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近年、小さいころからの正しい口腔ケアが、その後一生の体の健康に影響するという見方が浸透してきています。今や歯医者は「歯が痛くなったら行く」だけの場所ではなく、定期的な口腔ケアと治療を支える、おつきあいの長い場になっているといえるでしょう。
生まれてから変化しつづける子どもの歯の健康を親はどのように守っていけばいいのか、【1~3歳 乳幼児編】【4~6歳 就学前編】【7歳以降 就学後編】の3回に分けて、子どもの歯を専門に診察・治療を行う、小児歯科専門医の坂部 潤先生にお話をうかがいました。
プロフィール
坂部潤(さかべじゅん)
歯科医師、歯学博士(小児歯科学)、日本小児歯科学会認定小児歯科専門医、4児の父親、小児歯科専門医院「キッズデンタル」を目黒、成城、麻布、代々木上原、麹町にて運営〈www.kidsdental.info〉
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子どもの口腔ケアはいつから始める?
いったん虫歯や歯周病になると、いくら治療を施しても、それだけで健康だった歯の状態にまで戻すのは不可能といえます。もちろん歯科医はそれ以上進行しないように悪いところは治すのですが、虫歯や歯周病になるには原因菌・生活習慣・治療状態などの要素が絡みあっていて、その問題を放置したままでは根本的な解決には至らないのです。
その場合、正しい口腔ケアを身につけることから始めないとなりませんが、大人になって、またはある程度成長してから、自己流のまちがったケアや口腔衛生を保てない食事・生活習慣を変えていくのは本人や周囲にとってもかなり大変なことです。
また、持って生まれた歯並びやかみあわせ、あごの形などが栄養のかたよりや美容の悩みを招くこともあります。そういった問題も昨今では、適切な時期に診察と判断、治療を開始すればかなり軽減できることがわかってきています。
歯は、ものを食べることのみでなく、発音を助けたり、顔の形を支えたり、体のバランスを整えたりなど、人の健康にかかわる大事な器官です。小さいころからのケアが生涯の健康を左右する可能性があることを、保護者の方には改めて認識していただければと思います。
では、子どもの歯についてケアを始めるのは、いつからが正解なのでしょうか?
答えは「歯が生えたらすぐに」です。歯が生えてくれば、ミルクや母乳しか飲んでいなくても虫歯のリスクにさらされていることになります。
お世話をする大人の口腔環境を整えておくことも大事です。子どものうちに虫歯菌にさらされる機会は少なければ少ないほどいいので、大人が虫歯菌をたくさんもっていたら、いくら子どもの歯のケアをしてもリスクは高いですよね。そういう意味では、歯が生えてないうち、もっといえば子どもが生まれる前に大人の歯を治療しておくことも必要といえます。
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離乳食開始前のお口のケアは必要?
生まれて半年を過ぎるあたりには、初めての歯が、まず下の2本の前歯から生えていきます。次に上の前歯2本が生えてきます。この前歯は、いってみれば板のような状態の歯です。そのため、まだ離乳食の始まっていないこの時期の前歯に対して、きちんと歯ブラシでみがく意味というのはそんなにないといえます。
むしろこの離乳食前の時期からケアをしていくべき理由は、歯をさわること、口の中に歯ブラシのような異物が入ることに慣れてもらうということに意義があります。ですので、いきなりきちんとした歯ブラシでなくても、「きれいにするね」と声をかけながら指にガーゼを巻いて軽く前歯をぬぐうなど、1日に2回、朝と夜に歯みがきをするという習慣づけとして始める感覚でいいでしょう。離乳食が始まってからいきなり「歯をみがくよ!」と口を開けさせるよりはスムーズにことが運ぶかもしれません。
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虫歯の予防に大切な2つの柱
その① 正しい歯みがき習慣を身につける
最初の前歯が生えたあと、上下2本ずつが前歯の外側に増え、1歳半ぐらいからは最初の奥歯が生えてきます。お口のケアはここからが本番。
奥歯が生えたら、確実に歯ブラシを使ってちゃんとみがくことが大切です。 奥歯は前歯と違って噛む面に凹凸が多く、汚れがたまりやすいので歯ブラシでの歯みがきを必ず行いましょう。食べ物をかじりとるようになったら、ミルクだけだったときと異なり、前歯の裏にもしっかり汚れがたまります。歯みがきできちんと歯の裏の汚れをかき出してください。
子どもの小さいお口は開けさせづらいし、みがき方がよくわからないまま自己流でみがいている保護者の方もいるかもしれませんね。1~3歳は虫歯の発生頻度もいちばん高い時期です。保護者の方が正しい歯のみがき方をこの時期にマスターしておくのは非常に大事です。小児歯科では、お口の状態をみてもらうとともに、正しい歯のみがき方を教わってください。歯ブラシの持ち方は、鉛筆持ちにしましょう。歯ブラシのブラシの毛質もうまくみがくためには意外に重要なポイントです。安かろう悪かろうでは効果が上がらずもったいないので、歯科医で扱う子どもの仕上げみがき用の歯ブラシを使うとよいでしょう。
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その② ミュータンス菌を増やさない口内環境に
虫歯の原因とされるミュータンス菌。これをいかに口の中に入れないか、増やさないかというのも虫歯予防の大事な観点です。
そもそもお口の中は無菌ではありません。むしろ歯が生える生後半年~3歳ぐらいまでのあいだの子どもの口の中は、細菌の歩行者天国みたいな状態です。そこには食べかすと結びついて歯を溶かす酸を出して虫歯にするミュータンス菌のような悪玉菌があり、一方には有害な細菌の増殖を抑える善玉菌があります。このたくさんの細菌たちは、いろいろな要因でバランスをとっているのですが、虫歯の原因菌であるミュータンス菌だけを絶対に感染させない、とするのは実際無理があります。
気をつけていきたいのは、どれだけお口の中の悪玉菌を減らして善玉菌に増えてもらうかということです。正しい歯みがき習慣はもちろんですが、以下のことを実践し続けることが効果を高めます。
- 食生活を管理する
虫歯は甘いものの摂りすぎだけでなるのではないことに注目してください。乳幼児期は、離乳食期が完了したとしても、まだまだ胃が小さいので一度にたくさん食べられず、おやつが必要な時期ですね。つまり朝昼晩以外に10時、15時と口にしているわけですが、このとき口の中に食べ物が入っている頻度と時間が重要になります。
食事後はお口の中が虫歯になりやすい酸性に傾きますが、唾液の力で30分程度でもとに戻ります。唾液には酸性の中和と再石灰化を促進する働きがあり、食後に唾液の効果で口腔内の酸性が中和されることで虫歯のリスクが減ります。だらだら食べやちょこちょこ食べは酸性の時間が長くなるため虫歯になりやすくなります。なので、食べたあとに2時間あいだがあいていれば、だいたいは唾液によってお口の環境が元に戻るのです。それを子どもが食べたがったり、保護者側が子どもにちょっとおとなしくしていてほしかったり、という理由で食べ物や甘い飲み物を与えてしまうと、お口の中はきれいになる時間がなくなってしまいます。また、飴やグミのような長い時間口の中にあるような食べ物ばかり食べていたら、これも同じことになります。
食事やおやつの時間を2時間あくように管理する、口の中に長時間食べ物がある状態を作らない(いわゆるだらだら食べをしない)、これはミュータンス菌がたとえいたとしても、菌が食べ物と結びつく時間を減らすために大切なことなのです。
- 口の中の乾燥を防ぐ
口が乾燥すると、唾液が減少し、口腔内のバクテリアのバランスが崩れやすくなります。唾液には抗菌作用があり、口内を保護しています。唾液が少ないと、虫歯や歯周病を引き起こすミュータンス菌やその他の悪玉菌が増えやすい環境が作られます。水や甘くないお茶は、口内の乾燥を防ぎ、食べ物の残留物を洗い流す効果があります。特に、糖分のある食べ物や飲み物はミュータンス菌の栄養源になりやすいため、水やお茶で糖分を取り除くことが虫歯予防に役立ちます。
- フッ素を塗る
ミュータンス菌を減らし、エナメル質を強化して虫歯予防に効果があるのがフッ素の塗布です。フッ素塗布は歯の生え出す生後半年から可能ですが、月齢や年齢で適した濃度や量が変わりますので、歯科医に相談して安全に行う必要があります。
~親から虫歯菌がうつる??~
一時期、親との食器の共有は避けるように、ということがさかんに言われましたが、最近になって、食器共有をしないことで虫歯予防できるという科学的根拠はそれほど高くないということがわかってきました。(一般社団法人日本口腔衛生学会「乳幼児期における親との食器共有について」R5.8.31)
3歳ぐらいまでは、親が口に入れたスプーンや飲み物のコップを子どもと共有することがよくあるかもしれません。確かにしないほうが感染の確率は下がるのですが、日々の親子のお世話やスキンシップのなかで、親の唾液が何かの拍子に子どもに接触せずにいられるのはまれだといえます。また、保育園や幼稚園など集団生活が始まれば、子ども同士の接触で唾液がついた手を口に入れさせないのは実質的に不可能です。そう考えると、親がやっきになって食器の共有を避けたところで効果はたかがしれているということになります。そのために親子のコミュニケーションが減ったり、親が過剰にストレスを感じたりするのであれば、子どものすこやかな成長にはマイナスという面もあります。
ミュータンス菌を子どもにできるだけうつさないという心構えは大事なことですが、それよりも前述したように、虫歯菌を増やさないためにできるあれこれを実践していくほうが有効だと私は考えます。悪玉菌の絶滅はあきらめる、けれどその数や接触の機会を減らし、善玉菌を増やしてできるだけ良い口内環境にしていく、という考え方がお口の健康を保つ原則だと思います。
歯みがきをいやがるときはどうしたらいい?
赤ちゃんのお口の中はとても敏感です。前述の「離乳食開始前のお口のケアは必要?」のところで触れましたが、歯が生える前や離乳食開始前から積極的に触れて慣れさせていくことはひとつの手です。のど突きを避けるように持ち手が輪っかになった子ども用の歯ブラシを使う(のど突き防止の歯ブラシであっても子どもひとりで持たせず、常に大人がつきそうこと)のも、歯みがきに慣れてもらう練習になります。普段からお母さんやお父さんが歯をみがいているところを見せるのも「みんなやることなんだ」と思わせたり、興味を持たせたりする上で有効です。
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とにかく、どんなに歯みがき自体やごろんと寝る姿勢をいやがる場合でも「やらないわけにはいかない作業」と腹をくくって取り組みましょう。いくつかのポイントをお伝えします。
- ワンパターン化する
同じような時間、同じ場所、同じ人がルーティーンとして行います。そうするもの、と子どもに思ってもらいます。
- 手早く、確実に
いやがる場合も安全を確保しつつ確実にみがくために、子どもを仰向けの姿勢にして手足と頭をがっつりとつかまえます。必要であれば、お父さんがホールド担当でお母さんがみがく担当にしてもいいでしょう。泣いても1~2分だけがんばれば大丈夫。みがく場所やみがき方などみがき残しを作らないポイントは歯科医でしっかり教わってください。汚れやすい大事なポイントをおさえておけば、手早く済むはずです。
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- 1日2回、どちらかだけでも完璧に
朝と夜の2回必ずみがきます。朝あまり時間がなくていいかげんにやってしまった、という日もあるでしょう。そんなときは夜に挽回してください。一回歯ブラシが当たらなかっただけでは虫歯にはなりません。そこが何度もみがき残しになることで虫歯になります。ですから、24時間の中で必ず一度は完璧な歯みがきができていれば虫歯のリスクは大幅に減らせる、と考えてがんばりましょう。
1~3歳までは、一生のうちで歯のケアがスタートする大事な時期です。
子どもの歯はやがて大人の歯に生え変わってなくなるのだから、悪くなっても別にいいのでは? と考える方がいますがそれは大きな間違いです。子どもの歯の下には、すでに大人の歯のもとが隠れています。大人の歯がうまく順調に成長していくためには、まず子どもの歯が健康であることが欠かせないのです。
お子さんの歯が生えたら、まずお近くの小児歯科に健診にお越しください。大人になって歯の定期ケアやクリーニングをするように、子どもも歯が生えたら早め早めの口腔ケアで予防に努めることで、しなくていい虫歯治療をせずに済み、お口の健康を守ることができるはずです。
次回は、3、4歳から気になるかみ合わせや指しゃぶりを中心にお伝えしたいと思います。