☆ ☆ ☆
「ここはチハルの資料部屋です。何でも好きなものを読んでいただいて、かまいませんよ」
「うわーっ。図書館みたい!」
壁一面の本棚にしまわれている大多数は、本ではない。
それは、コピー用紙サイズで背がうすい小冊子だ。
「これが脚本です。――読めそうですか?」
リオウが近くにあった脚本の1冊を、あたしに渡してくれた。
あたしはペラペラとめくったあと、「うっ」とうめき、首を横にふった。
見たことはある。コレ、小学生時代に、学芸会で舞台をやったときに見たものと同じ。
だけどあたしが演じた役は、いつもセリフが1つあればいい方でさ。(涙)
ちゃんと脚本を読んだことはなかったから、正直チンプンカンプンだよ。
「そうか。じゃあこの脚本ならどうですか?」
そう言うと、リオウはあたしの手から脚本を取りあげ、別のものに替えた。
「うわっ。これ、大人気アニメ『ロンロン・ロンド』!? 大好き!」
「そう。チハルがシリーズ構成で入っているんです」
「これなら、わかる!」
うれしくなって、あたしは声をはずませる。
「脚本は、『柱(はしら)』『ト書き』『セリフ』の3つだけでできています」
「柱」が場所や時間、「ト書き」が登場人物が何をしているかなどを表しているんだって。そして役者さんがしゃべる「セリフ」が書かれている。
リオウが言ったとおり小説とはちがう。本当にシンプルなんだなぁ。
「あ! 『君はどこにいても、僕の最高の友だちだよ』――これ、すごく好きなセリフ!」
脚本に、右ななめに大きくかたむいた字が書きこまれている。
「それはうれしいですね。〆切りギリギリで、クソ兄貴に追加してもらったセリフです」
「へー! リオウが考えたんだ! すごいね!」
あと天才脚本家ってこんな字を書くんだ! あたしが感動していると、
「クソ兄貴の文字です。クセ字でしょ? 性格と同じでひんまがってるんです」
って、また笑顔でディスってる!
「――性格はわからないけど、これが今をときめく脚本家の文字かぁ」
ご利益があるような気がして、あたしはクセのある文字をそっとなでた。
「リオウは……その、お兄さんのこと、きらいなの?」
「きらいというか消えてほしいですね。いや、消えたら消えたで、迷惑ですが――」
「えっ。そんなかぶせ気味に言わなくても!」
「まぁ、感謝してますよ。俺のことは兄が育ててくれたようなものなので。ま、途中からどちらが保護者かわからなくなってきましたが……。俺と兄で、ヘンな妄想しないように」
「……すみません」
ドキーッ。いいネタになりそう♡ と思ったこと、見やぶられてる!
あたしはシオシオと頭をさげた。
「大丈夫。きっとすぐ帰ってくるよ」
「――どうかな」
リオウは気難しい顔でそうつぶやく。
「今回はいつもの家出とちがうような気がするんです。だから、こころさんも万が一クソ兄貴を見つけたら、速攻で俺に教えてくださいね」
あたしがチハル先生とそうぐうすることなんて、なさそうだけど……。
リオウに向かい「わかった」とうなずいた。
脚本をあらためて見ると、チハル先生のとは別の字で、書きこみがたくさんある。
「こっちはリオウの文字?」
「そうです。性格と同じで、キレイだと思いませんか?」
「字はキレイだけど、性格についてはノーコメントで」
あたしがそう言うと、リオウはちょっとだけムッとしたような顔をした。
「お茶をいれてきます。ここにあるものなら好きに読んでいいので、ご自由に」
「――ありがとう」
リオウは小さくうなずくと、パタンとドアをしめて、でていった。
は―――――っ。
それにしても、『学園パーフェクト』の天上人・リオウ様の家にいるなんて。
やっぱりまだ夢なんじゃないかって思う。
あたしはグググッと自分の両の頰を引っぱった。
「――オマエのホッペ、どんだけ伸びるんだよ」
「うっっわっ!」
突然の声に、あたしはおどろきキョロキョロとあたりを見まわす。
……部屋の片隅に、体育座りしている小柄な男子がいた。
「ちっさ! 座敷わらし?」
「はああああっ!? んなわけねーだろ、ドアホ!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
こ……このお声は!
え? え? まさかね。
あたしは目の前の男子をマジマジと見つめる。
「おい、もちホッペ。なにジロジロ見てんだよ。はったおすぞ」
やたらと美形の男子に、ギロリと殺気のこもった顔でにらまれる。
あたしはアングリと口をあけ、ポカーンと男子の顔を見つめた。
「はー。こいつもか。――人の顔をジロジロ見んな」
「――うるさい! 顔が――ジャマ!」
あたしは右手で、目の前の男子の顔をかくした。
「――はっ? オレの顔がジャマ……だと?」
男子は自分が投げかけられた言葉の意味がわからず、目を丸くしている。
「あの! あたしに見えないように、自分の手で顔をかくしてみてくれますか?」
「手で顔をかくせ? だれの顔だ? ここにはオマエとオレしかいないぞ?」
「だからア・ナ・タです! 頼むから声に集中させてください!」
「オレの顔は!? いらないのか!?」
あたしの言葉に男子はおどろいた顔をする。
ダメだこりゃ。会話にならない!
「おい、リオウ。コイツおかしいぞ。このオレサマの顔を、どうでもいいって!」
お茶を持って戻ってきたリオウに、男子は心底おどろいた声で告げる。
「よかったですね。顔でオマエをえらばない、運命の相手が見つかって」
「はあっ!? んなわけねーだろ!」
ちがう、顔の話じゃなくて。そうじゃなくて。
ウソ! マサカ! で、で、で、でもおおおおっ。
「待って待ってええええええええええっ!」
この声は、もしかして――!
ハアハアハア!
鼻息あらく、お茶を置いたリオウに飛びかかる。
そして興奮のあまり、リオウのシャツのえりを強引にしめあげていく。
「ウソだろ。もしかしてリオウって……こーゆーヤバい女が好きなのか?」
リオウが返答する前に、
「ハアハア。リ……リオウ様っ。わたくしめと廊下でお話ししましょうか!」
と目を血走らせながら、あたしは言った。
「なんだよ、もちホッペ。ここで話せばいいだろ」
目つきの悪い男子の声に、たまらずあたしは頭をかかえる。
「いやああああっ。あのっ。そのお声を聞くと――」
「――おい、鼻血がでてるぞ!」
ギャエエエっ! ウソだと言ってええええっ。
でも、今は鼻血なんかどうでもいいほど、ヤバい状況でして――。
「トイレ! トイレ貸してください! 超急用なの!」
カーッと真っ赤になって懇願するあたしを見て男子は「ウソだろ」とドン引いた顔をする。
「トイレはつきあたり。その……ごゆっくり?」
リオウは引きつった顔のあと、一瞬でいつものよそいきのスマイルを作り、指をさす。
ギャー! なんか、ものすご――く、誤解されてる!
ちがうの! あたしは、この状況に耐えられないだけでっ。
「そーそー。生理現象だろ。気にするな。スッキリさせて帰ってこいよ」
「その想像ちがうから! ――ちがうからあああああっ!」
あたしは涙目でそううったえるが、小柄な男子はがんばってこいとでも言うように、ぐっと親指を上に突きだした。
「アンタなんか! アンタなんか――」
あたしの推しじゃないんだからねええええええええっ!
あたしは心の中でそう絶叫すると、部屋を飛びだしていった。
☆ ☆ ☆
ど……どどどど、どうしよう。
あの声っ。
あたしが大好きな声優。推しのアオにまちがいない。
ガチファンが推しの声を聞きまちがえるはずなんてないもの!(断言)
ポケットからスマホをだすと、ふるえる指で『アオ』と検索する。
『アオ』という名前のあとの検索候補ワードには、『声優 正体不明』の文字。
こ……これって、まさかのあこがれのシチュエーション、推しとそうぐう!?
え……でも待って。
「ど、どうしよう……あたし今、推しにう〇こしてると思われてる」
いやああああああああああああああっ!
あたしは頭をかかえ、トイレのドアの前にしゃがみこむのだった。
『かくしごとっ! あたしが天才作家の身がわりに!?』
ためし読み 第5回につづく(6月5日公開予定)
作: 深海 ゆずは 絵: tanakamtam
- 【定価】
- 880円(本体800円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046324115