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掴みどころのないインドを掴もうとしている『インド嫁1年生、異国生活奮闘記』ためし読み!

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23歳という若さでインドへ嫁ぎ、日本の常識が1ミリも通用しない異国の地で暮らすことになった「嫁カレーチャンネル」さん。夢見た新婚生活とは裏腹に、現実は毎日が想定外の出来事の連続でした。戸惑い、悩みながらも、持ち前の明るさで自分の居場所を築こうとする、現在進行形のリアルな異国生活奮闘記をお届けします。

連載第3回は、序章「⽂化の渦に巻かれて、⽇常を作り出す⽇々」の中から「掴みどころのないインドを掴もうとしている」を紹介します!

※本連載は『インド嫁1年生、異国生活奮闘記』から一部抜粋して構成された記事です。


掴みどころのないインドを掴もうとしている

 インドという国は、噛めば噛むほど癖になる。
 ちょうど、目の前のオートリキシャーの運転手が噛みタバコを味わっているように、多少の「リスク」はあれど、ひたすら噛み続けたくなるような、味わい深くて不思議な国だ。
 一人ひとりのマイペースなマインドが、大きな渦のようになって、この巨大な国を形作っている。
 一見するとまとまりがないようにも見えるけれど、爆発的な個性とともに、ちゃんとひとつにまとまっている。今の私の目には、そんなふうにインドが映っている。

 皆さんのインドのイメージはどうだろうか?
 私が暮らしていたデリーの路上は、まさにインドの縮図のようだった(私の世間が狭いだけかもしれないけど)。
 スクランブルGoing my wayなデリーのカオスな路上で、接触事故がほとんど起きないのは、きっと道路を共有する者同士の、阿吽(あうん)の呼吸と独特な間合いがあるからなんだろう。
 行き交う車も人も、大事故になることなく、奇跡のように、でも確実に、ちゃんと目的地にたどり着いている。その様子は、何気にものすごく感心させられる。
 流れに逆らっているようで、気づけば自然とその流れに乗って、結果オーライになっている。
 そんなところに、私はとても「インドみ」を感じるのだ。

 私はインドを表す言葉のひとつに「マイペース」をよく使っているけれど、ここでの「マイペース」は、単にのんびりしているという意味ではなく、「個々が独自のペースで自由に物事を進めていく(周りからすると全く予測がつかない)」というニュアンスだと理解してもらえたら嬉しい。
 現段階では「マイペース」が一番しっくりくる言葉だけれど、もしかすると今後、別の表現に変えることになるかもしれない。
 というのも、最初は掴みどころのなかった相手のペースが、付き合いを重ねるうちに分かるようになってきて、気づけば自分もそのペースに馴染んでいた……なんてことが、人生ではよくあるからだ。
 たとえば、田舎育ちの人が初めて都会に出た時、最初は人々の歩くスピードについていけず、ぶつかったりよろけたりする。けれど、都会に慣れた頃には、自分も人混みを颯爽と躱(かわ)せるようになっていた……。そんなふうに、いずれ人は、その土地や人のペースや間合いに順応していくものだ。

 もし私がインドで車の運転ができるようになったら、あの混沌とした道路を生き抜くための阿吽の呼吸を、私も身につけられるのかもしれない。
 そしてその呼吸を身につけた時、私はこの国のペースや間合いを、ようやく「掴んだ」と言えるのかもしれない。
 そう思うと、さっちゃんから車の鍵を受け取って、自然とハンドルを握る気持ちになれるのだ。

 何がきっかけで、インドについての理解が深まるのかは分からない。
 だからこそ、さっちゃんや周囲の人たちからインドの文化について話を聞いたり、手探りで挑戦し、時に失敗したりしながら、新しい未知の世界を開拓していく。
 そんな今がとても楽しい。


驚きと笑いの連続!インドの家庭で見えた「素顔」

インドの「当たり前」に戸惑いながらも、持ち前の明るさで突き進む彼女の異国生活は、どんな展開を見せるのでしょうか。驚きと笑いに満ちたインド嫁としての毎日は、まだ始まったばかり。書籍では、現地でのリアルな暮らしぶりや、異文化に揉まれる日々の裏側をより詳しく収録しています。続きはぜひ書籍をご覧ください。


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