
写真左から藤倉先生、江口先生、田島先生
60万もの来場者が訪れた2013年と2017年の特別展「深海」。あれから6年、国立科学博物館(以下、科博)と海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)が三度目のタッグを組み、2023年7月15日から特別展「海 ―生命のみなもと―」が開催されます。そして同時期に、『角川の集める図鑑GET!』シリーズでは、既刊の『魚』に続き『深海』が刊行されました。今回は、科博から田島木綿子先生、JAMSTECから藤倉克則先生と江口暢久先生をお招きして、特別展「海」の見どころについてお話を伺いました。
(全2回の第2回)
*【前編】はこちらをご覧ください
科博とJAMSTECのタッグじゃないとできないことがある
――特別展「海」(以下、海展)を共催されている科博とJAMSTECですが、ふだんはどんな活動をされているのでしょうか?
田島木綿子先生(以下、敬称略):
科博には国立の自然史科学博物館として、「標本資料の収集・保管」「調査研究」「展示・学習支援」という活動の3本柱があります。私の場合は海の哺乳類担当として、海岸に打ち上ってしまったクジラなどを標本として収集し、それらを使って研究しています。大がかりな調査をするよりも、海の哺乳類の基礎情報について知りたいことを調べて、ジグソーパズルのように1つずつ埋めていく。そんな地道な作業をくり返して、そこで得られた知見を展示や学習支援につなげていきます。
――田島先生は、年始に大きな話題となった迷いクジラの「淀ちゃん」の調査にも参加されていましたね。
田島:そうですね。大阪湾の淀ちゃんもそうですし、クジラ類が集団で座礁する「マス・ストランディング」の調査、ほかにもドローンを使ってクジラのブロー(鼻水)を採取する「三宅島クジラ鼻水プロジェクト」など、最新の調査研究の結果を今回の海展に盛り込んでいます。
――JAMSTECというと「深海探査」というイメージが強いのですが、どんな活動を行っているのでしょうか?
藤倉克則先生(以下、敬称略):JAMSTECをひとことで言うと「海と地球の総合研究所」ですね。深海探査だけではなく、海洋の生態系や資源、地球環境、地球内部など、多岐にわたる分野を科学と技術で探求しています。
――藤倉先生と江口先生は、どのような分野で活動されているのですか?
藤倉:私は深海生物の生態や海洋生物の多様性について研究していて、有人潜水調査船「しんかい6500」に乗って深海探査もおこなっています。海展では、海洋生物だけでなく、海の保全や海洋プラスチックなどに関する部分も監修しています。
江口暢久先生(以下、敬称略):私はサイエンスコーディネーターという立場で、地球深部探査船「ちきゅう」の科学運用に携わっていました。ちきゅうからドリルパイプを伸ばして数千メートル下の深海底を掘削して、地球内部のコア(地質試料)を採取する。そういった国際的な深海掘削計画のマネージメントを長年やっていて、現在は調査船や探査機の運用を行っています。
――科博とJAMSTECは協力して研究なども行っているのですか?
江口:もちろん。科博とJAMSTECの研究者が共同で研究することも多いですし、科博の研究者がJAMSTECの船に乗って一緒に調査するなど、ふだんから協力関係にあります。
藤倉:こと展示に関して言えば、科博とJAMSTECが協力しないとできないことがあるんですよ。たとえば、JAMSTECには長年の調査で得られた膨大なサンプルがありますが、きれいな状態でないものも多いんです。これらを展示できる状態の美しい標本に仕上げるのは、科博の専門家の方々の協力が不可欠。今回の海展でも、両者が協力して数か月前から準備を進めています。
江口:標本のひれがきれいにピンと立っているとか、ふだんは海にいる「ハイパードルフィン」が上野に来ているとか、そういった部分が科博とJAMSTECの協力の賜物だったりするので、展示の細かい部分も見てもらえるとうれしいですね。
特別展「海」と『GET!深海』が海に興味を持つきっかけになれば


『GET!魚』に続く最新刊『GET!深海』では深海生物だけでなく「しんかい6500」をはじめとした
さまざまな潜水艇や調査に必要な機械について紹介しています
――ここからは先日刊行された『GET!深海』についてお聞きします。JAMSTECの全面協力とお聞きしましたが、ほかの図鑑とのちがいは何でしょうか?
江口:地球の海の93%を占めると言われている深海について、最新の知見を紹介しています。深海の図鑑というと生き物が中心になることが多いのですが、深海の地形や環境についてもしっかり解説していますね。また、深海調査のページが特に充実していて、深海調査の最前線がわかるようになっています。
藤倉:今回の海展では海全体を扱っているので、深海により深く掘り下げているのはGET!のほうなんです。ですから、とくに深海に興味があるお子さんなんかは『GET!深海』を片手に展示を回ってほしいくらいですね。
――海展の予習・復習にも役立ちそうですね!
江口:地球全体、海や海底もふくめて、今の状態で静止しているわけではありません。はるか昔から今にいたるまで、常に動いている状態なんです。それは地殻変動であったり、海流であったり。『GET!深海』でも地球というシステムが動的であることを語っているので、海のなりたちを語る海展の第1章とつなげて見ていただけると思います。
藤倉:『GET!深海』では日本近海と世界を分けて、エリアごとに見られる生物を載せています。『GET!魚』もエリア分けして魚を紹介しているようなので、『GET!深海』と『GET!魚』の日本近海のページを見ておけば、海展の2章に出てくる生物はある程度予習できるのではないでしょうか。
田島:海展の図録と合わせれば、海のさまざまな部分をカバーできそうですね。
――最後になりますが、海展を楽しみに待っている皆さん、『GET!深海』の読者の皆さんにひと言お願いいたします。
田島:海についてもっと身近に感じていただくことが、まずひとつのきっかけになると思っています。今年の夏は、上野で海にどっぷりハマってください!
江口:大人でも子どもでも、今まで知らなかったことを知るということは大きな喜びになると思います。ぜひ海展に足を運び、図鑑を手にしてください。
藤倉:たとえば海に行くとき、海についてあらかじめ知っていることがあれば、きっと楽しめることが増えるでしょう。つまり、知ることで世界が広がっていくんです。海展や図鑑をその機会にしてほしいですね。

2023年7月15日から10月9日まで東京・上野にある国立科学博物館で開催される特別展「海―生命のみなもと―」で
海について知らなかったことがたくさん学べます!
▶企画展の詳細はこちらをご覧ください。
――――――――――――――――――――――――
田島木綿子(たじま・ゆうこ)
埼玉県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了(獣医学)。同研究科の特定研究員を経て、2005年からアメリカのMarine Mammal Commissionの招聘研究員としてテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。現在、国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。
江口暢久(えぐち・のぶひさ)
京都府生まれ。東京大学大学院理学系博士課程修了(理学)。統合国際深海掘削計画の立ち上げから国際科学計画のサイ エンスマネージメントに従事。長年、地球深部探査船「ちきゅう」の科学運用に携わる。現在、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)研究プラットフォーム運用部門運用部・船舶工務部部長。
藤倉克則(ふじくら・かつのり)
栃木県生まれ。現・東京海洋大学大学院水産学研究科資源育成学専攻修士課程修了。博士(水産学)。著書・監修書多数。JAMSTEC入所以来、有人潜水調査船「しんかい2000」「しんかい6500」、無人探査機などで深海生物研究に取り組む。現在、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)上席研究員。
――――――――――――――――――――――――
(構成・写真=橋谷勝博[魚橋ラボ])