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6月29日(水)発売の『13歳からの経営の教科書 「ビジネス」と「生き抜く力」を学べる青春物語』をためし読み公開!
外国には小さいころから経営の勉強をしている国があり、日本でも起業家(会社をつくる人)の教育を始めている小学校も増えました。
将来の夢を考えるのにも、友だちと仲良くするのにも役立つ「経営」の物語を読んでみよう!
◆これまでのストーリーはこちらから
……家に帰ると、ヒロトはさっそく「お年玉貯金」を数えてみた。スーパーで飲みものを買うにもお金が必要だ。お正月にもらうお年玉は、半分がお母さん銀行にあずけてあり、そしてもう半分はヒロトの部屋に置いているクッキー缶に貯めてある。
缶の中には五千円札三枚と千円札四枚。
ヒロトはそこから千円札を一枚抜き取って、すぐに家を出ようとした。
すると、玄関で、ヒロトの母が呼びかける。
「ちょっと、あんた、どこいくの?」
「買い物!」
「あら、じゃあ、ご飯は?」
「すぐ戻るから、心配しないでっ」
そういってヒロトは激安スーパーまで走った。
そのスーパーには、黄色い看板に赤い字で「激安」と大きく書いてある。入口にはその日の特売のトイレットペーパーや野菜などが並べられている。店の中に入ると、そこら中に「特価」「今だけ価格」「地域最安値」といった文字がおどっている。
すこし歩いてみただけでお目当ての品が見つかった。
五百ミリリットルのペットボトル入りのコーラが八十円、スポーツドリンクは七十円。麦茶はなんと税込み五十円の特売品が山積みされていた。
「なんだ、これっ! やっすい」
この中ならどう考えても麦茶が一番だ、と、ヒロトは確信した。
買い物かごにペットボトル入り麦茶を二十本詰め込んで、ヒロトはレジに並んだ。これを明日、駅前の自動販売機の横で売ってしまえば、大儲けだ。そう思うと、ヒロトはワクワクしてきた。
でも、待てよ。これを自動販売機のように「冷たい飲み物」にするにはどうしたらいいだろう。家で氷を作って持っていっても全然足りない。それに、氷だけじゃなくて水も入れておかないといけないはずだ。いつだったかお父さんがキャンプでスイカを冷やしていたときのように。
ヒロトがあれこれと考えをめぐらせている。
その日、ヒロトはあまり眠れなかった。
そうしているうちに、土曜の朝になった。窓の外は晴天だ。ヒロトも今朝は暑くて起きたくらいだから、絶好の麦茶日和といえる。
目覚めてすぐ、ヒロトは準備を始めた。ペットボトルの麦茶が二十本、そのうち冷凍庫の空きスペースに入れられた十本は、一晩かけて凍った状態になっている。
ひょっとして、ぼくって、結構頭いい?
こうやって、ペットボトルの麦茶のうちいくつかを凍らせておけば、氷の代わりになる。そして、倉庫にある大きなバケツ二つにそれぞれペットボトルを詰めて、駅前に持っていって、後から駅の近くの公園で水をくめばいい。そうすれば行き道もそんなに重い荷物にはならないだろう。
これが昨日の夜にヒロトが考え抜いた秘策だった。
ヒロトは、うきうきと、駅前までの道を歩いていった。
改札の近くに自動販売機が三台並んでいる場所がある。
そう大きな駅でもないが、近くにはコンビニ、ラーメン店、理髪店、公園、警察署、消防署、野菜や果物やちょっとしたお総菜を売っている青果店などが集まっている。……この青果店は、リンの家でもあった。
ヒロトは、まず公園に寄って、バケツに水を注いだ。
凍った麦茶が、かちっ、かちっ、と、音を立てた。
ここまでやれば、残る仕事は自動販売機のとなりで売り込みをすることだけだ。
といっても、駅の敷地内で飲み物を売るなら、おそらく駅長さんの許可が必要だろう。だから、まずは駅長さんと話してみる必要がある。
「あのう、すみませーん、すみません」
改札と駅事務室をつなぐ窓から、ヒロトはそう呼びかけた。しばらくして、駅員がやってきた。
「はいはい、いったいどうしたの?」
「あのう、駅長さんでしょうか? ぼく、ここでビジネスしたいんです。あっ、これひとつどうぞ」
そういってヒロトは麦茶のペットボトルを一本手渡した。駅員は不審そうな顔だ。
「ビジネス? 君は……中学生?」
「はい、中一です」
駅員は、ヒロトのバケツを見た。
「ふうん、で、これをどうしたいの?」
「えと、ここで麦茶を売りたいんです。それ、飲んでみてください。冷えてて、すっごく美味しいですよ」
「うーん、こういうのはもらえない決まりなんだよねえ……」
と言って、駅員は麦茶をヒロトにつき返した。ヒロトに不安がおそってきた。もしこの駅員にダメって言われたら? その時点でもうビジネスはできないのだろうか。
「……でも、これはいけないねえ。駅じゃあ許可は出せないし、本社に言ってもどうせダメって言われちゃうよ」
「ええっ、飲み物を売るのって、ダメなんですか?」
ヒロトの気が重くなった。ここでねばってもどうせ許可はもらえなそうな気がする。やっぱりビジネスなんて無謀だったのか。
ヒロトはすっかり出鼻をくじかれてしまった。駅員はまだ何か言っている。
「ここは駅の持ち物だから、駅の許可がないとダメ。ここは私有地だからねえ。私有地って、中学生だとまだわからないかな?」
「なんとなくわかりますけど……」
「でね、公共交通機関ってわかるかな? ようするに駅はみんなのものだから、個人が物を売ったりするのは基本的に許可しないんだよね」
「そうですか……」
ヒロトのがっかりした顔を見て、駅員が申し訳なさそうに付け加えた。
「……あのね、駅がダメなだけだから別の場所なら大丈夫かもしれないよ」
その言葉に、ヒロトは、まてよ、と思った。
「あの、本当に、駅以外ならいいんですか?」
「ええ? そうねえ、土地の持ち主が許可するなら、多分いいんじゃないかな?」
そうだ、これであきらめるのはもったいない。せっかく飲み物だって買ったんだし、それに『教科書』と出会わなきゃ、こんなことやってみようとも思わなかったわけだし。
だとすれば、やることはひとつだ。店先で飲み物を売らせてくれるところを探す。
しかも、さっき思いついたこともある。ヒロトがいつも髪を切ってもらっている駅前の理髪店「ボーイズ」に頼んでみるということだ。あそこの店主とはいつも話がはずむし、嫌われてはいないだろう。
それに、ボーイズは横断歩道をはさんで駅のすぐ向かいにある。大通りに面しているから通行人だって多い。
さっそくヒロトはボーイズに向かった。
「あのっ、すみませーん」
「ん? おっ、ヒロトくんじゃない」
「あの、実は……」
そうやってヒロトはおそるおそる麦茶ビジネスについて説明した。ボーイズの店主は、うんうん、と、うなずきながらきいていた。結果はどうなるだろう……。
書籍紹介
500mlのペットボトルの水が100円なのに、なぜ2Lの水も100円?
物語を通して楽しく学べる「ビジネス」と「生き抜く力」!
(あらすじ)
中学校の図書室に忘れ置かれた不思議な『みんなの経営の教科書』と出会い、
ヒロトは仲間と共に社会の課題に向き合う――。
“人は誰でも自分の人生を経営している。だから、すべての人にとって経営は必要不可欠”
という強い思いから、中学生から社会人までが楽しめる物語形式で書き下ろされた、
これからの時代に必要なビジネス素養が身に付く本。
※本書は前から物語、後ろから“教科書”を読むことができます
著者 岩尾 俊兵
- 【定価】
- 1760円(本体1600円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041125687