「わたし、笑ってないよ」
「えっ?」
たしかに笑い声がかすかに聞こえた。
「じゃあ、今のは……?」
和葉は思わずぼう然となってしまうのだった。
「はっはっは。それはたぶん和葉も寝ぼけてたんだよ」
翌朝。
和葉は、家族とともにショッピングモールに出かける準備をしていた。
服を着替えていた父親は、笑い声がしたという話を聞き、そう推理した。
「私は寝ぼけてなんかなかったよ。ほんとに怖かったんだから」
和葉が困惑していると、化粧を終えた母親がリビングに戻って来た。
「和葉の話も怖いけど、梓がお義母さんの日本人形で遊んでいたというのも怖いわね」
「うん、わたし、お人形みるのこわくなっちゃった」
準備を終えてソファーに座っていた梓が答える。
「あれって、ほんとに私をビックリさせるためにしたんじゃないんだよね?」
「わたし、そんなことしないもん」
「それならいいけど」
考えれば考えるほど、何だか不気味に思える。
すると、父親が「考えすぎだよ」と言った。
「梓も和葉と同じで、寝ぼけていて、夢と現実がゴッチャになっていただけだよ」
「それは……」
目ははっきりと覚めていたような気がするが、和葉はだんだん自信がなくなる。
「まあ、もうその話は終わりにしましょう。さあ、映画に行くわよ」
「そ、そうだね」
楽しみにしていた映画を台無しにはしたくない。
和葉は気を取り直して、出かけることにした。
●
町の道路。
ひとりの少年が立っている。
白い服を着た、あの少年だ。
手の上には銀色のペンが浮かんでいて、ある方向を指し示している。
少年はそれをじっと見つめていた。
「また、災悪が現れるなんて……」
少年は身体を震わせる。
その表情は、怯えていた。
「それでも行かなきゃ……」
少年は、イヤホンを耳から外し、ペンの指し示したほうへ歩き始めようとした。
そのとき、
キィィ───
角を曲がってきた車が背後で止まった。
道路の中央に、少年が立っていたから、あわてて停車したのだ。
「怪我はないかい?」
運転席の窓を開け、男の人が少年に声をかける。
少年は小さく頷き、脇に寄ると、そのまま歩き出そうとした。
「ちょっと待って!」
車の後部座席のドアが開き、女の子が降りてきた。
和葉だ。
車には、和葉の家族が乗っていた。
「君、スーパーの外にいたよね?」
和葉は少年を驚きながら見る。
「幽霊じゃなかったんだ」
「幽霊……?」
「あ、ごめん、何でもない」
先日消えてしまった少年が存在していて、和葉はホッとする。
「それよりほんとに大丈夫だったの?」
和葉はスーパーの前で出会ったときのことを思い出し、少年に近づこうとした。
すると、少年は手を挙げ、それを拒絶した。
その顔は、なぜか悲しそうな顔をしている。
少年はそのまま足早に角を曲がり、去って行った。
「あ、ちょっと」
和葉は追おうとする。
「和葉、行くわよ」
そんな和葉を、助手席に座る母親が呼び止めた。
「あの子、大丈夫そうに見えたわ。だから車に乗って」
「う、うん……」
「はっはっは。あの子がスーパーで会った子かい? 幽霊じゃなくて残念だったねえ」
「別に残念とかじゃないけど」
少年は、悲しそうな表情をしていた。
和葉はそれが妙に気になった。
(だけど、私にはどうすることもできないよね……)
少年がどこの誰なのかも分からない。
和葉は、少年のことを心配しながらも、車に乗り込むのだった。
一方、和葉たちの前から去った少年は、ふと、歩みを止めた。
手の上に浮いているペンを見る。
ペンはゆっくりと回転している。
そして止まると、今、少年が歩いて来た方向を指し示した。
「方向が変わった。……もしかして」
少年は、あわてて来た道を戻る。
そして和葉たちを探したが、車はすでに走り去った後だった。
「そんな……」
少年は苦々しい表情を浮かべる。
すぐに追いかけようと思うが、一瞬立ち止まった。
「行けば、また災悪が……」
全身が震える。
目に涙が溜まる。
「だけど、このままじゃあの子が」
少年は、目を深く瞑り、自分の拳で太ももを叩き、震えを無理やり止めた。
「そんなの絶対にだめだ!」
少年は、目を見開くと、全身に力を入れ、その場から走り出した。
●
「よおし、着いたぞ~」
しばらくして。
和葉たちは、ショッピングモールの地下駐車場に到着した。
「おねえちゃん、映画たのしみだね」
「う、うん」
和葉は少年のことがまだ気になりながらも、シートベルトを外した。
「映画の後、ご飯も食べよう」
「そうね。和葉が食べたがっていたハンバーグとかいいわね」
「わーい、ハンバーグ、わたしだいすき~!」
梓たちは笑いながら、車を降りる。
和葉も外に出ようと思った。
そのときふと、後部座席を見た。
「えっ?」
後部座席に、何かがポツンと置かれている。
おかっぱの日本人形だ。
「どうして人形があるの?」
「どうしたんだい?」
戸惑う和葉を見て、両親もそばにやって来た。
「車の中に日本人形があったの」
和葉は、両親に見せようと、人形を手に取った。
バサッ
人形の黒い髪が、掴んだ和葉の手に垂れる。
「えっ?」
和葉と梓は同時に戸惑う。
おかっぱのはずの人形の髪が、腰の辺りまで伸びていた。
「何これ??」
和葉は梓のほうを見る。
「これ、部屋にあった人形よね?」
「うん。だけどこんなに髪ながくないよお」
「おいおい、どういうことだい?」
父親は和葉から人形を受け取ると、ジロジロと眺めた。
「う~ん、ほんとに髪が伸びたみたいになってるねえ」
「あなた、まさかそんなことがあるの?」
母親の言葉に、父親は「はっはっは」と笑った。