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世界累計100万部超え児童書ミステリー『スパイ暗号クラブ1 サマーキャンプの誘拐事件』ためし読み(2/3)

***

 翌朝、コーディは早くに目を覚ました。スパイ養成講座は、午前九時からだ。会場のUC(カリフォルニア州立大学)バークレー校までは、家から歩いていける距離だが、広大なキャンパスの中で科学棟を見つけて教室にたどりつくのに、二十分は見ておきたいところだ。

 クローゼットの前で数分悩んで、着ていく服を決めた。

 いつもはほとんど何も考えずに、引きだしの一番上にあるTシャツとショートパンツを身に着けるコーディだが、今日は特別だ。初めて会うFBI捜査官たちに、いい印象を持ってもらいたかった。

 そこで、アイロンプリントを使った自作のTシャツを着ることにした。元素表からコバルト(Co)とジスプロシウム(Dy)を抜きだし、自分の名前を表したものだ。



(他の子たちから、ダサいって思われないといいけど……)

 ちょっと心配しながら、デニムのショートパンツと、お気に入りの赤いチェック柄のスニーカーをはく。教室の冷房が効きすぎている可能性を考えて、リュックの中に赤いパーカを入れた。鏡の前でコーディネートを確認してから、最後にポニーテイルを結びなおす。

「朝ごはんよ!」

 ママが下から呼ぶ声が聞こえる。

 コーディはリュックとスマートフォンを手に、はずむ足取りで階段を降りた。

 キッチンに入ると、ママが言った。

「おはよう、コーディ。ランチバッグ、用意してあるからね」

「ママ、ありがとう!」

 コーディは、すでにテーブルについて朝食を食べているタナのとなりにすわった。

(今日は、タナも早起きしたのね。朝ごはんもちゃんと食べてる)

 コーディは胸の内でつぶやきながら、タナに向かって自分の耳を指してみせた。

「タナ。補聴器の音がキーンって鳴ってるよ。あと、シリアルすする音、気をつけて」

 タナは補聴器を直すと、また大きな音をたててシリアルをすすり始めた。耳の不自由なタナにとって、ふつうに聞こえる人たちのように音に気をつけるのは、とてもむずかしいことなのだ。

 ママがコーディに、プリンターで印刷した地図を差しだした。

「UCバークレー校のキャンパスは、よく知っていると思うけど、いちおう地図をわたしておくわね。ほら、スパイ養成講座の教室は、この科学棟にあるんですって」

 そう言って、大学構内のまん中あたりの建物に、赤ペンで印をつける。

「わかった。ありがとう」

 地図を見て、コーディはあらためて、大学キャンパスの広大さに驚いた。

 カリフォルニア州立大学バークレー校は、世界大学ランキングなどでもいつもトップクラスに入る名門校で、なかでもIT系やコンピュータ分野などでは、研究機関としても世界最先端を行くといわれている。だから、夏休み中でも、キャンパスにはたくさんの研究者や留学生がいるし、観光客や地元の人もいっぱいいる。

 コーディもこれまで、キャンパス内のカンパニーレ塔(鐘楼)やスタジアム、図書館、カフェなどに行ったことはあるが、教室に入るのは、今日が初めてだ。

(キャンパスで迷って、初日から遅刻したりしないようにしなきゃ!)

 朝食を終えると、コーディとタナは食器を片づけ、身じたくをして玄関へ行った。

 ママがタナのリュックを手に、ドアの前で待っている。これからタナを、車で冒険教室へ送っていくのだ。

「それじゃ、ママ、タナ、行ってきます!」

 コーディが二人に手をふると、タナがかけよってきて、コーディに抱きついた。

「タナ、どうしたの? 行くのこわくなった?」

 手話を添えながら聞くと、タナがこくんとうなずいた。コーディがやさしく言う。

「じつは、わたしもそう。なんでも初めてのときはワクワクするけど、同時にこわいって思うよね。でも、思いきってやってみたら、すぐに楽しいって思えるようになるよ。帰ってきたら、冒険教室でどんなことしたか、教えてね」

 もう一度、タナがうなずく。コーディはにっこり笑って、家をあとにした。

 大学のキャンパスへは、カンパニーレ塔を目指して歩いていけばよい。この塔は、高さが九四メートルあり(世界で三番目に高い鐘楼なんだとか!)、サンフランシスコ湾に向かってなだらかに傾斜する街のランドマークになっているのだ。

 街路樹が歩道にすずしい影を落とし、道ばたのカフェからは、コーヒーとクロワッサンのいいにおいがただよってくる。西海岸のさわやかな朝の風景だ。

 やがて、大学の門が見えてきた。朝早くから、大学見学のツアーでおおぜいの観光客が集まっている。

 コーディは、カンパニーレ塔の時計を見上げた。

(あれっ、もう八時四十五分? 早く科学棟を見つけなきゃ!)

 門をくぐると、コーディは地図を見て科学棟の場所を確認し、並木道を足早に歩いていった。

 目指す建物に入り、階段を上って廊下を少し行くと、あるドアに紙のボードがかかっているのを見つけた。

 ボードには、モールス信号でメッセージが書かれている。



 コーディはドキドキしながら、ドアを押しあけた。

 と、その先にはまた長い廊下が続いている。

(えっ、教室はまだ先なの!?)

 廊下の端までやってくると、ようやく「スパイ養成講座」のボードがかかったドアを見つけた。

(ああ、なんかすごく緊張してきた……。まるで転校初日みたい)

 コーディは大きく息を吸ってから、ドアをノックした。

「どうぞ」

 部屋の中から声がひびく。

 ゆっくりドアを開け、顔を上げたとたん、コーディは思わず叫んだ。

「ええっ、ウソでしょ!?」

 教室のまん中に置かれた大きなテーブルに、なつかしい暗号クラブのメンバー四人が並んですわっている!

「エム・イー、リカ、クイン、ルーク!」

「コーディ、お帰り!!」

 四人が声を合わせて言った。

 一瞬コーディは、夢を見ているのかと思った。そう、夢にまで見た暗号クラブの仲間たちとの再会が、思いもよらない場所で実現したのだ。

 胸の奥からよろこびがわきあがってきて、顔がくしゃくしゃになる。

 コーディは仲間たちにかけよって、一人ずつハグをした。それから、エム・イーとルークのあいだの椅子に腰を下ろした。

 ルークが笑顔でコーディにささやく。

「サプライズ作戦、大成功や!」

 コーディは、もう一度仲間の顔を見わたしながら、よろこびをかみしめた。

(暗号クラブのみんなといっしょに、スパイ講座が受けられるなんて!)

 まだ信じられない気分だ。となりのエム・イーに、小声で話しかける。

「ね、みんなはどうして──」

「夏休みに入る前、コーディのママが、スパイ養成講座にみんなを招待したいって、電話をくれたんだよっ! それで、コーディにはないしょにしておいて、会場でびっくりさせようって計画したのっ。だから昨日は、みんな都合が悪くなったってウソついちゃった。ごめんねっ」

「ううん……。でも、みんな、よく秘密を守っていられたね。わたし、ぜんぜん気づかなかった」

 コーディが目を見張って仲間を見ると、ルークに軽くひじで小突かれた。

「おいおい、忘れたん? おれたち暗号クラブのモットーは、秘密を守ることやぞ」

 コーディはにっこりした。

 仲間といっしょのスパイ養成講座は、期待していたのよりも、ずっとずっとおもしろくなりそうだ!

 それからコーディは、テーブルの向かい側にすわっている受講生たちに目を向けた。男子が二人と女子が二人だ。

 コーディの目は、思わず少女たちにくぎづけになった。二人は青い瞳と金髪の美少女で、瓜二つの双子だったのだ。

(あれ……あの子たち、もしかして、ルークのことずっと見てる……?)

 そのとき、教室のすみにすわっていた男の人が、咳払いをしてから口を開いた。

「そろそろ時間だ。始めようじゃないか──。あらためて、君たち、スパイ養成講座へようこそ! わたしはこの講座の教官をつとめる、FBI特別捜査官のカクタニだ。そしてあちらが、同じく講師のジャクソン特別捜査官」

 カクタニ捜査官が、教室の反対側にすわっていた女の人を紹介する。二人はコーディのママと同じ、FBIのロゴが入った黒いシャツと、カーキ色のズボンをはき、IDカードが入ったホルダーを首から下げている。ドラマで見るFBI捜査官のイメージそのまんまだ。

 コーディは、二人の講師を見つめた。

 カクタニ捜査官はやせ型で、頭のてっぺんまではげあがり、少ない髪を後ろでひっつめ、おだんごにしていた。あごにはヤギひげを生やしている。薄いくちびるの横にほくろがあって、しゃべるとそれがピクピク動いた。

 一方、ジャクソン捜査官は、見るからに強そうな女の人だった。骨太の大きな手。爪にマニキュアは塗られていない。顔はノーメイクで、アクセサリは、えりにつけたFBIのピンバッジ以外いっさいつけていない。細かく編みこまれた黒いちぢれ髪は、後ろで束ねてある。

 ジャクソン捜査官が手にしたペンでテーブルをコツコツたたきながら、教室のドアに目をやって言った。

「それはそうと、まだあと一人、来ていないようね」

 時計を見て眉をひそめる。

「講座でも学ぶことだけど、スパイや捜査官にとって時間を守るのは基本中の──」

 捜査官の話のとちゅうで、教室のドアが勢いよく開いた。現れたのは、丸い赤ら顔の少年だ。

(げっ、おジャマじゃマット!)

 コーディは、椅子に沈みこんだ。

 Tシャツに迷彩柄のハーフパンツ、オレンジ色のスニーカーをはいたマットは、おでこの汗を手の甲で拭きながら言った。

「すんませーん。ここ、スパイ講座の教室っスよね?」

 教室内を見回し、暗号クラブの五人に目をとめて、ひらひらと手をあげる。

「よう、お前ら!」

 ジャクソン捜査官が片方の眉をつり上げ、ぴしゃりと言った。

「遅刻よ。早く席に着いて。講座はもう始まっているわ」

 マットは悪びれもせず、ゆうゆうとした足取りでコーディの向かいの席まで歩いてきた。リュックを床にドサリと置き、椅子に腰を下ろしてコーディに笑いかける。

「おう、元気か?」

 コーディはやれやれと頭を横にふった。胸のなかで、スパイ養成講座がマットに台無しにされないことを祈る。実際マットには、これまで数々のイベントを台無しにされてきた経験がある。運動会、科学研究コンテスト、ワシントンDCの学年旅行……あげだしたらきりがない。

 マットが大声をあげた。

「せんせー、おれ、何か大事なこと聞きのがしましたかあ?」

 エム・イーが、机の下で指文字メッセージを送ってきた。



「さあ」と肩をすくめてみせたあとで、コーディは思い出した。昨日、庭の木に引っかかっていたドローンのことを。

(やっぱりマットは、うちを偵察してたのかも。それでスパイ養成講座にまでジャマしに来たとか……!?)


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