◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
3 彼はなにもの!?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、美月は、原島の運転する警察の車で登校した。
慶学院中等部の校舎にも、原島と友里恵がいっしょに入っていく。
紺のスーツのおとなを従えた美月を、生徒たちが目で追うが、美月はまっすぐに姿勢を伸ばしたまま、堂々と歩いていく。
1年1組の教室の前で立ち止まり、原島が言った。
「それでは、わたしたちは廊下で待機しているので、なにかあったらすぐに知らせてください」
「なにもないわよ」
美月は、そっけなく言うと教室に入る。
「おはよう、美月」
自分の席にかばんをおいた美月に、銀ぶちの眼鏡をかけた小柄な女子・井坂香純が話しかけてくる。
「おはよう、香純」
「ねぇ、昨日はどうだったの?」
席についた美月に、
「それは、なんて言えばいいのかな……」
美月は、言葉をにごす。
「慎也くんからのメールに『大切な話がある』って書いてあったんでしょ。なんだったの」
香純が、興味しんしんできいた。
「わたしと母さんが、危険だという警告」
「そうなんだ……」
香純が、心配そうに言った。
「ねぇ、本当に、わたしの母さんって、総理大臣になると思う?」
美月が、真剣な顔できいた。
「わたしの意見なんて、当てにならないよ」
「慶学院で一番の秀才の意見は、テレビやネットのニュースよりも信頼できるわ」

美月に言われて、香純は照れくさそうに笑う。
「買いかぶられてもこまるけど……」
「正直な意見をきかせて」と美月。
「今の総理大臣は、健康上の理由で辞任するの。そして、次の総理大臣は議員たちの投票で決まるんだけど……。わたしの考えだと、美月のお母さん、平松直子さんは最有力だと思うわ」
「香純が言うなら、そうなのね」
美月は、複雑そうな表情で言った。
「日本で初の女性の総理大臣が誕生するわ」
香純が、うれしそうに言った。
「——もし、そうなったら、娘のわたしはどうなるのかな?」
美月が、不安そうな顔できいた。
「基本的に、SPの警護対象は要人、つまりは平松直子さんね。美月は、警護の対象外のはずよ。それなのに、今、美月には2人のSPがついている。それは、警護する必要があると考えられているから。そのことを考慮すると……」
「どうなるの?」
「直子さんが総理大臣になったら、美月は1年365日、SPに厳重に警護される可能性が高いわね」
「……最悪」
美月が、つぶやいた。
そのとき、担任の先生が教室に入ってきた。
「それじゃ、またあとでね」
香純は、自分の席にいく。
先生は、1人の男子をつれている。
身長は平均よりも、少し小柄で、つやのある黒髪をしている。
「とつぜんですが、このクラスに新しい友だちが入ります。さぁ、自己紹介をして」
担任の先生に言われて、うつむいていた男子が顔をあげた。
「あっ!」
美月は、その男子に見覚えがある。
昨日、原宿で会った、自転車で暴走してきた少年だ。
「父の仕事の都合で転校してきた、古賀快星です。なかよくしてください」
快星は、おだやかな笑顔であいさつした。
「それでは、古賀くんは……。平松さんの前の席が空いていたね」
先生はそう言って、美月の前の席に快星を座らせた。
「……あなた、なにもの?」
快星が席につくと、美月が小声できいた。
「自己紹介なら、したけど……」
「そうじゃない。あなたの正体をきいているの」
美月が、快星の話をさえぎって言った。
「えっ……正体って言われても、ただの転校生だよ……」
「昨日、原宿で自転車でぶつかってきたでしょう」
「さぁ、どうだったかな……」
さらりと言った快星を、美月は疑う。
「わたしに、つきまとってるんじゃないの!?」
「ええっ?」
「平松さん、静かにしてください」
先生に注意されて、美月はぷいと前をむく。
快星は、こまったなという顔で頭をかく。
授業が始まっても、美月は落ちつかなかった。
快星はまじめな態度で、先生の話をきいている。
美月は、それが気に入らない。
◆
休み時間になると、美月は香純といっしょに廊下に出た。
そこには、原島と友里恵が立っている。
「……ねえ、学校内まで、警護する必要はあるの?」
美月がきくと、原島が実直そうに答える。
「もちろんです。わたしたちは、24時間、美月さんを警護するのが任務です」
「そう。……それなら伝えておくけど、転校生があやしいわよ」
「転校生、ですか?」と原島がききかえす。
「古賀快星よ。わたしの前の席の、すずしそうな顔をした男子」
美月に言われて、原島は教室の中に目をやる。
快星は席について、静かに本を読んでいる。
「彼が、あやしいんですか?」
原島が、きいた。
「昨日、原宿でわたしにむかって自転車が突進してきたでしょう。乗っていたのは、彼よ」
美月が言うと、友里恵が「調べておきます」と答えた。
「たのんだわよ」
そう言った美月は、香純と廊下を歩いていく。
少し離れて、原島と友里恵が美月についてくる。
美月と香純は、生徒会室の前で立ちどまる。
ドアには『生徒会の関係者以外の立ち入りは禁止』と札がかかっている。
「ここで待っていて」
美月が、ふりかえって言った。
原島と友里恵が、顔を見あわせる。
「心配しなくても、抜けだしたりしないわ」
美月は笑顔で言うと、香純と生徒会室に入っていく。
生徒会室は、いくつかの机と椅子、本棚、窓側に大きなソファーがおかれていて、壁に電話が設置してある。となりの資料室に通じるドアもある。
生徒会室には、だれもいなかった。
「さっき、SPに話してた突進してきた自転車ってなに?」
古い椅子にすわると、香純がきいてくる。
「ちょっと待って」
美月は、持っていたスマホを机において、
「アメリア、平松直子が総理大臣になる確率を教えて」
『はい。衆議院議員の平松直子が、総理大臣になる確率は32パーセントから87パーセントです』
スマホのAIアシスタント、アメリアが答えた。
「32パーセントから87パーセントって、幅ありすぎ」
美月が、ぶすっと言った。
「アメリア、使いこなすようになったね」
香純が言うと、美月がうなずく。
「この機能、便利だね。手がふさがっていても、検索も電話もできるなんてSPより使える」
「そんなこと、言ったらダメだよ。SPは美月を守ってくれているんだから」
香純に注意されて、美月は頭をかく。
「それで、突進してきた自転車の話をきかせて」
「昨日、原宿で2人の男に襲われそうになったの……。絶体絶命ってとき、快星が自転車で突進してきて、あやしい男にぶつかったの」
美月が、昨日の出来事を説明した。
「それ、本当に古賀くんでまちがいない?」
「まちがいないわ。わたしの目を疑うの?」
美月がむきになって言うと、香純が首を横にふる。
「そうじゃないの。それに、わたしも古賀くんが気にかかっていたの」
「……えっ、もしかして、タイプなの?」
「ちがう、ちがう。そうじゃない」
香純は、激しく否定した。
「それじゃ、なにが気にかかっていたの?」
「ここは私立の名門校で、入学するのは難関でしょう。転校してくるには、さらに難しい試験があるはずよ。だから、転校生はほとんどこない。それが、美月のお母さんが総理大臣になるかもしれない今、転校してくるなんて、おかしいでしょう」
「だから、あやしいのよ! わたしを襲おうとした一味なんじゃないかな」
「でも、美月の話だと、古賀くんが自転車でぶつかったのは、あやしい男なんでしょう。それじゃ、美月を守ったってことじゃない?」
香純にきかれて、美月は考える。
「……そういわれたら、そうだけど」
「あの転校生は、あやしいぞ」
とつぜん、きこえてきた男子の声に、美月と香純は飛びあがりそうになる。
「だれ?」
美月が、部屋を見まわす。
ソファーのうしろから制服を着くずしたぼさぼさの髪の男子が顔を出した。
美月と香純のクラスメイトの、東浜裕也だ。
「言っておくけど、立ち聞きじゃないぞ。おれは、寝ころがりながらきいていたからな」
裕也は、起きあがりながら言った。
「それなら、盗み聞きね」
香純が言うと、裕也は舌打ちする。
「きかれたくない話をするなら、最初に部屋にだれもいないことを確認するんだな。おれは、おまえたちより前に、この部屋にきていたんだからな」
「わたしたち、休み時間になって、すぐにここにきたのよ。どうやって、ソファーのうしろに隠れたの?」
美月が、不審そうにきいた。
「隠れたんじゃない。おれは、授業の途中からきて、ここで休憩していたんだ」
「それって、授業を抜けだしたってことじゃない。最低な人ね」
美月が言うと、裕也は言いかえす。
「学校を抜けだして、原宿にいったやつに言われたくないな」
「どうして、そのことを知ってるの?」
「この学校に関する情報は、すべておれの耳に入ってくるんだ」
「美月が学校を抜けだしたことなら、クラスメイトだから知っていて当然よ」
香純が、冷静に言った。
「それなら、原宿にいったというのはどうだ?」
裕也がきいた。
「わたしたちが、学校を抜けだして一番いきたい場所は、原宿でしょう。それで、当てずっぽうで、原宿って言ったんでしょう」
香純が言いかえした。
「待ちあわせの相手は、転校していった熊谷慎也だ。これで、どうだ?」
裕也の答えに、美月はむっとした顔で言う。
「本当に、情報収集力があるみたいね」
「ところで、おれもあの転校生は気になっていたんだ」
「なにか、情報があるの?」
香純がきくと、裕也は首を横にふる。
「逆だよ。これだけの情報網を持つおれに、転校生がくるという情報が入ってこなかった」
「大した情報網じゃないんじゃないの」
美月が、そっけなく言った。
「ちがう。あいつが転校してくることは、厳重に隠されていたんだ。つまり、あいつはただものじゃない」
裕也が、すかさず否定した。
「それじゃ、なにものだと思う?」
美月がきくと、裕也は頭をかく。
「そこまではわからないけど……」
「結局、なにもわからないということですね」
香純が冷たく言った。
「今はまだそうだ。それで、あいつの能力をたしかめようと思う」
「なにかやるつもり?」
美月が、興味しんしんできいた。
「3時間目の授業は体育だろう。そこで、あいつの運動能力を確認する」
「うん、それはいい考えね。運動能力が高かったら、昨日、自転車であやしい男にぶつかったのは、たまたまじゃないことになるわ」
香純が、納得したように言った。
「でも……、そういう、裕也があやしいやつらの仲間かも知れないでしょう。それは、どうやってたしかめたらいいの?」
美月が、香純にきいた。
「おい、おれはクラスメイトだぞ。信用しろよ!」
裕也が、すねたように言った。
「彼のことは、昔から知ってるわ。素行はよくないけど、わるい人じゃないわ。信用してあげましょう」
香純が、笑顔で言った。
File.3につづく
6月11日発売の本『パーフェクト・セキュリティ 彼は無敵のボディガード』では、もっとたくさんのイラストが見られるよ。ぜひ本でもチェックしてね!