人生にインドに住むという可能性が現れた『インド嫁1年生、異国生活奮闘記』ためし読み!
23歳という若さでインドへ嫁ぎ、日本の常識が1ミリも通用しない異国の地で暮らすことになった「嫁カレーチャンネル」さん。夢見た新婚生活とは裏腹に、現実は毎日が想定外の出来事の連続でした。戸惑い、悩みながらも、持ち前の明るさで自分の居場所を築こうとする、現在進行形のリアルな異国生活奮闘記をお届けします。
連載第4回は、第1章「常識のお引っ越し」の中から「人生にインドに住むという可能性が現れた」を紹介します!
※本連載は『インド嫁1年生、異国生活奮闘記』から一部抜粋して構成された記事です。
人生にインドに住むという可能性が現れた
「それでもワタシについてきてくれる?」
夕暮れ、琵琶湖のほとりでさっちゃんからのプロポーズに頷き、薬指に婚約指輪が輝くようになってから、「私の人生これからインドコースの可能性」がとうとう現実のものになろうとしていた。
さっちゃんと付き合う前、インドという国をまだ何も知らなかった頃。
知識として知っているのは、数学と英語の教育に力を入れていて、人口がお隣の国とどっこいどっこいらしいって、社会の教科書でさらっと撫でた程度しか無かった。
あとはなんとなく治安と衛生環境が悪かったりするという主観的なイメージと、近所のインドカレー屋さんでいつも頼むバターチキンカレーがなんかクセになる、という感想しか持ち合わせていなかった。
ひょんなきっかけから、インド人のさっちゃんと付き合うことになり、私の中のインド像にさっちゃんという人物が新たに加わった。当時彼は、ワークビザで関西に滞在していて、日本に来てから一年と少し経った頃だった。
付き合い初めは、関東と関西間のまあまあな遠距離恋愛だったが、毎日のビデオ通話や、仕事の合間を縫ってお互いに会いに行き来するうちに、心の距離は縮まっていった。
特別「インド人だから」と意識して付き合っていたわけではない。
ただ、彼のことをもっと知りたい一心で、母国について話を聞き出したり、自分でもインドのことを調べるようになったのはこの頃だった。
晴れて同棲が決まり、私はそれまでしていたヨガの仕事を辞めて、関東の故郷を離れ、さっちゃんの住む滋賀に引っ越した。
引っ越してから程なくして新しく仕事も始めた。
ようやく滋賀という地に慣れ、新しい職場の人たちと打ち解け、関西弁にも慣れてきたタイミングで、くっきりと浮き彫りになってきた「インド行きの可能性」。
職場では「うそやん!」が飛び交ったけど、自分の中では「うそやん!」って感じはそれ程無く、実は同棲を決めた時点でうっすら「将来、インドで暮らすかも」なんて予感がしていた。
同棲に踏み切ったのも結婚を見すえてのこと。とはいえ、そもそも同棲を決めたきっかけは、付き合って三ヶ月目に一緒に行ったインド旅行だった。
「年末年始インドに一時帰国するから、アンタもワタシと一緒に来る?」
まるで、「ちょっとチャイでも飲みに行く?」くらいの軽さで誘われた私は、同じくらいのテンションでその話に乗っかった。
「付き合って三ヶ月の遠距離恋愛中のインド人彼氏と、インド旅に行ってくる」それを聞いた周りの人は「その彼氏は本当に信頼できる人なのか?」そして何より、「無事にあんたは日本に戻って来れるのか?」と心配した。
しかし、そんな懸念は毛頭浮かんでこない程、すでに私は彼にぞっこんだった。
「インド旅」と検索すると、SNS やブログなんかで、「インドに行ったら詐欺に遭いました!」とか「インドで食中毒になりました!」とか、コンテンツとしては興味をそそられるけど、実際に行くのはお断りだぜ的なタイトルがよく目に飛び込んでくる。そんな情報を私も周囲の人たちも信じていたから、インドに対するイメージはこのタイトル通りに出来上がっていた。
その上、ヒンディー語はおろか英語もロクに喋れない。海外旅行にすら行ったことが無い私にとって、ひょっとするとデンジャラスな旅になり得るのではないか?と、想像してみたが、この人と一緒ならなんとかなっちゃうだろうと、やっぱりインドのイメージとは裏腹に楽観的だった。
なんなら、インド旅行が決まってから浮かれていたのは彼より私の方で、さっちゃんという人物を作り上げた国はどんなに面白い国なんだろうと、心の底からワクワクしていた。
思い返せば、初の海外旅行先が「カオス」と揶揄される国であっても、彼と一緒なら大丈夫だろう、と思えたこと。彼の故郷を見てみたいと思ったこと。
それが、結婚を見据えて同棲を決めた一番のきっかけだったのかもしれない。
そして迎えた初インド旅行。
初めての海外、そして初めてのインド。そのインパクトは、とにかく強烈だった。
気を抜けば車に轢(ひ)かれそうな路上。普通に歩いているだけなのに、物乞いや押し売りが待ってましたとばかりに群がってくる。あまりにも非日常的な光景に、私は呆然と立ち尽くした。
ふと頭をよぎったのは、いつか動画のタイトルで見かけた「路上でひったくり」「観光客が連れ去られた」といった物騒なフレーズ。いやいや、今そんな予告編みたいな言葉を思い出さなくてもいいのに。
そんなワードに引っ張られそうな私の頼みの綱は、前を歩く彼と繋いだ手。
混沌の中をすいすいと進んでいく背中が、やけに頼もしく見えた。
ざわめきの中で、そのまま流れに乗るように、私はただ、その手を握っていた。
この時点で、私はすでに「インドマジック」にかかっていたのだ。
そんな私を、もう一段深くインドマジックに引き込んだのが「食の衝撃」だ。
屋台から漂う香辛料の香り、鉄板でジュウジュウ焼けるアルティッキ(注1)の音、熱々のチャイから揺蕩う湯気。
スルリと入った路地裏の屋台で、彼が何気なく頼んでくれたチョレーバトゥレー(注2)を口に運んだ瞬間、私の舌は衝撃に包まれた
辛い。ものすごく辛いけど、辛みの中に旨みがある。スパイスが一気に口の中を支配して、鼻から抜ける香りに目がしみる。
「ひぃ〜! 辛い!」と慌ててチャイをすすると、甘さと熱さがさらに新たな刺激を加えてくる。火に油を注いだのか、救いの手を差し伸べられたのか、もはやよく分からない。
辛さに涙目になりながらも、気づけば旨みを見出して夢中で頬張っていた。そんな私を見て、彼はおもちゃを得た子どものように無邪気に笑った。
後で聞けば、あのチョレーバトゥレーは、彼が幼少期の頃からの馴染みの店のもので、「絶対ハマるから食べさせよう」と、最初から彼の計算に入っていたらしい。
どうやら彼はインドマジックの仕掛け人だったようだ。
彼が見せてくれたインドは、驚きに満ち溢れていて、好奇心を掻き立てられるような、本当に魅力的な国だった。
異国の混沌とした街の中にいても怖おじけず、思いっきり楽しめたのは、間違いなく彼という安心感の塊の存在があったから。……いや、もしかしたら全部、最初から彼の筋書き通りだったのかもしれないが、とにかくその旅からずっと私は「インドマジック」にかかったままだ。
旅を終え、帰りの飛行機で彼が何気なくサラッと尋ねてきた。
「どう? インドに住める?」
私は素直に思ったことを口にした。
「インドにさっちゃんがいたら住めるかも」
「じゃあ滋賀には? ワタシいるけど」
「インド旅行に行けたから、滋賀にも一緒に住めるかも」
まだ結婚の話なんて一度もしたことがなかったけれど、「インドに住む前にワンクッションは挟みたいよねー」なんて話しながら、そこで同棲が決まった。
帰国後、速攻滋賀への引っ越し準備が始まった。
ちょうど仕事もキリの良いタイミングで退職し、住んでいたアパートも、大家さんが途中解約を快く了承してくれた。
あれよあれよという間に、帰国から三週間後、私はもう滋賀にいた。
(注1)カレー味のじゃがいものコロッケ。
(注2)ひよこ豆のカレーとふかふかの揚げパンがセットになった北インド料理。
驚きと笑いの連続!インドの家庭で見えた「素顔」
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【書籍情報】