彼の故郷と私の未来『インド嫁1年生、異国生活奮闘記』ためし読み!
23歳という若さでインドへ嫁ぎ、日本の常識が1ミリも通用しない異国の地で暮らすことになった「嫁カレーチャンネル」さん。夢見た新婚生活とは裏腹に、現実は毎日が想定外の出来事の連続でした。戸惑い、悩みながらも、持ち前の明るさで自分の居場所を築こうとする、現在進行形のリアルな異国生活奮闘記をお届けします。
連載第5回は、第1章「常識のお引っ越し」の中から「彼の故郷と私の未来」を紹介します!
※本連載は『インド嫁1年生、異国生活奮闘記』から一部抜粋して構成された記事です。
彼の故郷と私の未来
滋賀で二人暮らしをはじめてから、十ヶ月が経過した頃だった。
「インドで暮らしているワタシのお母さんが、インドに帰ってきて欲しいと言っている」と、さっちゃんが話すようになった。
彼のお母さんには持病があるということは前から聞いていたが、ここ最近は体調の優れない日が続いていて、彼の帰りをしきりに待つようになっているのだという。
インドでは家の長男が親と同居し、嫁を迎え入れて共に暮らすのが一般的であり、社会的な期待でもある。
長男である彼もまた、そうした役目を期待されて育ってきたが、キャリアを追う覚悟をもって親元を離れたのだった。
そんな彼の背景は以前から聞いていたけれど、それでもお母さんに寂しい思いをさせてしまっていることへの後ろめたさを、彼がどこかで感じていることは私にも伝わっていた。
そして、お母さんの体調の悪化。
私は彼のお母さんの身を案じる気持ちと、キャリアと家族の間で葛藤する彼の姿に、胸が締め付けられるような思いがした。
「ワタシが今の仕事を続けたいならば、お母さん自身が日本に移住してまで、ワタシと一緒に暮らしたいと言っている」
しかし現実には、彼のお母さんが日本に滞在するためのビザを取得するのは、かなり難しいだろう。
突如として大切な彼に訪れた、大きな人生の選択。
私は彼と同じ境遇に立った気分で、「どんな選択が彼の人生にとってベストなのか」を、一緒に考えていた。
……が、ちょっと待て。私はどうなるんだ?
彼の人生の岐路を自分のことのように考えていたけれど、このまま同じ船に乗って、彼と共に進んでいってもいいのだろうか?
たとえその船の目的地が「遠い国」だったとしても、乗り続けることは可能なのだろうか?
「さっちゃん、あなたがインドに帰るとしたらさ、私はどうしよう?」
インドに帰るか否かという究極の二択に頭を悩ませている彼を前に、私は「ベストな選択を願う仲間」というよりは、「結婚を見据えた恋人」としての立場に立ち返った。
そして、自分もこの先、同じ船に乗るべきかどうか、一度立ち止まって自分にも問いかけてみる。
「なーに言ってんの! そうなったら、アナタもインドについてくるでしょ」
当然、といったように、流暢な日本語でサラッとアンサーを出した彼に、私は「そうね」と頷いた。いらん問いかけだったか、と、妙に一人で納得した。
しかし、彼のお母さんが日本に滞在するためのビザ取得が難しいように、私がインドに行くとなったら、何のビザで滞在するのかが真っ先に気になるところだ。
私は趣味で外国人の在留資格やビザについて少し勉強していたが、さっちゃんは仕事でもそれを扱っている。
取り急ぎ取得可能な、観光ビザでもってしても、滞在期間は数ヶ月が限界だということは重々理解しているはず。
「ちなみに聞くけど、さっちゃんと一緒にインドに行ったら、私のビザはどうしよう?」
一応、何かプランとかあるのか聞いてみる。
「その時はー……配偶者ビザになりますかね」
そうそう、配偶者ビザね。知ってるよ。外国人がその国の人と結婚して、一緒に暮らすためのビザね。
ちょっと得意気になりかけたところで、違う違う、そうじゃない。
「配偶者ビザ! ってことは、私、インドに行ったらすぐにあなたと結婚するってこと!?」
「そんな感じになりますね」
そう言って、はにかんだ彼の笑顔が眩まぶし過ぎたのか、あるいは唐突な展開に意識が飛びそうになったのか。危うく後ろに倒れるところだった。
確かに結婚を見据えての同棲だったし、将来インドに住む可能性も考えてきた。
しかし、その余裕は何処へやら、その「将来」がすぐそこに選択肢として上がってきている現実に、全然気持ちが追いついていない。
彼はインド人の長男として背負っているものがある。今まで見え隠れしていたそれが、ようやくくっきりと私の前に姿を見せた。
彼はその中で葛藤しているわけだが、その「背負っているもの」が今後どれほど彼の人生に影響するのか、私のような生粋の日本人には、見当もつかない。
もし彼がその期待に応え、長男としての役目を全うしようとするのなら、その「長男の嫁」となる私も、きっと何かを背負うことになるのかもしれない。
……ということを想定して、よくよく考えるべきなのだろうか。
一瞬のうちに、世界最速のマリッジブルーが頭の中を駆け抜けていった。
でもすぐに、いつもの調子を取り戻すと、どう考えても私が今案じているのは「未知」のことばかりで、いくら考えても答えの出る類のものでは無いことに気づいた。
想像もつかないような未来に対して、あれこれ推測を巡らせてばかりいては、動くべき時に動けなくなる。
「ま、とりあえずインドでも仕事を探してみるよ。インドでキャリアを伸ばせる場所があるかどうか見てみる」
そう言ったさっちゃんは、与えられた状況の中で変化をポジティブに捉えながら、新たな可能性を模索している。
今後の選択次第では、生活の拠点も、仕事も、そして結婚さえも、よくある人生の転機といわれる大波が一気にやって来るかもしれない。
でも、その波に一緒に初めて乗ろうとしている、彼の姿を見ていると、私は改めて気づかされる。私はそんな彼の内面に惹かれ、そこに居心地の良さを感じているのだと。
そして、彼に付随する外的要因、つまり期待や責任。それらは変な話、私の受け止め方ひとつでどうにでもなる。
しかし、彼の内面は彼にしか持ち得ない、唯一無二のものであり、私はその部分に直感的に惹かれたのだ。
だからこそ、その感覚は、何よりも大切にしていきたいと思ったのだった。
驚きと笑いの連続!インドの家庭で見えた「素顔」
インドの「当たり前」に戸惑いながらも、持ち前の明るさで突き進む彼女の異国生活は、どんな展開を見せるのでしょうか。驚きと笑いに満ちたインド嫁としての毎日は、まだ始まったばかり。書籍では、現地でのリアルな暮らしぶりや、異文化に揉まれる日々の裏側をより詳しく収録しています。続きはぜひ書籍をご覧ください。
【書籍情報】