「〜不登校35万人のいま、子どもの学びについて考える〜”自らを育てる力”を養うモンテッソーリ小学校」
東京都多摩地域西部の緑豊かな自然に囲まれたあきる野市に、今年4月、モンテッソーリ教育の施設が開校しました。日本ではまだ限られている全日制モンテッソーリ小学校が、新たに開校したことで大きな注目を集めています。
文部科学省によると、2023年度の小中学生の不登校は約35万人となっています。そんな教育事情のなか、子どもが主体となっての学びを実践する「モンテッソーリ教育」が問いかけるものとは……? 開校してまもない校舎にうかがい、同校のあべようこ校長にお話をうかがいました。
【プロフィール】
あきる野モンテッソーリスクール校長
あべようこさん
上智大学文学部教育学科卒業。AMI国際モンテッソーリ教師資格(0-3歳・6-12歳)、日本モンテッソーリ協会教師資格(3-6歳)取得。あきる野モンテッソーリスクール校長、モンテッソーリ・ファーム代表。0歳から12歳までのモンテッソーリ教育に20年以上携わり、幼児期から児童期までの学びの環境づくりに取り組む。SNSをはじめ、著書、雑誌や新聞など多数のメディアでも教育実践を発信している。
モンテッソーリ教育とは?
名前は聞いたことがあっても、その教育方法は知らないという方も多いかもしれません。
「モンテッソーリ教育」は、イタリアの女性医学博士、マリア・モンテッソーリが100年以上前に生み出した教育法です。
元は障害のある子どもたちと関わる中で「子どもには本来、自ら育とうとする力がある」という考えにたどり着いたことが始まりでした。
モンテッソーリ教育の大きな特徴は「子どもが主体的に学ぶ」ことにあります。大人が一斉に指示を出し、同じことを同じペースでやらせるのではなく、子ども自身が「やりたい」と感じた活動を、自ら選び、それぞれのペースで取り組む。そのために、発達段階に応じた環境を整えることを大切にしています。
幼児期には、指先を使う活動や、五感を使って世界を知る活動が中心になります。小学生になると、地理、歴史、宇宙、生命など、より大きな世界への関心を広げていきます。先生は「教える立場の人」ではなく、子どもと環境をつなぐガイド役。やり方を見せ、必要なときにサポートしながら、子どもが自ら発見し、学べるようになることを目指します。
校長のあべようこ先生は、「子どもは、本来自ら学ぶ力を持っているもの」と話します。
「一人ひとりを丁寧に観察しながら、発達段階に沿った学びの環境を整えてあげると、多くの子どもは自分から望んで学びとることを選んでくれます。放任主義ではなく、そこにはいつも大人がそっと援助者として寄り添うことが必須です。そのような土台を基本として、主体的な学びが成立すると私たちは考えています」
モンテッソーリ教育の小学校が必要だったわけ
3月に行われた竣工式では、新校舎がお披露目された。開校に先立ち行われた説明会にはおよそ200名の保護者が参加。モンテッソーリ教育への関心の高さがうかがえる。左から、社会福祉法人和の会 今野徹理事長、中嶋博幸あきる野市長、あべようこ校長。
モンテッソーリ教育が徐々に浸透し評価されてきた現在では、日本でも関心を持つ方が増え、幼児教室や幼稚園、保育園などで取り入れられることが増えてきました。
その一方で、小学校以上になるとモンテッソーリ教育を受けられる選択肢は少ないという声が聞かれます。幼児教育でモンテッソーリの魅力や成果を感じ、小学校に上がっても継続してこの教育のもとで学びたい、学ばせたいという子どもや保護者の受け皿はまだまだ足りてはいません。
また日本では0〜3歳、3〜6歳向けの教師養成は比較的受けやすい一方、小学校教師のための専門トレーニングは海外でしか学べません。専門教育を受けた、質の高い教師の存在が不可欠なモンテッソーリ教育では、教師の養成も日本国内で同時に進めていく必要があるとあべ先生は言います。
「日本では、モンテッソーリ教育というと幼児教育のイメージを持つ方が多くいらっしゃいます。しかし、本来のモンテッソーリ教育は、幼児期だけで終わるものではなく、思春期まで視野に入れた教育体系なのです。幼児期に、子どもが『自分で考える』『自分で決める』『自分でやってみる』という経験をたくさん積んでも、小学校に入った途端、みんな同じように座って、同じように動いて、同じペースで進むことを求められます。そのギャップに苦しむ子がいるという現実があるのですね」
実際、あべ先生のお子さんも幼少期からモンテッソーリ教育を受けて育ち、小学校への進学で親子ともに悩みました。
「進学時にはモンテッソーリ小学校も検討したものの、当時は選択肢がほとんどなく、友達と一緒の小学校へ進学。しかし、その後『これは私の得てきた学びと違う…』と苦しさを口にした時期がありました。もちろん、公教育や従来の教育を否定しているわけではありません。ただ、モンテッソーリ教育で育った子どもたちは、自分で選び、自分で考えながら学ぶ経験を積み重ね、そのような経験を通して学びを深めていきます」
また、あべ先生は小学校時代こそ「自分で学ぶ力」をさらに伸ばす大切な時期だと考えています。
モンテッソーリ教育の小学生クラスでは、地理や歴史、科学など、すべての分野を横断的に学びます。単に知識を暗記するのではなく、「なぜそうなっているのか」「自分はどう感じるか」を考えたりしながら学んでいくのが特徴です。
異年齢で過ごすことで、年上の子が年下の子を自然に助ける文化も育まれます。先生が細かく管理しなくても、子ども同士で声をかけ合い、コミュニティを作っていく姿も、モンテッソーリ教育の大きな特徴のひとつです。
「大人が『静かにしなさい』と怒鳴るより、子ども同士で『今は静かにした方がいいよ』と伝えあう方が、自然な納得につながりやすいのです」
自主性を重んじた教育の流れを止めないためには、小学校の先にある中学校づくりも将来的に視野に入れたいとあべ先生は考えています。モンテッソーリ教育では、思春期になると、農業や経済活動、共同生活など、より”社会”に近い学びを重視するようになります。
「社会に出たときに、自分は何ができるだろう、と考えられる人を育てたい。モンテッソーリ教育の目的は、計算ができる人を育てることではなく、結果として自立した人を育てることなんです」
想いがすみずみにまで行き届いた、理想の居場所
学校を訪れると、まず印象的なのが、光と木のぬくもりを感じる空間です。大きな窓から自然光が入り、子どもたちは明るい空間で思い思いに活動しています。
モンテッソーリ教育では「環境そのものが教師」ともいわれます。同校でも、建物や家具、動線、置かれている道具に至るまで、子どもの活動を自然に促す流れが丁寧に考えられていました。
教室はオープンなつくりになっており、子どもの活動する場所には完全に閉鎖される空間はありません。この見通しの良さは、人との関わりの中で生じたトラブルなどが見過ごされにくいことにもつながっています。
2階のオープンキッチンを中心に行う調理活動や食育も、同校が大切にしていることのひとつです。子どもたちは実際に手を動かし、食材に触れ、自分たちで料理をします。
あべ先生は、すべてに関し「大人が管理しすぎないこと」を大切にしています。
「もちろん安全のためのルールはあります。でも、”何も考えずに大人の言うことを聞きなさい”にはしたくないのです」
実際、子ども同士で自然に声をかけ合う場面も多く見られるそう。たとえば、食事の準備で困っている子がいれば、”どうしたの”と別の子が声をかける。学校での過ごし方も、年上の子が年下の子に自然と伝えていく。そうしたコミュニティの力を育てたいと考えています。
実体験を通じた学びを大切に
現在、多くの学校でタブレット学習が進む中、同校ではスクリーンタイムを極力減らす方針をとっています。小学生のうちは、できるだけ実物に触れ、自然の中で体験し、図鑑を開き、必要があれば地域の人や専門家に直接話を聞きに行く――そんな学びを大切にしています。
「パソコンは後からでも学べますし、使えるようになるでしょう。でも、子どもの時期にしかできない生の体験は、そのときだけの大切なものだと思うのです」
最初に校舎に足を踏み入れてハッとするのは、室内全体に流れる静かで穏やかな空気。子どもたちは取材者やカメラマンが入っても、騒ぐでもなく無視するでもなく、とても落ち着いた雰囲気が印象的です。大人が声を張り上げるような場面もありません。何か問題が起きたときも、できるだけ個別に対話をするよう心がけているといいます。
「みんなの前で恥をかかせるような叱り方はしたくないですね。その子なりの理由や思いがあると思うので、まず話を聞きたいのです」
学校には、遠方から引っ越してくる家庭も少なくありません。保護者たちは、この教育法に強く共感し、「子ども時代をどう過ごしてほしいか」を真剣に考えている方が多いといいます。
あべ先生は最後に、こう語ってくれました。
「モンテッソーリ教育が絶対に唯一の正解だとは思っていません。でも、この環境でだから成長できる子どもたちは確実にいる。だから、必要としているお子さんや保護者に、こんな選択肢もありますよ、とお伝えできればと願っています」
取材・文:田中真理
撮影:瀬戸口善十郎