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世界累計100万部超え児童書ミステリー『スパイ暗号クラブ1 サマーキャンプの誘拐事件』ためし読み(2/3)

小学生から読める、本格暗号ミステリーの最新シリーズ!

世界累計100万部超え、日本でも81万部売れている児童書の翻訳ミステリー『暗号クラブ』は「暗号を解きながら楽しく読み進められる」「小学生がドハマりする」「解読作業が楽しい」と、小学生やその保護者のみなさんから大人気!
本編全20巻、現在は続編シリーズ『スパイ暗号クラブ』が3巻まで発売中の「暗号解読」小説です。

最新シリーズ『スパイ暗号クラブ1』では、さらにパワーアップした暗号が、中学生になった主人公たち〈暗号クラブ〉の面々を待ち受けます!

シリーズ読者のみなさんも、未読のあなたも、大歓迎!
ここから読み始めて、お子さまが小説好き・ミステリー好きに育つことまちがいなしな傑作ミステリーを、どうぞおたのしみください!


目次



第1章 ただいま、バークレー!
第2章 潜入スパイ?
第3章 ライバル出現

人物紹介



 第2章 潜入スパイ?


 コーディがスマートフォンから顔を上げると、窓の外で、何かが動いていることに気づいた。窓の近くに立っているカシワの木の葉っぱが、ワサワサと揺れている。

 窓際へ行って外をのぞくと、重なる木の葉の奥に、オレンジ色の何かがちらちら見え隠れしていた。

(鳥……?)

 コーディは目を凝らした。いや、鳥ではない。蛍光オレンジのスニーカーだ。

(誰か、木の中に隠れてる!)

 コーディは勢いよく窓を開けた。頭を外に突きだして叫ぶ。

「ちょっと、そこの人! いるのはわかってるんだからね!」

 木の揺れが止まった。枝葉の奥にスニーカーがさっと引っこむ。

 コーディは声を張りあげた。

「あなた誰? わたしのこと偵察してたの? だとしたら、うちのママは警察官──じゃなかった、FBIの捜査官だから、早いとこそこから出てきたほうがいいと思うけど! じゃないと不法侵入の罪で逮捕されちゃうわよ!」

「ちょ、ちょっと待った! おれはただ──」

 あせった声が返ってきた。続いて葉っぱのあいだから、丸い赤ら顔が現れる。

 コーディは叫んだ。

「マット! うそでしょ!?」

 マット──本名マシュー・ジェフリーズ、通称おジャマじゃマット──は、いつもコーディたちにつきまとい暗号クラブのじゃまをする、札つきのトラブルメーカーだ。

「いや、つーか、これには深いわけが……」

 マットが言いわけしようとしたとき、何か黒い物体が、木から地面に落っこちた。

 コーディが首をのばして下を見る。

「あれ、ドローンじゃない! やっぱりわたしのことスパイしてたんだ!」

 そのとき、バキバキッという音がした。マットがのっていた枝が、重みに耐えかねて折れたのだ。マットは手足をバタつかせ、あちこちの枝に体をぶつけながら、芝生の上に落下した。「ギャッ!」という声が二階まで聞こえてくる。

(わっ、大変!)

 コーディは階段をかけ降り、玄関を出て家の脇に回った。カシワの木の下で、マットが半分身を起こし、腕をさすっている。スニーカーは片方脱げている。

「イテエェェ……」

 マットは情けない声をあげた。

 コーディは、九か月ぶりに見るマットを、少しはなれたところからうかがった。

「……だいじょうぶ?」

「だいじょうぶじゃねえ」

 マットが腕をさすって言う。

「骨、折れてたりしない?」

「してるかも……」マットは腕をふった。「いや……してないか」

 コーディは大きなため息をついた。

「バチが当たったんだよ。うちの木に登って、ドローンでわたしのことスパイしようとしたから。それに、さっき変なメッセージ送ってきたのマットでしょ? 忍者がドロンしてる画像、なんのことかと思ったら、『ドローン』っていう意味だったのね!」

 マットは答えず、よろよろと立ちあがった。脱げたスニーカーをはき、Tシャツと迷彩柄のズボンをはたいて、葉っぱを落とす。マットはコーディの同級生だが、一年ダブっているので、一つ年上だ。去年より背がのびたらしく、体重は相変わらず超過ぎみで、十四歳とは思えない貫禄がある。一方、見た目と違って中身は幼稚園児並みに幼いところは、以前とまったく変わっていないようだ。

 コーディは腕組みして言った。

「マット、知ってる? のぞき行為は刑法違反になるんだよ。人を偵察するのは軽犯罪に該当するの。六か月以下の懲役刑か、千ドル以下の罰金刑が下されるんだから」

「おれは、のぞきなんてしてねえよ!」

 赤ら顔をさらに赤くして、マットが叫んだ。

「マジだって! たしかに木には登ってたけどさ、のぞこうとしたわけじゃねえんだ」

 コーディは片方の眉をつりあげてみせた。

「じゃあ、うちの庭の木に登って、いったい何をしてたわけ?」

 マットはため息をついた。ピーナツバターくさい息が、もわっとコーディにかかる。マットはピーナツバターが大好物なのだ。小学校にもいつも瓶ごと持ってきて、中に指をつっこんでは舐めていた。

「ドローンを買ってもらったからさ、飛ばしてみただけだよ。そしたらなんでか知らんけど、どんどん変な方向に行って、お前んちの木に引っかかっちゃったんだよな。で、ドローンを取ろうとして木に登ったら、いねえと思ってたお前が出てきて──」

 マットは身をかがめ、壊れたドローンを拾いあげた。

「あーあ、完全に壊れちった」

「とにかく、他人の敷地でドローンを飛ばしたらダメなんだよ」

 コーディは言って、人差し指を立てた。

「マットのしたことはまず、刑法第六三四条の不法侵入に当たるし──」

 二本目の指を立てる。

「第二に、第五九四条の器物損壊罪──」

 三本目の指を立てる。

「第三に、第六三二条の盗聴罪も適用されるかもね」

 コーディがカリフォルニア州刑法の条項まで知っているのは、かつて警察官をしていたママから、犯罪についての知識をたくさん教わっていたからだ。

 マットが顔をしかめた。

「盗聴? まさか! それにおれ、何も壊してねえし」

 コーディは、折れて地面に落ちた数本の木の枝を指さしてみせた。

「それはわざとやったんじゃねえし!」

 マットが声を張りあげたとき、コーディのママが現れた。

「ちょっと、いったいなんのさわぎ──あら、マットじゃない! 元気だった?」

 マットが気まずそうにうなだれる。

「どーも、ジョーンズさん。いや、ジョーンズ刑事──じゃなかった、ジョーンズ捜査官。おれ、あの……」

 マットはドローンを掲げてみせた。

「買ってもらったばっかのドローン、壊しちゃって」

 コーディのママが目をぱちくりさせる。

「あら大変。どうして?」

 マットが困りはてた目を向けてきたので、コーディはしかたなく答えた。

「うちの木にぶつかっちゃったんだって」

 コーディがかばってくれたので、マットは明らかにほっとしているようすだ。

 コーディのママが気の毒そうな顔をして言った。

「それは災難だったわね。ところでマット、ひさしぶりに会えてうれしいわ。よかったら、うちでレモネードでも飲んでいかない?」

 コーディはぎょっとしてママを見た。

(まさか、冗談でしょ!?)

 すると、コーディの心を読んだみたいにマットが言う。

「あ、いや、おれ、もう行かないと。ドローン壊したこと、おやじにバレる前に直さないと、殺されちゃうんで」

「殺人罪。刑法第一八七条……」

 コーディがつぶやくと、ママがあきれたように言う。

「マット、気にしないで。最近コーディは、刑法を暗記するのにはまっているのよ。コード(暗号)みたいだって言ってね」

「ふうん……。あー、じゃ、また」

 マットは口をつぐむと、くるりときびすを返し、通りへ出ていった。壊れたドローンを、傷ついた鳥のヒナみたいに大事そうに抱え、足を少し引きずりながら。

 マットの背中を見送ったあとで、ママがコーディに顔を向けた。

「ちょっとコーディ。マットに対して、あの態度はないんじゃない?」

 コーディが肩をすくめると、ママが諭すような口調で言う。

「マットは家庭にいろいろ事情があって、問題行動も多いけど、今はまわりで見守っていこうってことになってるのよ。あなたも、もっとやさしくしてあげなきゃ」

(ママったら! 家庭に事情があるのは、うちだって同じでしょ。それにマットは、わたしの部屋をのぞいてたんだからね!)

 反論がのどまで出かかったけれど、はっきりした証拠があるわけじゃない。コーディは言葉をぐっとのみこみ、小さくうなずいた。

「はい、ママ」

 今回のドローン事件で、コーディには一つだけ、はっきりわかったことがあった。

 これからも、おジャマじゃマットには気をつけろ、ということだ。


***


 そのあと一日かけて引っこしの箱を空にしていくうちに、マットのことはすっかり忘れ、コーディの頭のなかは、明日から始まるスパイ養成講座のことでいっぱいになっていった。二人の現役FBI捜査官から、実際の暗号やスパイ技術について学べるなんて、想像するだけでもワクワクする。

 荷物をすっかり片づけ終えたコーディは、あらためて部屋の中を見回した。

(壁には、お気に入りの暗号のポスターを貼ることにしようっと)

 絵文字に似たヒエログリフや手旗信号表は、インテリアとしても使えそうだ。それに加えて、天井と壁の境目にLEDのチューブライトを沿わせれば、部屋がぐっとおしゃれになるし、点滅させればモールス信号としても使える。

 それから、壁に立てかけた鏡に目を向けた。鏡の額縁には、去年暗号クラブの仲間たちと撮った写真が、びっしりとはさんである。アルカトラズ島のゆうれい灯台で撮った写真、ワシントンDCのスパイ博物館、日本の京都へ行ったとき、ハワイの海でカヌーに乗ったとき……。

 その写真のすき間に、コーディのそばかす顔が映っている。この九か月で七センチ背がのびて、服のサイズも変わった。美容院で髪をカットするとき、眉毛も整えてもらうようになったら、表情もちょっと大人っぽくなったような気がする。

 ふいに、さっきの四人のメッセージを思い出して、胸がズキンと痛んだ。

(……しかたないよ。何もかも前と同じなんてことは、ありえないんだから)

 コーディは頭をふって暗い気持ちを追いはらうと、机の引きだしから、新しい鍵つきノートを取りだした。

 コーディはこれまで、クラブで解読した暗号を、秘密のノートに記録してきた。鍵は、ルークからもらった指輪といっしょにチェーンに通して、いつも首にかけている。バークレーにもどってきたら、新しいノートを下ろすつもりだったのだ。スパイ養成講座のために、新しいノートの表紙にLEETで文字を書く。



 それから、明日持っていくリュックにノートをしまった。

 サプライズ計画がポシャったのは残念だったけど、代わりにスパイ養成講座で新しい暗号をたくさん仕入れて、仲間に教えてあげよう、とコーディは思いなおした。

 暗号クラブはいつだって、新しい暗号を求めているのだから。


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