
2023年に公開された主演作「イルカはフラダンスを踊るらしい」をはじめ、さまざまな映画やドラマなどに出演している俳優・片田陽依さん。「劇伴」と呼ばれる映像作品の作曲も行うなど、マルチな才能を発揮しています。そして、実は虫の魅力を世の中に伝える為に芸能活動を始めたほどの虫好き! SNSなどで熱い“虫愛”を発信し続けていることでも知られています。その本気度には、多くの昆虫ファンのみならず、著名な昆虫学者・丸山宗利先生も太鼓判を押すほど。そんな片田さんに、どのような子ども時代を過ごしてきたのかを聞いてみました。
【プロフィール】
片田陽依
俳優、 劇伴作曲家。 2004年11月20日生まれ、 奈良県出身。 2021年に芸能界デビュー。出演作にドラマ「ウイングマン」布沢久美子役、「推しが武道館にいってくれたら死ぬ」玲奈役など。映画「イルカはフラダンスを踊るらしい」では主演を務めた。また、 劇伴作曲としてドラマ「ショジョ恋。」や、「18歳、 つむぎます」の音楽を担当。
2025年夏から、 自身のYouTubeチャンネル「ひよりの虫日記」を開設し、 虫の生態を紹介し、 その魅力を伝えている。
生まれた時から虫が好き!昆虫図鑑もボロボロになるまで読み込んだ幼少期
両親によると、 私は生まれて間もない頃から虫を目でずっと追っているなど、 虫好きの片鱗を見せていたようです。 生まれ育った奈良県には、「橿原市昆虫館」という素敵な昆虫館があって、 そこによく連れて行ってもらっていました。 1歳の頃の写真を見ると、 昆虫館で楽しそうにしていたり、 昆虫図鑑を枕に寝ていたりといった姿が残っています。 この昆虫図鑑は、 数年かけてページがバラバラになるほど徹底的に読み込みました。
そんな子ども時代を過ごしていた私にとって、 不思議でならないことがありました。 「こんなに魅力的な存在なのに、 どうしてみんな虫が好きじゃないんだろう」。 皆さんが犬やネコを可愛いと思うのと同じように、 私は虫を可愛いと思っています。
子どもの頃に、 私たち人間とはかけ離れた''虫''という生物が「意外とかしこい行動をするんだ」と思い始めてからどんどんハマっていったような気がします。 1、 2歳の頃はおそらく、 造形の美しさに惹かれたり、「ちょうちょは空を飛んでいて綺麗」というような直感的な部分で好きだったと思いますが、 テレビ番組で虫の生態を知ったり、 図鑑の端にあるコラムなどを読んだりするうちに、「あれ、 みんな下等生物だと思っているかもしれないけれど、 虫をあなどってはいけないな」と気づき始めました。 そこから、 虫には多様な生態があることを知るなかで、 夢中になっていきました。

昆虫館の標本

図鑑を枕に眠る
実際に捕まえて飼育して・・・。 歳を重ねるごとに増す昆虫愛
1、 2歳の頃は、 図鑑で蝶のページをずっと開いていましたが、 成長するにつれて、 カマキリが大好きになりました。幼稚園の年長の時に、 見つけた卵を持ち帰り、 孵したことがありました。 虫かごいっぱいに孵化した赤ちゃんの中から数匹だけ選んで飼育していたことを、 今でもよく覚えています。
カマキリは鎌状の前脚で獲物を捕える''捕食者''として最強である一方、 どこか愛嬌も兼ね備えているように思います。複眼の中には「偽瞳孔」という黒い点があり、 どこから見てもこちらを見つめているように感じます。 さらに頭部を大きく左右に動かせる可動域があるので、 まるで首をかしげてこちらを見ているようで、 本当に可愛らしく思います。 その「強さ」と「可愛らしさ」のギャップに惹かれました。

カマキリの孵化

クワガタムシに挟まれ至極の表情
小学生になってからは、 ますます虫の飼育に夢中になっていきました。 地元はイノシシやサルが度々現れるほど自然が豊かで、 周囲には虫がたくさん。
外で見つけた虫を片っ端から捕まえて自宅に持ち帰っては、 図鑑を開いて調べていました。 ただ、 図鑑には「どんなものを食べるのか」というのが書かれていないことも多かったので、 虫がいた周辺の葉っぱを一緒に虫かごに入れて、 どれを食べるのかを探るというのをよくやっていました。
自宅にはパソコンがありましたが、 子どもだった私は使わせてもらえませんでした。 そのため、 週末に遊びに行く祖父母の家のパソコンで虫の飼育方法を調べていました。週末に一気に調べられるように、「調べたいことメモ」を作って準備していたほど、 虫に夢中になっていました。
しかし、 中学受験が近づいてきた時期には、 勉強に集中するために、 母より「虫飼育禁止命令」が下されました(笑)。
ですが、 虫以外のことは眼中にまったくなかった訳ではなく、 あらゆるスポーツが好きだったり、 4歳くらいから習っていたピアノも大好きでした。ピアノの経験によって作曲が出来るようになり、 のちにお仕事にも繋がりました。
周囲の目を気にして、 虫好きを隠したことも・・・。 そんな中で芽ばえた「虫の魅力を世に伝えたい!」という想い
多くの人にとって虫は「苦手な存在」だと思います。虫が好きな方でも、 例えばゴキブリやゲジゲジなどの不快害虫に「気持ち悪い」と感じていたり、 スズメバチや毛虫のように、 刺したり毒を持ったりする虫に「怖い」と感じたり…。少なからず好きになれない虫がいる方が多いです。でも私は、 今も昔も、 虫に対する嫌悪感や恐怖を感じたことがなく、 すべての虫が大好きなんです。
成長するにつれ、 周囲から「虫が好きだなんて変わっている」と言われるようになっていきました。 小さい頃は、 一緒に近所の草むらに虫を捕まえに行き、 小学1年生の頃には「将来は昆虫学者になりたい」と将来の夢を語っていた弟も、 次第に虫が苦手になっていきました。
虫取り少年だった男の子たちも、 中学生になる頃には興味が別のものに移り、 女の子は虫を見ると悲鳴を上げるようになりました。更には、 私が虫を飼育していたことを話すと「気持ち悪い」と言われてしまい、 大っぴらに「虫が大好き!」と言える雰囲気ではなくなっていきました。
虫だけでなく、 犬やネコなど一般的に可愛いといわれる動物も大好きで、 小さい頃の夢は、 昆虫等も含め、 どんな生き物でも治療できる獣医になることでした。
でも、 成長するにつれ、 生き物たちが暮らす自然が脅かされていることや、 世の中の多くの人は虫を嫌ったり、 無関心だったりする現実を知るようになり…。自分に出来ること、 やりたいことは何かと考えていく中で、「影響力を持って虫の魅力を多くの人に伝えていきたい」と思うようになりました。この思いを胸に、 14歳のとき、 芸能事務所のオーディションを受けました。
オーディションには、 女優かアーティストのいずれかのコースを選択することになっていました。 「自由にできそうだから」と、 とりあえずアーティストコースを選びました。 事務所に所属できたら虫について発信できるかな、 と思っていたのですが、 気づいたら俳優としてのお仕事をするようになり、 イメージを守るためにも「虫好きは内緒で…」と言われてしまって…。
ですが、 俳優として舞台挨拶などのイベントを重ねる中で人前で話すことに慣れ、 その経験を虫のイベントでも活かせるようになったんです。そして、 出演した映画やドラマを通して片田陽依を知ってくださった方が、 今の活動によって虫好きになってくれたこともあるので、 この道でよかったなと思っています。
憧れは、 昆虫学者・丸山宗利先生。 いつかは自分も研究者に・・・。
中学卒業後に奈良から上京して、 一人暮らしを始めた時に一番嬉しかったのは、 自由に虫探しに行けることでした。 都会の公園でも案外いろんな虫がいるんですよ。 地元のように「陽依ちゃんは大きくなっても虫探しばかり」と誰かに咎められることなく、 虫探しができることが本当に幸せです。 スマートフォン片手に公園へ行き、 見つけた虫の名前や生態、分類などを全部調べてメモに残すということを常に行っています。 マクロ撮影に適したコンパクトデジタルカメラを購入してからは、 持ち歩ける顕微鏡のような感覚で、 虫たちを接写して画像で細かな部分を観察できるので、 楽しさが倍増しています。 皆さんには「勉強熱心だね」と言っていただくこともありますが、 自分としては 「知っておきたい」という純粋な好奇心で動いているだけなんです。
虫の世界での憧れの存在は、 この連載の第19回目にも登場された昆虫学者・丸山宗利先生です。 ネット上の情報では見つけられないような、 より専門的なことが知りたいと思い、書店や図書館に足を運ぶなかで、 丸山先生が手掛けられた本と出会い、 憧れるようになりました。 ネットでの調べごとは、 どうしても自分が欲しい情報しか入ってこないんですよね。 一方で、 丸山先生の本の中で、 自分が全く想像してなかった虫との出会いがありました。 「世界には、 こういう虫もいるんだ」と知ることができるので、 やっぱり本っていいな、 と思います。
夏休み期間に東京スカイツリータウン・ソラマチにて開催されていた「大昆虫展 in 東京スカイツリータウン」で行われた、 丸山宗利先生の「海外昆虫調査報告2025」にゲストとして参加させていただきました。 お会いした際に丸山先生から、「片田さんの活動で新しい虫好きになる方々が増えるかもしれないから、 すごく応援してます」といったエールをいただきました。 自分が一番尊敬している昆虫学者さんから、 そんなお言葉をいただいたことが本当にうれしくて、 頑張るしかないな、 と強く思いました。 若いうちは、 できるだけ表に立って虫の良さを広めていく活動をしていきたいですが、 将来的には大学で虫の研究がしたいなとも思っています。
虫好きのお子さん、 その親御さんへのメッセージ
多くの人にとって虫は「嫌われ者」「危険」「子供の遊び」というイメージがあるかもしれませんが、 その生態に興味関心を抱いて調べることは、 立派な生物学の勉強だと思います。昆虫以外にも、 自分の目で世界を見て、 その中で「気になる」 「魅力的だ」と思ったものを突き詰めていくことは、 どんなことにも活かされることだと思います。将来、 昆虫学者にならなくても、 そこで得た努力や知識は、 きっとどこかに活かされることだと思うんです。 そして、 周りにどう言われても、 自分の好きなことに自信を持って、好きで居続けることって絶対大事だなと思います。 親御さんは、 お子さんの純粋な好奇心や「好き」を見守ってあげて欲しいです。
今は世界中で都市化が進んで、 都会ではあまり昆虫が見られないと思われがちですが、 公園に足を運び、 注意深く観察すれば、 さまざまな生き物たちが潜んでいます。 ぜひ、 図鑑で見て、 フィールドワークして、 もっと虫のこと好きになってもらえたらな、 と思っています。
ライター:中村実香