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ものがたり

藤ダリオ最新作「パーフェクト・セキュリティ」先行ためし読み連載 第2回

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3 彼はなにもの!?

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 翌日、美月は、原島の運転する警察の車で登校した。

 慶学院中等部の校舎にも、原島と友里恵がいっしょに入っていく。

 紺のスーツのおとなを従えた美月を、生徒たちが目で追うが、美月はまっすぐに姿勢を伸ばしたまま、堂々と歩いていく。

 1年1組の教室の前で立ち止まり、原島が言った。

「それでは、わたしたちは廊下で待機しているので、なにかあったらすぐに知らせてください」

「なにもないわよ」

 美月は、そっけなく言うと教室に入る。

「おはよう、美月」

 自分の席にかばんをおいた美月に、銀ぶちの眼鏡をかけた小柄な女子・井坂香純が話しかけてくる。

「おはよう、香純」

「ねぇ、昨日はどうだったの?」

 席についた美月に、

「それは、なんて言えばいいのかな……」

 美月は、言葉をにごす。

「慎也くんからのメールに『大切な話がある』って書いてあったんでしょ。なんだったの」

 香純が、興味しんしんできいた。

「わたしと母さんが、危険だという警告」

「そうなんだ……」

 香純が、心配そうに言った。

「ねぇ、本当に、わたしの母さんって、総理大臣になると思う?」

 美月が、真剣な顔できいた。

「わたしの意見なんて、当てにならないよ」

「慶学院で一番の秀才の意見は、テレビやネットのニュースよりも信頼できるわ」



 美月に言われて、香純は照れくさそうに笑う。

「買いかぶられてもこまるけど……」

「正直な意見をきかせて」と美月。

「今の総理大臣は、健康上の理由で辞任するの。そして、次の総理大臣は議員たちの投票で決まるんだけど……。わたしの考えだと、美月のお母さん、平松直子さんは最有力だと思うわ」

「香純が言うなら、そうなのね」

 美月は、複雑そうな表情で言った。

「日本で初の女性の総理大臣が誕生するわ」

 香純が、うれしそうに言った。

「——もし、そうなったら、娘のわたしはどうなるのかな?」

 美月が、不安そうな顔できいた。

「基本的に、SPの警護対象は要人、つまりは平松直子さんね。美月は、警護の対象外のはずよ。それなのに、今、美月には2人のSPがついている。それは、警護する必要があると考えられているから。そのことを考慮すると……」

「どうなるの?」

「直子さんが総理大臣になったら、美月は1年365日、SPに厳重に警護される可能性が高いわね」

「……最悪」

 美月が、つぶやいた。

 そのとき、担任の先生が教室に入ってきた。

「それじゃ、またあとでね」

 香純は、自分の席にいく。

 先生は、1人の男子をつれている。

 身長は平均よりも、少し小柄で、つやのある黒髪をしている。

「とつぜんですが、このクラスに新しい友だちが入ります。さぁ、自己紹介をして」

 担任の先生に言われて、うつむいていた男子が顔をあげた。

「あっ!」

 美月は、その男子に見覚えがある。

 昨日、原宿で会った、自転車で暴走してきた少年だ。

「父の仕事の都合で転校してきた、古賀快星です。なかよくしてください」

 快星は、おだやかな笑顔であいさつした。

「それでは、古賀くんは……。平松さんの前の席が空いていたね」

 先生はそう言って、美月の前の席に快星を座らせた。

「……あなた、なにもの?」

 快星が席につくと、美月が小声できいた。

「自己紹介なら、したけど……」

「そうじゃない。あなたの正体をきいているの」

 美月が、快星の話をさえぎって言った。

「えっ……正体って言われても、ただの転校生だよ……」

「昨日、原宿で自転車でぶつかってきたでしょう」

「さぁ、どうだったかな……」

 さらりと言った快星を、美月は疑う。

「わたしに、つきまとってるんじゃないの!?」

「ええっ?」

「平松さん、静かにしてください」

 先生に注意されて、美月はぷいと前をむく。

 快星は、こまったなという顔で頭をかく。

 授業が始まっても、美月は落ちつかなかった。

 快星はまじめな態度で、先生の話をきいている。

 美月は、それが気に入らない。

 休み時間になると、美月は香純といっしょに廊下に出た。

 そこには、原島と友里恵が立っている。

「……ねえ、学校内まで、警護する必要はあるの?」

 美月がきくと、原島が実直そうに答える。

「もちろんです。わたしたちは、24時間、美月さんを警護するのが任務です」

「そう。……それなら伝えておくけど、転校生があやしいわよ」

「転校生、ですか?」と原島がききかえす。

「古賀快星よ。わたしの前の席の、すずしそうな顔をした男子」

 美月に言われて、原島は教室の中に目をやる。

 快星は席について、静かに本を読んでいる。

「彼が、あやしいんですか?」

 原島が、きいた。

「昨日、原宿でわたしにむかって自転車が突進してきたでしょう。乗っていたのは、彼よ」

 美月が言うと、友里恵が「調べておきます」と答えた。

「たのんだわよ」

 そう言った美月は、香純と廊下を歩いていく。

 少し離れて、原島と友里恵が美月についてくる。

 美月と香純は、生徒会室の前で立ちどまる。

 ドアには『生徒会の関係者以外の立ち入りは禁止』と札がかかっている。

「ここで待っていて」

 美月が、ふりかえって言った。

 原島と友里恵が、顔を見あわせる。

「心配しなくても、抜けだしたりしないわ」

 美月は笑顔で言うと、香純と生徒会室に入っていく。

 生徒会室は、いくつかの机と椅子、本棚、窓側に大きなソファーがおかれていて、壁に電話が設置してある。となりの資料室に通じるドアもある。

 生徒会室には、だれもいなかった。

「さっき、SPに話してた突進してきた自転車ってなに?」

 古い椅子にすわると、香純がきいてくる。

「ちょっと待って」

 美月は、持っていたスマホを机において、

「アメリア、平松直子が総理大臣になる確率を教えて」

『はい。衆議院議員の平松直子が、総理大臣になる確率は32パーセントから87パーセントです』

 スマホのAIアシスタント、アメリアが答えた。

「32パーセントから87パーセントって、幅ありすぎ」

 美月が、ぶすっと言った。

「アメリア、使いこなすようになったね」

 香純が言うと、美月がうなずく。

「この機能、便利だね。手がふさがっていても、検索も電話もできるなんてSPより使える」

「そんなこと、言ったらダメだよ。SPは美月を守ってくれているんだから」

 香純に注意されて、美月は頭をかく。

「それで、突進してきた自転車の話をきかせて」

「昨日、原宿で2人の男に襲われそうになったの……。絶体絶命ってとき、快星が自転車で突進してきて、あやしい男にぶつかったの」

 美月が、昨日の出来事を説明した。

「それ、本当に古賀くんでまちがいない?」

「まちがいないわ。わたしの目を疑うの?」

 美月がむきになって言うと、香純が首を横にふる。

「そうじゃないの。それに、わたしも古賀くんが気にかかっていたの」

「……えっ、もしかして、タイプなの?」

「ちがう、ちがう。そうじゃない」

 香純は、激しく否定した。

「それじゃ、なにが気にかかっていたの?」

「ここは私立の名門校で、入学するのは難関でしょう。転校してくるには、さらに難しい試験があるはずよ。だから、転校生はほとんどこない。それが、美月のお母さんが総理大臣になるかもしれない今、転校してくるなんて、おかしいでしょう」

「だから、あやしいのよ! わたしを襲おうとした一味なんじゃないかな」

「でも、美月の話だと、古賀くんが自転車でぶつかったのは、あやしい男なんでしょう。それじゃ、美月を守ったってことじゃない?」

 香純にきかれて、美月は考える。

「……そういわれたら、そうだけど」

「あの転校生は、あやしいぞ」

 とつぜん、きこえてきた男子の声に、美月と香純は飛びあがりそうになる。

「だれ?」

 美月が、部屋を見まわす。

 ソファーのうしろから制服を着くずしたぼさぼさの髪の男子が顔を出した。

 美月と香純のクラスメイトの、東浜裕也だ。

「言っておくけど、立ち聞きじゃないぞ。おれは、寝ころがりながらきいていたからな」

 裕也は、起きあがりながら言った。

「それなら、盗み聞きね」

 香純が言うと、裕也は舌打ちする。

「きかれたくない話をするなら、最初に部屋にだれもいないことを確認するんだな。おれは、おまえたちより前に、この部屋にきていたんだからな」

「わたしたち、休み時間になって、すぐにここにきたのよ。どうやって、ソファーのうしろに隠れたの?」

 美月が、不審そうにきいた。

「隠れたんじゃない。おれは、授業の途中からきて、ここで休憩していたんだ」

「それって、授業を抜けだしたってことじゃない。最低な人ね」

 美月が言うと、裕也は言いかえす。

「学校を抜けだして、原宿にいったやつに言われたくないな」

「どうして、そのことを知ってるの?」

「この学校に関する情報は、すべておれの耳に入ってくるんだ」

「美月が学校を抜けだしたことなら、クラスメイトだから知っていて当然よ」

 香純が、冷静に言った。

「それなら、原宿にいったというのはどうだ?」

 裕也がきいた。

「わたしたちが、学校を抜けだして一番いきたい場所は、原宿でしょう。それで、当てずっぽうで、原宿って言ったんでしょう」

 香純が言いかえした。

「待ちあわせの相手は、転校していった熊谷慎也だ。これで、どうだ?」

 裕也の答えに、美月はむっとした顔で言う。

「本当に、情報収集力があるみたいね」

「ところで、おれもあの転校生は気になっていたんだ」

「なにか、情報があるの?」

 香純がきくと、裕也は首を横にふる。

「逆だよ。これだけの情報網を持つおれに、転校生がくるという情報が入ってこなかった」

「大した情報網じゃないんじゃないの」

 美月が、そっけなく言った。

「ちがう。あいつが転校してくることは、厳重に隠されていたんだ。つまり、あいつはただものじゃない」

 裕也が、すかさず否定した。

「それじゃ、なにものだと思う?」

 美月がきくと、裕也は頭をかく。

「そこまではわからないけど……」

「結局、なにもわからないということですね」

 香純が冷たく言った。

「今はまだそうだ。それで、あいつの能力をたしかめようと思う」

「なにかやるつもり?」

 美月が、興味しんしんできいた。

「3時間目の授業は体育だろう。そこで、あいつの運動能力を確認する」

「うん、それはいい考えね。運動能力が高かったら、昨日、自転車であやしい男にぶつかったのは、たまたまじゃないことになるわ」

 香純が、納得したように言った。

「でも……、そういう、裕也があやしいやつらの仲間かも知れないでしょう。それは、どうやってたしかめたらいいの?」

 美月が、香純にきいた。

「おい、おれはクラスメイトだぞ。信用しろよ!」

 裕也が、すねたように言った。

「彼のことは、昔から知ってるわ。素行はよくないけど、わるい人じゃないわ。信用してあげましょう」

 香純が、笑顔で言った。



File.3につづく

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