇気をくれる1冊」

ついつい気になってしまう子どものスマホ習慣。

じつは、スマートフォンの使い過ぎには、思っている以上に悪影響があるんです。

ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト・マガジンなどで活躍する気鋭の著者が発表し、世界34カ国以上で支持された『スマホ断ち 30日でスマホ依存から抜け出す方法』では、「スマホ依存」がいかに脳の力を奪ってしまうかを分かりやすく解説。そのうえで、150名が参加して開発した、たった4週間の「スマホ断ち」プログラムを紹介しています。

連載第4回は、本書の中から「スマホが記憶力を低下させるメカニズム」をピックアップします!

※本連載は『スマホ断ち 30日でスマホ依存から抜け出す方法』から一部抜粋して構成された記事です。記事内で使用している写真は本誌には掲載されていません。



 

スマホが記憶力を引っかきまわす

あなたが発明したのは記憶の秘訣(ひけつ)ではなく、想起の秘訣である。

──プラトン、『パイドロス』〔藤沢令夫訳、岩波書店、一九六七年〕

 





記憶を構成するさまざまな〝スキーマ〞

 脳には記憶の仕組みがおもにふたつある──短期記憶と長期記憶だ。スマホはその両方に悪影響を及ぼす。
 長期記憶はよく書類棚にたとえられる。このたとえでいくと、何かを思い出そうとするときの脳は、ざっと棚を見渡して目あての記憶が入ったフォルダを取り出し、他のファイルには手をつけないように思うだろう。 実際の動きはそうではない。長期記憶として情報が保管されるとき、記憶は脳のなかのフォルダに単体で入れられるわけではない。他のさまざまな記憶と結びついて、〝スキーマ〞と呼ばれるネットワーク構造をつくる。新たな記憶を得るたびに、そのひとつひとつを保管済みの記憶と結びつけることで、私たちが世界について理解するのを助けてくれるものだ。何かの刺激(ケーキを焼く香りなど)で過去の思い出が一気によみがえる現象も、このメカニズムで説明がつく。

 また、スキーマによって、一見して無関係に思える物事のあいだの共通点に気づき、思考が深まるという効果もある。たとえば、工事現場の三角コーンとかぼちゃでは、使用目的が異なることを脳は理解している──機能というスキーマでは、このふたつに結びつきはない。けれど、それとは別の共通点がある──両方ともオレンジ色だ。両者は色というスキーマでたがいにつながり、また、ミカンなどの他のオレンジ色の物体とも結びついている。

 このたとえが示すように、ひとつの情報が同時に複数のスキーマに割りあてられることもある。ミカンはオレンジ色のスキーマに紐ひもづいており(この点で三角コーンと同類)、同時に柑橘(かんきつ)系の果物スキーマ(この点でレモンと同類)にも含まれる。

 結びつきの数そのものも重要だ。というのも、結びつきがなさそうな物事のあいだに共通点を多く見つけられるほうが、ひらめきが得られやすいからだ。ひとつの考えをきっかけにして別の考えが浮かび、そこからまた次が生まれ……ふと気づけば、画期的なアイデアができあがっている、というように。

 言い換えれば、スキーマが緻密(ちみつ)であるほど、複雑な思考をめぐらせる力があるということだ。ただし、スキーマを構築するには時間(それに、脳の余力)が必要だ。脳が過負荷になると、スキーマをつくる力は低下する。では、脳を過負荷にするものとは、いったいなんだろう?





パンク状態の脳で起きること

 過度にスマホを使うとスキーマが損なわれる理由を明らかにするまえに、作業記憶(短期記憶と同じ意味で使われることも多い語だ)について説明しておこう。

 大ざっぱに言うと、作業記憶とは任意の一瞬に一時的に脳に保持しているすべての情報を指す。鍵を捜しに部屋に行き、途中で何かに気を取られて「何を捜しにきたんだっけ?」と自問したとき、答えを返してくれるのがこの記憶だ。

 作業記憶(自意識と捉えることもできる)は、記憶が長期的に保存されるまえに、かならず通過しなければならない関所だ。要するに、そもそも心にとめていない経験を長期記憶に移すことはできない。

 ここで第一のハードルが登場する。作業記憶は一度に多くの情報を保持できない。1956年に発表された人間の短期記憶に関する「マジカルナンバー7±2」と題された論文では、短期記憶に保持できるのは5から9アイテムとされていた。近年の研究では、実際は2から4アイテムに近いだろうと推定されている。
 
記憶できる量が少ないせいで、作業記憶はすぐにパンクする。パーティで紹介されたのがふたりなら名前を覚えておけるだろう。けれど、それが一度に8人になれば、おそらくは無理だ。同じように、電話番号は3つに区切られているより、数字の羅列として提示されたほうが覚えにくい。

 それに加えて、作業記憶のパンク状態がつづくと(この状態を〝認知負荷が高い〞と言う)、どの情報も記憶に残らない可能性が高い。

 作業記憶から長期記憶にデータを移すのには、時間とエネルギーが必要なのが一因だ(現に、短期記憶は神経回路の結びつきが強まることで形成されるが、長期記憶の場合は、新たにタンパク質を合成しなければならない)。また、新たな情報を関連するスキーマのすべてにひとつずつ紐づけるのにも、時間と脳のエネルギーがいる。

 つまり、作業記憶であまりに多くの情報を扱おうとすると(認知負荷が高すぎると)、情報は記憶の保管庫に入らない。当然、あとで使えるように情報を整理しなおすことも、長期記憶に移すのに必要なタンパク質を合成することも不可能だ。ジャグリングしながら財布の中身を整理しようとするようなもの。できるはずがない。

 さて、ここで話はスマホにもどる。スマホはあらゆる面から、作業記憶を圧迫する存在だ。アプリにメール、新着一覧に見出しの数々、ホーム画面そのもの――まさに情報の洪水だ。

 短期的に見れば、それにより脳が消耗して集中するのが困難になる。長期的な影響はもっと恐ろしい。すでに見てきたように私たちが一心不乱にスマホを見つめているあいだ、自分の周囲で起きているその他の出来事は、意識にのぼることなく通り過ぎていく――言うまでもなく、未体験の出来事が思い出になることはない。

 しかも、作業記憶を酷使しているせいで、情報を長期記憶に移すことがむずかしくなっている。どうにか体験(と情報)に意識を向けられたとしても、それらが記憶に残る可能性は低いだろう。

 最後に、作業記憶がパンク状態で認知負荷が高くなりすぎると、余力がないせいで新しい情報や経験を既存のスキーマと結びつけることができない。これでは記憶が長く残る可能性は低いうえ、脳内のスキーマもしだいに弱体化し、ひらめきや着想を得る機会も減少する。つまり、私たちは深く考える力も失うことになるのだ。





脳を育て直せるのは「自分自身」だけ。その覚悟と勇気をくれる

連載第4回は、本書の中から「スマホが記憶力を低下させるメカニズム」をピックアップしました。

「スマホ依存」は気になる、でも持たせないわけにはいかない……。
本書が紹介する「スマホ断ち」プログラムは、そんなホンネに寄り添っています。
ぜひスマートフォンとの正しい付きあい方を見つけてみてください! 



【書籍情報】


著者:キャサリン・プライス 訳者:笹田 もと子

定価
990円(本体900円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784040824932

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【プロフィール】

キャサリン・プライス(Catherine Price)
イェール大学卒業、カリフォルニア大学バークレー校大学院を修了後、ワシントン・ポスト・マガジン、ニューヨーク・タイムズ紙など多くの新聞や雑誌で活躍する科学ジャーナリスト。本書の原著〝How to Break Up with Your Phone〟(Ten Speed Press)は世界34か国以上で出版された。著書として〝Vitamania:How Vitamins Revolutionized the Way We Think About Food〟(PenguinBooks)や〝The Power of Fun:How to Feel Alive Again〟(The Dial Press)など(いずれも未邦訳)。

(訳)笹田もと子(ささだ・もとこ)
英日翻訳者。兵庫県出身。神戸市外国語大学国際関係学科卒業。共訳書に『数学アタマがぐんぐん育つ 算数の実験大図鑑』(新星出版社)。

 



 


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