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6月29日(水)発売の『13歳からの経営の教科書 「ビジネス」と「生き抜く力」を学べる青春物語』をためし読み公開!
外国には小さいころから経営の勉強をしている国があり、日本でも起業家(会社をつくる人)の教育を始めている小学校も増えました。
将来の夢を考えるのにも、友だちと仲良くするのにも役立つ「経営」の物語を読んでみよう!
◆これまでのストーリーはこちらから
翌日、ヒロトは、給食を食べ終わると、まっさきに二年二組に向かった。
今日はこの岩本俊宏という人物とちゃんと話して、正式に『教科書』を借りないといけない。それに、『教科書』の持ち主が一体どんな人なのかも気になる。
二年生の教室は、二階にある。校舎はちょうど校庭を囲んでカタカナのコの字形で、一階が一年生の教室、二階が二年生の教室、三階が三年生の教室だ。その他の部屋は理科室や家庭科室、音楽室、職員室になっている。
もう昼休みだが、見ると教室内には担任の先生らしき人がまだ残っている。次の授業の準備をしているようだ。
「すみませーん、あの、すみません」
ヒロトが呼びかけると、その先生がこちらへやってきた。黒縁眼鏡で、どっしりとした先生だ。これまで話したことは一度もない。
「あれ、君は……一年生かな? どうしたの?」
「あ、あのうぼく、一年一組からきました」
「へえ、めずらしいね。誰かに用事かな?」
「えっと、この本のことで、イワモト先輩に会いたいと思って。イワモト先輩いますか?」
ヒロトはちょっと緊張してきた。先輩ばかりの教室に来たというのもそうだが、何より、この『教科書』を書いた人に会えるかもしれないからだ。
だが、その先生の返事は期待外れだった。
「ん、岩本? 岩本はいないなあ」
「あれっ、……今日、岩本先輩はお休みですか?」
「あ、いや、そもそもこのクラスに岩本っていう子がいないんだよね。学年でも聞いたことないなあ」
その先生は首をかしげた。ヒロトのほうこそ首をかしげたかった。
「あのっ、これです。『みんなの経営の教科書』って本なんですけど」
「へえ……」
と言って、先生はその『教科書』を手に取った。
「これ図書室で見つけたんですけど、図書室の本じゃないみたいで、岩本先輩に聞いてみないとって」
「そうねえ、たぶん卒業生かな? でも最近の卒業生で岩本っていたかな……。あれっ、イワモトトシヒロってなんかきいたことあるような? ひょっとすると、けっこう昔の卒業生だったかな」
ヒロトは少し不安になってきた。せっかく見つけたこの『教科書』を手放したくなかったからだ。
「そしたら、これ、図書室に戻すしかないですか……?」
先生はしばらく考えている。
「そうねえ……。忘れ物だったら本当はダメだけど、たぶん昔のものだろうし。図書室に置いてあったわけだし、ねえ」
「ちょっとだけ読んでみたいだけなんですけど……」
「まあ、なくさないなら、借りちゃってもいいのかなあ……?」
「本当ですか! じゃあ、そうしますっ」
言いながら、もうヒロトはかけだしていた。ヒロトの足取りが軽くなっていた。
ヒロトが一年一組の教室に戻ると、ユウマが近寄ってきた。
「おー、ヒロト、どこいってたんだよ。キャッチボールやるんじゃなかったのかよう」
「えっ、そんな約束してたっけ?」
「約束って、おい、俺たち昼休みは毎日キャッチボールやってんじゃんよー。言わなくてもわかるだろー」
「あー、そっか。……ごめん、ごめんっ。ちょっと二年二組に用事があってさ」
「二年二組ぃ?」
ユウマが思いがけず大きな声を出した。
「……ちょっと、男子、うるさいよ」リンの声だ。その声にヒロトはドキリとした。
リンが静かに怒っていた。
リンはその真面目(まじめ)さを買われて、先生に学級委員長を任されている。リンは数学の小テストでいつもトップをとるほどだ。ぱっつん前髪に、大きな眼鏡をかけているが、その奥にある瞳は大きい。
ヒロトは、真面目すぎるリンのことが、すこしだけ苦手だった。リンは良く言えば真面目だが、悪く言えば融通(ゆうずう)が利(き)かないのだ。それに、口喧嘩(くちげんか)してもリンには勝てないのは分かり切っていた。
「ああっ、ごめん、ごめん、ぼくらうるさかったよね」
「ちぇ、なんだよ、リン。いまは昼休みだろー、なんでも自由にさせろよ」
「……はあ? 何言ってんの。休み時間は次の授業に備えて静かに過ごすものだよ」
ユウマとリンがやりあっている。リンは大人しいが、その静かな声の中に、ユウマをやり込めるほどの力がひそんでいた。
「はい、はーい。静かにすりゃいいんだろ、わかったよ」
「まあまあ、二人とも」
ヒロトが間に入って、二人ともようやく落ち着いたようだ。ヒロトは、やれやれ、と胸をなでおろした。
そうこうしているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
ヒロトたちはあわてて席についた。
五時間目の授業は数学。
一年一組の担任の先生は独特だ。良くいえばやさしいのだが、悪くいえばそこまで生徒に興味がない。授業中にうるさくしなければ、ぼーっとしていても、寝ていても、あまり怒られることはない。
ところが、授業中にうるさくするとか、先生のいいつけを守らなかったりすると、突如として怒りだす。ひどいときには、ぎゃーっと何かを叫んで、職員室に帰っていってしまう。そうなると授業は中断だから、クラス全員で職員室まで謝りにいったことが、何度かあった。
そんなわけで、授業を邪魔しないかぎりは、『みんなの経営の教科書』の続きをちょっとだけ読むくらい、そう難しいことでもないだろう。
かといって、授業に関係のない本を堂々と読むこともできない。クラスメイトに興味を持たれて質問でもされようものなら、授業を邪魔したことになって、先生の「怒りスイッチ」がオンになってしまう。
だからヒロトは、こそこそと周囲を見まわしながら、筆箱と教科書とで死角を作った。
……パラパラとページをめくってみる。
本の真ん中あたりのページが自然にひらいた。そのページの右上が折れていたからだ。
製品開発、マーケティング、会計。
もちろん、買い物のときの「お会計」という言葉くらいは知っているけれど、どうもこの『教科書』でいう会計という言葉は少し意味がちがうようだ。
〈毎月のお小遣いをお小遣い帳に記録したことがある人も多いだろう。
そして結局三日もすればお小遣い帳はめんどうくさくなってしまう。でも、お小遣い帳をつけていれば何にいくら使ったかがわかるし、節約してお金を貯める気持ちも起こる。
ビジネスでも、「何にいくら使ったのか?」がわかっている必要がある。
何にいくら使ったのかがわからないと、それをいくらで売れば儲かるのかがわからなくなってしまう。だから、ビジネスにおいて、お金の記録は必要不可欠だ。〉
そういえば、ヒロトも母親からお小遣い帳をつけるように言われたことがあったが、はじめてから三日目であきらめてしまった。
それを思いだして、ヒロトの表情はふっとゆるんだ。
この『教科書』のたとえはヒロトにとって身近なものが多い。読んでいるうちに「ああ、そういえば」と思い当たる。
そのうち、ヒロトにひとつの考えが浮かんできた。
もしかして、ぼくにもビジネスができるのかな? ヒロトがそう思ったのは、「製品・サービス」のところを読んだときだった。
〈量と内容がまったく同じジュースでも、激安スーパーで買ったら五十円だったものが、自動販売機だと百円以上したりする。これも自動販売機のジュースには「いつでも、どこでも、冷たい飲み物を飲める」という良いことがあるからだ。〉
……あれ、じゃあ激安スーパーで飲みものをたくさん買って、自販機の横で売っちゃえば、すごく儲かっちゃうってこと? 七月に入ってから、この頃は暑い日もずいぶん増えてきたし、冷たい飲み物なら何でもすぐに売れちゃうんじゃ?
それと同時に、そんなわけないか、という気持ちも生まれてくる。そんなに簡単ならみんなやっているはずだもの。それも、自分よりもっともっと頭の良い人たちが。
でも、そうだ、家の近くに激安で有名なスーパーがある。そこでコーラ、ソーダ、お茶、スポーツドリンクなどを買い込んで、駅前の自動販売機のそばで売ってみれば……。たとえ売れなくたって、飲み物はそのうち自分で飲んじゃってもいいわけだし。
ヒロトは、自分でもできるかも、いや自分なんか、という思考の間を行ったり来たりしていた。やってみて失敗したら? でも、損するわけでもないし……。でも、やっぱ恥ずかしいよな……。でも、でも。
ひとまずヒロトは、ノートを一枚破って、このページにはさんでおいた。
そうこうしているうちに、あっという間に七時間目までが終わった。ヒロトが苦手な数学の時間もいつの間にかすぎてしまっていて、得した気分になった。
明日は土曜日。今週の土曜は学校がない日だ。
自分なんかに本当にビジネスができるのだろうか? もしかしてカメラも買えちゃうくらい稼いじゃうとか……?
この『教科書』を読んでいると、自分にも何かができるような気がしてくる。それに、ヒロトは、ダラダラするだけの日々に安心とともに退屈も感じていた。せっかくこの『教科書』を手に入れたのに何もしないと、結局、いつもの退屈な毎日に逆戻りだ。
……うん、今日ちょっと準備して、まずは明日だけ、やってみよう。明日だけ試してみてもいいじゃないか。そう、ヒロトは、一歩踏み出すことにした。
帰りの会が終わると、ヒロトは家へと走った。ユウマがなにやらヒロトに話しかけていたようだが、ヒロトの耳には届かなかった。
<第5回へつづく(7月15日公開予定)>
書籍紹介
500mlのペットボトルの水が100円なのに、なぜ2Lの水も100円?
物語を通して楽しく学べる「ビジネス」と「生き抜く力」!
(あらすじ)
中学校の図書室に忘れ置かれた不思議な『みんなの経営の教科書』と出会い、
ヒロトは仲間と共に社会の課題に向き合う――。
“人は誰でも自分の人生を経営している。だから、すべての人にとって経営は必要不可欠”
という強い思いから、中学生から社会人までが楽しめる物語形式で書き下ろされた、
これからの時代に必要なビジネス素養が身に付く本。
※本書は前から物語、後ろから“教科書”を読むことができます
著者 岩尾 俊兵
- 【定価】
- 1760円(本体1600円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041125687