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「少しでも社会を変えられるきっかけになったら」ドキュメンタリー映画「犬と戦争 ウクライナで私が見たこと」監督・山田あかねさんインタビュー

©『犬と戦争』製作委員会


2022年2月から始まり、今も続いているロシアによるウクライナ侵攻。多くの尊い存在が失われていく中には、人間だけでなく犬や猫といった守るべき小さな命も数多く含まれています。

なかでも、首都キーウで起こった、犬をめぐる「ある事件」は、犬をこよなく愛する映画監督で作家の山田あかねさんの心を大きく揺さぶりました。

犬たちの悲しい運命の裏側で何が起きていたのか。真実を知るために戦渦のウクライナに通った山田さんによるドキュメンタリー映画「犬と戦争 ウクライナで私が見たこと」が2月21日より全国ロードショーされています。

そして、山田さんがウクライナで見た犬をとりまく現状を、子犬のサーシャという親しみやすいキャラクターの視点から描いた児童向け小説「犬と戦争 がれきの町に取り残されたサーシャ」も2月13日に角川つばさ文庫から発売されました。

今回、山田さんにインタビューを行い、映画に込めた思いなどをお聞きしました。


――最初に、ウクライナで起きている悲しい現実を、映画として残そうと思った理由を教えてください。

山田さん:2022年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻したというニュースは、普通の人と同じようにメディアで見ていました。インターネットでどんどん更新されていくニュースを見ていくと、ミサイルが落ちて瓦礫の山になった街を、中型犬を抱えて逃げていく人の画像などにも出会い、『やっぱり戦争で、動物と一緒に逃げる人はいるな。でも、置いて逃げざるを得ない人や、別れ別れになっちゃう人もいるだろうな』と、想像したんです。

 私は今まで、福島の原発20キロ圏内や能登半島など、被災地と呼ばれる場所へ行き、現地での大変な状況をたくさん取材してきました。その仕事を通して、被災者にとって、動物たちを安全な場所に避難させることは、本人たちにとって、とても重大なんだけれども、社会にとってはそれほど重大じゃないこととして通り過ぎていく、というのはよく知っていました。それが、戦争という状況でも同じなんだなっていうのは想定できたので、そのことを取材して、動物と逃げる人たちの大変さに寄り添いたいなと思ったのがきっかけです。



 

――最初にウクライナへ渡った時の印象をお聞かせください。

山田さん:最初は、戦争が始まって一ヶ月ちょっとの頃に、仲良しのカメラマンと2人で行きました。非常に緊張していて『もう本当に死ぬかも』という感じでいましたね。ポーランドとウクライナの国境付近に行った時は、いろんな人から『危ない』と聞いていたにも関わらず、実際は世界中から家を戦争で失った人たちを助けるための保護団体や保護施設とかもものすごくいっぱいあって。『みんなで避難民を助けよう!』っていう盛り上がりがすごかったんですよ。その人たちがとっても優しくて。『私たち、日本から犬の取材に来たんです』と言っても『わざわざ取材に来てくれてありがとう』と、まずお礼を言われ、『お腹空いてたらご飯食べていいよ』と言ってくれるんです。 

 それは人間に対する避難民に対する優しさだけではなくて、動物を連れて逃げてきた人たちに対しても、ものすごく優しいんです。世界中の愛護団体がいっぱい軒を連ねていて『何でも相談に乗るわよ』みたいな感じだったんですよ。基本的には、いつミサイルが落ちるかわからない状態だったので常に怖い状態ではありましたが『人間ってこんなに優しいんだ』『戦争が始まると助ける人が集まるんだ』ということに一番驚きました。


©『犬と戦争』製作委員会


 その時に、映画の冒頭で流れる、ウクライナの首都・キーウ近郊のボロディアンカという場所にある犬のシェルターで、とても悲しい事件があったことを知りました。本当はすぐにでもそこへ取材に行きたかったんですけど、戦争が始まったばかりの混乱状態で、手はずが整わなかったので、日本に戻ってきました。

――2回目、3回目の渡航はいかがでしたか。

山田さん:『次は絶対、ボロディアンカのシェルターで何があったかを撮影するためにウクライナへ行く』と決めていたので、2回目はウクライナ語、ロシア語、英語ができる通訳をスタッフに迎え、日本で公営シェルターの担当者などにどんどんネット上で取材をするなど準備を整えて行ったので、1回目よりは普段のテレビ取材のように準備万端で行くことはできました。また、初めてキーウや、水力発電所のダムが破壊されたことで大規模な洪水が起きたヘルソンにも取材に行ってと、戦争がリアルに起きている場所にも足を運びました。

 2回目に訪れた時は、ポーランドとウクライナの国境沿いにあった世界各国のボランティアテントはなくなり、メディアっていうのは熱しやすく冷めやすいものだなと実感しました。

 戦争が始まった当時、ポーランド政府は国境沿いで、避難民が連れている動物がEU圏内を検疫なしで移動できる『動物パスポート』をほとんど無償で発行していました。『すごいな、ポーランドかっこいいな』と思っていたんですけど、『人が来すぎる』『犬猫が入りすぎる』という理由で、私たちが帰国する頃にはもう中止になってたんですよ。なので、3回目の渡航となる2024年の時には、もうほとんど支援の人たちがいなかったですね。

――山田さん以外で、日本人の取材陣の姿は現地で見かけたことはありましたか?

山田さん:最初に行った時は、日本のメディアの人にも少し会いましたが、2回目は誰にも会わなかったですね。皆さん、たとえ戦争であったとしても、自分ごとでなければ興味が薄れていくんだなっていうのは、強く実感しました。だからこそ、自分は熱狂が冷めても、ウクライナに目を向けて行かなきゃいけない、と思いました。

――冒頭のボロディアンカのシェルターでの悲しい映像からは、戦争があらゆる命を奪っていくという現実が、日本にいる私たちにも伝わってきました。

山田さん:多くの犬が命を落としている映像ですが、ぼかしを入れて『見てはいけないもの』のように隠してしまうと、亡くなった犬たちに申し訳ないな、と思ったんです。彼らがこういう風にして亡くなっていったんだよってことを正しく伝えるためには、文章だったら、『そこでたくさんの犬が死んでいた。遺体が並んでいた』って書けますよね。でも、彼らの無念を晴らすためにも、『僕らはこんな目にあったんです』ということを伝えたいなと思って、ぼかしを入れずに映画に取り入れました。映像を撮影したボロディアンカにある動物シェルターで犬の世話を担当した、動物愛護団体「フボスタタ・バンダ」代表のオレーナとアナスタシアも、映画に使って欲しいと言ってくれたので、実際にあったことを伝えるために使おうと思いました。


©『犬と戦争』製作委員会


©『犬と戦争』製作委員会


 でも、その時の話をすると、彼女たちはすぐに泣き出してしまうんですよね。彼女たちの心の傷が、とても深いんだなっていうのは思いました。そういう悲しいことが起こった時に、根掘り葉掘り聞くっていうのは、あまり良くないと言われているんですけど、彼女たちは『伝えてほしいから何でも話すし、映像も何でも渡す。とにかくこの出来事をなかったことにしたくない。だから辛いけど、何でも話す』と言ってくれました。

 彼女たちは、公営シェルターであるにもかかわらず、担当者たちが何もしなかったことに、ものすごく怒っていて。『絶対許せない』『何百匹の犬が亡くなった責任は絶対取らせる』とデモも行っていました。私も彼女たちの気持ちは分かるので、そうだと思っていました。一方のシェルターの管理担当者も、いわゆる公務員なので『そこまで責任を問われても』みたいな感じになっていて。ただ、私はオレーナやアナスタシアと同じように、彼女を責めることはやっぱりできないんですね。それは、戦争が引き起こした悲劇だからです。犬たちの面倒を見にシェルターに行けなかったっていうのは、ロシア軍が地雷を埋めていたし、ボロディアンカの近くでは、ロシア軍が多くの民間人の命を奪った『ブチャの虐殺』が起きていました。なので、犬のシェルターの職員だからといって殺されないという保証がなかったんです。

 そういう事情を知った上で、ボロディアンカの事件を見て思ったのは、もちろんウクライナに侵攻してきたロシア軍が悪いんですけど、あの事件に関わっている誰もが悪意がなくて、犬を殺そうと思ってやったわけじゃない。だけど、ほんの少しのボタンの掛け違いというか、タイミングによって犬が大量に死んでしまったんですよね。それは多分、人間に対してもそういうことが起こるだろうなと思って。多くの人の命を奪うことを知っていて爆弾を落とすことはもちろん悪いけれど、悪意がなくても人が大量に人や動物が死んでしまうっていうことが、戦争っていう理不尽なものの怖さなんだなと思いました。

 そして、シェルターのボランティアと職員は、今までは仲良くやっていたのに、この事件をきっかけに訣別してしまうんですよね。一緒に動物を助けようと頑張っていた仲間だったのが、これをきっかけに片方がもう片方を訴えるって形になって。結局はボランティア側の訴えが認められ、担当者が責任を取って辞任しましたが、戦争によって引き起こされる人間の悲劇もあるんだと思いました。


©『犬と戦争』製作委員会


――この映画を原案とした児童小説「犬と戦争 がれきの町に取り残されたサーシャ」も、角川つばさ文庫から発行されています。

山田さん:この映画を撮影しながら書いていたコラム「ウクライナの犬と猫を救う人々」を、sippoというwebメディアで連載していました。そのコラムを読んで、児童書にしたいと角川つばさ文庫の編集さんから連絡が来た時は、もうすごくありがたいなと思いました。自分が書いてたことをしっかり受け止めてくれる人がいて、それだけではなく、ウクライナで起きていることを子どもたちにも知らせたいから本にしたい、と思ってくれる人がいたというのは、ものすごい嬉しかったですね。あの時点では、まだ映像作品として出しておらず、文章でしか皆さんに発信していませんでしたので『文字でも伝わるんだ』『ウクライナでの取材は無駄じゃなかったんだ』というのが、一番強く思った気持ちです。

――山田さんは、元保護犬のハルさんと暮らしていますが、山田さんにとって犬とはどういった存在ですか?

山田さん:犬という生き物が持つ、どんな人間にも分け隔てなく愛を注いでくれる感じが、本当美しいといつも思っていて、そこが好きです。太陽が光れば『あ、楽しいな』と笑顔になって、雨だったらちょっと休んで、広い場所があれば走り回りっていう、本当に生き物としての自然な姿をストレートに見せてくれるのですが、それを見ているのがとても好きですね。特に、犬が走ったり、水を飲んでいる姿が大好きです。



――最後に、「犬と戦争 ウクライナで私が見たこと」「犬と戦争 がれきの町に取り残されたサーシャ」という作品に、これから触れる皆さんへメッセージをお願いします。

山田さん:子どもたちには、今の世界で起こっていることをストレートに知ってもらった方がいいと思っています。そして、映画を最後まで観たり、児童小説を最後まで読んでいただけたら、どうしてこういうことが起こって、どうしたら少しでも社会を変えられるかを考えるきっかけになるかもしれないと思っています。なので『戦争の話だから子どもには見せないでおこう』という選択をしないでいただけたらな、と思います。ぜひ、恐れず一歩を踏み出してほしいです。


ライター:中村実香




作家プロフィール

山田あかね
東京都出⾝。テレビ制作会社勤務を経て、1990 年よりフリーのテレビディレクターとし て活動。ドキュメンタリー、教養番組、ドラマなど様々な映像作品で演出・脚本を⼿がけ る。2009年に制作会社「スモールホープベイプロダクション」を設⽴。2010年、⾃⾝が 書き下ろした⼩説を映画化した『すべては海になる』で映画初監督を務めた。その後、東 ⽇本⼤震災で置き去りにされた動物を保護する⼈々を取材したことをきっかけに、監督2 作⽬として『⽝に名前をつける⽇』('15)を⼿がける。2021年には、⻘森県北⾥⼤学に実 在した動物保護サークルを題材にした映画『⽝部!』では脚本を務めた。2022年2⽉24 ⽇に起きたロシアによるウクライナ侵攻から約1 ヶ⽉後、本作の取材を開始。その最中 で、飼い主のいない⽝や猫の医療費⽀援をする団体「ハナコプロジェクト」を俳優の⽯⽥ ゆり⼦と創設した。現在は、元保護⽝の愛⽝“ハル”と暮らす。


 

【映画情報】
『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』
監督・プロデューサー:山田あかね 
ナレーション:東出昌大
音楽:渡邊 崇
制作プロダクション:スモールホープベイプロダクション
配給:スターサンズ
製作:『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』製作委員会

公式サイト:https://inu-sensou.jp/
公式X:@inu_sensou #⽝と戦争

©『犬と戦争』製作委員会

 

書籍情報


作: 舟崎 泉美 原案: 山田 あかね 挿絵: あやか

定価
836円(本体760円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323507

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