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2020年度より小学校で導入される新学習指導要領で重視されている「アクティブ・ラーニング」に意外にも『孫子の兵法』が役立つワケ


撮影=小林 ゆうみ 取材・文=保井 拓三

 2020年度から小学校で新しい学習指導要領が始まる。その新学習指導要領の中で重要視されているのが「アクティブ・ラーニング」だ。アクティブ・ラーニングとは、自ら学ぶ力を養うための学習方法のこと。例えば、学ぶ内容と自分の進路を結び付けたり、子供同士で目標を共有して力を合わせたり、各教科をまたいで相互に関連付けて思考する、などの内容が想定されている。このような能動的(アクティブ)に学ぶ姿勢もまた、これからの授業で求められることになる。

アクティブ・ラーニングと学習まんが

 ではどのようにしてアクティブ・ラーニング型授業に対応していけばいいのか。こうした能動的な姿勢は、学校だけで養われるわけではない。家庭で何ができるかを考えた時に、「学習まんが」というメディアは改めて注目すべき存在といえそうだ。
 「学習まんが」は、「まんが」なので子供が自発的に興味を持ちやすい。また教科書とは直接関係のない知識を得られるメディアでもある。学習まんがとは、能動的な姿勢と教科の敷居を超えた知識を養うことのできる、とても身近な存在なのだ。
 角川まんが学習シリーズ『まんがで名作 孫子の兵法』(KADOKAWA)は、小学6年生でサッカー部の五十嵐ユキトと、新聞部の部長・滝口ミコトを主人公に、それぞれが直面する難問を、『孫子』の言葉を手がかりにして乗り越えていく姿を描いている。
 本書の監修を手掛けたのは、孫子兵法家で、経営コンサルタントとして多数の企業に関わってきたNIコンサルティングの長尾一洋代表取締役。長尾氏は、孫子の兵法が現代のビジネスシーンに役立つことに気づき、それをさまざまな企業のコンサルに活用してきた。


長尾一洋氏


 また長尾氏は『孫子』の教えが、決して子供とも無関係なものではないという。
「『孫子』の兵法というと『戦え、戦え』と好戦的な内容ばかりと思われる方もいますが、なるべく戦わない、戦わずに勝つ方法を説いた非戦の書でもあります。もちろん現実に競争があり、そこで相手に勝つということも重要です。でも、単に相手を打ち負かすのではなく、『戦わずして人の兵を屈する』(戦う前に戦う気をなくさせたりして勝つのが最高の方法である)の精神のように、考え方を変えてよりよい状態を目指すことも重要です。そこまで含んでいるのが『孫子』であり、これは子供の生活の中でも役立つ発想です」
 『孫子』とは、今から2500年ほど前の中国で、孫武(孫子)という人物が書き残した兵法書のことだ。『孫子』は戦国武将の武田信玄やパナソニックの創業者である松下幸之助ら、さまざまな人物が戦いや経営の指針として活用してきた。これが「最古にして最高の兵法書」(長尾氏)と呼ばれる所以である。どうして『孫子』はいつの時代も選ばれ続けているのだろうか。
「『孫子』が生まれたのは春秋時代。群雄割拠の時代で、一度破れてしまえば国が滅んでしまうという緊張状態が長く続く中、いかにして勝つか、しかもできるなら戦わずして勝つことはできないか、という目的のために考え抜かれた知恵が『孫子』です。戦争を記録したのではなく、戦うことについての原理原則を記したものなので、戦いだけではなく、経営を始めとするあらゆる分野に当てはめて解釈することができ、時代を超えて読まれることになりました」



本書で養われる「問題抽出力」と「問題解決力」

 『孫子の兵法』は、こうした『孫子』のエッセンスを、まんがとして楽しみながら、知らず知らずのうちに学ぶことができる1冊だ。本書のポイントは大きく2つある。
 ひとつは「問題を抽出する力」だ。
 まんがは、ユキトがキャプテンを務める西小サッカーチームが東小に大敗を喫するところから始まる。あまりの負けっぷりに気持ちが収まらないユキトの気持ちを落ち着かせるように、「勢(せい)に求め人に責(もと)めず」(リーダーは個人の力を求めるのではなく、チームの勢いを作り勝つべし)、「怒りをもって師を興すべからず」(一時の怒りで戦争を起こしてはいけない)といった『孫子』の言葉が紹介される。これらの言葉に西小サッカーチームの今の問題点がコンパクトにまとめられている。



 身の回りにある問題は複雑なように見えても、必ず単純な問題に分解をすることができる。そこに持ち込むためには、まず最初に何が問題なのか、ということを目の前の現象から抽出する必要がある。この時に『孫子』の言葉があれば、準備は万端だったのか、リーダーの振る舞いはどうだったのか、チームの気持ちは一つになっていたか、などさまざまな観点から問題の有無をチェックすることができるのだ。
 そしてもうひとつは「問題を解決する力」だ。そのために必要なのは「筋道をたてて考えること」。
 西小サッカー部は、東小との再戦に向けて練習を開始する。その時に大きな手がかりになったのが『孫子』の言葉の中でも特に有名な「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」(敵についても、味方についてもよく知っていれば、何度戦っても負けることはない)。



 ユキトたちは東小に偵察にいき、前回圧倒された背番号10番・三浦カイの様子を探って、弱点を発見する。そして西小サッカー部は、その弱点を突くための練習に力を入れる。自分たちに足りないものを補って、試合に臨もうとするのである。
 「『孫子』の言葉だけ読むと、当たり前のことを言っているだけなんです」と長尾氏は言う。「大事なのはその原則を語ったシンプルな言葉を、いかに応用するか、ということです。このまんがではサッカーを題材にしたことで、『孫子』の言葉をどういうふうに応用したらいいかがわかりやすく示されています。こういうわかりやすさはまんがというメディアの良いところですね」



漢文の導入や親子のコミュニケーションにも

 その後も西小サッカー部が練習を重ねていく過程で、いくつもの『孫子』の言葉が引用され、問題解決のためには何が必要か、という筋道をわかりやすく示している。
 本書はこうして『孫子』の言葉を、具体的に応用して見せていく。その過程で子供は「問題を抽出する時の言葉」「筋道をたてて解決しようとする言葉」を自然に覚えていくことになる。それはやがて大人になったときにも役立つはずだ。
 本書には『孫子』の言葉を学ぶことの直接的なメリットだけでなく、プラスアルファのメリットもある。
 まず本書は、四字熟語を通じて漢文の学習の導入にもなる。本書はコラムページで「呉越同舟」「正々堂々」といった言葉が『孫子』に由来することを説明している。これらの四字熟語はいうまでもなく日本語文化を理解する上で大事なもので、それらの由来を知ることで、より興味深く接することができるという効果がある。
 また親子の会話のきっかけにもなる。先述の通り『孫子』は経営の参考にも使われてきた書物。だから子供だけでなく、親が本書を読んでも、自分の仕事に引きつけていろいろ考えることができる。一冊の本を親子で読めば、親が子供に解説をしたり、あるいは子供が感想を親に話したりと、さまざまなコミュニケーションを取ることができる。こうしたことが可能なのも『孫子』が時代を超えた普遍的なテーマを扱っているからだ。
 本書を通じて得られる、こうした多様な読書経験は、アクティブ・ラーニングにおける「主体的な学び」「深い学び」とも関わりがある。まんがを楽しみながら、子供の学ぶ姿勢にも影響を与えることができる。
 ちなみに日本を代表する司令塔であるJリーグ・川崎フロンターレの中村憲剛選手も「『孫子の兵法』を少年サッカーに織りまぜながらどちらも楽しめるまんがになっています。ぼくも小学生のときから『孫子の兵法』を知っていれば少し違った人生になっていたかもしれません。自分の子どもにも読ませたい」とコメントを寄せている。
 長尾氏は子供が『孫子』を読む意味について、次のように語っている。
「『孫子』は繰り返し事前の準備の大切さを説いています。事前に調べる、事前に考える。そうして勝ちをイメージできるようになってから、ことに当たりなさい、と。これはスポーツにおいても、受験においても、小学校生活においても、大事なことです。こうした2500年前の知恵を、お子さんに伝えるのに本書は最適なものになっています。また本書は『孫子』の思想のエッセンスをまとめたもので、もしここから興味を持ったら、自分でもっと調べてもらってもおもしろいと思います。それもまたアクティブ・ラーニングの一環だと思います」
 『孫子の兵法』には「乱は治に生じ弱は強に生ず」という言葉も登場する。これは「正反対の性質に思えるものも、絶えず入れ替わるものだ」という意味の言葉。これからの激しい変化の時代を生きていく子供に必要なのはこうした『孫子』の哲学なのではないだろうか。



長尾 一洋(ながお・かずひろ)
孫子兵法家。株式会社NIコンサルティング代表取締役。最古にして最高の兵法書『孫子』の知恵を、現代の企業経営や営業活動にどう応用すべきかを説く兵法家であり、経営コンサルタント。『孫子』の講座やセミナー講師も多数務める。


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