
小学生から読める、本格暗号ミステリーの決定版!
児童書の翻訳ミステリー『暗号クラブ』は、本編全20巻、現在は続編シリーズ『スパイ暗号クラブ』が3巻まで発売中。世界累計100万部超え、日本でも81万部売れている大人気「暗号解読」小説です。
「暗号を解きながら楽しく読み進められる」「小学生がドハマりする」「解読作業が楽しい」と、小学生やその保護者のみなさんから大人気!
「"体験型なぞ解き"ミステリーって?」
「一体どんなお話なの?」
気になるみなさんのため、ヨメルバでは1巻冒頭のためし読みを公開!
お子さまが小説好き・ミステリー好きに育つことまちがいなしな傑作シリーズを、どうぞおたのしみください!
目次
第1章 ゾンビみたいな手
第2章 火事発生
第3章 秘密のメッセージ
第4章 暗号メモ
第5章 とどけられた脅迫状
人物紹介
第3章 秘密のメッセージ
リュックをしょって、げんかんポーチに出る。向かいの家のむざんなすがたが目にとびこんできて、コーディはあらためてショックを受けた。
焼けのこった屋根の骨組を通して、二階の壁と天井が見える。家の中は、大部分に火が回ったようだ。あたりには、鼻にツンとくるにおいがただよっている。何人かの消防士が、まだくすぶっている灰がないかどうか、あちこちつっついて調べている。のびほうだいだった庭の雑草は焼けてしまったけれど、ガイコツじいさんが庭にかざっていた木やネコの形の手作りオブジェは、金属が不気味に変色したままのこっている。
(ネコといえば、カボちゃんたちはどこにいるんだろう?)
火事のどさくさで、コーディはネコたちのことをすっかりわすれていた。ガイコツじいさんの家の庭に、何か動く物は見えないかと、目を走らせる。
(十二ひき以上はいたはずなのに……みんなどこに行ったんだろう? そして、カボちゃんはどこ? 無事に逃げられたかな)
コーディはうで時計を見た。七時二十五分。そろそろ家を出る時間だ。カボちゃんをさがしている時間はない。いっしょに学校に行く約束をしているエム・イー(本当はマリアエレナという名前だけど、長いので頭文字を取って、M・Eと呼ばれている)は、あと二、三分でやってくる。コーディはあくびをした。いつもより二時間も早く起きてしまったので、すごくねむい。
(そうだ。エム・イーが来る前に、秘密のポストを確認しておかなくちゃ)
コーディは、ハイノキのところまで歩いていった。幹がほそいハイノキには、支柱がそえられている。きのうの夜、クインがよじ登っていた支柱だ。この支柱が、暗号クラブからのメッセージを受けとる、秘密のポストになっている。コーディは、支柱に巻きつけられたひもの下のほうを手でさぐった。封筒型におられたメモがはさみこんである。
コーディは、メモの外側をじっくりながめた。手のひらくらいの大きさで、あて名のところに「コード・レッド」とある。まん中に描かれた大きなオレンジ色の丸は、メッセージの重要度をしめす印だ。一番重要度が高いのは赤で、オレンジはその次にあたる。コーディはメモを開いた。百年前の紙かと思うほど、色あせている。あちこちに黒っぽいしみがついて、はしっこのほうはぼろぼろだ。
(まるで、火事で焼けのこった手紙みたい)
クインの苦心の作だ、とコーディはすぐにわかった。
「やるじゃない、クイン」
思わず大きな声でつぶやいたあとで、だれかに聞かれたんじゃないかと、あわててあたりを見回した。きのうの夜、とつぜん現れ、とつぜん消えてしまったあやしい二人組が、どこかにひそんでいるかもしれない。
(だいじょうぶ。だれもいない)
コーディはメモに目をもどした。
(クインの手にかかると、どんなことでもミステリー風になっちゃうのよね)
クインはすごい、とコーディは思う。さすが、頭のいい両親の遺伝子を受けついでいるだけのことはある。クインは暗号クラブのために、謎や暗号が満載のゲームソフトを、いくつも作ってくれた。『カフェテリアの怪物ゾンビ』とか、『グラント校長の拷問部屋』とかだ。それに、クインが送ってくる暗号メッセージは、いつもこんなふうに工夫がこらされている。どちらかというともの静かなタイプだけれど、創造力とアイデアにあふれたクインは、暗号クラブのリーダー的な存在だった。
クインからのメモをもう一度じっくり観察し、コーディはニヤリとした。
(なるほど。白い紙を紅茶にひたして、しわくちゃにもんでから、はしっこに泥かインクをこぼして、黒っぽくしたってわけね)
古い紙に見せるための細工だ。ゴールド郡に住んでいたとき、学校の社会科見学で行った博物館に、こんな感じの昔の本が、たくさんならんでいたことを思い出す。
(ま、あれは「離婚前」の話だけど)
いつのまにかコーディは、すべてをこういうふうに分けて考えるようになった。「離婚前」と「離婚後」。
とつぜん、むしょうに前の家に帰りたくなった。前の学校の友だちに会いたくてたまらない。おなかにぽっかり穴が開いた感じだ。「離婚後」、バークレーに引っこしてきて、コーディの生活は大きくかわってしまった。
ママとパパに居間に呼ばれて、二人がわかれてくらすと言われた日のことは、今でもはっきりおぼえている。「パパとママがコーディの親であることは、かわらないからね」だの、「コーディのせいでこうなったなんて、思わないでね」だの、離婚する親が子どもを安心させようとして言う、お決まりのセリフを聞かされるのは、まったくかんべんしてほしかった。
コーディは頭をふって、いやな記憶を追いはらった。メモに書かれた暗号をじっと見る。暗号クラブの連絡事項は、いつも暗号で書くことになっている。もしもメモが、いつも人のじゃまをしようとねらっている、おジャマじゃマットみたいなやつの手にわたってしまったとしても、書かれている内容は、かんたんにはわからないようになっている。だから、クラブの秘密がもれたことは、ない。
コーディは、葉のしげるハイノキによりかかって、うで時計をもう一度見た。エム・イーはまだ来ない。
(おそいなあ。何してるんだろう? 手紙はちゃんと受け取ったかな?)
コーディは、リュックから暗号ノートを取りだした。このノートには、これまでにクラブで解読した暗号が、ぜんぶ記録してある。首から下げているひもに通した鍵で、ノートについた錠を開け、まっさらなページを開く。エム・イーを待つあいだ、クインの手紙を解読してしまおうと思ったのだ。
暗号を解くのは、算数の問題を解くのに似ている。コーディはすぐに暗号の法則を見つけ、顔いっぱいに笑みをうかべた。そばかすのあるほっぺたに、えくぼができる。
(なーんだ、かんたんじゃない)
アルファベットを使った暗号だ。クラブではABC暗号と呼んでいる。
コーディは、赤ペンを使って、単語の最初の大文字にバツ印をつけていった。「Aho」から「A」を取ると「ho」に、「Bu」から「B」を取ると「u」に、「Cka」から「C」を取ると「ka」がのこる……というぐあいに、ぜんぶの頭の文字を消してしまってから、もう一度メモとにらめっこする。最後の単語──「UVWXYZ」というのが、ただのあまりだということは、わかっている。横に棒線を引いて、それを消し、のこった文字に目をやった。
文字をひらがなに書きなおして、句読点を足す。
(やっぱり、ミーティングのお知らせね)
メモをもとどおりにたたんで、ポケットにしまう。
(クインのことだから、あのあと、火事の件で新情報をしいれたかも。それに、ガイコツじいさんの家にいた、あやしい二人組のことで、何かわかったことがあるかもね)
コーディは、ガイコツじいさんの家の窓に描かれた、きみょうな絵を見上げた。それぞれちがうポーズをとった、四人の棒人間たち。暗号ノートの新しいページをめくり、急いで絵を写す。あとでクラブのみんなに見せるためだ。
「ダコタ・ジョーンズ!」
ママの声が、げんかんポーチから聞こえてきた。
(まずい。ママがフルネームで呼ぶのは、そうとうおこっている証拠なんだよね)
「早く行きなさい! また学校におくれるわよ!」
パパも外に出てきた。これからタナを保育園に送って、法律事務所に出勤するのだ。
コーディはあわてて暗号ノートをとじ、庭の前の歩道に出た。
「わかってる。でも、まだエム・イーが来ないの」
げんかん前に立っているママは、左手を革ベルトにさしこみ、右手を銃が入れてあるホルスターの上においている。となりに、妹のタナが立っている。二人とも青い目に金髪で、そっくりだ。コーディのほうはパパに似た。燃えるように赤い髪(よくからかわれるから、こまっちゃうけど、じつは気に入っている)、緑色の瞳、ほっそりした体型。それから、えくぼも。
パパとタナが車に乗りこむ。コーディはタナに手をふった。ママは愛車のミニ・クーパーに向かって歩いていく。
タナが車の窓ごしに、手をふった。コーディは手話で「タナ、大好きだよ!」とサインを送った。毎朝の習慣だ。
「エム・イーを待ってないで、もう行きなさいよ!」
ママが車の中から声をはりあげた。
「交通安全第一ですからね。車に気をつけるのよ」
警察官のママらしい、毎朝の警告だ。
二台の車を見送ってから、カボちゃんのすがたが見えないかと、コーディは道の向こう側をながめた。けれど、ガイコツじいさんの家の前庭に、生き物の気配はない。
(ネコたちは、どこに行っちゃったのかな? 無事にどこかに逃げたとしても、もどってきたとき、だれがエサをやるんだろう? だって、ガイコツじいさんはもう……)
「コーディ、おはよ!」
かん高い声が、歩道の先から聞こえてきた。
(やっと来た!)
エム・イーこと、マリアエレナ・エスペラントが、こちらに向かって走ってくる。茶色の長い髪が、一歩足をふみだすたびにゆれる。紫とピンクの、そでがふくらんだチュニックに、ピカピカ光る素材のズボン、黄色いボーダーのひざ上ソックスに、黒いハイキング・ブーツ。きばつな組みあわせに、コーディは笑ってしまった。
コーディの家から道を一本へだてたところに住んでいるエム・イーは、いつも個性的なファッションをしている。大家族で、家の中ではたいてい、スペイン語で話をしているそうだ。エム・イーは、夏休みちゅうに開かれた「子どものための暗号学講座」というコースで、クイン、ルークの二人と知りあい、暗号クラブに入ったという。
向かいの家を目にしたエム・イーは、あんぐりと口を開けた。
「うそでしょ、信じらんないっ! サイレンが聞こえて、煙のにおいもしてたけど、見に行っちゃだめって親に言われて、出られなかったんだ。いったい、ガイコツじいさんの家で、何があったわけ?」
「明け方に火事があってね、ガイコツじいさんは、救急車で病院に運ばれたの」
コーディが言った。
「そんなたいへんなことになってたんだっ。で、ガイコツじいさんは……無事なの?」
「それが、わからないの。あとでママのところに、連絡が入るとは思うんだけど」
エム・イーは、手首にまいたブレスレットをくるくる回転させながら、火事現場の家をながめた。ブレスレットをさわるのは、エム・イーが心配したり緊張したりしているときのくせだ。ビーズをゴム糸に通した、暗号文字入りブレスレット。コーディも、まったく同じブレスレットをつけている。インターネットで作り方を調べて、二人でいっしょに作ったのだ。
「ところでエム・イー、クインからのメッセージ、受け取った?」
コーディが聞くと、ぼんやりしたようすのエム・イーが、われに返って言った。
「うん。受け取ったよっ。なんのミーティングなんだろ。火事のことかな」
「いや、それだけじゃなさそうなのよね……」
バークレー小学校までの、五ブロック分の通学路を歩きながら、コーディはきのうの夜のできごとを話して聞かせた。クインが窓ごしに送ってきた、モールス信号のこと。ガイコツじいさんの窓に描かれた、謎めいた絵のこと。そして、見知らぬ二人組が、急に現れ、こつぜんとすがたを消してしまったこと。
「へえ……それはへんだね」
エム・イーが言った。
(あれ?)
コーディはとまどってしまった。いつもは元気はつらつで、ときどきこうふんのあまり、早口のスペイン語がとまらなくなって、コーディがストップをかけなきゃならないくらいなのに、ようすがおかしい。
「何かあったの、エム・イー?」
「ううん、なんでもない」
でも、次の瞬間、エム・イーはため息をついた。
「ちょっと落ちこんでるだけ。じつは今朝、消防車のサイレンを聞いたとき、学校が火事になったのかもって、期待しちゃったんだよねっ。今日の社会のテスト、ぜんぜん勉強してないから、よかった、これで休校になるって思ったわけ。でも、そんなに運よくいくわけないよね」
(もう、エム・イーったら。ガイコツじいさんの運の悪さにくらべたら、そんなの不運のうちに入らないよ。罰が当たるわよ)
コーディはそう思ってから、ハッとした。
(ちょっと待って。火事が起こったのは、たんに運が悪かったからなのかな。それとも、だれかがわざと家に火をつけたとか……?)