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はじめての絵本を発表! 市川海老蔵インタビュー


忙しさと思いこみにとらわれて、大切な人を見失ってしまわないように

市川海老蔵が絵本を制作。
クレジットにある〈見守った人〉として。
タイトルは『すぐそばにある。働きすぎのパパのおはなし』だ。
大人にもぐさぐさ刺さる内容だが―。

※本記事は、「ダ・ヴィンチ2月号」に掲載されたインタビューを転載したものです。

取材・文 立花もも
 

――海老蔵さんが絵本をつくろうと思い立ったきっかけは2020年の夏から、森美術館で開催された「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」を見たこと。

「最初は、自分でも絵を描いてみたいと思ったんです。でも、絵本の最後を見ていただければお分かりになるように、私は絵があまりうまくない(笑)。めちゃくちゃ下手というわけではないけれど、人様にお見せできるような絵ではないから、早々に断念しました。でも、村上隆さんの絵に私が圧倒されたように、誰かの心を揺さぶることはできないだろうか……と考えたとき、私の頭のなかにあるイメージを誰かに描いてもらって、そこに文章を添えてみるのはどうだろう、と思ったんです。どうせやるなら私だけでなく、麗禾(れいか)と勸玄(かんげん)の持つイメージも生かしてみたくなった。我が家の本棚には絵本がぎっしり詰まっていて、彼らは幼いころから読んでいたし、とくに麗禾は読書好きなので、大人にはない自由な発想でお話を組み立てられるのではないかと」

 



 

〝すぐそばにある。〟というタイトルに込めた意味

――そうして出来上がったのが、絵本『すぐそばにある。 働きすぎのパパのおはなし』。タイトルどおり、働きすぎで疲れきった父親が向かい合うパソコンのデスクトップに、ある日、「あそびますか?」の文字が浮かぶ。なにげなく「はい」をクリックしたところ、暗闇の底にまっさかさま。さらに子どもの姿に戻ってしまい……。

「最初、私がイメージしていたのは、真っ暗闇に浮かぶたくさんの灯篭と、それに群がる人々の姿という、とても幻想的な風景でした。絵本の最後に自筆で描いた灯篭も、それが出発点だったからです。なぜそんなものが思い浮かんだのかは、全然、わからないですけどね。でも、いろんな種類の灯篭が浮かぶなかで、働きすぎの男が鬼の灯篭に吸い寄せられて、そこから鬼の世界に迷い込んでいく……というイメージだけは明確にありました。なぜ鬼なのかというと、子どもたちと話していると、ときどき、私たちがどれだけ常識や倫理観に縛られて生きているかを実感させられることが多いから。私たちは鬼=怖いものだと思いこんでいるけど、それはなんで? 一生懸命働くのがいいことだと思って、ときに家族との時間を犠牲にしているけれど、それは本当に? もしかしたらもっと大切にしなきゃいけないものがあるのではないか、私たちは本質的なものを少しずつ見落としながら日々を送っているのではないか、という気づきになるものがつくれたらいいなあ、と」

――海老蔵さん自身がその気づきを得たのは、コロナ禍の自粛で家族との時間が増えたからだという。

「もちろん以前から、子どもたちとの時間は積極的につくろうとしていましたが、家族のためにもがむしゃらに働くのが一番いいと思いこんで、一日も休みなく外で仕事をしていた時期もありました。でもコロナ禍で、一日中子どもたちと過ごす時間をもてたことで、そうじゃない、と改めて気づかされたんですよね。私がどんなに忙しくても、家族は少しも文句は言わない。ありがたいことですし、一見するとうまくいっているようですが、それは喧嘩もできないほど距離ができているということでもあるなあ、と。まわりの話を聞いていても、家族のためと言いながら、忙しさのストレスとわかってほしいという甘えから、家族を傷つけてしまうケースは、けっこうあると思います。とくに今は、女性も働く時代ですからね。生活がすれ違って、いつのまにかただの同居人みたいになってしまって、結婚の意味が見出せなくなるという話も、ときどき聞きます。だからこそ、手遅れになる前に、目の前にいる人を大事にしたほうがいい。幸せはすぐそばにあるってことを忘れちゃいけない、と私は絵本を通して伝えたかったんです」



 

大切なのは、思いこみを捨て、目の前の相手に向きあうこと

――海老蔵さんがとくにこだわったのは、灯篭に吸い込まれた主人公が鬼に出会ったときの恐怖と、実は優しくて朗らかな鬼たちが、自分以上に生活を豊かに楽しんでいるのだと知ったときの、ギャップ。

「絵をマリマリマーチさんにお願いしたのは、私と違って柔らかくてあたたかみのある絵を描いている方だからだけど、未知の世界に誘われ、自分の何十倍もでかい鬼が迫りくる恐怖を、かなりの緊張感をもって表現してくださいました。だってそれが、鬼といわれて真っ先に想像する姿でしょう? だけど、鬼に出会ったことのある人間なんて今のところ一人もいないわけだから、本当はどんな性格で、どんな暮らしをしているかなんて、わからない。おとぎ話なんかで勝手につくられたイメージで、恐怖をつくりあげているだけ。だから、とことん追い詰められた次のページで、世界がぱっと明るくなるよう演出してもらいました。絵を見ただけでも、固定観念がひっくり返される驚きを味わえるようにしたかったので」

――鬼だけでなく、世の中の諍いの多くは、勝手に思いこむことで生まれているのではないかと海老蔵さんは言う。

「さっきも申しましたが、いちばん大切な人にこそ、わかってほしいと甘えるから、自分の気持ちをきちんと伝えなかったり、こんなふうに考えているに違いないって決めつけて、勝手にイライラしたりしがち。でも不満があってもなんだかんだ一緒にいるのは、その人のことがいちばん大事だから。そうなのであれば、普通はこうするべきだとか、社会的なフィルターを通さず、ちゃんと相手に向きあって、その人の本質を見るようにしたほうがいい。それでも、こんなはずじゃなかった!って文句しか出ないようなら、全部捨てちゃったほうがいいですよ。世間体やこれまで積み上げてきたものが気になって捨てられないなら、それもまた固定概念に縛られているということ。よくよく考えた末に、家族より仕事が大事だっていうならそれはもう仕方がないことですし、自由に選べばいいと私は思う。ただ、少しでも、大切な人のことが頭をよぎるなら、一緒に幸せになるために、自分には何が必要なのか、何をしたらいいのか、見つめなおすきっかけになってくれると嬉しいですね」

――海老蔵さんにとって何より大切なのは、もちろん、家族。

「もうね、子どもたちと過ごす時間はどの瞬間も、幸せ。ただ、子どもたちいわく、私がいちばんの子どもらしいので(笑)。幼いころから絵本の読み聞かせをしていても、私のほうが先に寝ちゃうんですよね。だから麗禾がいつのまにか大人向けの小説に興味を示しているのを見ると、すごいなあ、と感心してしまう。少し前に、新海誠さんの『君の名は。』や『天気の子』も文庫を買って読んでいたんですが、私は映画を観たあとに同じ物語を本で読もうなんてまず思いつかないですからね。たぶん、彼女のなかでは映画とはまた違うオリジナルの『君の名は。』や『天気の子』が展開しているんでしょう。完成した絵本を見て〝これはどういうこと?〟っていちいち興味を示していましたしね。勸玄はもうちょっとシンプルに〝へえ~〟って感じで読んでいましたけど(笑)。どちらかというと大人のほうが感じ入ることの多い絵本だと思うので、いつか、二人が結婚したら、また改めてプレゼントしたいなと思っています。そのころ、勸玄は働きすぎのパパになっているかもしれないし、麗禾ではなく夫が読んで、喧嘩した仲直りのきっかけになるかもしれないし……と、想像するだけで今から楽しい。私自身、そのときどきの体調によって響くページが違いますし、何度読んでも気づきを得られる一冊になったのではないかなと思います」


文:市川 海老蔵 原案:レイカとカンゲン 絵:マリマリマーチ

定価
1,980円(本体1,800円+税)
発売日
サイズ
B5変形判
ISBN
9784041112861

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【プロフィール】
市川海老蔵 いちかわ・えびぞう

十一代目市川海老蔵。歌舞伎俳優としてのみならず、植樹活動など枠にとらわれない活動を続ける。子どものころ好きだった絵本は『はらぺこあおむし』。青虫、という言葉からは想像もつかないカラフルな姿や、絵本に仕掛けられた穴が印象的だったという。


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