「将来、どんな仕事につきたい?」
そう聞かれて、すぐ答えられる人は、そんなに多くありませんよね。
まだ決まっていなくても、大丈夫。途中で変わっても、もちろん大丈夫。
このお話は、主人公のアドさんと同級生の中学生たちが、“異世界”で仕事を選ぶ授業から始まります。
勇者や魔法使い、商人や治療師。ちょっと変わった仕事も、見たことのない仕事も出てきます。
でも、これはただのファンタジーではありません。
「自分は何が好きなんだろう」
「向いている仕事って何だろう」
そんな、きみの中にあるモヤモヤを探るために、物語の世界に入ってみよう!
※本連載は『5分でわかる私たちの未来の仕事 2040年のハローワーク』から一部抜粋して構成された記事です
※これまでのお話はこちらから
ChatGPTがあればすべてOK?
お父さんが出張から帰ってきました。
お土産はなし。持ち帰ったのは疲れだけ。散らかった家をみて、お父さんの苛立ちが爆発しました。たまたまアドさんが片づけに疲れて、運悪くソファに寝転がってゲームをしていたこともお父さんの怒りの火に油を注ぎました。
お父さんはふだんはおだやかなのです。ですから、アドさんは怒られ慣れていません。叱責されて深く傷つきました。これでも洗濯物は片づけたのです。思ったより時間がかかって一休みしていたときに、お父さんが帰ってきたのでした。
一方的に怒られたショックで、ベッドに横になっていると、怒りで涙があふれました。
部屋の外から、姉と父が話す声が聞こえてきました。平静な会話です。
(お姉ちゃんには怒らないのに!)
頭がカッとなります。でも、と思いだしました。今夜の夕飯は姉の作ったカレーでした。美味しかったと思いだして、よけいに情けなくなりました。
しばらくしてノックの音がして、姉がドアから顔をのぞかせました。
「ごめんね、アドちゃん」
アドさんはふてくされて背中を向けました。
「お父さんたちがピリピリしているのは、わたしのせいなの」
姉は、地域で一番の進学校に通っています。中学生の後半に猛勉強をはじめた姉は、高校に入ってからも成績は上々で、希望通りの理系コースに入りました。ところが、二年になってから数学の授業についていけなくなり、塾に通いはじめたものの、思ったほど伸びなくて悩んでいるのだそうです。両親は、プレッシャーを与えないよう気を遣っています。そのとばっちりが、アドさんにきているのかもしれない、と姉は話しました。
「お母さんはNPOの地域代表にされちゃって忙しくて、お父さんも仕事で責任が重くなってストレスがたまっているみたいなのね」
「そうなんだ」
だからって、あたしに八つ当たりしなくてもいいじゃん……。
「お母さんが大変なときは、あたしたちががんばろう」
姉のいうことは正しいです。正しすぎて、アドさんは素直になれません。
翌朝、お父さんが「いいすぎた」と謝ってくれたので、気持ちはちょっと軽くなりました。お母さんはやっぱり元気がなさそうです。
アドさんは、その日はゲームよりお手伝いを優先しました。次の日から元通りでしたが。
怠け者はなかなか改心しないのです。
レポートは書きあがりました。登校すると、クラスメートたちがその話をしていました。
「AIに書かせてもいいって先生がいったんだよ。だからChatGPTで書くことにしたんだ」とリッチさん。
リッチさんは、社長令嬢だと聞いたことがあります。文房具がブランド物だったり、ヴァイオリンとピアノを習っていたりしますが、本人はいたって素直なので、クラスで好かれています。
アドさんは、小声でモリさんにたずねました。
「ちゃっとじーぴーてぃーって何?」
モリさんは、うーん、と考えこみました。
「よく使っているけど、説明はむつかしいかな。生成AIってやつ」
アドさんは、リッチさんを探しました。リッチさんは話し中で、邪魔できない雰囲気です。
ChatGPTについてはあとで調べることにして、アドさんはクラスメートたちにどんなジョブを選んだのか聞いてみました。
「わたしは、魔法学院の教師」
「ぼくは錬金術師になって、魔道具の工房で雇ってもらう」
みんな予想以上に手堅いです。魔法学院教師志望のクラスメートがいいました。
「ほんとは冒険者パーティの魔法使いになりたいんだけど、命の保証はないし、宿代を稼ぐのも大変そうだから、教師にしたよ」
「現実的だねえ」
先生の狙い通りにはいかないようです。アドさんは、ギルドの調査員でレポートを書きました。新聞社を作るより、ギルド職員のほうが安定していると思ったのです。想像の世界なのに。
アドさんは同じ班の男子に聞きました。
「暗本さんは何て書いたの?」
「建設作業員。異世界にも建設業者はいると思って」
思わずまじまじと顔をみてしまいました。暗本さんは無口です。休み時間にほかのクラスの男子がきて談笑したりしていますが、女子とは口をききません。まともに話したのはこれがはじめてかも。
「それが、やりたい仕事なの?」
「すぐ稼げるから」
夢がないなあ。つい思ってしまいます。
「モリさんは?」
モリさんは、家族が医療関係者で、将来の夢は看護師。異世界でも揺らぎません。
「治療師。王立病院で働いて聖女を目指す! なーんてね」
聖女は、キリスト教では信仰心が厚く、奇跡を起こしたり立派なおこないをした修道女のことだそうですが、日本のファンタジーでは聖なる力を持つ慈悲深いヒロインです。いつも宿題をみせてくれるモリさんは、アドさんにとって聖女に近い存在なのかも。
「モリさんにはぴったり」
リッチさんがやってきました。
「ねえねえ、声優って異世界だとどんなジョブになると思う?」
声優? 三人は互いに顔を見合わせました。とりあえずアドさんが口を開きました。
「異世界だと、アニメは存在しないんじゃないかな?」
だけど、存在しない仕事でも自分で仕事を作りだすことができる、と先生は話していました。アドさんの頭に、お気に入りのアニメでみた場面が閃きました。
「そうだ。幻影魔法を使ってアニメ映画を作るのもありじゃない? そしたら声優の仕事が生まれるかも」
リッチさんの顔が輝きました。
「幻影を使う魔法使いになればいいの?」
「幻影魔法を使って、自力でアニメを作れということじゃないか」と暗本さん。
「わかった。幻影魔法使いね。ありがとう」
いや、その言い方はわかってないのでは、と思ったのですが、リッチさんはすでに去っていました。
そして提出日。
波乱がありました。リッチさんのChatGPTによるレポートが却下されたのです。しかも、却下されたのはリッチさん一人。ほかの人たち――ChatGPTなどの生成AIでレポートを書いた人たちは、みんな通りました。先生が質問しました。
「リッチさんはこのレポートを自分で出力した?」
リッチさんは、うつむいてしまいました。耳が赤くなっています。
「今のがヒント。再提出は今月中ということで、がんばりましょう」
放課後、しょんぼり座っているリッチさんにアドさんとモリさんは声をかけました。
「どこが悪いのかわからないんだ」
リッチさんに問題のレポートをみせてもらいました。『異世界で声優として働いて、生活する方法』という、きちんとしたタイトルの文章でした。概略は『まず幻影魔法使いを集めて、映画を作る商会を立ちあげます。映画を作りながら、声優として働きます』となっています。内容もまとまっていました。
前回話したときのリッチさんは、声優志望と幻影魔法使いのつながりがよくわかってなかったように思えましたが、そこは解決されていました。
「なんで却下されたのかなあ」
リッチさんのレポートのどこがダメなのか、アドさんにはわかりません。モリさんがいいました。
「アドさんの知りあいに、AIやChatGPTに詳しい人がいるんじゃなかった?」
「そうだ。カヤちゃん。ロボットカフェでキャストをしているの」
カヤさんは、別の学校に通う友だちです。アドさんと趣味が似ていて、チャットでよく話しています。
「ロボットの知りあい?」とリッチさん。
「ううん、人間。あたしの友だちで、説明がすっごく上手なんだ。日本語はちょっと不慣れだけど」
翌日は祝日。アドさんは、モリさんやリッチさんを誘って、カヤさんのアルバイト先にでかけました。
第3回へつづく(3月5日公開予定)
本書の巻末には、「冒険者手帖」と称した【性格タイプ別のお勧め進路と未来の職業予測】を掲載していますので、物語を読んだあとに現実的に自分の将来を考えることができるようになっています。
「正解の進路」や「安全な将来」は、実は誰にも用意されていないのかもしれません。
けれど、迷いながら考えること、自分の言葉で語ろうとすること、それ自体が一つの力になります。
次回は、また別の選択と、その先の現実へ。
少しだけ肩の力を抜いて、続きをのぞいてみてください。