3 そばにいたくて
●
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
2段ベッドの下で、ケイが寝ている……。
苦しそうに顔をゆがめていて、息も荒い。
わたしは、ケイのひたいの濡れタオルをとると、氷水をはった洗面器につけてから、きつくしぼる。
乾いたタオルで、ケイのほおの汗をていねいに吸いとってから、冷たいタオルを、もう一度ひたいにのせなおす。
貼りつけるタイプの冷却シートもあるけれど。
いまは、ここでケイの様子を見ていたい。
なるべく、わたしにできることをしたい。
ケイを家に連れ帰ってから、体温を測ったら39度を越えていた。
こんなに高熱だと、レッドの仕事にでかける前から、体調をくずしていたのは、まちがいない……。
どうして?
どうして言ってくれなかったの?
わたしが信頼できなかったから?
作戦前に体調をくずすなんて、レッドとして失格だとか思ったから?
……ううん、ちがう。ケイはそんなことは考えない。
本当に無理だと思うなら、ケイは打ち明けて、予定を変更していたはずだ。
でも、ケイはやれると思ったから、今日の仕事を決行した。
わたしが知っていたら、行動に影響が出るかもしれないと思って、わたしには伝えなかった。
きっとそう。
ケイの考えてたことは、わかる。
これでもわたしは、怪盗レッドを組んで、1年半以上経つんだから。
ダメなのは、わたしのほうだよね。
ケイが体調をくずす可能性なんて、今までぜんぜん考えたことがなかった。
夜更かしするわりには、ケイって体力があるほうだしね。
頭がいいから、きっと体調の管理もうまいんだと思う。
でも……今回はその計算や予想が乱れるくらい、急に悪化しちゃったんだ。
隠すのがうまいからって、ケイの異変に、もっと早く気づかなくちゃいけなかった。
「ケイはわかってなさそうだけどさ。わたし、心配してるんだよ……」
わたしは、ぽつりとつぶやく。
ケイは自分のことを大事にしない、と感じることがある。
自棄になるとかではないけど、いざとなったら自分のことを一番先に切り捨ててしまいそうな、あやうさみたいなもの。
ラドロに、1人で行ったときだってそうだ。
危険かもしれないのに、その危険を全部黙って、1人で引き受けた。
自分にはできるって思うから、やっちゃうんだろうけど、でも……それって……。
「……ううぅ」
ケイが顔をゆがめて、うめく。
まだ熱が下がらない。
わたしは、ひたいのタオルの位置を直す。
「アスカ。少しは休んだらどうだ?」
お父さんが部屋のドアの外から、小さく声をかけてくれる。
「でも……」
「帰ってきてから、ずっと看病してるだろう。それに明日も学校があるぞ」
時計の針は、深夜3時をまわってる。
寝ないと、明日がつらい。でも……。
わたしはもう一度ケイの顔を見て、キュッとくちびるをかみしめる。
「熱は高いが、薬も飲んだし、水分もとれている。あとは眠ることがケイくんにとって一番だ。アスカまで体調をくずすのは、ケイくんは望まないだろう」
「…………」
お父さんが言うことは、もっともだ。
さっきレッドの仕事を終えてきたばかりだし。
休んだほうがいい……よね。
「……わかった。おやすみ、お父さん」
「ああ、おやすみ」
お父さんがドアを閉めると、わたしは2段ベッドの上に、音を立てずにのぼる。
布団にすべりこむ。
部屋の中が静かになると、下から、ケイの息苦しそうな呼吸が、やけに大きくきこえてくる気がする。
寝つけるかな。
そんなふうに考えたけど、体は思っていたよりつかれていたみたい。
わたしは、いつの間にか眠りに落ちていた。
4 危険の可能性?
◆
あたしは家に帰るとすぐに、お風呂に入ってリフレッシュをした。
研究には、頭を使う。
そしたらちゃんとリラックスして切りかえる。
それが、つかれをためないコツなんだ!
「はあぁ……今日もがんばったな!」
自分の部屋にもどって、バッグを整理する。
バッグの中身を、大学の研究室で使うものから、明日の高校の授業の教科書とノートに入れ替える。
「あ、これもあったっけ」
バッグから、コンペのパンフレットが出てくる。
北澤教授がくれたんだよね。
研究室の中では、研究のことで頭がいっぱいだったけど……こんなに好条件のコンペなんて、もう二度と開催されないかもしれない。
参加する気はないけど、興味はある。
ちょっと調べてみようかな。
あたしはベッドの上でノートパソコンを開いて、検索してみる。
すぐに、コンペの公式ホームページが見つかった。
たった一度の若手研究者にだけむけたコンペなら、簡単なページでもおかしくないのに、豪華すぎるぐらいに作りこんでいるホームページだ。
企業が主催だから、力を入れているのかな。
だけど、そこに書いてあることは、パンフレット以上のことはないみたい。
ついでに、主催している「コンクェスト」という企業についても、検索してみる。
世界的な貿易企業だったような……ってことぐらいしか、知らないから。
いったい、どんな会社なんだろう?
英語のサイトだった。
あたしはそのまま、ページを読んでいく。
それによると、イギリスで50年前に創立されていて、今は世界中を相手にビジネスしている大企業ってことだ。
最高経営責任者の名前は、マシュー・キートン。
執行役員のメンバーも外国人だ。
えーと、ニック・アークライト、クリストファー・シモン……知っている人はいないし、日本人はいないみたいね。
完全に海外の企業だ。
なのに、なんでわざわざ日本の若手の研究者むけコンペなんてやるんだろう?
日本の研究者が評価されてるのならいいことだけど……今は海外企業のほうが研究者の待遇がいいなんて話は、あたしでも聞くしな……。
それにしても、このコンクェストという企業の成り立ちが、興味深い。
50年ほど前に創立されて、それから10年ぐらいは、中堅企業としてとくに目立つところはなかった。
それが10年前、トップがマシュー・キートンに代替わりしてから、急激に成長がはじまった。
あっという間に世界的企業になったらしい。
このマシュー・キートンというのは、どういう人物なんだろう。
興味のむくまま、あたしはさらに調べる。
年齢は、まだ42歳。
フランス人で、色んな国のメディアのインタビューにも応じている。
スタイリッシュで頭の切れそうな人だ。
英語で書かれたインタビューを何本か読んだ感じだと、気さくで明るい人物。
6か国語が使えて、日本語も話せるそうだ。
日本で行うコンペにくるぐらいだから、親日家なのかな……。
でも、CEOが親日家だからって、日本でのコンペの開催を決めるとは思えない。
それについて、書いてある記事とかないのかな。
これまでの海外でのコンペの実績とかがわかれば、今回のコンペの位置づけもわかるかもしれないし……。
考えを広げながら、次々と検索を広げていたとき。
「ん……?」
つい数時間前にネットに上げられたらしい、マシューさんの画像が出てくる。
すでに日本にきているみたい。
マシューさんの服装はラフなすがたで、世界的企業のCEOと知っていなければ、気づかなそうだ。
スタイリッシュで手足も長くて、俳優と言われたほうが納得できる。
「……ん? これって……」
位置関係からして、マシューさんの20メートルぐらいうしろにいるのかな。
単に、写真の背景に写りこんだ通行人って感じ。
でも、そのかなり小さい人影に、引っかかりを覚える。
あたしは、画像をダウンロードすると、アプリにかけて拡大してみる。
画像は、サイズを大きくするとぼやけてしまうけれど、鮮明にする処理をする。
すると……。
「うそ……でしょ」
そこにいるはずのない人だった。
二度と会いたくない人。
――――以前、相対して、死にものぐるいで戦った相手……。
マサキといっしょに。
あそこで、負けずにすんだのは、本当にラッキーだったと思う。
たしか、マサキは、そいつのことを「ファルコン」とか呼んでいた。
ありえないくらいの強敵だって……。
ぼやけてはいたけど、そいつが……写真の隅にいて、マシューさんに視線をむけている。
どういうこと?
なんでこの写真に写っているの?
もしかして、ファルコンの狙いはマシューさん!?
だとしたら、マシューさんが危ない!
狙われるとしたら……コンペのとき?
そう考えついて、ぞわっと背筋に寒気が走る。
どうにかしなきゃ!
たぶん、こんな小さな写真に、気づいている人なんていない。
まして、ファルコンなんて危険な人物を知っている人はもっといないはずだ。
時計を見る。
時間はおそいけど、まだ大丈夫かな。
あたしはスマホを手に取ると、すぐにある人に連絡をとった。
ケイと同じく、天才的な頭脳を持つ少女・桜子が、気がついた危険の兆候。
桜子が連絡をとるのは――だれ!?
次回更新は3月12日(火)予定、お楽しみに!
最新25巻は3月13日(水)発売予定!
秋木真さんのもう1人のヒロイン、七音が活躍するミステリー「探偵七音はあきらめない」
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