KADOKAWA Group

Children & Education

子育て・教育

ことばと向き合う【慣用表現】


子どもたちの思考力の基礎をつくる「ことば」を、親子で楽しく学べる『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』。

連載第4回は、本誌の中から『ことばと向き合う【慣用表現】』をピックアップします!

※本連載は『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』から一部抜粋して構成された記事です。



 


慣用表現は比喩の屍(しかばね)

 問題 

次の1〜5の文の■■部分は、( )内の意味を表す言葉です。例にならって、にあてはまる言葉をひらがな二文字でそれぞれ答えなさい。

例:いくら彼でも、プロ野球選手には■■うちできない。 答え:たち

①    助けられたときは■■の息だったが、今ではすっかり元気になった。(今にも息絶えそうな状態)
②    日々の食事にも事
■■生活を送っている。(必要なものがなくて困ること)
③    
■■半可な知識では、彼女にかなうまい。(十分でなく、中途半端な様子)
④    大通りには木造の民家が
■■を並べている。(多くの家が建ち並んでいる様子)
⑤    このチームの選手たちは、
■■ぞろいだ。(集まった人々がみな優れていること)

2022年度・聖光学院中学校(第1回)

こたえはコチラ

突然ですが、解説の前に次の一文に目を通してみてください。

例:お化け屋敷の入口でわたしは恐怖のあまり、肩で息をしていた。

さて、この中で比喩表現をいくつ見つけることができますか。

「え!? 『肩で息をする』は慣用句だから、比喩なんて1つもないのではないか」
 そう思いますよね。正解です。

 でも、右の一文には5つの比喩表現があるという強引な見方もできるのです。
「お化け」「屋敷」「入口」「あまり」「肩で息をする」の五つです。

納得できないでしょう。それでは、ひとつひとつ説明をしていきますね。

 まず、「お化け」です。幽霊のことを「化け物」といいますが、これは本来あるべき姿から死を迎えることによって(人を脅かすような)別の生き物に「変化」するということから生まれたことばです。そう考えると、「化け物」「お化け」は喩えことば(比喩表現)として見ることが可能です。「屋敷」はどうでしょうか。「土地に家を建てる」ことを「土地に家を敷くようだ」と見立てたことから成立した表現と考えられます。次に「入口」です。身体の部位を表す「口」ということばを用いている時点で、これは人などが入るところを「食べ物を入れる口」に喩(たと)えています。「あまり」はもともと「余り」という漢字があてられ「そこからはみ出すこと」の意味があり、それが感情、感覚、状態を表す名詞や動詞に後接し、その程度が極端にひどいことを表すようになったのです。「恐怖のあまり」は、その「恐怖」が自身の内に留められないくらいの量であることを示しているのでしょう。本来の意味から比喩的に派生して生まれたことばと見ることができます。最後の慣用句「肩で息をする」はぜいぜいと苦しそうに息をする様子を「まるで肩で息をしているようだ」と見立てて誕生したものです。

 5つの比喩表現を見出すことができるその理路がお分かりになったのではありませんか。でも、これらのことばを比喩表現とする人はいないでしょう。比喩として誕生したこれらのことばは、人々に使われていくうちにそれが「比喩」であるという新鮮味を失っていったのです。

 こう考えると、言語活動をおこなう際、わたしたちは無意識のうちに比喩の「屍(しかばね)」の上を歩いているようなものなのです。「屍」と書き表しましたが、その字義通りにそれらはもともと「生きていた(創造性のある)」比喩が「死体」になったのですね(これを「死喩」または「化石化した言語」と言います)。わたしたちの比喩的思考によってことばが誕生し、そのたびに新しい意味が出現します。そして、時代の流れとともにそれらは死を迎えたり、消滅したりするのです。新たなことばが誕生しては消滅する、といった連綿と続く繰り返しが言語の歴史にみられるのです。このような観点から、比喩的表現というのは生き物が進化するかのように変遷してきたと言えます。
 「慣用句」だって「ことわざ」だって、生まれた当初はみな比喩表現だったのです。ところで、比喩的思考によって新しいことばを生み出すのには大きな理由があります。既存のことばに別の意味を持たせることは、まったく新たな語を生み出すよりもその労力が少ないのです。言い換えれば、比喩表現とはあくまでもすでに存在することばを借用して、そこに新たな(類似的な)意味を付加するということであり、新語の発生、乱発をむしろ抑制する機能を果たしているのですね。

 さて、冒頭の問題は2022年度の聖光学院中学校のものです。

 大人からすればそんなに難しくはないレベルの問題かもしれませんが、小学生が挑むとなると、簡単に全問正解とはいかないでしょう。

 このような「語彙」に関する問題はどのような対策が必要なのか。

 こういうふうに尋ねられると、わたしは返事に窮してしまいます。なぜなら、この手の問題は一朝一夕の対策ではあまり効果がないからです。子どもたちのこれまでの言語獲得の積み重ね、語彙の総量の多寡がストレートに問われているのですね。

 新たなことばの獲得という点では、人は辞書を引いて獲得することばよりも、当然ながら、日常生活の中で何度も触れることで自然と身につくことばの数のほうが圧倒的に多いものです。

 幼いころから読書体験をどれくらい積んできたか、保護者をはじめとする大人からどれくらいたくさんのことばを聞き、また、それらに対してどれだけ自分自身の意見をぶつけてきたか……。国語教育学でよく「ことばのシャワー」といった表現が用いられますが、まさに子どもたちがどれだけ多くのことばをこれまで浴びてきたかが大切です。

 単純な一問一答の形式ではなく、あの手この手で子どもたちの語彙の総量を探る入試問題を単独出題する学校はいくつもあります。先述の聖光学院ほか、灘、雙葉、攻玉社、慶應義塾中等部、慶應義塾湘南藤沢、普連土学園など枚挙にいとまがありません。

 わが子が本に手を伸ばすようにどう働きかけるか、わが子とニュースや日々の出来事について互いにどれだけたくさんのことばを交わしているか……。そんなふうに親としてわが子の語彙力向上にどれだけの後押しをしているのかをこの機会にじっくり振り返って、親のスタンスを微調整することをおすすめします。


語彙力も、思考力も、受験合格も、家庭での言葉遣いが明暗を分ける!

連載第4回は、本誌の中から『ことばと向き合う【慣用表現】』をピックアップしました。

「わが子のことば遣い、“ヤバい”かも(そして、実は自分自身のことば遣いが“ヤバい”かも)……」と思った方は、本誌をチェック!


著者:矢野 耕平

定価
1,540円(本体1,400円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784046062598

紙の本を買う

電子書籍を買う



【著者プロフィール】

●矢野耕平
1973年東京都生まれ。中学受験指導スタジオキャンパス代表、国語専科博耕房代表。東京の自由が丘と三田に2教場を構える。指導担当教科は国語と社会。中学受験指導
歴は今年で29年目を迎える。2児の父。法政大学大学院人文科学研究科日本文学専攻修士課程修了。現在は社会人大学院生として同大学大学院同研究科国際日本学インスティテュート日本文学専攻博士後期課程に在籍し、認知言語学、語用論などをベースに学齢児童の言語運用能力の研究に取り組んでいる。著書に『令和の中学受験 保護者のための参考書』( 講談社+α新書/講談社)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書/文藝春秋)、『13歳からの「気もちを伝える言葉」事典―語彙力&表現力をのばす心情語600』(メイツ出版)など。中学受験や中高一貫校、国語教育などをテーマにした連載記事を担当し、これまでにオンラインメディアの記事を300本以上執筆。

 

 入試問題の解答 

①    むし
②    かく
③    なま
④    のき
⑤    つぶ



 

 

 


この記事をシェアする

特集

ページトップへ戻る