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セーフハウスの玄関を開けるとすぐに、なにやらいい匂いが鼻をくすぐった。
「……だ……!」
「…………で……!」
奥のほうからは、さわがしいやりとりが、きこえてくる。
おれは、そのままリビングにむかう。
すると、キッチンに人影がある。
「だから、このチョコレートを、かくし味に入れればよいではないですか!」
「どこのどいつが、オムライスにチョコを入れるんだ。料理初心者はだまってろ!」
ツバキとマサキが、めずらしく2人いっしょにキッチンにいる。
仲の悪さはいつものことだが、自分がいないところでも、こんなふうなのか。
2人とも、おれが帰ってきたことに、気づいていない。
……まあ、おれが気配を消していたからなんだけど。
「いったい、なにごとかな?」
おれは、2人の後ろから声をかける。
「恭也様!」
「主様!」
すぐさま、ツバキとマサキがふり返り、さっと頭を下げる。
そういう律儀なしぐさは、2人はそっくりなんだけどね。
「そんなことをしてると、こげるよ」
「しまった!」
マサキがあわてたように、フライパンを持つ。
「おい! 主様に出すものを、こがすんじゃないぞ」
「うるさい。せめて、だまって見てろ」
マサキが、ツバキに言い返している。
本当にこの2人は、見ていてあきない。
マサキもツバキも、ここまでえんりょなく言える相手は、おたがい以外いないはずだ。
「ところで、ツバキ。きみまで料理をしているとは、いったいどうしたんだ? 今日はなにも特別な日ではないはずだけど」
今日はなんの日だったか思いかえしてみたものの、とくに思いあたらない。
「それは……」
ツバキは、少し言いにくそうにしていたが、意を決したように、おれを見る。
「恭也様のためです」
「おれの?」
首をひねる。
「最近、元気がないように見えましたので」
「仕事はちゃんと、こなしているだろう」
心配をかけるような失敗は、していないはず。
逆に、仕事をしすぎだと、マサキから心配されるぐらいだ。
「ですが、日本にきてからは……ずっと考えごとをされているようでした。われわれに、お悩みを話すことはむずかしいにしても、元気になられるように、なにかできることはないかと、コイツと話しまして」
ツバキは、マサキをちらりと見る。
「……おれも同意見でしたので、恭也様の好物を出したら、と考えました」
マサキが、フライパンに視線を落としたまま言う。
「そうか……そんなふうに見えていたのか」
自分では、うまくやれていると思っていたんだけどね。
付き合いの長いこの2人に、かくしごとはできないか。
言われてみれば、少し気持ちがしずんでいたかもしれない。
日本には、花里家への恨みを抱いて、やってきた。
だが、いまのおれは、動機も目的も失って、ただ立ちどまっている。
日本にくる前のおれを知っている2人からすれば、そこが気にかかってもしかたがない。
マサキとツバキが、しずかに、おれの様子をうかがっているのがわかる。
「……ありがとう。どんなオムライスができあがるのか、楽しみに待ってるよ」
おれは、キッチンの2人に明るい声で言い、リビングにむかう。
「「はい! おまかせを」」
また2人は、言い合いをしながら、料理を再開した。
たしかに、おれの生まれは花里家だ。
それは変わらない。
だが、いまのおれは「怪盗ファンタジスタ」だ。
その生き方を変えるつもりはない。
ラドロと協力するにしても、タキオンと対決するにしても、おれは怪盗ファンタジスタとして、むきあう。
――そろそろ、怪盗ファンタジスタとして、活動を再開しようか。
たったいま、気持ちが固まった。
そうすれば、あの怪盗レッドとも、また対立することになるかもしれないな……。
子猫ちゃんは、怒りそうだけどね。
でも……そうだな。
おれは、マサキとツバキを見る。
いつか……いつの日か、姉さんやじいさんに、おれの空白の時間を埋めてくれた2人を、紹介できたら。
それは楽しいかもしれないな。
おわり
「怪盗レッドスペシャル」はこれからもつづくよ!
そして、恭也、マサキ、ツバキの3人が活躍する単行本『怪盗ファンタジスタ』が6月発売予定!
くわしいことはこちらで、順次お知らせしていくよ!
https://tsubasabunko.jp/tankobon/
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