角川つばさ文庫の人気シリーズ「怪盗レッド」の最新刊
『怪盗レッド23 織戸恭也のひそかな想い☆の巻』が3月8日に発売!
23巻では、これまでナゾだった怪盗ファンタジスタの活動の「ウラ側」が明らかになっています!
恭也を支える「チーム」ーーマサキとツバキ(新キャラ!!)が登場して、この先、ますますおもしろさがパワーアップしていく予感! まずはこの短編を読んでみてね!
1
プシュー。
部屋中に白い煙(けむり)が、たちこめる。
「なんだ!」
「攻撃するな! 同士討ちになるぞ!」
「なにも見え……」
バタバタと部屋にいる男たちが、倒れていく。
そんな中、おれ――織戸恭也(おりと・きょうや)は裏口から部屋の奥にむかう。
「片づいたか」
おれは、煙がはれてきた部屋を、ガスマスクをつけたまま見まわす。
たちこめているのは、催涙(さいるい)ガスだ。
表口で、警戒させる派手な音を時限式でたてる仕掛けをし、中にいる人間が部屋にそろったところで、裏口から催眠(さいみん)ガスを吐き出すボールを転がして、一網打尽に眠らせる。
20人近くを相手にコツコツ倒すほど、おれは勤勉じゃないからね。
おれは、全員が眠りこけているのを確認しつつ、しばりあげる。
ここはタキオンの属する小さな組織の事務所だ。
師匠であるラドロのボスの指示を受けて、おれはタキオンの下部組織を壊滅させる仕事をしている。
師匠には、フラワーヴィレッジ城のあと、助けてもらった恩もあるし、あのとき負った怪我からのリハビリもかねている。
「それにしても、出てくるものだな……」
おれは手袋をつけて、部屋の中にあるパソコンを操作する。
強盗や脅迫(きょうはく)など、悪事の証拠が山ほど出てくる。
これだけあれば、言いのがれなんて、とてもできないだろうね。
あとは、警察に連絡をしておけば、勝手にこの組織はつぶれてくれるだろう。
「――まったく。いつからおれは、正義の味方になったのだったかな」
おれは肩をすくめる。
タキオンの下部組織をつぶし、タキオンに資金が流れることや、組織の拡大をふせぐ。
そう師匠に言われて、おれが動き、つぶしてきた組織はすでに20を超える。
それでも、まったく減る気配がないのだから、あっという間に、日本のウラ側の人間たちが、タキオンにそまってしまったということか。
自分自身が、以前はタキオンの組織の一員だっただけに、その力の強大さは理解している。
ふつうなら、あれに立ちむかうなんて、バカげていると思うところだが……。
「さてと。帰るとしようか」
おれはもう一度、仕事に手ぬかりがないことを確認し、組織の事務所をあとにした。
2
事務所を出ると、おれは散歩がてら、ふらりと街中を歩く。
最近は、あんな仕事をこなしているおかげか、感覚がだいぶもどってきているのがわかる。
体の動きは問題なくても、現場における緊張感や直感は、やはり現場でしか、もどせない。
師匠は、どうやらおれの状態をよくわかっているらしい。
調子を完全にとりもどすために必要なことを、仕事として、やらせてくれている。
さらに、ラドロの仕事をこなせば、きちんと報酬(ほうしゅう)が出る。
そのあたりの几帳面(きちょうめん)さは師匠らしいが、そのおかげで、「怪盗ファンタジスタ」を休業していても、おれは以前と変わりなく暮らせている。
ひとことでいえば、いまは「ぬるい」生活だ。
怪盗ファンタジスタとして、ひりつくような盗みをしていたころとは、比べようもない。
だからこそ、考える。
――いつまで、こうしているつもりか、と。
怪盗ファンタジスタとして活動を再開しないのは、まだ調子がもどりきっていないからだ。だが、それだけじゃない。
しかし、その調子も、もうすぐもどる。
そうしたら、おれはどうするべきなのか。
――フラワーヴィレッジ城から落ちたときは、「もう終わった」と思った。
人生の幕引きとしては地味だが、これも悪くない。
怪盗ファンタジスタとしても、織戸恭也としても――これが最期だ、と。
そんなふうに、海に落下しながら考えていた。
そこからは、記憶がかなりとぶ。
目を覚ましたら、そこはベッドの上で、そばで配下の者――ツバキが泣いていたことは、いまでもはっきりと覚えている。
ツバキが泣いているところなんて、初めて見た。
それだけ心配をかけたことを、申しわけなく思うとともに、「生き残ってしまったか」という思いもあった。
自分が1カ月も意識を失っていたことにおどろいたが、それがわかるぐらい、体はなまっていた。
食事をとることすら苦痛で、ツバキがいなければなにもかもを投げだしていたかもしれない。
だが、配下にみっともない姿は見せられない、と妙なプライドが働いた。
あのときのおれは、よくツバキにあやまっていた。
「悪いな」「すまない」
そんなふうに。
そのたびに、ツバキは、なんともいえない複雑な表情をしていた。
それでもリハビリは順調で、車いすで外に出られるようになった。
海のそばの療養所で、外に出ると潮風が感じられた。
そんななんでもない景色を見て、おれは思いだした。
――世界はこんなにも美しい。おれは、美しいものを手に入れるんじゃなかったのか?
それは、おれの怪盗としてのポリシーみたいなものだ。
ずっと、どこかに置きわすれていたらしい。
そこからは、自分でも熱心にリハビリに取り組んでいたと思う。
動けるまでに回復し、師匠のもとへむかった。
そうして、いまがあるわけだが……。
どちらにむかって動きだすのか、迷っている。
タキオンのことを、ほうっておくわけにはいかない、という師匠の意志はわかる。
だから、ラドロと協力するのも悪くはない。
しかも、ここは日本だ。
いまとなっては、実感もうすくなったが、おれの故郷だ。
目線を上げると、藤の花が少し咲いていた。
4~5月ごろに咲く花が、9月に咲いているとはね……。
藤の花か。
幼いころ、家にきれいな藤棚があったな……。
昔、姉といっしょに、花見をした記憶がある。
「花見」というと、桜ではなく藤の花のイメージがおれにあるのは、そのせいだろう。
姉はよく、おれに
「藤の花にはね、こんな話があるんだよ」
そんなふうに、なぜかこわい話をしてくることが多かった。
……あれにはいつも、本当にふるえあがったものだ。
思いだすと、なぜか笑ってしまう。
そんな姉や祖父など、花里(はなさと)家への強いこだわり――恨(うら)みは、いまはもうきれいに心から消えていた。
そもそも、恨むのは筋違いだということも、理解していた。
いまや日本より、海外で暮らした時間のほうが長い。
その間に、どういうことがあったのか、調べることはできた。
かれらがおれを探していなかったわけではないこと。
タキオンの力が増す中、おれの捜索を打ち切らないわけにはいかなかったこと。
理解はできることばかりだ。
でも、だからといって、どういう気持ちで花里家とむきあえばいいのかが、わからなかった。
それで以前は、わかりやすい「恨み」という感情を選ぼうとしていたのかもしれない。
「いまさらだな」
あわせる顔がない、というのはこういうのを言うんだったか。
だからこそ、この先、花里家のことをどうするのかは、ずっと判断を保留にしてきている。