精密でかわいらしい生き物イラストで大人気の絵本作家・かわさきしゅんいちさん。
今年数々の絵本賞を受賞した絵本『クジラがしんだら』(童心社、文:江口絵理、監修:藤原義弘)や、国立科学博物館の特別展「大絶滅展」やNHK Eテレ「The Wakey Show」のMV「ずっしんかー!」にて生き物のイラストをつとめ話題を集めるかわさきさんの、素顔に迫ります!
——絵本作家になろうと思ったきっかけを教えてください。
じつは最初、絵を仕事にしようというつもりはありませんでした。
学生時代は、いつか青年海外協力隊やNGOなどを通して、今後より深刻化するであろう食糧や環境問題にアプローチできる場所で働いてみたいと考えていました。それで海外取引もある小さな商社で働きはじめたんですが、社会人になって半年ほど、気づいたら一度も絵を描いていなかったんです。子どものころからずっと絵を好きで描いてきたので、衝撃でした。それに気づいてからは、「描きたい!」という熱が止まらなくなって、電話をしているときも、打ち合わせをしているときも、気づけば手元でウサギやらカブトムシの絵を描いてしまっていたりして、現実逃避だってわかっていても、やっぱり楽しいんですよね。
絵を仕事にしてみたいと思ったのはそのあたりからです。「絵本だ!」ってなったのはある日突然思いついたことだったんですが、あとから考えてみると、絵が好きで、本や物語が好きで、教えるのも好きで、ちょっとでも世界を良くしたくて……と、自分の好きなことを足し算してみると、自分にあったやりかたが絵本だったんじゃないかって。
——デビュー以来、生き物を描き続けているのはなぜですか?
小学校の文集で「将来の夢」のところに「昆虫博士」って書く子いたじゃないですか。ぼくは、まさにそんな子だったんです。生き物はなんでも好きでしたが特に虫が好きで、夏は草むらや雑木林をうろついて、冬は土しか入っていない水槽で夏に産ませたクワガタの幼虫を育てていました。
低学年のときは周りからも「虫博士」とおだてられていい感じに増長していたんですが、高学年くらいから雲行きが怪しくなって、例えばクラスメイトが何人かで車のタイヤで毛虫をつぶして遊んでいた時に、虫好きなんでぼくは「やめろ!」ってブチ切れたわけです。そういうことが重なると少し学校で浮きはじめるようになってしまって。当時のぼくのコミュニケーションの取り方も良くなかったと思うんですが、中学生にあがった頃には、休み時間は一人で本を読んで過ごす子になっていました。おかげで読書がかなり捗りはしたんですが、仲間はずれはしんどいわけです。なので高校にあがったらもう「変な奴」にならないよう、生き物が好きだってこともあまり表立って言わなくなっていました。それが大学、社会人まで続いていたので、自分のなかでも生き物が好きな気持ちや自負がかなり薄まっていたように思います。
かわさきさん小学3年生の文集より。いつも虫のことばかり考えていたそう。
ところが、いざ絵本のアイデアを出してみると、どれもこれも動物や昆虫の話ばっかりなんです。「そういえば生き物好きだったな」と思い出したんです。
ただ長いこと図鑑もあまり開いていなかったので、本屋さんに行って生き物の本をごっそり買って学び直しをしてたんですね。そしたら、面白い生物の話だけじゃなくて、どうしても環境破壊とか気候変動、人と自然との関わり方の問題が無視できない。じゃあぼくは絵本で自然の面白さをつたえつつ、ぼくらと自然のつながりや関係のとりかたを伝えようと考えたんです。
デビュー作の『うみがめぐり』(仮説社)では、旅するウミガメを通じて食物連鎖をはじめとした命の循環を描きつつ、美しい海には人が捨てたであろうゴミがちらほら。でも文章では一切触れていません。読んでいる子どもが自分で気づくかもしれない。もし自分で気づけたなら、それはその子にとって大事な情報になるはずです。今改めて描くならまた違うアプローチをするかもしれないし、まだまだ模索している最中ですが、まずは美しくもワクワクする、時々怖くてどきどきする、そんな自然に思いを馳せてほしい。その中でたまに、知ってほしいぼくたちの問題を説教くさくないよう散りばめられたらな〜と思っています。
——最新作について教えてください。
『ゆびでたどる進化のえほん』は、「系統樹」という、地球最古のみんなの祖先からぼくたち人類やあらゆる動物につながる”進化の道のり”を迷路みたいにたどって遊べる絵本です。
枝分かれしていく進化の道は監修・文の三上智之(国立科学博物館特別研究員PD)さんが調べてくれたものなので、またきっと別の想いがあると思うのですが、この絵本を描きたかった動機のひとつが「生き物同士をつなぐ線の部分を推したい!」ということなんです。
「一番好きな生き物は?」ときかれることが多いんですが、じつはどれかこの種が好きっていうことはないんですよね。ぼくが好きなのは、目に見えない生き物どうしのつながり。もちろん、生き物を描いているとそれぞれに、マグロの鉄の塊みたいな感じヤバイよね、トンボの目ってどんなふうに見えてるんだろうね、と感動したり気になることばかりなんですが、それ以上に人間も含めて生き物同士ってみんなめちゃくちゃにつながりあって生きているんだ、ってことにワクワクするんです。
この絵本では、すべての生き物がぐねぐねした進化の道でつながっていますね。みんなの共通祖先から始まる線が大腸菌にもタンポポにもティラノサウルスにも繋がっています。こんなに形も生き方も違うけど、その線の間をたどっていくと、確かに少しずつグラデーションに形を変えてきた変化の繋がりが見えてくる。この絵本ではそこだけにフォーカスしているけど、ほかにも自然界には本当に色んな見えない線があって、例えば食べる/食べられるの関係もそう。正確に図に起こそうとすると一見カオスに見えるくらい複雑なんだけど、その中にはよく組み上がったサイクルと調和がある。そういう見えない線が、今の生態系のバランスがどう保たれているのかといった色んな現実に結びつく。これも各々の進化の結果生まれたもの。こういう俯瞰する面白さって、生物だけじゃなくてどんな学問やコンテンツにもあるじゃないですか、たとえば経済なんかもそうだし、漫画の人物相関図とかもそうですよね。関係性ってとっても面白いんです。
——絵本の最後で、人類が誕生するページでも、いろいろな人がでてきますね。
ここはある意味一番描いていて悩んだページです。これは絵本だけど、図鑑でもある。だからここで描かれる「人間の絵」は「人類の代表的な外見」としても捉えられますよね。昔Wikipediaの「人類」の項目にどんな写真を掲載するかでえらい論争がありましたが、例えばここにアジア系が一人だけいても、白人が一人だけいても、色んな子どもが何か思うこともあるかもしれない。それにこれだけの多様性をもちながら、まぜこぜになって支え合いながら社会を営んでいるのも、僕ら人類の特徴のひとつなんじゃないかなって。もちろん80億の多様性を全部表すことなんてできないし、ある種自己満足ととられることもあるかもしれませんが、もう、うちの子のクラスメイトを見ているだけでもいろんなルーツやバックグラウンドの子がいるわけで、ぼくにとっての自然な現実がすでに多様性社会なんです。だからどんな人が手にとっても、この系統樹を自分のルーツとして受け取ってほしい。そして色んな人が一緒に笑い合える世界観を当たり前のものとして受け取ってほしいと願って描きました。
さいごに、この絵本では構成の都合で人が一番最後にでてきますが、人間が一番進化した生き物、というわけではないんです。犬が読む絵本なら最後に犬をたくさん描いたでしょう。そのくらいの理由です。どんな生き物も同じだけの時間の長さをそれぞれの進化を経て生き残ってきたスペシャリストで、その全員が、どちらがえらいとかもなく、まるで支え合うように、きれいな空気や食べ物のあるこの美しい世界を作り続けています。そのみんなが、実は血のつながった兄弟なんだぜ!っていう、そんなロマンも感じてほしいですね。
(取材・文:宇城悠人 撮影:深田卓馬)
NHK Eテレ「ずっしんかー!」で『ゆびでたどる進化のえほん』が話題!
NHK Eテレ「The Wakey Show」の、進化をテーマにしたミュージックビデオ「ずっしんかー!」に、『ゆびでたどる進化のえほん』(監修・文:三上智之/絵・かわさきしゅんいち)のイラストが登場! ぜひご覧ください。
著者のお二人による解説動画公開中!
人気YouTubeチャンネル「ゆるふわ生物学」にて、『ゆびでたどる進化のえほん』著者の三上智之さんとかわさきしゅんいちさんが絵本を使って40億年の生物の進化を解説する動画を公開中!
絵本と合わせて視聴すると、もっと進化が面白く感じられます。
PROFILE
かわさきしゅんいち
絵本作家、イラストレーター。著書に『うみがめぐり』(仮説社)、『クジラがしんだら』(童心社、文:江口絵理、監修:藤原義弘、講談社絵本賞など多数受賞)、『ゆびでたどる進化のえほん』(KADOKAWA、監修・文:三上智之)。挿絵では『アノマロカリス解体新書』(ブックマン社)、『地球生命 水際の興亡史』(技術評論社)など古生物の復元イラストを描くことが多い。2024年から25年の新江ノ島水族館『えのすい深海展』のキービジュアルを担当。生物なら種類・時代を問わずなんでも描く人。
かわさきさんが子ども時代からノートに描いていたキャラクター「まるかぶ」