
集団塾、個別指導、家庭教師、オンラインサロンなど、中学受験のための選択肢が増える中、「どこにどれだけ時間とお金をかけるのがわが子にとっての最適解か?」「塾におすすめされる教材や講習はどれだけ取り組めばいいのか?」「学校と塾の両立で気を付けるべきことは何か?」などの悩みを抱える方は多いのではないでしょうか。本書は、実際の保護者がよく抱える悩みや不安を中心にその日からすぐ役立つアドバイスをまとめています。
※本連載は『「まだ伸びる!」をあきらめない 中学受験 子どもの成績の本当の伸ばし方』から一部抜粋して構成された記事です。
勉強って、こんなに親子関係を壊すものだったっけ?
これは、かつて中学受験塾の講師として、数百人の子どもたちを教えてきた私が、〝親〞という立場で中学受験に向き合い始めたとき、心の底から湧いてきた本音です。
私は大学卒業後に首都圏にある大手進学塾へ新卒入社しました。教壇に立ち、算数を教える日々の中で、生徒の成績が上がる喜びを知り、保護者との信頼関係を築くことを学び、 25歳で当時の系列校内最年少校長に就任。29歳のときには新設校の校長を任されました。一見、順風満帆に見えた道のりでしたが、任された新設校運営で挫折を経験し、30歳のとき私は塾業界を離れました。
その後、経営コンサルティング会社に転職し、今度は経営を支援する側の立場として、経営者の方々と向き合う日々。「人材教育」と「経営」―両方の視点から物事を考える貴重な経験をした後、ある顧問先から「現場の舵取りをしてほしい」と声をかけていただき、愛知県のリフォーム会社の社長をお引き受けすることになりました。全く異なる業界ではありましたが、現場に足を運び、試行錯誤を重ねながら経営に携わる時間は、かけがえのない挑戦でした。
とはいえ、全く初めての挑戦となるフィールドで、なかなか思うような成果を出せず苦戦していたところに、ちょうどコロナ禍が直撃。会社の経営は大きな影響を受けることとなり、結果、私はそこでの役目を終える決断をしました。これは、私の人生の中でも、大きな転機となった出来事でした。
そして、気づけば、肩書きも収入も何もない夏―。
とはいえ、「これから自分に何ができるか」をじっくりと見つめ直す時間でもありました。そして、これまでの経験をもとに自分にできることは何かと考え、「中学受験についてYouTubeで話してみよう」と思い立ったのです。
最初は、ただ〝自分が在籍していた中学受験塾ってこんな良いところがあるよ〞という内容をカメラに向かってぽつりぽつり話すだけ。誰に見られるかもわからないまま始めた小さな発信でした。しかし、そんなふうに自分の過去の経験を振り返りながら、動画を上げたり、当時のTwitterで中学受験についての思いを書き続けたりしていると、 少しずつ、保護者からの共感の声が届くようになりました。
「うちも、親子のやり取りで悩んでいます」
「子どもにどう声をかけたらいいかわかりません」
「塾にはなかなか相談しにくくて……」
そして気がつけばDMや質問箱には多くの声が寄せられるようになりました。そこに集まったのは、どれも自分がかつて思い描いていた親の姿とはかけ離れた、等身大の「悩める親の声」でした。
情報発信の場は、いつの間にか悩みを共有する場として少しずつ広がっていき、私はそこで交わされる声に触れる中で、「どんなに良い塾に通っていても、家庭での関わり方や、家庭で塾の宿題や勉強の復習方法に迷っている人は本当に多いんだ」「中学受験は勉強だけでなく、家庭でいかに親子が手を取り合い成長していくかという物語でもあるんだ」と改めて感じるようになったのです。
そして私の息子もいよいよ中学受験のスタートを切ることになりました。
何気なく見た息子のノートは〝できない子のノート〞だった
元塾講師だった私は、息子には幼少期から知育教材を活用し、本の読み聞かせなどを熱心に行ってきました。小3で、関西系の大手塾に通いはじめ、小4の春に、かつて自分が勤めていた首都圏の大手進学塾へ入塾させました。そこでの最初の模試では偏差値50を超える結果を出し、正直、私は安心していました。
「これなら、もっと上を目指せるかもしれない」
そう思った私は、早々に息子と志望校の話を始めました。最初に目標として志望校に選んだのは、いわゆる偏差値の高い難関校。休日には家族でその学校を訪れ、学校名が入ったグッズを買い、「こんな制服を着て、こんな通学路を歩くんだよ」などという話をしました。また、その学校のYouTubeチャンネルの動画を一緒に見て、「この学校、いいよね」などと声をかけると、息子もうれしそうに頷いていました。私はまるで、子どもが進学することが決まっているかのような気持ちで、中学受験のゴールを勝手にイメージし始めていたのです。
しかし、しばらくすると息子の成績は伸び悩み始め、偏差値は40台に落ちました。
「なんでこんなミスするんだ?」
「ここ、何回もやったじゃないか」
伸び悩む成績を前に、家庭学習の伴走を担っていた私は、息子に厳しく接してしまいました。しかし、私が口うるさく言えば言うほど、息子は反発します。話を聞かない、ふざける、癇癪を起こす……。最終的には、私もイライラして、つい声を荒らげてしまい、気がつけば息子は泣き出す始末。そんな息子を前に私は自己嫌悪に陥る日々。宿題、勉強の姿勢、生活リズムと、あらゆることで親子のバトルが起きていました。
そしてある日、何気なく見た息子の授業ノートに私は頰を打たれたような気持ちになりました。そこには授業を受けているにもかかわらず白紙のままのページや板書を、適当にあちこちに写した雑な文字がありました。また、理解をしないでノートを記しているので、時系列はバラバラで、しかもどのページも薄くて読めない文字で書かれていました。これは、かつて塾講師時代に見てきた〝できない子〞のノートそのものでした。
衝撃と、怒りと、情けなさ……。私のこれまでの経験は、親としての目の前で起きているリアルには、全く通用しなかったのです。その夜、眠れないままSNSで「中学受験」と検索しました。そこには同じように悩み、迷い、葛藤している親たちのつぶやきがあり、「自分もただの親なんだ」と少し気持ちが軽くなったのを覚えています。
その後も、ノート見本を作ったり、教材を自作したり、「どうしたらこの子に届くんだろう」と試行錯誤をするものの、なかなか親子のバトルは収まりませんでした。そんなとき「直接教えると反発するなら、動画で伝えるのはどうだろう」と思いつき、息子向けに授業動画を作り始めたのが、2021年9月。意外なことに、息子は動画越しの〝父先生〞の声には素直に耳を傾けてくれました。
順調ではなかったからこそ、伝えたい
家庭学習に加え、塾とのコミュニケーションも見直し、「任せるべきこと」「家庭ですべきこと」を切り分け、塾の先生に相談しながら役割分担を意識することで、子どもの家庭勉強は少しずつですが軌道に乗り始めました。
それでも、息子への指導方針に関して、夫婦間での言い争いは続きました。
「そんな言い方じゃ、子どもが傷つくよ」
「じゃあ、君がやってみれば?」
「もう中学受験なんてやめれば? 誰も幸せにならないよ?」
妻とは何度もそんなやりとりがありました。お互いに「なんで私ばっかり……」と不満を抱えたこともあります。それでも、ぶつかりながら話し合い、情報を集め、少しずつ〝わが家なりの中学受験〞の形が見えてきました。
子どもの成績が急激に伸びたわけでも、いつも順調に進んだわけでもありません。それでも、家族で悩み、泣きながら、なんとか本番の日までたどり着くことができました。
私がこの本を書こうと思ったのは、あのときの自分のように、
「塾に通わせているのに、なぜ成績が伸びないのかわからない」
「親の関わり方が間違っているのではと不安になる」
「子どもにきつく当たってしまい、自己嫌悪に陥る」
心のどこかで自分を責めている人、そして家族の間にもギクシャクした空気が流れてしまう……そんな保護者の方の力になれたらと思ったからです。
この本は、中学受験で正解を示すためのものではありません。塾に任せるべきこと、家庭でできることを整理しながら、「うちの場合はどうしよう?」と立ち止まり、考えるためのヒント集です。
迷いの中にいるすべての保護者の方へ。
今まさに、中学受験の壁にぶつかっている方へ。
この本では、私が塾の先生として、そして迷える親として経験してきたすべてを、塾と家庭、それぞれの視点からお伝えしていきます。
成績を上げるためだけじゃない。
親子関係を壊さないためでもある。
そんな視点から、中学受験を家族で乗り越えるための方法を、この本を通して一緒に探していきましょう。
本書は、実際によくある悩みに沿ったアドバイスや提案を盛り込んでいます。中学受験の期間は長そうに見えて、あっという間。一生に一度の中学受験生活、ぜひそれぞれご家庭にあった方法を取り入れて悔いなく過ごしてくださいね。
【書籍情報】
著者: ユウキ先生
- 【定価】
- 1,760円(本体1,600円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784046076878