
小学生から読める、本格暗号ミステリーの最新シリーズ!
世界累計100万部超え、日本でも81万部売れている児童書の翻訳ミステリー『暗号クラブ』は「暗号を解きながら楽しく読み進められる」「小学生がドハマりする」「解読作業が楽しい」と、小学生やその保護者のみなさんから大人気!
本編全20巻、現在は続編シリーズ『スパイ暗号クラブ』が3巻まで発売中の「暗号解読」小説です。
最新シリーズ『スパイ暗号クラブ1』では、さらにパワーアップした暗号が、中学生になった主人公たち〈暗号クラブ〉の面々を待ち受けます!
シリーズ読者のみなさんも、未読のあなたも、大歓迎!
ここから読み始めて、お子さまが小説好き・ミステリー好きに育つことまちがいなしな傑作ミステリーを、どうぞおたのしみください!
目次
第1章 ただいま、バークレー!
第2章 潜入スパイ?
第3章 ライバル出現
人物紹介
第2章 潜入スパイ?
コーディがスマートフォンから顔を上げると、窓の外で、何かが動いていることに気づいた。窓の近くに立っているカシワの木の葉っぱが、ワサワサと揺れている。
窓際へ行って外をのぞくと、重なる木の葉の奥に、オレンジ色の何かがちらちら見え隠れしていた。
(鳥……?)
コーディは目を凝らした。いや、鳥ではない。蛍光オレンジのスニーカーだ。
(誰か、木の中に隠れてる!)
コーディは勢いよく窓を開けた。頭を外に突きだして叫ぶ。
「ちょっと、そこの人! いるのはわかってるんだからね!」
木の揺れが止まった。枝葉の奥にスニーカーがさっと引っこむ。
コーディは声を張りあげた。
「あなた誰? わたしのこと偵察してたの? だとしたら、うちのママは警察官──じゃなかった、FBIの捜査官だから、早いとこそこから出てきたほうがいいと思うけど! じゃないと不法侵入の罪で逮捕されちゃうわよ!」
「ちょ、ちょっと待った! おれはただ──」
あせった声が返ってきた。続いて葉っぱのあいだから、丸い赤ら顔が現れる。
コーディは叫んだ。
「マット! うそでしょ!?」
マット──本名マシュー・ジェフリーズ、通称おジャマじゃマット──は、いつもコーディたちにつきまとい暗号クラブのじゃまをする、札つきのトラブルメーカーだ。
「いや、つーか、これには深いわけが……」
マットが言いわけしようとしたとき、何か黒い物体が、木から地面に落っこちた。
コーディが首をのばして下を見る。
「あれ、ドローンじゃない! やっぱりわたしのことスパイしてたんだ!」
そのとき、バキバキッという音がした。マットがのっていた枝が、重みに耐えかねて折れたのだ。マットは手足をバタつかせ、あちこちの枝に体をぶつけながら、芝生の上に落下した。「ギャッ!」という声が二階まで聞こえてくる。
(わっ、大変!)
コーディは階段をかけ降り、玄関を出て家の脇に回った。カシワの木の下で、マットが半分身を起こし、腕をさすっている。スニーカーは片方脱げている。
「イテエェェ……」
マットは情けない声をあげた。
コーディは、九か月ぶりに見るマットを、少しはなれたところからうかがった。
「……だいじょうぶ?」
「だいじょうぶじゃねえ」
マットが腕をさすって言う。
「骨、折れてたりしない?」
「してるかも……」マットは腕をふった。「いや……してないか」
コーディは大きなため息をついた。
「バチが当たったんだよ。うちの木に登って、ドローンでわたしのことスパイしようとしたから。それに、さっき変なメッセージ送ってきたのマットでしょ? 忍者がドロンしてる画像、なんのことかと思ったら、『ドローン』っていう意味だったのね!」
マットは答えず、よろよろと立ちあがった。脱げたスニーカーをはき、Tシャツと迷彩柄のズボンをはたいて、葉っぱを落とす。マットはコーディの同級生だが、一年ダブっているので、一つ年上だ。去年より背がのびたらしく、体重は相変わらず超過ぎみで、十四歳とは思えない貫禄がある。一方、見た目と違って中身は幼稚園児並みに幼いところは、以前とまったく変わっていないようだ。
コーディは腕組みして言った。
「マット、知ってる? のぞき行為は刑法違反になるんだよ。人を偵察するのは軽犯罪に該当するの。六か月以下の懲役刑か、千ドル以下の罰金刑が下されるんだから」
「おれは、のぞきなんてしてねえよ!」
赤ら顔をさらに赤くして、マットが叫んだ。
「マジだって! たしかに木には登ってたけどさ、のぞこうとしたわけじゃねえんだ」
コーディは片方の眉をつりあげてみせた。
「じゃあ、うちの庭の木に登って、いったい何をしてたわけ?」
マットはため息をついた。ピーナツバターくさい息が、もわっとコーディにかかる。マットはピーナツバターが大好物なのだ。小学校にもいつも瓶ごと持ってきて、中に指をつっこんでは舐めていた。
「ドローンを買ってもらったからさ、飛ばしてみただけだよ。そしたらなんでか知らんけど、どんどん変な方向に行って、お前んちの木に引っかかっちゃったんだよな。で、ドローンを取ろうとして木に登ったら、いねえと思ってたお前が出てきて──」
マットは身をかがめ、壊れたドローンを拾いあげた。
「あーあ、完全に壊れちった」
「とにかく、他人の敷地でドローンを飛ばしたらダメなんだよ」
コーディは言って、人差し指を立てた。
「マットのしたことはまず、刑法第六三四条の不法侵入に当たるし──」
二本目の指を立てる。
「第二に、第五九四条の器物損壊罪──」
三本目の指を立てる。
「第三に、第六三二条の盗聴罪も適用されるかもね」
コーディがカリフォルニア州刑法の条項まで知っているのは、かつて警察官をしていたママから、犯罪についての知識をたくさん教わっていたからだ。
マットが顔をしかめた。
「盗聴? まさか! それにおれ、何も壊してねえし」
コーディは、折れて地面に落ちた数本の木の枝を指さしてみせた。
「それはわざとやったんじゃねえし!」
マットが声を張りあげたとき、コーディのママが現れた。
「ちょっと、いったいなんのさわぎ──あら、マットじゃない! 元気だった?」
マットが気まずそうにうなだれる。
「どーも、ジョーンズさん。いや、ジョーンズ刑事──じゃなかった、ジョーンズ捜査官。おれ、あの……」
マットはドローンを掲げてみせた。
「買ってもらったばっかのドローン、壊しちゃって」
コーディのママが目をぱちくりさせる。
「あら大変。どうして?」
マットが困りはてた目を向けてきたので、コーディはしかたなく答えた。
「うちの木にぶつかっちゃったんだって」
コーディがかばってくれたので、マットは明らかにほっとしているようすだ。
コーディのママが気の毒そうな顔をして言った。
「それは災難だったわね。ところでマット、ひさしぶりに会えてうれしいわ。よかったら、うちでレモネードでも飲んでいかない?」
コーディはぎょっとしてママを見た。
(まさか、冗談でしょ!?)
すると、コーディの心を読んだみたいにマットが言う。
「あ、いや、おれ、もう行かないと。ドローン壊したこと、おやじにバレる前に直さないと、殺されちゃうんで」
「殺人罪。刑法第一八七条……」
コーディがつぶやくと、ママがあきれたように言う。
「マット、気にしないで。最近コーディは、刑法を暗記するのにはまっているのよ。コード(暗号)みたいだって言ってね」
「ふうん……。あー、じゃ、また」
マットは口をつぐむと、くるりときびすを返し、通りへ出ていった。壊れたドローンを、傷ついた鳥のヒナみたいに大事そうに抱え、足を少し引きずりながら。
マットの背中を見送ったあとで、ママがコーディに顔を向けた。
「ちょっとコーディ。マットに対して、あの態度はないんじゃない?」
コーディが肩をすくめると、ママが諭すような口調で言う。
「マットは家庭にいろいろ事情があって、問題行動も多いけど、今はまわりで見守っていこうってことになってるのよ。あなたも、もっとやさしくしてあげなきゃ」
(ママったら! 家庭に事情があるのは、うちだって同じでしょ。それにマットは、わたしの部屋をのぞいてたんだからね!)
反論がのどまで出かかったけれど、はっきりした証拠があるわけじゃない。コーディは言葉をぐっとのみこみ、小さくうなずいた。
「はい、ママ」
今回のドローン事件で、コーディには一つだけ、はっきりわかったことがあった。
これからも、おジャマじゃマットには気をつけろ、ということだ。
***
そのあと一日かけて引っこしの箱を空にしていくうちに、マットのことはすっかり忘れ、コーディの頭のなかは、明日から始まるスパイ養成講座のことでいっぱいになっていった。二人の現役FBI捜査官から、実際の暗号やスパイ技術について学べるなんて、想像するだけでもワクワクする。
荷物をすっかり片づけ終えたコーディは、あらためて部屋の中を見回した。
(壁には、お気に入りの暗号のポスターを貼ることにしようっと)
絵文字に似たヒエログリフや手旗信号表は、インテリアとしても使えそうだ。それに加えて、天井と壁の境目にLEDのチューブライトを沿わせれば、部屋がぐっとおしゃれになるし、点滅させればモールス信号としても使える。
それから、壁に立てかけた鏡に目を向けた。鏡の額縁には、去年暗号クラブの仲間たちと撮った写真が、びっしりとはさんである。アルカトラズ島のゆうれい灯台で撮った写真、ワシントンDCのスパイ博物館、日本の京都へ行ったとき、ハワイの海でカヌーに乗ったとき……。
その写真のすき間に、コーディのそばかす顔が映っている。この九か月で七センチ背がのびて、服のサイズも変わった。美容院で髪をカットするとき、眉毛も整えてもらうようになったら、表情もちょっと大人っぽくなったような気がする。
ふいに、さっきの四人のメッセージを思い出して、胸がズキンと痛んだ。
(……しかたないよ。何もかも前と同じなんてことは、ありえないんだから)
コーディは頭をふって暗い気持ちを追いはらうと、机の引きだしから、新しい鍵つきノートを取りだした。
コーディはこれまで、クラブで解読した暗号を、秘密のノートに記録してきた。鍵は、ルークからもらった指輪といっしょにチェーンに通して、いつも首にかけている。バークレーにもどってきたら、新しいノートを下ろすつもりだったのだ。スパイ養成講座のために、新しいノートの表紙にLEETで文字を書く。
それから、明日持っていくリュックにノートをしまった。
サプライズ計画がポシャったのは残念だったけど、代わりにスパイ養成講座で新しい暗号をたくさん仕入れて、仲間に教えてあげよう、とコーディは思いなおした。
暗号クラブはいつだって、新しい暗号を求めているのだから。