「計算ドリルはスラスラ解けるのに、文章題は苦手」「シンプルな文章題で式が立てられない」。子どものこのような姿に悩んでいませんか? 「文章題でつまずくのは、低学年からの“概念形成”ができていないため」と話すのは、進学塾勤務、ベネッセコーポレーション『中学受験講座』の企画制作、私立小学校副教頭などを経て算数塾を立ち上げた小野圭先生。近年の教育現場で起きていることや、算数が得意になるために親ができることについて、詳しくお話をうかがいました。
【プロフィール】
小野算数塾 塾長
小野圭
進学塾勤務、四谷大塚提携塾の立ち上げ、ベネッセコーポレーション『中学受験講座』の企画制作、都内私立小学校副教頭を経て、小野算数塾を設立。算数の原理である「概念・考え方・仕組み」を学び、使いこなせるように鍛錬し、基礎基本を徹底的に磨き上げる「小野メソッド」で教え子の第一志望校合格をサポートしている。
「2割引き」が解けない? 算数の現場で起きていること
近年、子どもの学力、とくに算数と国語の学力低下が顕著になっています。子どもの学力の変化をみる国の「経年変化分析調査」によると、令和6年の小学6年生の国語・算数のスコアは、3年前、8年前に比べて低下していることがわかっています。
算数塾で日々子どもたちと向き合うなかでの肌感覚としても、ゆとり教育への転換期よりも深刻な学力低下が進んでいると感じます。かつて子どもたちが自然と解けていたシンプルな文章題が、今の子どもたちにとって“難問”になっているのです。例を挙げてみましょう。
日常的な買い物で行っているシンプルな計算ですね。「800円」が正解であるこの問いに対して、
と式を立てる大学生がいるといいます。大学非常勤講師の方の投稿がSNSで話題になっていたので、ご存知の方もいるかもしれません。学生がなぜこのような式を立てたのかというと、「割」という文字があるから割り算をし、「引き」と書いてあるからひき算をしたのだと思います。誤答をした学生の頭には、「2割とは、もとにする量を【1】の大きさとしたとき【0.2】の大きさにあたる量である」というイメージがないのです。この講師の方が「“割る” とあるけれども、“かけ算” をするんだよ」と説明すると教室がざわめいたそうです。
身につけたい算数の「概念」
算数のシンプルな文章題でつまずく子どもは少なくありません。計算はできるのに文章題でなぜつまずくのか。それは、小学校で身につけるべき算数における「概念形成」がなされていないからです。低学年のうちに基礎となる概念が身についていないと、高学年で学習内容がより高度になったときについていけず、「わからないから丸暗記する」という悪循環に陥ってしまうのです。
算数における「概念形成」とは、具体物を使った体験を通して、数量や図形などの本質的な意味を体得し、頭の中でイメージできるようになることです。たとえば、小学1年生の授業では、ブロックやおはじきなどを使います。おはじきと数字を対応させたり、「たす」「ひく」といった操作をしたりしながら、算数の基礎となる「概念・考え方・仕組み」の理解をうながします。「計算ができること」と「問題を解けること」は必ずしもイコールにはなりません。「どんな場合にたして、どんな場合にひくのか?」がわかっていないと、式をたてられないのです。
しかし現在、こうした具体から抽象への概念形成を飛ばして、ペーパーワークをくり返す学習がよしとされています。保護者様から「どの問題集をやればいいですか?」とご相談されますが、概念形成をおざなりにした状態でひたすらプリントを解いていても、残念ながら本質的な理解には至りません。実際の問題は、具体です。具体の繰り返しだけで抽象がない状態、すなわち概念形成がないと、意味がわからないままになります。そのときは問題をなんとなく解けたとしても、ある時まったく問題が解けなくなる学力崩壊が起きるのです。
低学年の子どもは、新しいことを機械的に暗記する「記号的暗記」という能力に長けています。意味がわからないことでも、無前提に受け入れてどんどん覚えることができますが、どんどん忘れる脳の構造になっています。覚えたように見える、またはできるようになったと思えていても脳が十分に発達していない小学生段階では1つの罠があるのです。小学生で早期教育したことは、すべて忘れてしまったということはよくある笑い話の1つです。
解き方のパターンや公式を教え込めば、それを丸暗記して、テストで100点を取ることはできるでしょう。しかし、本質を理解しないまま丸暗記した知識、そして、体で覚え込むまでになっていない知識は、脳にとって「いらない情報」だと判断されます。脳は効率化のために不要な記憶はどんどん捨てていく仕組みを持っています。今日テストで100点を取った子どもが、翌月の復習テストで大幅に点を落とす背景には、こうした事情があるのです。算数の考え方が身についていないまま高学年になると、とりあえず出てきた数字をたしたり、ひいたり、かけたり、わったりして、答えらしきものを出すという場当たり的な解き方になってしまいます。これを続けていくと、算数がわけのわからない教科になってしまいます。
かけ算の概念形成が割り算の理解を左右する
数ある教科の中で、算数はもっとも抽象度が高い教科です。文章題は短いシンプルな文章で構成されていて、その行間には、国語よりはるかに大きな「具体」と「抽象」が埋まっています。中学受験などでも頻出する「植木算」を例に考えてみましょう。
もっとも多い誤答は、「10本」。問題文の数字を式に当てはめて【100÷10=10 答え10本】とするのですね。このような誤答は、割り算の意味を理解していないため起こります。割り算で求めた「10」は、「100メートルのなかに10メートル間隔が10個ある」という、間(あいだ)の数を示しています。指の数が指の間よりも1つ多いように、木の数にも1をたした「11本」が、必要な木の本数です。自分で式を立てたにもかかわらず、「100÷10」で何を求めているかを理解していないと、「1をたす」工程を忘れてしまうのです。
このように、概念や本質を理解せずに式を立てても、正しい答えに辿り着けません。それが顕著に表れるのが「割り算」です。「かけ算」の理解不足のしわ寄せが「割り算」に現れ、そこでつまずいてしまう子どもが後を絶ちません。
かけ算でもっとも大事なポイントは、
です。「かけ算の順序」については、これまで幾度もSNSなどで「順序が大事」派と「入れ替えていい」派で論争が起きてきました。たしかに、数式の計算や因数の処理において順序はどちらでも構いません。しかし、小学校で習うかけ算の順序には大きな意味があります。
たとえば、チョコが3個入った袋が6人分ある場合、次のような式になります。
このようなかけ算の基本概念が身についていると、割り算を学習するとき次の2つの式の意味の違いを正しく把握できます。
基本問題だからできて当たり前と思うかもしれませんが、じつは、ここで概念においてつまずいている子どもはとても多いのです。かけ算の概念が身についていないと割り算があいまいになり、「分数」「比」「割合」「速さ」などの問題で手こずる原因になるのです。
上記のようなシンプルな問題では、まだ「わり算」すればよいのだろうと見当がつきますが、あまりが出るようになったり、植木算のような「木の数」と「間の数」がでてきたりすると、どっちがどっちか混同してしまうのです。また、「何倍……なにのいくつ分?」を習う際に、いくつ分を求める感覚がないと、「何倍」だからかけ算だろうと、かけ算をしてしまうようになります。「『倍』なのに『わる』?」となって、子どもたちは算数がわけのわからない勉強だと思い、丸暗記するようになります。文章題では、計算だけでは済まされず意味がわからないと成り立ちません。実際、現実世界において順番や意味を取り違えると大問題になります。
親が気をつけるべき算数教育の3つの「誤解」
子どもの学習で大切な「概念形成」が軽視されるようになった背景には、3つの大きな「誤解」があります。
【誤解①】早期教育・先取り学習のワナ
小学1年生の算数の教科書は非常に薄く、「これを1年かけてやるのか」と多くの保護者が驚きます。学校での学習に物足りなさを感じて、家庭でドリルやプリントをしたり、低学年から塾で先取り学習をしたりするケースが増えていますが、そもそも学習とは習熟度に合わせてじっくり積み上げるもの。子どもの発達段階を無視した早期教育は、むしろ逆効果です。土台が未熟なまま先取り学習を続けていると、子どもは勉強そのものを嫌いになってしまいます。実はその薄い教科書の「行間」にたくさんの具体という体験と、抽象という概念形成が埋まっているのです。たとえば、計算練習をたくさんするのは素晴らしいことなのですが、肝心の意味がわかっていないと後になって文章題が解けなくなってしまいます。ですから、小学生は新しいことをどんどん覚えてしまうため、学習内容を習得したように見えますが、本当に理解できて習得できているかが勝負なのであって、くれぐれも安易な判断で習熟度を無視してどんどん難しいことに取り組ませることが、将来の算数嫌い算数苦手の布石になっていることを知ってください。基礎基本である概念形成は、体で覚え込むくらいにまで鍛錬しないと身につかないものなのです。
【誤解②】子どもの学習では「大は小を兼ねない」
「塾で難しい問題演習をやれば、小学校の勉強はカバーできる」というのは大きな誤解です。数や図形の基本的な概念が身についているからこそ、問題演習という訓練が実を結びます。しかしその逆は成り立ちません。ドリルや問題集は、具体から抽象概念を形成するためのトレーニングであり、問題演習のくり返しだけでは基礎的な概念は習得できないのです。かけ算九九を丸暗記したら、先程のかけ算の概念が身につくのかと言うと自然には身につきません。算数では、特に習熟度という学習のステップを無視できないのです。教科書の内容の概念形成あってこその問題演習なのです。教科書があんなに薄い理由は、身の回りの現実や具体物を使ってじっくりと取り組むからであって、身につけるべき行間がたくさんあるということなのです。デジタルコンテンツも問題集もそうですが、手軽に身につくように思えるものには、1つのトラップがあります。本来踏むべき概念形成のステップを飛ばしてしまっているのです。
【誤解③】デジタル教育の弊害
タブレットやオンラインを駆使した学習サービスが普及していますが、ICT教育の先駆け・スウェーデンでは、子どもの数学や読解力の低下が指摘され、紙の教科書に回帰しています。ハイテクは、往々にして子どもの学びにマイナスに働きます。百聞は一見にしかず。実体験に勝るものはないのです。概念形成せずに、意味がわからないまま繰り返す問題演習もデジタル学習と似ています。計算練習は、ただひたすら鍛えるという意味ではいいのですが、他もすべてそうしてしまうと意味がわからないから式が立たなくなるのです。算数・数学は、意味のない記号や解法を丸暗記しては忘れる、ということを繰り返す教科ではありません。デジタル学習やペーパートレーニングばかりでは、どうしても「○か×か」という結果だけにとらわれやすく、適当に答えを探すだけの訓練になりがちです。算数・数学の本来の目的は、数字や式の意味を理解し、抽象的思考を養うことにあります。つまり、算数・数学とは、思考のトレーニングをするための教科なのです。だからこそ、中学入試でも算数ができる(=自ら深く思考できる)受験生が求められます。
9歳までの豊かな体験が「生きた知識」になる
大人がかつて高校数学でつまずいた際、とりあえず解法を暗記して乗り切った経験があるかもしれません(本来は高校数学も理解の積み重ねですが)。しかし、その感覚のまま、子どもに算数を暗記教科として押し付けてしまうのは最大の誤りです。
では、算数の「概念・考え方・仕組み」を習得するためには、どうしたらいいのでしょうか? 文部科学省の教師用指導資料には、【低学年児童の特徴の一つは、思考と活動が未分化な時期にあること】【つまり、「動くこと」と「考えること」が同時に進むのがこの頃の子どもたちです。】と記されています。具体物を手で触って手を動かしたり、体を動かしたり、遊びを通じてさまざまな体験をすることで、新しい概念を「生きた知識」として吸収していくのです。
9歳までは、机に向かって勉強するより、自然にふれ合ってさまざまな体験をするほうが生きた知識を習得できます。小学校高学年になると、自我が徐々に強くなり、低学年で習得できなかった概念を後から教え直すのは一苦労です。思春期が本格的になる中学生になればなおさらですから、小学生のあいだが勝負です。高学年になると学ぶべき概念がさらに抽象化して高度になるため、できれば大人の言葉をそのまま受け入れやすい9歳までに、実生活の中で抽象的な概念の土台をしっかり身につけておきましょう。すでにお子さんが高学年の場合は、焦らず低学年の概念の抜け漏れを取り戻すところから始めてください。そうすると高学年の算数の概念形成に、スムーズに取り組めるようになります。
ここで鍵を握るのが、遊びを通じた「豊かな体験」と「親子のコミュニケーション」です。日々の暮らしでできる次のような遊びが、算数の概念形成に役立ちます。
ごく一部ですが、ご紹介します。日常生活の中で数を数えることは、算数の基本となる「数量感覚」を鍛えるのに最適です。たとえば、お風呂につかって100まで数えたり、お菓子の数を数えたりしてみましょう。列に並んでいる時に「前から何番目か」「自分の前に何人いて自分が何番目か」「後ろに何人いて後ろから何番目か」を考えるのも効果的です。ほかにも、予定表や時間割を読んだり、人と競争したり、持ち物などを比べたりするのもよいでしょう。比べる要素は「大小」「高低」「長短」「広い・狭い」「多い・少ない」「近い・遠い」などさまざまです。学年が進めば、これらをより具体的に比べられるようになるとよいでしょう。
◎買い物・料理
スーパーでの買い物は学びの宝庫。割引シールとレシートを使って、いくら割引かれたのか計算してみると割合の感覚が身につきます。料理にもさまざまな学びが隠れています。わが家では、乾麺を茹でるとき「何グラム食べる?」と子どもに聞いていました。自然と重さの概念を身につけられます。
◎公園でのかくれんぼ・追いかけっこ
隠れる側は鬼が見えない死角を、鬼は物陰の向こう側を想像するかくれんぼは、ワクワクしながら立体感覚を身につけられる遊びです。また、追いかけっこは「旅人算」を考える土台になります。「相手に追いつくためには、前を走っている人より速く走る」という実感を持っていると、問題を解きやすくなります。幼少期や低学年での遊びは体を鍛えるのと同時に脳を鍛え発達させる一番の手立てなのです。
◎折り紙・工作・ブロック・トランプ
折り紙は平面図形、工作やブロックは立体図形の概念形成をスムーズにしてくれます。図形問題が得意になるコツは、「図形と仲良くすること」。平面図形が苦手な生徒には、ノートに何度も自分の手で二等辺三角形や円を描くように、立体図形が苦手な生徒には、段ボールを切り抜いて立体図形を作って解いてみるように伝えています。算数感覚を鍛えるには、トランプなどの「数」に関係ある単純な具体物を使った遊びがとても有効です。
◎絵本や本の読み聞かせ
すべてを実体験でまかなうのは難しいものです。そんなとき子どもの体験を無限に広げるのが「読書」です。国語の成績が飛び抜けていた教え子は、小学校高学年でも親に読み聞かせをしてもらっていたそうです。言語習得の基本は「音」だといいます。読解力を高めることは、めぐりめぐって算数の理解力の向上にもつながります。
親子のコミュニケーションが一生ものの知性の土台に
もし子どもが算数の学習につまずいているようなら、ドリルや問題集を探す前に、まずは学校の教科書に戻りましょう。もちろん、概念形成はできているが計算が遅く、低学年の計算を暗算できない場合には、100マス計算を鍛えつつ、どうぞ思い存分問題集を3周でも5周でも解いてください。ただし、繰り返す前提としての概念形成ということが算数の大切な勉強だと知っておいたほうがよいと思います。本格的に受験勉強をするのは早くても4年生、どうしても先取りしたいならば、読書をたくさんして、教科書の学年を進むようにしましょう。ただし、決して中学数学には手をつけないでください。小学生ができる形にして教えることになるのでプロの先生に任せましょう。
学習をアウトソーシングしたり、ショートカットさせたりしたくなるかもしれません。しかし、お友だちと遊ぶ時間や、ご近所のアカデミックな雰囲気を持ったお兄さんお姉さんに遊んでもらうこと、そして何より親子の時間が、一見遠回りに見えて、じつは一番の近道なのです。子どもは身近な手本を求めているのです。
「もう10歳、11歳だから」とあきらめないでください。まだ取り戻せる地点に立っているのですから。音符にはメロディーがあって、歌を聞かせてあげると自然に子どもたちは、実に楽しそうに歌を歌うようになります。算数にも意味があるのだと是非教えてあげてください。算数は、本当はわかると楽しい教科なのだと伝えてあげてほしいのです。
取材・文:三東社
写真:PIXTA