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ものがたり

怪盗レッド スペシャル第15話 怪盗ファンタジスタの「家族」

     

 セーフハウスの玄関を開けるとすぐに、なにやらいい匂いが鼻をくすぐった。

「……だ……!」

「…………で……!」

 奥のほうからは、さわがしいやりとりが、きこえてくる。

 おれは、そのままリビングにむかう。

 すると、キッチンに人影がある。

「だから、このチョコレートを、かくし味に入れればよいではないですか!」

「どこのどいつが、オムライスにチョコを入れるんだ。料理初心者はだまってろ!」

 ツバキとマサキが、めずらしく2人いっしょにキッチンにいる。

 仲の悪さはいつものことだが、自分がいないところでも、こんなふうなのか。

 2人とも、おれが帰ってきたことに、気づいていない。

 ……まあ、おれが気配を消していたからなんだけど。

「いったい、なにごとかな?」

 おれは、2人の後ろから声をかける。

「恭也様!」

「主様!」

 すぐさま、ツバキとマサキがふり返り、さっと頭を下げる。

 そういう律儀なしぐさは、2人はそっくりなんだけどね。

「そんなことをしてると、こげるよ」

「しまった!」

 マサキがあわてたように、フライパンを持つ。

「おい! 主様に出すものを、こがすんじゃないぞ」

「うるさい。せめて、だまって見てろ」

 マサキが、ツバキに言い返している。

 本当にこの2人は、見ていてあきない。

 マサキもツバキも、ここまでえんりょなく言える相手は、おたがい以外いないはずだ。

「ところで、ツバキ。きみまで料理をしているとは、いったいどうしたんだ? 今日はなにも特別な日ではないはずだけど」

 今日はなんの日だったか思いかえしてみたものの、とくに思いあたらない。

「それは……」

 ツバキは、少し言いにくそうにしていたが、意を決したように、おれを見る。

「恭也様のためです」

「おれの?」

 首をひねる。

「最近、元気がないように見えましたので」

「仕事はちゃんと、こなしているだろう」

 心配をかけるような失敗は、していないはず。

 逆に、仕事をしすぎだと、マサキから心配されるぐらいだ。

「ですが、日本にきてからは……ずっと考えごとをされているようでした。われわれに、お悩みを話すことはむずかしいにしても、元気になられるように、なにかできることはないかと、コイツと話しまして」

 ツバキは、マサキをちらりと見る。

「……おれも同意見でしたので、恭也様の好物を出したら、と考えました」

 マサキが、フライパンに視線を落としたまま言う。

「そうか……そんなふうに見えていたのか」

 自分では、うまくやれていると思っていたんだけどね。

 付き合いの長いこの2人に、かくしごとはできないか。

 言われてみれば、少し気持ちがしずんでいたかもしれない。

 日本には、花里家への恨みを抱いて、やってきた。

 だが、いまのおれは、動機も目的も失って、ただ立ちどまっている。

 日本にくる前のおれを知っている2人からすれば、そこが気にかかってもしかたがない。

 マサキとツバキが、しずかに、おれの様子をうかがっているのがわかる。

「……ありがとう。どんなオムライスができあがるのか、楽しみに待ってるよ」

 おれは、キッチンの2人に明るい声で言い、リビングにむかう。

「「はい! おまかせを」」

 また2人は、言い合いをしながら、料理を再開した。

 

 たしかに、おれの生まれは花里家だ。

 それは変わらない。

 だが、いまのおれは「怪盗ファンタジスタ」だ。

 その生き方を変えるつもりはない。

 ラドロと協力するにしても、タキオンと対決するにしても、おれは怪盗ファンタジスタとして、むきあう。

 ――そろそろ、怪盗ファンタジスタとして、活動を再開しようか。

 たったいま、気持ちが固まった。

 そうすれば、あの怪盗レッドとも、また対立することになるかもしれないな……。

 子猫ちゃんは、怒りそうだけどね。

 でも……そうだな。

 おれは、マサキとツバキを見る。

 いつか……いつの日か、姉さんやじいさんに、おれの空白の時間を埋めてくれた2人を、紹介できたら。

 それは楽しいかもしれないな。

 

 おわり

 


「怪盗レッドスペシャル」はこれからもつづくよ!
そして、恭也、マサキ、ツバキの3人が活躍する単行本『怪盗ファンタジスタ』が6月発売予定!
くわしいことはこちらで、順次お知らせしていくよ!
https://tsubasabunko.jp/tankobon/
 
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怪盗レッド23 織戸恭也のひそかな想い☆の巻』も必見!

 


作:秋木 真 絵:しゅー

定価
792円(本体720円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322272

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