
小学生から読める、本格暗号ミステリーの決定版!
児童書の翻訳ミステリー『暗号クラブ』は、本編全20巻、現在は続編シリーズ『スパイ暗号クラブ』が3巻まで発売中。世界累計100万部超え、日本でも81万部売れている大人気「暗号解読」小説です。
「暗号を解きながら楽しく読み進められる」「小学生がドハマりする」「解読作業が楽しい」と、小学生やその保護者のみなさんから大人気!
「"体験型なぞ解き"ミステリーって?」
「一体どんなお話なの?」
気になるみなさんのため、ヨメルバでは1巻冒頭のためし読みを公開!
お子さまが小説好き・ミステリー好きに育つことまちがいなしな傑作シリーズを、どうぞおたのしみください!
目次
第1章 ゾンビみたいな手
第2章 火事発生
第3章 秘密のメッセージ
第4章 暗号メモ
第5章 とどけられた脅迫状
人物紹介
第1章 ゾンビみたいな手
コツコツコツ。
勉強部屋の窓をたたく音がする。
そのとき、コーディことダコタ・ジョーンズは、数字のパズルを作っているところだった。仲間と作った「暗号クラブ」で出す問題だ。
のびあがって、窓の外を見る。
じっと耳をすましていると、もう一度、窓をたたく音が聞こえた。
今度はコツ、コツ、コツ、とあいだをあけて三回。
それからまた、コツコツコツと、はじめと同じ、すばやいノックが三回。
(SOSの信号だ!)
コーディは大急ぎで、窓べにかけよった。街灯にぼんやりと照らされた庭を見下ろす。二階まで枝をのばしている、ひょろ長いハイノキ。そのほそい幹をささえる高さ一メートルほどの支柱に、だれかがよじ登っている。
(クイン!)
クイン・キィは、暗号クラブのメンバーだ。黒い髪をジェルでツンツンに立てているから、すぐにわかる。片手に、長い木の棒を持っている。
コーディは窓を開けると、顔を外に出し、小声でたずねた。
「そんなところで、何やってるの?」
夜風がさっとふいて、コーディのポニーテイルをゆらす。
ふいにバランスをくずして、クインが棒を落とした。ガサッと地面に落ちる音が聞こえる。
「クイン、気をつけて!」
コーディが言うと、クインも同じように小さな声で言った。
「ちょっと下まで来れないか? だいじな話があるんだ」
コーディは人さし指を立てて、「一分で行く」と合図した。窓をしめ、ネコの絵がプリントされたパジャマの上からパーカをはおる。そうっと階段を下りていくと、居間のソファにすわっているママが見えた。刑事ドラマ「CSI」の再放送に見いっている。後ろを通りぬけるコーディにも、気づかなかったようだ。
げんかんから外に出る。秋の夜の空気がつめたい。
「ちょっとクイン、ほんとにだいじな話なんでしょうね」
コーディは身をちぢめながら、うでをくんでクインをじろりと見た。
「勝手に外に出たのがバレたら、ママに、来年の夏まで外出禁止にされちゃうんだから。もしかしたら、刑務所に送られちゃうかも」
コーディのママは、カリフォルニア州バークレー市警につとめる警察官なのだ。
(ま、ほんとに刑務所に入れられるわけないけど、おこったママはこわいんだから)
コーディのしかめっつらを気にもせず、クインは声をひそめて言った。
「見てみなよ」
コーディの家の向かい側を、あごでしゃくる。
「ガイコツじいさんの家、なんかへんなんだ」
コーディは通りの向こうに建つ、あれはてた家に目をやった。雑草の生いしげる前庭と、ペンキのはげた壁。出窓のある古めかしいヴィクトリア様式の家は、街灯に照らされて、ぼうっと不気味に光っている。
「いつもと同じに見えるけど?」
コーディはかたをすくめた。
「へんてこなオブジェがならんでる前庭も、ガラクタがつんであるげんかんポーチも、窓にかかったきたないカーテンも、ぜんぶいつもどおりじゃない」
ところが、クインは首をふる。
「あの窓、見てみなよ」
クインが指さした二階の右側の窓を、コーディはじっと見た。あちこちがやぶれて黄ばんだカーテンの向こうに、うっすら明かりが見える。
「何も見えないじゃない。わたし、部屋にもどらないと。ママが──」
コーディはそわそわしながら、家のげんかんをふり返った。
「おい、今の!」
クインがささやいた。まるで、ゆうれいの登場でも待ちうけるみたいに、二階の窓を一心に見つめている。
「ほらあそこ! 見えたか?」
コーディはハッとした。
カーテンが、ヒラリと動いたのだ。
指先がカギづめみたいに曲がった手が、よごれた窓のカーテンを引き開けた。
「なんだ、窓から外を見てるだけじゃない。クインはいつも、あのおじいさんがわたしたちのことを見張ってるって言うけどさ、うちのママが言ってたんだけど──」
「しーっ! ちゃんと見てろって!」
骨ばって曲がった指が、よごれた窓ガラスの上に、スーッと線を描いたのが見えた。もう一本、線が引かれた。さらにもう一本。
「何か、書いてるみたいに見えるだろ?」
コーディは暗がりの中で背のびをした。
「うん、見える」
「な? さっき、自転車を取りに外に出たときも見えたんだ」
クインは、ガイコツじいさんの家のとなりに住んでいる。
ガイコツじいさんの本名はスケルトンだけれど、暗号クラブのだれかが、「ガイコツじいさんスケルトン」とふざけて呼びはじめた。そのうち、いつのまにか、「ガイコツじいさん」というあだ名に落ち着いた。
クインは何週間か前から、ガイコツじいさんが暗号クラブの行動を監視していると、しきりに気にしていた。
「オレ、ぜったいあやしいと思うんだよ」
(クインったら、なんでも謎とか推理にむすびつけちゃうんだから)
コーディは、ひそかにため息をついた。
暗号クラブを始めたのは、三度の食事より謎ときが好きなクインだ。
バークレー小学校に転校してきたばかりのとき、コーディは学校の掲示板に、へんな数字を書いた紙がはってあるのを見つけた。
これを見たとき、コーディはピンときた。
(たぶん、ひらがなを数字におきかえた暗号ね。「あ」は1、「い」は2、「う」は3、ってかんじで、順番に当てはめていくの)
(答えは、書籍『暗号クラブ①』巻末をチェックして!)
すぐに、コーディは「暗号クラブ」に入りたいと申し出たのだった。
コーディが暗号に興味を持ったきっかけは、手話だ。コーディの四歳の妹タナは、生まれつき耳が聞こえない。タナのために手話を使うようになって、とくていの人にだけわかるようにメッセージをつたえることができるのは、なかなかべんりだってことに気づいた。暗号だって同じよね、とコーディは思う。
本当のところ、新しい学校ですぐに友だちができるかどうか、コーディはちょっと心配だった。でも、最初に話したクインとあっというまにうちとけて、不安はふきとんだ。それにラッキーなことに、クインは、はす向かいに住んでいたのだ!
クインは、クラブメンバーだけの秘密だぞと言って、自分で考えた呼び名を教えてくれた。クインの名字「キィ」にちなんだ、「ロック&キー(錠前と鍵)」という名前だ。それからクインは、コーディの呼び名も考えてくれた。「コード・レッド」。コードというのは、「コーディ」の一部から取った。それに、英語で暗号という意味でもある。赤というのは、コーディが赤毛だからだ。
そんなこんなで、一週間もたつころには、クインとはすっかり気の合う友だちになっていた。クラブのほかのメンバー、エム・イーやルークとも仲よくなった。今では、いつも四人で集まって、暗号やパズルを作ったり、謎ときゲームで遊んだりしている。ほかにも、やることはいろいろある。クインはしょっちゅう、何か新しい材料を見つけてくるのだ。ちょうど今みたいに。
クインが首をかしげて考えこむ。
「ガイコツじいさんがあんなことするの、はじめて見たよ。もしかしたら、オレたちに何かメッセージを送ってるのかもしれないな」
コーディは目をしばたたかせた。
「うーん……文字っていうより、絵みたいに見えるね。棒人間の絵みたいじゃない?」
「やばい!」
いきなり、クインが小さくさけんだかと思うと、コーディのうでをつかんだ。ハイノキの後ろに引っぱりこんで、しゃがませる。
「二階にだれか、いる。ほら!」
窓から女の人の顔がのぞいた。外をじっと見ている。知らないおばさんだ。
(わたしたちがここにいること、気づかれていませんように!)
コーディは心の中でいのった。
(べつに、おこられるようなことはしてないよね……。あ、のぞき見はしてるけど)
ふいに、丸々と肉づきのいい手が窓べに現れたかと思うと、ガラスをゴシゴシこすった。描かれた絵がにじんで、ぼんやりとした線になる。丸々した手は、カーテンをグイと引いた。もう、外から家の中は見えない。
コーディはクインを見た。鼻の頭を指先でなでながら、何か考えこんでいる。
「今の、なんかへんだったね、クイン」
「うん、へんだった。ガイコツじいさんは、一人ぐらしのはずだよな。あの女の人、だれだろう?」
コーディが答える前に、ガイコツじいさんの家のげんかんドアが、いきおいよく開いた。
「しーっ!」
コーディは人さし指をくちびるに当てた。
巨大なおばさんが、ガラクタがつまれたげんかんポーチに現れた。だぼっとした花柄のワンピースを着ている。たてにも横にも大きい体で、髪はきつくパーマをかけた金髪だ。おばさんはまゆをひそめ、あたりを見回している。何かをさがしているらしい。
(さっき二階の窓から見えたのと、同じ人だ)
おばさんの後ろをきゅうくつそうにすりぬけて、やせっぽちで背の低いおじさんが、すがたを現した。ガイコツじいさんとは別人だ。おばさんが、おじさんに何か話しかけている。
(何話してるんだろう? ぜんぜん聞こえない……)
クインが手を前にふった。軍隊で使われる合図で、「出動せよ」という意味だ。クインは、軍隊のことならまかせろ、というくらいくわしい。だから暗号クラブでは、合図や用語のほかに、時間の表し方も軍隊式を使っている。
コーディとクインは、身をかがめたまま、木の後ろから出た。前庭から歩道まで、音をたてないように、小走りに移動する。街灯の光をさけて道路まで出ると、コーディのママの愛車、赤いミニ・クーパーの後ろにかくれた。
(ここからなら、おじさんとおばさんの話し声が聞こえるはず!)
コーディが思ったとおり、ふきげんそうな声が聞こえてきた。
「気をつけろと言ったじゃないか。バカだね、あんたは」
おばさんが言った。おじさんは何やらぶつぶつ言い返したが、そのときちょうど、通りを自動車が一台走りぬけた音で、声がかき消されてしまった。
おばさんが、コーディの家を指さして言った。
「あたしはね、さっき、あそこに子どもがいたのを、たしかに見たんだよ……」
コーディは、背すじがすっとつめたくなるのを感じた。
(見られてたんだ!)
そのときとつぜん、何かフワフワしたものが、コーディの右足にふれた。
(カボちゃん!)
ガイコツじいさんが、たくさん飼っているネコたちのうちの一ぴきだ。カボちゃんは、コーディの足もとで体を丸めてすわりこんだ。コーディはネコが大好きだけれど、タナが動物アレルギーなので、ペットは飼えない。だからコーディは、このカボチャみたいなオレンジ色のトラネコを、ペットのつもりでかわいがっている。きのうは、首輪を買ってきて、タグに黒マジックで「カボちゃん」と書いて、つけてやった。ネコたちはたくさんいるから、一ぴきくらい見なれない首輪をつけたのがいても、ガイコツじいさんは気にしないだろうと思ったのだ。
コーディはカボちゃんをなでてやりながら、げんかん前に立つ二人の会話に、耳をそばだてた。
「──見つけるさ……。どうせ、どこかそのへんに、かくれているんだろうよ」
おじさんが言うと、巨体のおばさんが、ゴンとひじ鉄をくらわせた。
「おだまり、このおしゃべり親父! だれかに聞かれたらどうするんだい。これまでの計画を、ぜんぶ水のあわにしちまうつもりかい?」
おばさんは、コーディの家のほうをじっとうかがった。コーディは、ぞうっとした。
「コーディ?」
後ろで声がした。
(ママだ!)
げんかんポーチまで出てきて、コーディを呼んでいる。
「外にいるの?」
ママの声でカボちゃんが逃げだす。コーディはこおりついた。
(今返事をしたら、かくれてたってことがバレちゃう! でも、返事をしなかったら、ママにしかられちゃう。どうしよう──)
「コーディ! そんなところで、何してるの?」
(あーあ。バレちゃった)
コーディは、かくごを決めて、立ち上がった。
「中に入りなさい。明日も学校なのよ! 暗くなってから外に出ちゃいけないって、いつも言っているでしょう」
(警察官だから、目ざといのよね。ほんと、いやになっちゃうなあ……)
ママに向かってうなずいてから、ガイコツじいさんの家のほうに、ちらりと目をやる。
ところが、向かいの家のげんかんポーチには、だれもいなかった。
(あれっ? あの二人、いつのまに消えちゃったんだろう)
二階の窓を見上げる。明かりが消えて、まっ暗だ。
「クイン、明日、暗号クラブのミーティングを開いてくれる? たしかに、何かおかしなことが起こっているみたい」
クインは「わかった」という印に親指を立てて見せると、家にもどっていった。
コーディも家の中に入った。ママにおやすみのハグをして、ねるしたくをする。でも、今夜はねむれそうにないことはわかっていた。でっかい花柄おばさんと、その相棒のちびおじさんが、向かいの家の中でコソコソ動き回っているかと思うと、気になってしかたがない。コーディはベッドに入る前に、もう一度窓の外に目をやった。ガイコツじいさんと、二人のお客のすがたをさがす。
家の中はまっ暗だ。げんかん前にはだれもいない。
二階の窓のカーテンだけが、不気味にゆれていた。