
学力だけでなく、心の成長にもつながる「読書」。小学校高学年の子どもには、どのような本を選ぶといいのでしょうか? SAPIXなどで講師をつとめ、現在は独自の読解メソッドで中学受験のコーチングを行っている齊藤美琴さんに、中学受験する子どもにもおすすめの小説・児童書10冊についてお話を聞きました。
■ 読書は、まだ見ぬ世界への扉
高学年になると、感情の幅が広がり、登場人物の心情をより深く理解する心が育っていきます。そんな時期だからこそ、高学年の子どもには読書を通じて、まだ見たことがない世界にふれてほしいですね。思春期、哲学、環境問題、生き方など、本の世界を通して、この先子どもが出ていく社会をのぞいてもらえたらと思います。
■ 齊藤さんが推薦!小学校5・6年生におすすめする小説・児童書10選
「子どもに手に取ってほしい本は、表紙が見えるように手の届くところに置くのがおすすめ。たとえばリビングなどに『今週のおすすめ』コーナーをつくり、大人が定期的に入れ替えるといいですよ」と齊藤さん。高学年におすすめの10冊を教えていただきました。
『わたしのbe 書くたび、生まれる』(佐藤いつ子 著)KADOKAWA
容姿に自信がない高校1年生の文香を中心にした、書道部を舞台にしたストーリーです。気になる男の子とのやりとりに一喜一憂する主人公の揺れる気持ちが、みずみずしく描かれています。文化祭など高校生活がリアルに描かれていて、ちょっと背伸びしたい小学校高学年の子どもが憧れを抱きながら、これから迎える多感な時期を先取りするようにストーリーを追っていけます。著者の佐藤いつ子さんといえば、『透明なルール』『ソノリティ はじまりのうた』など中学受験の入試問題でおなじみの作家さんのひとり。心の成長をていねいに描き、読み手の心にスッとなじみます。
『杉森くんを殺すには』(長谷川 まりる 作/おさつ 絵)くもん出版
強烈なタイトルが目を引く作品は、「生と死」をテーマにした物語です。「殺す」というインパクトのある言葉から始まるストーリーはミステリアスで、読み進むうちにほとんどの小学生にとって馴染みがない「死」にフィクションを通じて向き合うことになります。自分の子どもに経験してほしくないけれど、もしも遭遇したとき、あらかじめこの本に出合っておくことで、救われることがきっとあるはず。巻末には臨床心理士・公認心理士から解説が寄せられていて、読み手へのフォローがしっかりされています。学校では教えてくれないことを伝えるのも、読書の大切な役割のひとつ。心が健康なときに読んでおいてほしい一冊です。
『この夏の星を見る(上)』(辻村 深月 作/那流 絵)KADOKAWA
この夏に映画化された話題作です。映画を観る前でも後でも、どちらも楽しめます。学校が休校してつまらなかった、入学式や運動会ができなかったなど、子どもたちそれぞれが感じているコロナ禍の記憶をこの物語が浄化してくれます。一般書として刊行されていますが、子どもが手に取るならこちらの角川つばさ文庫版がおすすめ。3つの学校のエピソードがクロスオーバーする構成で登場人物が多い作品ですが、角川つばさ文庫版にはキャラクター紹介ページがあり、ストーリーを把握しやすいところも魅力です。
『むこう岸』(安田 夏菜 著)講談社
子どもに立ちはだかる「貧困」を圧倒的にリアルに描いた作品です。難関校に進学したものの挫折を味わい公立中に通う男の子と、父親を亡くして母・妹と生活保護を受けながら暮らしている女の子。自分の生きている「むこう岸」の世界で暮らしていた2人が、ひょんなきっかけで交わり、大きくぶつかり、少しずつ理解し合う様子が、章ごとに視点が入れ替わりながら描かれています。自分たちにはどうにもできない不条理に立ち向かう2人の姿に、大きなエネルギーをもらえます。2020年の灘中学校で出題された作品です。中学受験に挑戦できる恵まれた環境を当たり前にせず、「むこう岸」にいる誰かを感じる心を育むためにも、中学受験を考えている子どもにはぜひふれてほしい作品です。
『きみの友だち』(重松清 著)新潮社
塾のテキストや模試などでおなじみの作家のひとり、重松清さん。友達をテーマにした『きみの友だち』は、それぞれの章の主人公に「きみ」と呼びかける第三者視点の文体が特徴的。登場人物の心情が、表情や情景、仕草など、あらゆる描写で豊かに表現されています。主人公がバトンタッチするオムニバス形式で、章ごとの目線の変化が楽しめるところも魅力。文庫本としては厚みがありますが、章ごとに分けて読むと読みやすいかもしれません。気持ちの変化を一文で巧みに表現する“重松節”をぜひこの作品で味わってください。
『夏の庭―The Friends―』(湯本香樹実 著)新潮社
ゆったりとした時間の流れと静かさを存分に味わえる作品です。「死んだ人を見てみたい」という動機から始まった、小学6年生の男の子3人とおじいさんの不思議な関係。淡々とした日常のなかで関係性がじわじわと変化していく様子がていねいに描かれています。はっきりした起承転結はなく、登場人物の心情がぐらぐらと揺れるわけでもありませんが、湯本さんの文学的な筆致に、誰もが持っているノスタルジーや懐かしさが呼び起こされるはず。塾のテキストで一部読んだことがある子どももいるかもしれませんが、ぜひ通しで読んで、この物語の魅力を感じてほしいです。
『白狐魔記 源平の風』(斉藤洋 作/高畠純 画)偕成社
人間社会をきつねの目線から描いた、歴史ファンタジー小説です。仙人のもとで修行して人間に化ける術を習得したきつねは、白狐魔丸という名前を仙人からさずかって人の住む里に降り、日本史上の英雄たちと遭遇します。きつねがやや冷めた目線で「なぜこんなに争いばかりするのだろう」と人間社会を見ているところがおもしろいですね。歴史エンタメとして楽しく読める物語で、歴史に苦手意識がある子どもも、きつねという動物をきっかけにストーリーに入りやすいはず。不老不死の術を習得したきつねは、一巻では源義経、二巻では北条時宗と、歴史上の人物との出会いを重ねていきます。シリーズで長く楽しめるところも魅力です。
『野生生物は「やさしさ」だけで守れるか?』(朝日新聞取材チーム 著)岩波書店
人里にあらわれたクマをめぐって、殺処分すればよいのか、それはかわいそうだと、最近も議論になりました。こうした命と向きあう現場で取材を続けている朝日新聞の取材記者たちが、人と生きものとの共生のあり方を問いかける一冊です。新聞記者がどのように取材に取り組み、現場でどのように感じているのかを垣間見ることができます。取材をしても明確な結論が見つからず、もやもやとする記者たちの本音が綴られていますが、そのもやもやを、ぜひ子どもにも味わってほしいですね。結論づかないことがあると知るきっかけになる一冊。親子の対話のテーマとしてもおすすめです。
『NHK Eテレ「Q~こどものための哲学」』(NHK Eテレ「Q~こどものための哲学」制作班 監修/古沢良太 原作)ほるぷ出版
正解がわからない「哲学」との出合いとしておすすめの一冊です。NHK・Eテレのテレビ番組「Q~こどものための哲学」を書籍化したシリーズ作品で、画像やイラストをたっぷり使用して、子どもが受けとりやすい形で哲学をわかりやすく届けています。日常生活のなかで抱いた不満や願望から対話が続き、「ふつうってどういうこと?」「そもそも自分らしさってなに?」という深い問いかけへと展開します。正解を見つけることに快感をおぼえる子どもや、塾のテキストやテストの問題で哲学に苦手意識を持っている子どもにもおすすめしたい一冊です。答えは出ないけれど、深く考えることが救いになるという「問いの効用」「哲学の深み」をわかりやすく教えてくれます。
『僕には鳥の言葉がわかる』(鈴木俊貴 著)小学館
研究者の頭の中をこんなにもやさしく、わかりやすく見せてくれることに感服する一冊です。シジュウカラが独自の言語で会話しているという大発見をして、動物言語学という新しい学問の扉を開いた鈴木俊貴さん。学術書ではなくエッセイとして描かれた本作は、研究生活のリアルや鈴木さんの人となり・人間くささがよく表れていて、最後まで楽しく読むことができます。読んだ後は、鳥の鳴き声の意味を考えて、世の中の見方がきっと変わるはず。鈴木さんの研究者としての生き方を知って、子どもが何かしらの刺激を受けてくれるといいですね。この本を読んで、好きなことを仕事にしたいと思う子どもが増えるのでは?と 感じさせる一冊です。
■ ストーリーを味わい、心を動かそう
国語力アップになる本や受験に有利になる本を読んでほしいと親は思いがちですが、齊藤さんは「子どもがストーリーを味わうことを大切にしてほしい」と話します。
「読書のきっかけが受験だとしても、親子でたくさん本にふれて楽しめているのなら、それでいいと思います。ただ、本を読むことを高得点を得るための手段にするのではなく、そうした文章を受験当日という大事な日に子どもに読ませたいと考えた学校の意図を受け止めて、じっくり味わってほしいと思います。読書を通じて、子どもの心が動くことが何よりも大切です」
まだ見たことがない世界を、本を通じてのぞいてみる。そんな楽しさを子どもに味わってもらいたいですね。齊藤さんのお話とおすすめ本を参考に、子どもにぴったりの一冊を親子で探してみてください。
取材・文 三東社
【プロフィール】
齊藤美琴
中学受験のコーチングをメインに、教科指導、幼稚園・小学校受験の相談など、家庭の力を引き出すレッスンを行う。SAPIXの個別指導部門・プリバート東京教室での国語科専任講師、ジャック幼児教育研究所(四谷教室)での講師を経てフリーランスとして独立。読解トレーニングときめ細かい学習コーチングに定評がある。2022年に渋谷ヒカリエ8階のシェア型書店に『みこと書店』をオープン。PICCOLITA(ピッコリータ)代表。
