「電車のなかでは静かにして」「ありがとうは?」と何度伝えても、子どもになかなか響かないと悩んでいませんか? 無理なく楽しく、子どもがマナーを身につけるにはどうすればいいのでしょうか。あいさつや食事、お友達の家や公共の場でのふるまい、話し方など、具体的なシーンごとに役立つマナーの伝え方を、ジュニアマナーズ協会理事長・田中ゆり子さんにうかがいます。
マナーとは「感謝」「尊敬」「思いやり」
マナーとは、「感謝」「尊敬」「思いやり」です。世界中のどの国にも、どの民族にもマナーがあります。2人以上の人間がいる場面では、お互いが相手を尊重するために、思いやりを形にしたマナーが必要になります。
小学校に入学すると、子どもの行動範囲はぐんと広がります。言葉の理解が進んで説明すればわかる年ごろであり、ママやパパの言葉を反抗することなく受け入れやすいときでもあります。場面ごとに思いやりの表現があることを知るにはちょうどいい時期です。

子どもにマナーを伝える5つのコツ
私がマナー教室や講演などで子どもたちにマナーの話をするときは、次の5つのポイントを意識しています。
◆ ① マナーは「クイズ」と「ゲーム」で教える
マナーを教えるときは、「こんなときはどうしたらいい?」と問いかけ、二択・三択のクイズにすると興味を持ってもらえます。シールなどでゲーム性を高めると、楽しく学べます。
◆ ② マナーと理由はセットで伝える
玄関で脱いだ靴の向きをそろえるのは、地震などのときに素早く履いて逃げられるからです。このように、マナーと理由をセットにして伝えると、子どもが納得しやすくなります。

◆ ③ 写真や動画でOK・NGを見比べる
はっきりあいさつする姿と、下を向いて小さな声であいさつする姿を写真や動画で撮り、子どもと見比べましょう。「どっちがカッコよく見える?」と話して共感することが、子どもの理解や喜びにつながります。子どものふるまいを写真や動画に撮って本人に見せるのも有効です。子ども自身が自分の姿を客観的にとらえられます。

◆ ④ 相手の立場になって考えるようにうながす
マナーは、相手への思いやりを形にしたもの。嫌なことをされた側の立場を想像するようにうながすと、なぜそうふるまうべきか子どもが理解しやすくなります。たとえば、お友達が家に遊びにきて、何もいわずにお気に入りのお菓子を食べてしまったらどう感じるかと問いかけ、子どもに想像してもらいましょう。友達の家で過ごすときのマナーを、より深く理解してもらえます。

◆ ⑤ 注意するより褒める
望ましくない行動を注意し続けていると、親がいないところでよくないふるまいをするようになることがあります。子どもが素敵なふるまいを見せたら「マナーがいいね」「素敵だね!」とたくさん褒めましょう。小学校低学年には「カッコいいね」という言葉がとくに響きます。褒めることで「もっとカッコよくなりたい」という意欲が育ち、ほかのマナーにも興味を持つようになりますよ。

【気になるシーン別】基本のマナーと子どもへの伝え方
「マナーとは心と行動を結びつける“思いやりの形”です」と田中さん。ここからは、田中さんに教えていただいた気になる場面ごとのマナーの基本と子どもへの伝え方をご紹介します。
◆【あいさつ】まずは親がお手本を見せる
あいさつは、親がお手本を見せることが大切です。顔見知りに会ったときに「こんにちは」と気持ちよくあいさつする姿を見せ、「あいさつはするものだ」と子どもに感じさせましょう。はにかみ屋の子どもにも時間をかけてくり返し伝え、小さな声でも「こんにちは」と言えたらたくさん褒めてあげてください。
あいさつは「目」が肝心です。アイコンタクトが苦手な場合は、親子で練習しましょう。ケーキが食べたい、おもちゃがほしいなど、子どもがおねだりしたときに、「じゃあ、目を見て言ってみて」とうながします。目を見てお願いできたら、「ちゃんと目を見てお話できたね」「大人みたい!」「いい目をしているね」としっかり褒めて、「次はお友達の目を見てお話しできるといいね」と伝えるといいでしょう。

アメリカでは就学までに「Thank you」「Please」「Excuse me」を公共の場で言えるように育てる文化があります。同じように、「ありがとう」「どうぞ」「ごめんなさい」が就学前に言えるようになっていると、より良いお友達付き合いにつながります。
◆【お友達の家で】帰宅時間は必ず子どもと「お約束」
お友達の家に遊びに行く前に、次の3つを子どもと約束しましょう。
①あらかじめ決めた時間に帰る
②お友達の親にあいさつする
③おやつや飲み物を催促しない
遊びにいく前に「◯時に帰ろうね」と時間を決め、到着したら「こんにちは」「お邪魔します」とあいさつするように伝えます。あいさつは第一印象を決める大事なポイントです。目を見てあいさつできるといいですが、アイコンタクトが苦手な子どもにはおじぎを添えてあいさつする方法を教えるといいでしょう。頭を下げてあいさつすることで、アイコンタクトがなくてもきちんとした印象を与えられます。
あいさつをしたら、「今日は17時には帰ろうと思うので、10分前に教えてください」とおうちの方に伝えましょう。帰宅時間は、訪問先にとっても気になること。到着したときに伝えておけば、「ごめんね、今日は夕方用事があるから、16時半でもいい?」などと先方も都合を切り出しやすくなります。

おやつや飲み物は催促せず、もし出していただいたときには「ありがとうございます」「いただきます」とお礼を言うように約束し、おもちゃなど使ったものを片付けてから帰るようにしましょう。「またきてね」と言っていただければ、訪問のマナーはおおむね合格だということです。
もし、ものを壊すなどお友達の家で粗相をしてしまったら、子どもを叱る前にまず子どもに状況を聞き、「もしあなたの大事なものを遊びに来たお友達が壊してしまったら、どう思う?」「そのお友達が謝らなかったら、どんな気持ちになるかな?」と子どもに問いかけます。子どもが納得したら、「これからも仲良くするために謝りに行こう」と親子でお詫びにうかがい、まず親が誠意をもって謝り、続けて子どもが「ごめんなさい」と伝えます。最後に、「これからも仲良くしてもらえるかな?」と今後の話ができるといいですね。
◆【食事のとき】気持ちよく食べるために3つのNGに注意
みんなが気持ちよく食事をするために、食事中は次の3つのマナーにとくに注意しましょう。
①口を閉じて食べ、口の中を見せない
②音をたてて食べない
③箸やフォークの先を人に向けない
子どもの箸の持ち方でよく見られるのが、小指が出ている持ち方。お箸を持つときは、小指が薬指より後ろに控えるようにしましょう。上の箸は人差し指と中指、親指ではさみ、下の箸は薬指にのせ、上の箸を上下に動かすことで食べ物をはさみます。お箸を正しく持てるようになるのが理想ですが、子どもの成長具合によっては、まだ手がうまく動かないこともあります。利き手と反対の手で箸を持ってみると、大人も子どもの苦労を実感しやすいと思います。忍耐強く、くり返し伝えていきましょう。

ゲーム感覚でお箸を正しく持つ練習をするのもひとつの方法です。ポテトチップスやグミなど、お気に入りのお菓子を皿に入れて、正しい箸の持ち方でつまめたら食べていいことにすると、楽しく練習できます。
子どもの食事中の姿勢やひじをついて食べる姿が気になる場合は、テーブルと椅子の位置が原因かもしれません。テーブルと子どものおなかが拳1つぶん空いている状態が理想的です。拳1つぶんより遠いと猫背になりやすく、近いとひじをつく原因になります。食事中の子どもの姿勢が気になるときは、一度確認してみるといいでしょう。
◆【外出先で】静かにする場所は事前に子どもに伝えよう
子どもは外出先で楽しく過ごしたあとに電車やバスに乗ると、コントロールが効かずにそのままのテンションで過ごしてしまうことがあります。電車やバス、レストランや病院などの公共の場では、事前に「〇〇は静かにする場所だよ」と伝え、理由もセットで話します。「疲れているときに、電車で大騒ぎしている人がいたらどう思う?」「具合が悪くて病院に行ったら、大きな声でお話している人がいたらどう感じるかな?」などと具体的な例を挙げると子どもが理解しやすくなります。
子どもが騒いでしまったときは、低く抑えた声で「静かにして」「静かにできないなら帰ろうね」と伝えてください。親が毅然とした態度で注意すると、周囲も納得しやすくなります。大きな声で叱るのは避け、落ち着いてはっきりと注意することが大切です。

◆【言葉遣い・話し方】やさしい気持ちで声を出す
行動範囲が広がった子どもは、新しい言葉をたくさん覚えて帰ってきます。初めて聞いた新しい言葉を使ってみたいのが子どもの常ではありますが、もし好ましくない言葉を口にしたときは、同じ言葉をオウム返しにして、「いまどう思った?」と子どもに聞いてみてください。そして、「その言葉はきれいな言葉ではないから、自分より年上の人や初めて会った人と話すときは、ふだん使っているきれいな言葉を使ってね」と伝えましょう。親自身が子どもに口にしてほしくない言葉を使っていないかセルフチェックすることも大切です。

きれいな言葉・よくない言葉についてお話ししましたが、じつは口にする言葉よりも「言い方」が重要であることがアメリカの社会心理学者の研究で示されています。パパ・ママが「こんにちは」という言葉を低く、きつく話した場合と、明るく、やわらかく話した場合を子どもに聞き比べてもらいましょう。それから「お話するときは、やさしい気持ちになって声を出すといいよ」と伝えると、やわらかい話し方をするよさが子どもにも伝わります。
成長にともなって、話の「聞き方」も少しずつ意識していけるといいですね。人は話を聞いてくれる人を好きになります。相手の目を見て、うなずいたり、相槌をうったりしながら、話を最後まで聞いてから自分の話ができるのが理想です。相手の目を見るのが苦手な子どもには、「目ではなく、オデコとか鼻とか口を見るといいよ」と伝えると抵抗感がやわらぎます。
マナーを学び、ものごとに感謝する感性を育もう
子どもにマナーを教えるベストタイミングは小学校低学年ですが、何歳から始めても遅くはありません。社会人向けのマナー教室には、70代の方も通っています。マナーを学ぶと「ありがたい」「〇〇できてよかった」と感謝する感性が育ち、感謝の心を持つことで自然に幸福を感じるようになる事により幸せな人生を過ごせます。
クイズにしたり、ゲームにしたりといろいろな工夫を重ねても、子どもがマナーを身につけるにはある程度の時間がかかります。何度も注意してもなおらないと、「何回言わせるの!」という気持ちになるかもしれませんが、根気強く、くり返し伝えるのが親の役目です。子どもと一緒に学ぶような気持ちで、親子でマナーを楽しく身につけていきましょう。
取材・文:三東社
写真:PIXTA
<プロフィール>
田中ゆり子
一般社団法人ジュニアマナーズ協会理事長。
子どもたちのコミュニケーション力向上のため「やさしさを形にする」をコンセプトに、日本のマナーと世界共通の国際儀礼を中心に講演活動を行っている。小学生から高校生を対象にした「ジュニアマナーズ検定」を実施。著書に『さがして みつけて おやくそく』(高橋書店)など。