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ものがたり

【先行ためし読み!】怪盗レッド25 第1回


ミッション直後に、倒れてしまったケイ。アスカがいつも自由自在に飛びまわれるのは、パートナーのケイがしっかり支えてくれるから。進むんだ、2人で前へ―――! 2024年3月13日発売予定のつばさ文庫『怪盗レッド25 ケイ、倒れる☆の巻』をためし読み(全2回)
 

【このお話は…】
2人1組で「2代目怪盗レッド」として活躍しているアスカとケイ。
運動神経ばぐつんのアスカが実行役。
頭脳派のケイが、計画を立てたり指示を出したりするナビゲーター役。

今夜も、2人は息の合ったコンビネーションで、ミッションをしていたんだけど――!?

 

0 プロローグ

 薄暗い部屋の一室を、コンピューターの画面の明かりが照らしていた。

 部屋は壁ぎわにデスクがあるだけで、ほかにはなにも物がない。

 そんな静まりかえった中、デスクの上のコンピューターの前に、男1人がすわっている。

「……もうすぐだ……もうすぐ、彼の願いをかなえられる」

 男以外にだれもいない部屋で、つぶやくように言う。

   カタカタカタ

   カタカタカタカタカタカタカタカタカタ……

 男はキーボードをたたきだす。

 めまぐるしくキーボードを打ちこんで、次々とセキュリティレベルの高いデータへとアクセスしていく。

 不意に、男が手を止める。

 画面の上にびっしりと表示されていた文字が消えて、1つの文字列だけが表示される。

『Nプロジェクト』

 コンピューターの画面には、そう表示されていた。

 男のくちびるのはじが上がる。

 文字列をじっと見つめて、男は言った。

「――――やっとだ。これで、この世界を終わらせられる」


1 ケイにおきた異変

 夜の闇にまぎれて、怪盗レッドのユニフォームに身をつつんだわたしは、するりと室内に降りたった。

 まわりをすばやく確認する。

 月明りだけの部屋には、だれもいない。

 部屋の外の音に耳をすましても、静まりかえっている。

『――アスカ。ターゲットがその部屋にあるはずだ』

 インカムから、いつものようにケイの指示がきこえる。

 ケイの指示のタイミングは、いつも的確だ。

 わたしは安心して、室内を歩く。

 目がなれてきて、室内にならぶ宝石や絵画が見えてくる。

「これ、全部がそう?」

『ああ。闇オークションのために集められた品だ。盗品や脅しとった品など非合法に集められたものばかりだ』

 そんな品を集めて、オークションを開催する。

 この屋敷の主は、その主催者だ。

 とんでもないことを、考えるやつがいるよね。

 しかも、オークションで売り払われてしまえば、これらの品々は、散り散りになってしまう。

 そうなったら、1つ1つの品を追いかけるのに時間がかかる。

 永遠に本来の持ち主の手もとにもどらない可能性も高い。

 だから、オークションがはじまる前に盗みだす必要があった。

「この宝石だったよね」

 その中の1つ、大粒のダイヤがついた指輪。

 事前に、今回の「ターゲット」として、ケイから見せてもらっていたものだ。

『ああ、まちがいない』

 カメラ越しに見ていた、ケイが答える。

 わたしは指輪を手にとると、袋を取りだして大事にウエストバッグにしまう。

 オーケー。

 あとはこれを警察に届ければ、今日の仕事はおしまいだ。

 わたしは窓に近づく。

「いつでもいいよ、ケイ」

『窓のセキュリティを切るのは、3秒間だけだ。いけるな?』

「もちろん」

『3、2、1……今だ』

 わたしは窓をすばやく開くと、体をすべりこませて一瞬で建物の外に出る。

 3階の高さがあるので、左手で窓のふちにつかまりながら、右手で窓を閉める。

 その間、1・5秒。

 そのまま壁に足をついて、いきおいを殺しつつ、音もなく地面に着地する。

 もちろん、だれにも気づかれてない。

 わたしは、いつもどおり、そのまま闇にまぎれて屋敷からはなれる。


「あの品を見た警察が動けば、ふんじばっておいた悪者たちもつかまるでしょ!」

 警察には、さっきの指輪に、怪盗レッドからのカードを添えて届け、わたしは立ちならぶビルの屋上を飛びうつりながら移動していた。

『あの指輪は、盗品として被害届も出されていて、警察も探していた。それがあの屋敷にあった証拠といっしょに出てきたとなれば、警察も動く』

 レッドが盗みだした品は、警察からしたら、それ自体がそのまま証拠になるわけじゃない。

 だからって、警察は無視できない。

 まぎれもない、盗まれて行方知れずだった「本物の指輪」が出てきたんだから。

「動画も送ったんでしょ?」

 証拠として、わたし視点の宝石や美術品が隠されている様子をとらえた映像も、同時に警察に送りつけている。

 あんなに大量の宝石や絵画などの美術品は、簡単には移動できないしね。

 警察が追いつめるのもむずかしくない、っていうわけ。

『…………ああ』

 ケイからの返事に、ちょっとだけ間があった。

 ん? どうしたんだろう。

 ケイにしては、反応がにぶい。

 声も、少しかすれているような気がする。

 通信状態がよくないのかな?

「どうかしたの、ケイ?」

 わたしは思わず足を止めて、ききかえす。

『…………』

 返事がない。なんだか、いやな予感がする……。

「ケイ?」

 わたしが言うのと同時に、

   トサッ……

 インカム越しに、なにかが倒れるような音がきこえてくる。

 な、なに、今の音……。

「ケイ? ちょっと返事して」

 答えはない。

 必死で耳をすますと、ほんのわずかにケイの早い息づかいがきこえる……?

 わたしは、すぐさまむかう方向を変えて、別のビルへと跳ぶ!

 ケイが、わたしをナビするために待機しているのは、ある離れたビルの屋上だ。

 位置はもちろん知らされているけれど、ふだんなら、そこにわたしが合流することはない。

 でも……!

 5分もたたずにそこに着く。

 と、その屋上の床にケイが倒れていた。

 真っ白なコートが広がっている。

「ケイッ!!!」

 思わず声が大きくなるのもかまわず、わたしはケイにかけよる。

「どうしたの?」

 だれかに攻撃を受けた?

 そんな考えが一瞬よぎったけど、ケイの様子を見て気づいた。

 息があらく苦しげで、ひたいには冷たい汗がにじんでいる。

 わたしは手袋を外して、ケイのひたいに手を当てる。

 ……あきらかに熱がある。

 こんな熱があるのに、わたしのナビをしてくれてたの?

 ぜんぜん気がつかなかった。

 わたしはケイの持っていた荷物をまとめると、ケイを背負う。

 さすがにこの状態で、ビルの間を飛びうつって移動することはできない。

「……う……」

 ケイのうめき声が背中からきこえる。

 いそがなくちゃ!

 わたしはなるべくゆらさないようにしながら、走りはじめた。


2 チャンスよりも、大切にしたいこと



「おーい宇佐美さん――今送ったデータ、前の実験結果との比較を出してくれる?」

 研究室の大学院生が、あたしに、気軽な調子で声をかけてくる。

「あっ、出たんですね。はい、やります」

 あたし――宇佐美桜子も、先輩にかるく返事をして、自分の席につく。

 ノートパソコンを立ちあげて、送られてきていたデータを開く。

 それは、こまかくて大量の数字の羅列だった。

 もちろん、手作業で比較なんてできないから、この研究室のオリジナルで組んだプログラムソフトにデータを読みこませる。

 あとは、プログラムが結果を導いてくれるまで、あたしは待つだけ。

 解析が終わったら、比較のために、頭を動かしはじめるけどね。

 あたしは、そっとまわりを見まわす。

 ここは、いつもの大学の研究室。

 あたしの「第二の居場所」だ。

 高校の授業が終わると、あたしはここにやってくる。

 この北澤教授の研究室に、特別に参加させてもらうようになってから、かれこれ10カ月近く。

 研究室に出入りする大学院生や研究者たちも、顔なじみがほとんどになった。

 最初のころは、人目を気にしたり。

 高校生だからって、なめられちゃいけない、成果を上げなきゃって力んだりしたけれど……。

 もう、そんなことはない。

 たまにやってくる大学生は、高校の制服すがたのあたしを見て、おどろいた顔をするけどね。

 解析結果が出るまで、ほかにやることがあるかな、とあたしはまわりを見る。

 あれ?

 共用の大きな机の上に、見たことのないパンフレットがある。

    コンクェスト全面協力

    若手研究者スペシャルコンペ開催

    コンペに認められた優秀な研究には

    海外留学・研究資金援助など、強力な支援があります

 と書かれている。

「コンペ」っていうのは「コンペティション」という英単語の略。

「競いあう」とかそういう意味だ。

 何人もの人たちで競いあわせた中から、優秀なものや結果を見つけだすイベントってこと。

 スポーツの大会に近いイメージかな。

 でも、このコンペは、ちょっと変わってる……。

 パンフレットにざっと目を通してみるけれど、分野とかの制限が書かれていない。

 これだと、だれでも参加できることになるけど……?

 たとえば、生物学を研究している人と、天文学を研究している人では、あつかう知識も、その成果も、まったくちがう。

 生物学は言葉のとおり、生き物についての研究だし、天文学は宇宙や星など、天体についての研究だ。

 そういうのを限定せずにコンペを開くなんて、かなりめずらしいんじゃないかな……。

「これ、どういうコンペなんですか?」

 あたしはパンフレットを手に、まわりの研究室の人たちにたずねる。

「若手研究者むけのコンペらしいよ。優秀な若手研究者を求めているらしい」

 通りかかった北澤教授が、教えてくれる。

「でも、分野とかの指定が、ないんですけど?」

「制限はしないそうだよ。ジャンルは問わず、あくまで飛びぬけた才能に支援したいということみたいだね」

「そんなコンペって、ありなんですか? 文系か理系か、みたいなこともないですよ?」

「かなりめずらしいね。海外企業が支援しているからかな。優秀な人材であればどんな分野からでもなんて、なかなか挑みがいがあるだろう? 大学内にも張りきっている若手をけっこう見かけるよ」

 たしかに、若手の研究者は、どんなチャンスだって、のどから手が出るほどほしいはず。

 海外へいくチャンスも資金を得る機会も少ないから、熱心になってあたりまえだ。

「この、コンクェストっていう会社。たしか貿易企業かなにかでしたっけ」

 うっすらと、どこかできいたことがある気がする。

「そうだよ。コンペには、コンクェストCEOがじきじきに見にくるらしいね」

「へえ~」

 海外の企業のトップが、わざわざ来日するなんてすごいことかも。

 だけど、正直あたしには興味がない。

「桜子くんは、参加を考えたりしないの?」

 北澤教授が、反応をうかがうように見てくる。

「そうですね……ここの研究室で満足してますし。今のあたしには、自分の高校に通うことも重要なんだってわかってきたので」

 前のあたしなら、ぜんぜんちがう意見だったと思うけど。

「なるほどね。桜子くんがコンペを通過して海外に行っちゃったら痛手だから、この研究室にとっては、助かるけどね。だからって、コンペに参加したければ止めたりはしないから、気が変わったらいつでも言ってよ。……といっても、参加申請はもう終わってて、コンペも3日後か」

「大丈夫です、ありがとうございます、教授」

 あたしはそう言って、ノートパソコンの画面に視線をもどす。

 まだソフトは解析をつづけてる。

 その画面をぼんやり見ながら、考える。

 いずれは、海外で研究もしてみたい。

 それは研究をしている者だったら、きっとみんな考えることだ。

 でも、今のあたしには足りないものが多すぎる。

 この10ヶ月の間に、いろんな人に会って知ったんだ。

 もし今のあたしがコンペに選ばれて、海外に留学できたとしても、うまくいかないと思う。

 研究はチームでやることがほとんどだし、そうなると人とのコミュニケーションが必要だ。

 高校のクラスメイトと、やっと少し話せるようになってきたくらいのあたしなのに。

 場所が海外になったからって、うまくいくと考えるのは楽観的すぎるからね。

 ……とはいえ、おもしろそうなコンペだし、どんな研究が発表されるのか、興味がある。

 あとでくわしく調べてみようかな。

 あたしはそんなことを考えつつ、解析を終えたデータのチェックをはじめた。

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