だが、『志』という文字を彫ろうとした瞬間、角砂糖が半分に割れてしまった。
「ああん、もお~!」
思ったより彫るのが難しい。
予備を用意していてよかった。
「慎重に彫らなくちゃだよね……」
亜美花は、新しい角砂糖に安全ピンの針を当てると、ゆっくりと動かした。
今……田……悟……志
今度はちゃんと彫ることができた。
「やった!」
亜美花は、割れないように角砂糖を慎重にティッシュに包むと、再び1階へ向かった。
リビングの横にあるキッチンでは、ちょうど母親が紅茶を淹れていた。
母親は、砂糖を入れようとしている。
亜美花はそれに気づき、あわてて駆け寄った。
「砂糖はあるから大丈夫だよ」
「え、ああ~、さっき持っていったやつね」
亜美花は「そうそう」と言って、紅茶の入ったカップを手に取ると、母親に見られないように角砂糖を入れた。
(名前が彫ってあるのを見られると、説明するのが面倒だもんね)
スプーンで混ぜると、今田悟志と彫られた角砂糖が紅茶の中で溶けていく。
完全に溶けたのを見届けると、亜美花は紅茶を飲み始めた。
(これで、悟志くんと両想いになれる!)
亜美花は、紅茶を飲みながら、満面の笑みを浮かべるのだった。
●
翌日。
亜美花は、ワクワクしながら学校にやって来た。
(いつ、悟志くんが話しかけてくるのかな)
もしかしたら、そのまま告白されるかもしれない。
(そうなったら、今日からカップルだよね)
「おはよー」
靴箱で靴を履き替えていると、利佳が声をかけてきた。
「亜美花ちゃん、ニヤけてるけど何かいいことあった?」
「え、ニヤけてた?」
自分でも気づかない内に、笑みを浮かべていたようだ。
「べ、別に。今日はいい天気だなあって思って」
「えー、けっこう曇ってるよ」
「あ、うん、ほんとだ。あははは」
亜美花は無理に笑って誤魔化した。
(おまじないのことは言わないほうがいいよね)
亜美花が悟志のことを好きなのは、利佳も知っている。
だが、利佳はおまじないなどあまり信じないほうだった。
「まあ、今日も元気に勉強頑張ろう~!」
亜美花は、わざとらしいぐらいに明るく笑って、利佳とともに教室に向かった。
1時間目が終わった。
2時間目が過ぎ、3時間目4時間目が過ぎ、昼休みになった。
しかし、悟志が好きになってくれた気配はなかった。
昼休みが終わり、午後の授業も終わった。
放課後。
結局、亜美花は悟志と何の進展もないまま、学校から帰ることとなってしまった。
(両想いになれるって信じてたのに……)
亜美花は、教室を出て靴箱に向かいながら、ガックリと肩を落とす。
「へえ、悟志くんってそうなんだ~」
ふと、靴箱のほうから声がした。
見ると、悟志がクラスの男の子と喋っている。
「まさか、悟志くんがあの子のことを好きだったなんてね」
(えっ!?)
亜美花は、反射的に物陰に身を隠し、悟志たちを見た。
「いやあ、なんか急にいいなあって思ってさ」
(それってまさか……)
亜美花は、自分のことを言っているのだと気づいた。
角砂糖のおまじないは効果があったのだ。
悟志は、照れながらもその好きな相手のことを、男の子に話した。
「僕、小谷利佳さんが好きなんだ」
「えっ」
悟志の好きな相手は自分ではなかった。
それどころか、親友の利佳だったのだ。
(そんなの、あり得ない……)
おまじないをしたのは、自分だ。
悟志のことが好きなのも、自分だ。
(それなのにどうして……)
動揺しながらも、亜美花は苛立ちを感じ始めた。
このままでは、利佳に悟志を取られてしまう。
(そんなの絶対に嫌だ!)
何とかしなければ。
だが、どうすればいいのか分からない。
「あっ」
瞬間、亜美花の脳裏にあるアイデアが浮かんだ。
亜美花は、ニヤリと笑う。
そして、悟志たちが靴箱から去って行ったのを確認すると、あわてて靴を履き替え、急いで家へと走った。
「お母さん、絶対部屋を開けないで!」
家に帰ってくると、亜美花はタブレットを手に取り、2階の自分の部屋に閉じこもった。
眉間に皺を寄せながら、検索を始める。
だが調べるのは、恋が叶う方法ではない。
必ず失恋する方法。
それを探し、利佳にそのおまじないをかけようと思ったのだ。
「利佳ちゃんが悟志くんと付き合うなんて許さない!」
亜美花はネットで次々と探していく。
「絶対に効果のあるもの……、失恋する方法……」
目を見開き、ネットを見ていく。
だが、なかなか効果がありそうなものは見つからない。
「どうしてないのよ?? このままじゃ私が不幸になっちゃうじゃん!」
亜美花は苛立ち、タブレットの画面を何度もタップした。
すると、あるページで止まった。
「何これ?」
それは、恋や失恋する方法などの情報が書かれた掲示板だ。
その掲示板に、一見関係なさそうなある噂が書かれていた。
「これは、『呪われた少年』についての噂です?」
亜美花は興味を覚え、口に出しながらそれを読んだ。
「少年は、白い服を着ています。そして、左の目だけが赤色です。その少年の名前を言うと、あなたは呪われます。少年の名前は、■■■■■です。あっ」
思わず名前を言ってしまった。