
「あいさつや返事をする」「家に帰ったら手を洗う」「20時までには寝る」。このようなことは、どんな親でも子どもに願うこと。しかし、何歳頃から伝えればいいのか、どうすれば伝わるのかを悩むことでもあると思います。そこで、お茶の水女子大学特任教授で、幼稚園教諭やこども園の園長なども務めてきた宮里暁美先生に話を伺いました。
子どもに「ダメ」を伝えなきゃいけないのはどんな時?

「ダメ」と伝える場面は、大きく分けると2つあると思います。1つ目は「命にかかわる危険がある時」。例えば、道を歩いている時に車道に飛び出したり、高いところから飛び降りようとしていたり、危ないことを子どもがしようとしている場合は、子どもが何歳であっても、全力で止めなくてはなりません。
それも、言葉で「危ないよ」と言うだけではなく、身をていして子どもの動きをセーブする必要があります。チャイルドシートに乗るのを嫌がる時などにも同じことが言えます。動きを止めるのが難しい場合は、そもそもそのようなシチュエーションになりそうな場所を避けるというのもひとつです。
2つ目は「大人側がルールとして考えていることを守れない時」。「ご飯だよ」と呼ばれたら遊ぶのをやめる、食べる前には「いただきます」と言う、20時には寝るなど、大人にとって「ルール」と思っていることを子どもが守れないと「ダメ」と伝えることが多いと思います。
2つ目に挙げたことはルールと言うより、「親の願い」であることが大半です。気持ちよく暮らすために大事にしたいことを「願う」ことはとても大切なことですが、大事なのは「ダメ」ということではなく、子どもに「どう伝えるか」です。
0~5歳児へのルールのほとんどは「基本的生活習慣」

子どもが健やかに成長するため、生活習慣を整えることが大切なのは、みなさん知っていると思います。子どもに願う「ルール」とは、この「基本的生活習慣」を獲得することで身につけることができるのです。幼児の時に身につけたい基本的生活習慣は以下の通りです。
①睡眠
早寝早起きをする。朝は朝日を浴び、できるだけ朝型の生活を習慣づける。
②食事
1日3食バランスのよい食事をとる。おいしく食べる中で喜びを味わう。
③排泄
おむつからのトイレトレーニングを経て、トイレで自分で排泄する。
④清潔
手洗いやうがい、歯みがき、入浴、身だしなみを整えるなど、身体を清潔に保つ。
⑤衣類の着脱
衣服を選んだり、自分で着脱ができるようになり、脱いだ衣類を洗濯籠に入れるなどのこともしようとする。
⑥社会性
使ったものの片づけや物の分類をする。人の話をよく聞いたり、あいさつをしたりする。
これらのことは、親のすることを見てまねをしたり、自分からやってみようとしたりなどしながら、日々の生活の中で少しずつ身につけていくものです。「ルールや規則を守る」というよりは、「よい習慣を身につける」と考えるほうがいいでしょう。
例えば②食事については、「ごはんを食べなさい」と言うより、大人がおいしく食べることが大事です。そのような経験を重ねながら「みんなで食べるとおいしいね」と話したり、食べ終わった時に「ごちそうさま」と言うなど、親の姿を見せることで、子どもも「やってみようかな」という気持ちになります。
「まだ遊びたいから食べたくない」という子どもには、「さっさと食べなさい、何度言ったら分かるの」と叱っても嫌な気持ちになるだけであまり効果はありません。「まだ遊びたい」気持ちを切り替えられるように「じゃあ、時計の針が5になったら終わりにして食べようね」などと、切り替える手助けをしてあげることが大切です。
“怒り” に任せた関わりからは負の感情しか生まれない

幼児期の子どもにとって必要なのは、「ルールを守る」というよりは「基本的生活習慣を身につける」こと。もちろん、身につけるためには大人が教えることが必要になります。しかし、食事やおもちゃの片づけなどの場面では、子どもは、大人の期待通りには行動しないものです。そんな時、ついイライラしてしまい、子どもに対して感情的に怒ってしまうことはありませんか。“怒り”の感情が引き出される原因に「何回言っても聞かないと、私のことをばかにしているような気分になる」「子どもになめられている気がして腹が立つ」という声を聞いたことがあります。子どもは親のことを決してばかになんてしていないのですが、自分のプライドを傷つけられたような気がして、怒りモードから抜け出せない、なんてことも起こりがちです。
でも怒りの気持ちにつつまれたまま子どもに接していると、子どもには「怒られた」という記憶だけが残り、「食事をしてほしい」「片づけてほしい」といった、本当に伝えたかったことが伝わらないのです。また、子ども自身も人に怒りをぶつける、ということを覚えてしまう可能性もあります。
怒りからは、何もいいことは生まれません。だから、どうしてもイライラしてしまう時は、一度頭を冷やすためにも子どもから少し離れる(他に子どもを見てくれる人がいる時や、同じ家の中にいる場合)ことがおすすめです。もしくは「今はそういう時期なんだね」「ま、いっか!」という気持ちを持って気長に付き合うことも大切です。
子どもとの距離感は子育てにおいてとても大切なこと。放置するのではなく、そっとしておくのがいいですね。子どもは一番甘えられる存在である親に対して、ありのままの自分を見せてくることがたびたびあります。その様子を大きな心で受け止めて、親が「気長に付き合おう」という気持ちを持つことでイライラした感情を少し落ち着けることができたら、と願います。
叱ることは時に必要。それ以上に大切なのは…

まずは子どもがやっていることを認めたり、褒めたりする。伝えたいことがあったら、分かりやすく伝える。例えば、静かにしなくてはならない場所だったら、「今は、小さい声でお話ししようね」と小さい声で伝えます。こうすればいい、が分かるように声かけをしましょう。それでも大きい声を出し続けて他の方に迷惑をかけているようだったら、その場から出るようにします。
一番の目的は、子どもが自分で「こうする方がいい」と気づけるようにすること。それを怒ったり命令したりしていると、「叱られるからする」という行動パターンになってきてしまいます。そのため、叱る時は簡潔に、子どもに分かるような簡単な言葉で伝えるようにしましょう。
それ以上に効果があるのは、大人がのぞましい姿を見せること。例えば、「あいさつができるようになってほしい」ならば、子どもの前であいさつしているところを見せる。「話を聞いてほしい」ならば、子どもの目を見てしっかり話しを聞いているところを見せる。そのように大人が見本となることで、「こうなってほしい」という姿に近づいていくでしょう。
ルールや決まりを教える年齢と気をつけること

これまでお話してきたようなことを始める年齢は、きっちり決まっているわけではありません。例えば「ごはんを食べる前に『いただきます』を言おう」ということは、2歳くらいの子どもでも理解できること。「自分の荷物は自分で片づけよう」というのは、4~5歳くらいで出来る子もいます。もっと小さい頃から大人のすることを見て、まねする子もいます。
このように「◎◎してから●●しよう」の◎や●に何が入るかということは、年齢や家庭によって違うと思います。しかし、どの場合でも身につけてほしいのは、自分のことが自分でできるようになることや、健康的な生活を送れるようになることです。決して親の言う通りに子どもを動かすことが目的ではありません。
また、守ってほしい(できるようになってほしい)ことが守れない(できない)時、親のほうが焦って叱り過ぎてしまうこともあるかもしれません。決まりが守れない→泣く→叱る→泣くと、くり返すようにはなってほしくないので、その時は決まりを見直すようにしてみてください。
例えばタブレットを見る時間を守れない場合は、強制終了するようにタイマーをかける。食事の時間がかかりすぎるのであれば、テレビを消したり、食べやすく小さく切ったりするなど、子どもがすることの訳を考えて、どうしたら解決するかを話し合うのも大切です。週末に家族会議を開いて「今週良かったことは?来週の目標は?」などと話し合うのも楽しいですね。
幼児期のルールや決まりは気長に付き合う気持ちで向き合う
小学生くらいになる頃には、自分で目標を持てるようになるために、まずは基本的生活習慣を身につけて、気持ちよく暮らす経験をたくさん積んでおきましょう。そのような関わりをすることは、成長していく子どもの生きる力を育むことにもなります。「ルール」や「決まり」と言うと、「守らなくてはならないもの」と感じてしまいがちですが、小さい子どもにそのような気持ちは似合いません。「こうするといいね」と思えたり、やってみることで気持ちが良かったなどの快感情を積み重ねたりする中で、「よりよい生き方」を目指す気持ちが持てるように支えていきましょう。
画像提供:pixta
監修:宮里 暁美(みやさと あけみ)
お茶の水女子大学特任教授
お茶の水女子大学こども園初代園長として5年間園運営に携わり、「つながる保育」を主軸に置いた教育・保育活動を展開。保育の現場や保育者の養成に30年以上にわたり従事。