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多くの小学生と時間を共に過ごしてきた学童の支援員(放課後児童支援員)・きしもとたかひろ。
子育てにまつわる身近な悩みや子どもとの関わりで体験した温かいエピソードから、「休息や手抜きを必要なことにしてみる」、「自分にできないことは足りていないのではない」といった優しい目線で、抱えているしんどさをゆっくり手放すための考えをまとめました。(全6回)
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「明日早起きをして、おいしい朝ご飯を食べに行こう」と言われて「きっと朝寝坊するよ」と、僕は答えた。
その日、夜更かしをしているからきっと早起きはできないだろうし、早起きできないままダラダラとしてしまう、いつもそうでしょうと。
案の定、次の日は寝坊して昼食を兼ねた朝食、あえておしゃれに言うならばブランチを食べることになった。
食べながら「ほらやっぱり言った通りでしょう」と僕が言う前に「早起きできなかったなあ」と残念そうにしている姿を見て、昨晩のことを少し後悔した。
それが叶わないと思っても、そのときはただ「楽しみだね」って返せばよかったな。先回りなんかせずに、今の楽しみとして"明日を一緒に楽しみにすること"はできたんじゃないかなって。
そして、一緒に「早起きできなかったなあ」と悔やめばよかった。
学童の施設で、お泊まり会をしてみたいと言い出した子がいた。何年か前に企画した子がいたことを知って、興味を持ったらしい。
子どもの「今やりたい」という気持ちを尊重して、前向きに実現していくのが僕の役目だ。なんでもかんでもできるわけではないけれど、やりたいなって思った気持ちを逃さずに、大事に育ててあげたいと思っている。
けれど、そのときは別のことで手一杯になっていて「いいね、どうやったらできるか考えてみようか」と促したまま、そのあとなにも言ってこなかったのでそのまま放ったらかしにしていた。
数日後、その子に「そういえばあの話」と切り出すと、「もういいねん」と素っ気なく返事をされた。ただ興味が薄れたというだけでなく、友達関係も思うようにいかない時期で、そんな気分じゃなくなったらしい。
本当にやる気があるのなら諦めずにやり遂げるし、それができないのは本当にやりたかったわけではない…なんてことはなくて、やりたいと思ったことをやり始めてから自分で走り出すためには助走が必要で、その助走をつけるための環境や支援がさらに必要だ。
できるかできないかの主導権をその子が持っていないならなおさら、その子のやる気のせいにしてはいけない。その子がやめてしまったのは、単に興味が薄れたのではなく、僕がうまく拾えなかったからかもしれない。
タイミングを逸してしまったことを悔やみながら、けれど無理に引き戻すのも違う気がして、「また思いついたら言ってね」とだけ声をかけた。
数ヶ月経って、友人関係も良好になっていき、学童での活動も充実してきた頃にまた、その子から「冬休みを使ってお泊まり会がしたい」と提案があった。
一度無くなったチャンスがまた来たことはありがたかった。このタイミングは逃さないぞ、と張り切って企画を進めることにした。
その子が友達たちと色々な案を出し合い練っている間に、僕は組織の上層部に掛け合って施設利用などについての手回しをする。
しかしながら、組織からはなかなかゴーサインが出なかった。過去に何度も開催しているのに、そのときはいろんな事情が重なり、一筋縄ではいかなかった。
冬休みには間に合わず、僕はその子に春休みに向けて交渉していくことを伝えた。
もちろん嘘をつくわけにはいかないので、できるかわからないけれど相談しているということを伝えて、その子は「それでもいい」と楽しみにしてくれていた。
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そしてその春、結局お泊まり会は開催されなかった。大規模な感染症の流行が原因だとその子には伝えたけれど、それは表向きの理由で、本当は"大人の事情"がクリアできないままパンデミックが起きて、そのままうやむやになったのだった。
多くの子どもたちが通う場所だから、すべての子どもたちの思いに応えたりやりたいことを叶えたりすることは難しいし、安全が第一なのでどちらにしてもできなかったと言えばそうだ。
そうやって自分で自分に言い聞かせるけれど、後悔は消えない。
そのときにしか咲かないのに、水をやるのを怠って、目を離したすきに姿を消している。そんな風に、育たなかった芽が数え切れないほどある。
また新たな芽が出てきたのを見て安心してしまいそうになるけれど、気づかれずにそのまま枯れてしまった芽は間違いなくあった。
すぐに気づいていたらグングンと育っていたかもしれないものさえもあと回しにして枯らしてしまっていたんじゃないかと、いつも過ぎてから後悔する。
そのすべてを拾えるわけないし、悔やんだってしょうがないのはわかっている。
けれど、あのとき拾えていたら、その子はワクワクできたし、その楽しそうな顔を僕は見ることができたのにと思うことが数え切れないくらいある。
7歳の友人が、先日「アスレチックに行ってみたい!」と言い出した。
YouTubeで見て興味を持ったらしい。楽しそうだね、と話をしてネットで調べたりしたけれど、その日は時間がないからアスレチックはまた今度にして近くの公園で遊ぶことにした。
たっぷり遊んで満足げに帰っていったのに、夜になって一人ビールを飲みながら、「アスレチック行きたい!」と言ったその子の姿を思い出して、「ああ、なんでちょっと無理してでも行かなかったんだろう」って後悔している自分がいる。
何年か前には「アンパンマンミュージアムに行きたい!」と言っていたのを思い出す。何度か行ってはこれで最後かなあ、まだ楽しめるんやなあ、と思っていたらいつの間にか言わなくなった。
いつまで行きたい気持ちがあったのかな。最後に行きたいなって思ったときに連れていってあげられたかなと考えてしまう。
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数週間後に会ったときに「さあ、アスレチック行こっか!」と決定事項のように言ってくれた姿を見て、「なんで決まってるねん」と笑ってツッコミながらホッとする。まだ無くなっていなかった、間に合ったと安心する。
おもちゃコーナーで大好きなアンパンマンのおもちゃをねだられたときに「また今度ね」って言って、次に行ったときには「もういらない」って言われてしまう。
「これ好きって言ってたよね」と、変身して戦うプリティな癒やしキャラの人形を手に取ると、「もうお姉ちゃんやから好きちゃうし!」と怒られる。
そんなときに、ああ過ぎてしまったのか、と大事なものを取りこぼしてしまった気持ちになる。その子にはそのときしかないのに、「また今度ね」って言うたびにいろんなものを取りこぼして、そのまま気づかずに過ぎていくのかもしれない。
なんでもかんでも拾えるわけないし、その興味の移り変わりがすべて僕のせいだなんて、おこがましいことを言うつもりもない。成長の中で変わっていくことも、それを逃したことで偶然生まれる新たな関心もあるだろう。
ただ何度も同じような後悔をしてしまうのは、半分はそのワクワクを拾えなかったことを申し訳なく思う気持ちと、もう半分は僕が寂しいからなんだろう。
そのときにしかないその子の姿を、もしかしたら見られたかもしれないその子の姿を、もう二度と見られないんだろうなと思うと、後悔のような残念なような寂しいような切ないような、うまく言い表せないけれど、そんな気持ちになる。
ついこのあいだも、後悔するのがわかっているはずなのに、キックボードが欲しいと言い出したその子に「危ないからな、気をつけなあかんからな」と買う前から言ってしまった。
次に会ったときに一緒に買いに行こう。一緒に練習して、一緒に楽しみながら、一緒に危ないから気をつけることを確認しよう。そうやって大事なものを逃さないように心の準備をしておくことにする。
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余談ですが
何年か前、当時3歳のその友人が泊まりに来たときのことを思い出す。朝から一日中遊んでいたのに、日が落ち始めて窓の外が暗くなってくると「まっくろイヤやの! まっしろがいいの!」と、泣きながら天に向かって怒っていた。
この楽しい時間が終わってほしくない! もっと遊びたい! と、つたない言葉で表す姿が、「今を生きているんだ」と全身で語っているようで、とても愛おしかった。
遊びたくて遊びたくて仕方がないのだろう、夜中になっても全然寝ずに、電気を消しても布団の中で延々としゃべり続けていた。
「はよ寝えな」と半ばうんざりしながら、終わってほしくないほど楽しい時間だと思ってくれていることを嬉しく感じた。
大きくなった今はもう、"まっくろ"になっても、寝て起きればまた"まっしろ"が来ることを知っているんだろう。
夜になることを「まっくろ」なんて表現しないんだろうなって寂しくなりながら、「まっしろがいいの!」と泣いていたその姿を何度も思い出す。
ずっとずっと「まっしろがいいの!」と、言えるような人生でありますように。「楽しい今日が終わってほしくない!」って、そんな毎日を送っていてほしいな。
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『大人になってもできないことだらけです』
全3章もくじ 公開
<オススメ!>同じ著者・きしもとたかひろの試し読み連載
子どもたちの声を元に考え、【子どもと関わるときに気をつけたいこと】をマンガにまとめた作品『怒りたくて怒ってるわけちゃうのになぁ』(著者:きしもとたかひろ)の試し読みを公開中!
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- 【定価】
- 1,320円(本体1,200円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- A5判
- 【ISBN】
- 9784046808523